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伊万里きゅうりのV字回復|後編:ベテラン農家の知恵×「スマート農業」で収益を増やしビッグビジネスへ

伊万里きゅうりのV字回復|後編:ベテラン農家の知恵×「スマート農業」で収益を増やしビッグビジネスへ
出典 : 中村道徳さんInstagram

伊万里きゅうりのV字回を牽引したEVER GREENの中山道徳さんの成功のカギは、ベテラン農家から学んだ知恵のうえに、サイエンスをとりいれたことにあります。後編では、環境制御と養液栽培の導入に積極果敢に取り組んだ中山さんの挑戦と成果を詳しくお聞きします。

伊万里きゅうりの危機的な状況が、慣行農法への依存とベテランの知見が共有されていないことあることに気づいた中山さんは、まず、自園で新しい農法にチャレンジしていきます。

EVER GREEN園主 中山道徳(なかやま みちのり)さん プロフィール

11年前、自動車整備士として務めていた会社を退職し、父が手がけていた佐賀県伊万里市のきゅうり農家を継承。環境制御を取り入れた新農法の採用や土耕栽培から養液栽培への転換など、さまざまな革新をもたらし、農林水産省「農業電化推進コンクール」では大賞を獲得した。

「環境制御」と「養液栽培」により効率的なきゅうり栽培を実現

非効率的なきゅうり栽培の状況に危機感を抱いた中山さんは、佐賀県と農業試験場が実施していたプロジェクトに注目しました。それが、科学的見地に基づく「環境制御」を、ハウス栽培に導入する方法です。

データに基づいた「環境制御」を導入

ハウス栽培における環境制御とは、作物の栽培にあたって重要な、光・温度・湿度・二酸化炭素濃度・気流などの環境要因を、生育に適した状態に調整することです。

温度管理・湿度管理をオートメーション化

中山さんが最初に取り組んだハウス内の環境制御は、温度管理と湿度管理のオートメーション化でした。

中山 これまでは農家の経験や勘を頼りに、ハウス内の温度調節や換気をしていました。1日に何度もハウスに足を運び、温度や湿度の変化に気を配っていましたが、その温度や湿度がきゅうり栽培に本当に適しているのかを判断する客観的な根拠はありませんでした。

そこで中山さんは、ハウス内の温度と湿度をスマートフォンやパソコンでグラフ表示し、自動制御してくれるシステムを導入しました。グラフデータを積み重ねることにより「この湿度を保持していると病気が増える」「この温度帯だと収量が増える」といった判断も明確に行えるようになりました。

環境制御を取り入れ栽培されたきゅうり

環境制御を取り入れ栽培されたきゅうり
写真提供:中村道徳さんInstagram

中山 この温度管理と湿度管理のオートメーション化が、経験と勘の蓄積がなければ成立しない慣行農法からの脱却の第一歩となりました。

第2の肥料となる二酸化炭素を自動制御

農業といえば土と化学肥料が肝心だと思われがちですが、実は空気中にも重要な肥料があると中山さんはいいます。

中山 それは「二酸化炭素」です。私たちが作っている作物を乾物にして成分を調べてみると、肥料成分はほとんど残っておらず、9割が炭水化物です。その炭水化物は、二酸化炭素を養分とする光合成でしか得られません。
そのため二酸化炭素の濃度を調整し、いかにその光合成を促すかが、作物の収量と品質を高める重要なカギとなります。

中山さんは温度と湿度の自動制御に続いて、第2の肥料ともいえる二酸化炭素のハウス内濃度を高め、それをオートメーション化する取り組みを実施しました。

環境制御により、きゅうり栽培の収益は2倍に

環境制御の導入により、中山さんの農業ビジネスは、どのように変化したのでしょうか。

中山 就農して1年目の収益は1,200万円ぐらいでしたが、二酸化炭素濃度を含めた環境制御を始めてからは、規模を拡大することなく収益は倍の2,400万円にまで増えました。これは、環境制御の自動化によって農作業の効率化が進み、収量が増えたことに加え、現在、ハウス栽培の面積を倍に広げられたことも起因していると思います。

ハウス内の温度・湿度・二酸化炭素濃度は自動で調整

ハウス内の温度・湿度・二酸化炭素濃度は自動で調整
写真提供:JA伊万里きゅうり部会

土耕栽培から「養液栽培」への転換

中山さんは、さらにきゅうり栽培の効率化を図るため、父の代から行ってきた土耕栽培から「養液栽培」への転換を推進しています。

連作障害を回避し労力を削減

中山 同じ農地で土耕栽培を続けると、数年後には連作障害が必ず出てきます。連作障害を回避するためには、夏場のハウスに入って有機物を散布するといった土作りを一から始めなければなりません。

