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「田んぼの年間作業」を効率化して低コスト・省力化を実現
「田んぼ」の年間作業は日本の食文化と農業を支えるもの。「田んぼ」の年間作業の伝統を守りつつ、水稲栽培の効率化・低コスト化を実現する方法を解説します。
水稲栽培が軌道に乗り、安定して生産できるようになると、作業の効率化やコストカットが気になってくるものです。この記事では、水稲栽培の基本の栽培暦と効率化できるポイントを「田んぼの年間作業」として紹介します。
「田んぼの年間作業」

水稲栽培の年間作業は、水稲の生育ステージにあわせて設計されています。
水稲の生育ステージと年間作業
春の種子(種籾)の準備から始まり、収穫を終えたあとの秋耕まで「田んぼの年間作業」はおおむね次のような流れです。
水稲の生育ステージにあわせ、タイミングよく栽培管理をしていかなくてはなりません。

出典:農林水産省「農業技術総合ポータルサイト」 所収「水稲の基本的な栽培技術|米(稲)~水稲栽培のポイント」、「作物統計調査|確報|令和年産作物統計(普通作物・飼料作物・工芸農作物)|水稲の耕種期日(最盛期)一覧表(都道府県別)(平成30年産~令和4年産)」よりminorasu編集部作成
作型は、地域の気候条件、品種の早晩生やその生育適温、前後作などによって異なります。地域のJAの水稲の品種別栽培暦や、都道府県の栽培指針などを調べてスケジュールを組むことが基本になります。
続いて、水稲栽培の年間作業スケジュールを確認しながら、各工程において効率化できるポイントを紹介します。
【田んぼの年間作業】本田の準備
本田の土作りには、秋、稲刈りのあとに稲わらをすき込む秋耕と、春、暖かくなってから昨年の残さをすき込む春耕があります。田植えの前には、品種や地域によって決められた基準量で行う施肥も欠かせません。
耕起のポイント
耕深は、10~15cm程度を確保し、均平であることが重要です。耕深が浅いと水稲の生育に悪影響があり、耕深が深すぎると田植え機などの農機を動かしにくくなったり、また、排水が悪くなり中干しができなくなったりします。
土壌水分が多い状態や、トラクターの作業速度が速いと耕深が浅くなりがちです。ほ場が乾いた状態の日に、ロータリーの回転速度をなるべく遅くして行いましょう。
均平になりにくいほ場の場合には、レーザーレベラーを使い、均平を確保します。

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畦塗りのポイント
畦塗りは、降雨のあとやほ場に水を回したあとのタイミングで行います。畦塗りのあとはすぐに入水し、畦が乾燥しないようにすると、畦が長持ちします。
畦塗りには畦塗り機を用いますが、以前は、片側作業しかできなかったため、ほ場の四隅などは塗り残しが生じ、手作業が必要でした。現在は、左右とも作業ができるもの、ほ場周囲を連続して作業できるものなどが開発されています。

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代かきのポイント
田植えの1週間ほど前に入水し、田植えの3~5日ほど前に代かきを行います。代かきから田植えまでの期間があきすぎると雑草が発生し、代かき直後に田植えを行うと苗が沈んだり浮いたりし、欠株の原因になります。
代かきには、本田の均平化と漏水防止、土壌を軟らかくして田植え作業を容易にする役割があります。代かき後の高低差は、3~4cm以内になるように仕上げます。

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施肥について
基肥の施用方法は、耕起前に肥料を作⼟全層に混和する「全層施肥」、田植えと同時に株元脇に施肥する「側条施肥」、代かきの際に施肥する「表層施肥」に分類されます。
全層施肥は初期生育がやや遅くなりますが、後期の生育が盛んになり穂が大きくなるメリットがあります。基肥一発肥料を用いれば、追肥作業を大幅に軽減できます。
側条施肥は肥料の利用率が高いため、全層施肥より1~2割の減肥が可能です。表層施肥は初期成育がよく分けつが早く進みますが、肥料が早めに切れます。
品種特性や作型と効率を考えあわせ、適した施肥方法を選択します。
【田んぼの年間作業】種子準備のポイントと省力化
種子準備の基本
種子選別(塩水選):自家採種の場合は、健全で揃いのよい苗を作るために、塩水選で充実していない種子を取り除きます。
種子消毒:いもち病、ばか苗病などの種子伝染性病害を予防するために、農薬または温湯で消毒します。
浸種:10~15℃の水温で、積算温度100℃を目安に行います。
催芽:蒸気式催芽器などで25~30℃に加温し、12~20時間ほどかけて催芽します。籾が鳩胸状態(鳩胸のよう均一にふくらみ幼芽が0.5~1mm出たところ)になったら脱水します。
▼種籾準備の手順についてはこちらの記事をご覧ください。