この作業は大きな労力を伴うため、将来的な経営拡大の妨げになると考えました。

そこで中山さんは、農業先進国では当たり前に行われている「養液栽培」に着目したといいます。

養液栽培を行うハウス内の様子

養液栽培を行うハウス内の様子
写真提供:中村道徳さんInstagram

養液栽培と環境制御の相乗効果も

中山 土耕栽培からの転換を図って気づいたことですが、養液栽培のメリットは連作障害の回避と労力の削減だけではありませんでした。実は「環境制御」との相乗効果も期待できるのです。

養液栽培であれば、根が張る地下部までしっかり環境制御ができます。これにより、1年を通して同じ品質で土壌管理が行えるようになり、作物の品質と収量の安定化につながりました。

養液栽培に転換したハウス内は、ほぼ土が見えないクリーンな環境

養液栽培に転換したハウス内は、ほぼ土が見えないクリーンな環境
写真提供:JA伊万里きゅうり部会

栽培ノウハウを共有し、地域全体の農業レベルを底上げ

環境制御の実施や養液栽培への転換により、品質と収量を上げるノウハウを独自に培ってきた中山さんですが、そのノウハウは「産地振興のために共有されるべきだ」と語ります。

培ったノウハウは科学的根拠と合わせて共有

中山 私がきゅうり農家としてここまで成長できたのは、就農時に多くの先輩農家の方々が、惜しみなく手取り足取り教えてくれたからです。

それに、先ほど述べましたが、日本の多くの農家が秘密主義であることも、少子高齢化と相まって、産地の衰退を招いている要因の1つだと思います。

「農業は自分一人が成功しても面白くない」というのが中山さんの持論です。それぞれの成功事例や失敗事例、ノウハウを共有し、地域全体で農業レベルを底上げしてこそ、名産地として近隣からの興味関心を得られるようになります。

中山 ノウハウを共有する際は、グラフやデータを活用した「見える化」が重要です。データに基づいて効果を検証していけば、どの手法がよくて、どの手法に問題があるのかを的確に見極められます。

蓄積したデータやノウハウを、地域の農家と共有できれば、産地全体の収量や品質の底上げにつながるのではないでしょうか。

11年前は0人だった若手農家が、現在は25人に

実際に、中山さんが取り組んでいるノウハウの共有化は、JA伊万里きゅうり部会の若返りと活性化という大きな成果につながっています。

中山 本来は若手の集まりであった胡青会ですが、私が就農した当時は高齢化が進んでいました。しかし今、胡青会に若手人材がどんどん入ってきていて、世代交代をほぼ終えている状態です。現在は、30代の農家が25名ほどにまで増えました。

その農家のほとんどは、異業種から参入した人たちだといいます。どのような理由でこうした世代交代や若返りが始まったのでしょうか。

中山 それは「きゅうりは儲かる」という意識が地域に広がってきたからではないでしょうか。儲かると思うから、若い人が希望を持って次々と参入してくるのだと思います。

胡青会では、こうした若手や新規参入者を集め、きゅうり栽培に関するあらゆる情報やノウハウを交換しながら、互いの農業技術を高めていく研究会を開催しています。

中山 こうして儲かる土壌ができれば、個々の農業経営を好転させることにつながります。やる気のある若い人材が集まり、そしてさらに儲かる土壌が生まれます。

このプラスのサイクルを生み出すことが、これからの農業経営には必要なのではないでしょうか。

JA伊万里きゅうり部会では若手農家が増えている

JA伊万里きゅうり部会では若手農家が増えている
写真提供:JA伊万里きゅうり部会

科学を取り入れれば農業はビッグビジネスに

中山さんによれば、現在、JA伊万里きゅうり部会の売上高は6億2,000万円にまで盛り返し、来年や再来年はおそらく7億円を超える予測です。産地存続が危ぶまれていた一時期から見ると、まさにV字回復を達成しつつあるといえます。

中山 科学農法ともいうべき環境制御とオートメーション化が普及すれば、私は1農家3,000万円の売り上げも夢ではないと思います。

この1農家平均販売額3,000万円を達成できれば、胡青会の若手メンバー25人だけで、約7億5,000万円の売上高を弾き出すことになります。これは、JA伊万里きゅうり部会の全盛期の売上高6億7,000万円をはるかに上回る計算です。

その先にあるのは、「農業はビッグビジネスである」という意識の定着と、さらなる有能な人材の流入です。中山さんは、きゅうりの“名産地”として、日本全国に伊万里の名がとどろくことを夢見ています。

※前編も是非ご覧ください。

中山さんが伊万里きゅうりのV字回復の牽引役として成功した要因は、ベテラン農家の知恵と技という資産を活かしながら、スピード感を持ってスマート農業の導入を次々に決断していったことにあります。

そして、産地としての復活は、「農 業は自分一人が成功しても面白くない」 というキーワードに尽きるのではないでしょうか。

経営者としての決断の早さがビジネスを成長させる、と改めて感じたインタビューでした。

松崎博海

松崎博海

2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。

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