種子準備の省力化
比重選別機の導入
種子選別の際の塩水選は手間がかかり、また、比重液につけてしまうため種子消毒・浸種の直前にしか行えません。大規模栽培の場合は、そのかわりに「乾式比重選別機」を導入すれば、大幅に作業負担を軽減でき、選別後の種子の保管も可能になります。
水稲育苗の予措用機器の導入
1台で、温湯消毒・浸種・催芽の一連の作業を行える予措用機器が、浸種兼用催芽器、消毒機能付き催芽器などの呼称で販売されています。温湯処理機による消毒のあと、蒸気式の催芽器に入れ替えなくてよいため、省力化できます。

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【田んぼの年間作業】育苗管理
床土準備と播種のポイント
育苗の床土は、覆土も含め、苗箱1箱当たりおよそ4kgを準備します。10a当たりでは、稚苗育苗なら25箱で100kg、中苗育苗なら40箱で160kg必要です。
種子の量は、稚苗の場合は育苗箱に1箱当たり乾籾で150~180g、中苗の場合は80~100gを目安に準備します。
育苗箱への床土入れ・播種・覆土までを自動で行える播種機を使うと省力化できるうえ、均一にまくことが可能です。

出典:Hip☆- stock.adobe.com
育苗管理のポイント
育苗の工程では、育苗箱を均平に置くことと、温度管理・水管理が非常に重要です。適温を外れる状態が続いたり、高低差による部分的な灌水過不足の状態になると、徒長や生育不良、病害のリスクが高くなります。
出芽:育苗箱を積み重ねて加温し、2~3日かけて芽が8~10mmの状態にもっていきます。温度は常に30~32℃になるよう調整します。
暖地ではビニールハウス内に積み重ねてビニールシートでくるむなどの方法でも出芽が可能ですが、できれば、サーモスタット付きの育苗器を用いたほうがよいでしょう。
緑化:育苗箱をハウス内に平置きし、被覆して保温します。3~4日を目安に被覆を調整しながら緑化を行います。この間の適温は日中20~25℃、夜間15~20℃です。苗丈3cm程度で第1葉が見え、先端が緑色になったら緑化の完了です。
硬化:換気を調節しながら、日中は20℃前後、夜間は10~15℃の範囲で温度を管理します。最大20日程度までとし、過湿にならないよう灌水は朝1度を基本にします。培土が乾いていたら午後も灌水しますが、夜間は水が切れるよう午後3時までに行います。
育苗の省力化
実は、育苗の工程は、育苗器や自動灌水装置を導入する程度であまり省力化の余地がありません。そこで、育苗段階での省力化は「播種密度を高くして育苗箱数を減らす」「直播して育苗しない」という播種方法自体を変える方法が開発されています。

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育苗の省力化技術「密苗」
近年、育苗の省力化・低コスト化をねらった「高密度播種育苗」という技術が注目され、農林水産省も推奨しています。慣行栽培では播種密度が1箱当たり100~150gのところ、密苗では、1箱当たり250~300gの高密度で播種します。その分、田植えの際には細い爪で細かくかき取れる農機が必要です。
この技術によって、育苗箱の数を3分の1に減らすことが可能になり、それに伴い培土、ハウス資材などにかかる資材費を約2分の1に軽減できます。育苗期間も15~20日と慣行栽培よりも1週間ほど短縮できるので、大幅な省力化が可能です。収量と品質についても、慣行栽培と差がないことが報告されています。
高密度播種育苗と栽培管理・移植も含めた栽培技術体系は、生産者(注)・石川県農林総合研究センター・ヤンマーホールディングス株式会社の共同研究により開発され、各地の農業試験場などでも試験され導入が進んでいます。
(注)生産者:事組合法人アグリスターオナガ、株式会社ぶった農産
なお、ヤンマーホールディングス株式会社は、高密度播種苗を「密苗(みつなえ)」、高密度播種育苗を「密苗移植栽培システム」として商標登録しています。
農林水産省「最新農業技術・品種2016」所収「水稲の「密苗」移植栽培技術」
ヤンマーホールディングス株式会社「密苗のススメ>ヤンマーの密苗> 「密苗」とは?」
育苗の省力化技術「直播栽培」
種籾を直接本圃に播種する「直播栽培」も注目されています。直播の特徴は、直接本田に播種するため、春先の育苗作業がなくなることです。
直播は移植に比べて出芽や初期育成が遅く、収穫が10日ほど遅れます。鳥害や雑草繁茂による収量減も、移植に比べ1割ほど増えます。しかし、収穫時期がずれるため、作業の分散化や出荷期の調整が可能になり、春の作業は労働時間で2割、コストで1割の低減が可能です。
湛水への播種、乾田への播種、さらには耕起・不耕起などさまざまな栽培形態があるので、地域の特性に合わせて導入するとよいでしょう。
出典:農林水産省「食料供給コスト縮減検証委員会(平成18~19年度)|品目別生産コスト縮減戦略 水田作(水稲)生産コストの現状品目別生産コスト縮減戦略~生産現場の取組のヒント~(平成20年 1月)」内「2-1水田作(水稲)_生産コストの現状」

田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)
【田んぼの年間作業】田植え

ヤンマーアグリ株式会社の「直進アシスト田植機」の機能
株式会社PR TIMES(ヤンマーホールディングス株式会社 プレスリリース 2019年11月20日)
育苗箱をいくつも運んで田植え機に設置する作業は大きな労力を必要とするため、省力化が望まれています。例えば、前の項で紹介した密苗では、育苗箱を3分の1に減らせるため、育苗箱の運びだしの作業負担を大幅に軽減できます。
近年は、最新のテクノロジーが組み込まれた田植え機も登場しています。GPSにより直進走行をアシストしてくれる自動操舵機能搭載の田植え機は、最初の操縦のみ熟練者が行い、基準線を登録すれば、その後は初心者でもまっすぐ田植えができる機能を備えています。
参考:
株式会社クボタ ニュースリリース「業界初!「直進キープ機能付田植機」を新発売」(2015年6月)
「ICTで、田植えを変える〜担い手向け田植機「ナビウェル」が新登場!〜」(2018年11月)
ヤンマーホールディングス株式会社「自動直進機能を搭載した「直進アシスト田植機」を発売」(2019年11月)
【田んぼの年間作業】田植え以降の栽培管理

けいわい / PIXTA(ピクスタ)
田植えのあと、収穫までの間は、ほ場・畦畔の除草や水管理、病害虫防除などの管理作業がメインになります。
2021年産のデータでは、水稲作の労働時間のうち、種子準備から田植えまでの「春作業」が約44.6%、追肥・除草・防除、水管理などの春作業以外が55.4%を占めています。

出典:農林水産省「農業経営統計調査|農産物生産費|確報|令和3年産農産物生産費(個別経営)|米生産費|米の作業別労働時間」よりminorasu編集部作成
特に管理は全体の労働時間の3割弱を占めており、見回りや水管理に多くの時間が割かれていることがわかります。これらの作業を効率化すれば、家族労働の負担が軽くなり、夏だけ見回りスタッフを雇っている場合はその人件費を減らすことができます。
水管理・雑草管理の新技術
近年はスマート農業が普及し、大手の農業機器メーカーや新興のIT企業により続々と新技術が開発されています。
例えば、IoTやクラウドを活用した水管理システムを導入すれば、パソコンやスマートフォンからアクセスしてデータを共有できるので、実際にほ場に行かなくても水管理ができ、広いほ場や点在するほ場を持つ場合の、水管理の労働負荷を大幅にカットできます。
雑草管理、特に畦畔雑草管理については、農家の高齢化により恒常的な管理が難しくなっているため、今後は地域全体での管理体制の構築や、代行サービスへの委託による負担軽減が求められます。リモコン操作による高機動畦畔草刈り機の開発も進められており、普及が待たれるところです。
出典:農研機構「平成 30 年度関東地域マッチングフォーラム|水田畦畔圃場周辺の雑草管理の省力化 講演要旨集」
追肥作業の省力化

hamahiro / PIXTA(ピクスタ)
追肥の工程で省力化を図るには、施肥低減技術が有効です。水稲栽培向けに肥料の溶出調整技術が向上し、肥効を長期間持続させられるコーティング肥料(注)が開発されました。
この肥料を本田に側条施肥したり、育苗箱全量施肥に活用したりすることで、水稲の窒素の利用効率を大幅に上げられます。
(注)ジェイカムアグリ株式会社が開発した、育苗期間中の肥料成分の溶出を極少に抑え、水稲の根との接触が可能なコーティング肥料で、商品名は「苗まかせ」(ジェイカムアグリ株式会社の登録商標)
JA十和田おいらせでは、1999年から育苗箱全量施肥の普及を進めており、2012年には十和田市周辺の5,000haの水田で、この技術が採用されています。
この地域では、ほ場への施肥時期と露地野菜の作業時間が重なり農家の負担となっていましたが、この技術により水稲に割く作業時間が大幅に短縮され、ほかの作業に充てられるようになりました。
出典:JA全農「おすすめする省力低コスト・生産性向上メニュー」 所収「(2)水稲育苗箱全量施肥法」
追肥についてはほかにも、生育途中の作物の葉色を診断し、その診断結果から必要な追肥の種類や量を的確に判断し、無駄な施肥を極力減らす技術も普及し始めています。
【田んぼの年間作業】収穫

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収穫の時期は、水稲栽培において最も忙しくなる時期なので、その工程は積極的に効率化したいところです。
トラクターと同様、GPSによる自動走行が可能なコンバインも登場しています。大規模経営の農家であれば、このような最新テクノロジー搭載農機を導入することで、これまでよりも少ない人手で効率よく作業を進められるようになるでしょう。
中山間地域などの狭いほ場の場合は、自脱型コンバイン(注)を使って刈り取りと脱穀を同時に行ったり、バインダー付きの稲刈り機で刈り取りと結束を同時に行ったりすることで、省力化が可能です。
(注)自脱型コンバイン:刈り取った稲の穂先だけが脱穀機を通過して脱穀・選別されるしくみのコンバイン。これに対し、茎や葉も含む刈り取った作物全体が脱穀機を通過して、最後に穀粒だけが回収される構造のコンバインを「普通型コンバイン」といいます。

英夫 / PIXTA(ピクスタ)
米作りのコストを抑えるポイント
これまで、作業工程ごとに省力化のポイントを紹介してきました。最後にコストを抑えるポイントを2つにまとめてみましょう。
生産資材費を抑える
米作りのコストを抑えるポイントは、消耗品である生産資材費のコストカットです。具体的な方法として、以下のようなものが挙げられます。
- 土壌診断を行って施肥量を適正化し、無駄な施肥をなくすこと
- 直播栽培の導入
- 施肥低減技術の活用による追肥作業の低コスト化・省力化
- 調整作業の簡略化
例えば、地域でフレコンバッグ出荷を導入すれば、玄米の30kg袋への袋詰めがなくなり、資材費が減るだけでなく、人件費の圧縮や労力の適正な分散にもつなげられるでしょう。

YUMIK / PIXTA(ピクスタ)
IT技術の導入
コスト削減と農作業の効率化を同時に実現できるのが、IT技術の導入です。導入費用はかかりますが、IT技術の農業への応用は日進月歩で、農業界でおなじみの大手企業から新進気鋭のIT企業まで、各社が切磋琢磨して新たな技術や製品の開発を続けています。
クラウドコンピューティング、地理情報システム(GIS)、ロボット、ドローン、IoTなど、新たな技術の導入が今後も進んでいけば、農業の世界はますます便利に、効率的になっていくことでしょう。

hiro / PIXTA(ピクスタ)
水稲栽培は、お米という日本の食文化を支える重要な技術です。その栽培方法は「田んぼ」の伝統を受け継ぐ一方で、常に新しい技術を取り入れ、時代に合わせて変化してきました。
水稲栽培の集約・大規模経営化が求められる現在、より効率化・低コスト化できる技術を積極的に取り入れましょう。
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