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「農業」をデザインするということ-農業経営の軸を決めるファームアイデンティティの重要性

「農業」をデザインするということ-農業経営の軸を決めるファームアイデンティティの重要性

国内外でさまざまな農場のデザインとそのトータルプロデュースを手掛ける株式会社ファームステッド。農業にデザインの力を取り入れるという発想をうまくイメージできない方もいるのではないでしょうか? 今回はファームステッドが手掛けた事例を交えて農業×デザインの可能性をお伝えしたいと思います。

株式会社ファームステッド 代表取締役 クリエイティブディレクター 長岡淳一さんプロフィール

株式会社ファームステッド 代表取締役 クリエイティブディレクター 長岡淳一さん

株式会社ファームステッド 代表取締役 クリエイティブディレクター 長岡淳一さん
出典:株式会社ファームステッド代表取締役 長岡淳一さんinstagram

大学卒業までスピードスケート選手として活躍。全国大会優勝などの結果を残す。卒業後は新世代の農業ウェアを提案するプロジェクトなどを推進し、2013年にアートディレクター 阿部岳氏とともに株式会社ファームステッドを設立。

グッドデザイン賞を始め、多数の受賞経験を持つ。

引き受けるのは農場全体のトータルプロデュースのみ

農産物に限らず、商品を販売する際、多くの場合その商品を包装するものが必要となります。作物を包むプラスチックや紙でできたパッケージ、加工品のパッケージ、ギフトセットの包装などさまざまです。

特に直販で農産物を販売していると、パッケージの重要性を感じる場面は多いのではないでしょうか。

「単発のデザイン」では農業経営をサポートできない

総合的に農場の「伝え方」を提案する

デザインだけではなく、ブランディングやマーケティング戦略まで、総合的に農場の「伝え方」を提案する
出典:株式会社ファームステッド ホームぺージ

よりお洒落で洗練されたデザインの商品のほうが売れるのではないか? 生産者としてどんな思いでこの商品を販売するに至ったかを前面に出したデザインの方がよいのではないか? パッケージデザインを外注する際には、さまざまな考えが浮かび迷う方も多いのではないでしょうか。

株式会社ファームステッドは、国内外問わずさまざまな農場のデザインを、トータルプロデュースの形で手掛けています。同社の代表取締役であり、クリエイティブディレクターを務める長岡さんは「単発でのデザインの依頼はお受けしていない」といいます。

株式会社ファームステッド 代表取締役 クリエイティブディレクター 長岡淳一さん(以下 役職・敬称略) 商品を販売するタイミングに合わせてデザインを外注している農家の経営者は多いでしょう。

しかし、そのデザインは「その農場で販売している商品」として統一感を持っているでしょうか? 市場において、消費者に選ばれるデザインになっているでしょうか? 農場の特徴、生産者としての思いやこだわりが本当に伝わるものでしょうか?

私が育った帯広市では、総土地面積のうちおよそ4割が耕地となっていて、さまざまな作物が栽培されています。私の祖父も農家を営んでいたので、比較的農業との距離が近いところで育ってきました。

どんな農家の経営者もこだわりを持って農業を営んでおり、自分の栽培する作物に強い思い入れを持っています。それでも利益が上がらず、四苦八苦されている方もいらっしゃいます。

そういった方々を、デザインの分野でサポートするに当たって「単発のデザイン案件」では十分な効果が得られないと考えています。

必要なのは、営農形態によって異なる農場の特徴や生産者としての思いを深く理解し、総合的に農場の「伝え方」を提案するトータルプロデュースであると、私たちファームステッドは考えているのです。

コミュニケーションを重ねて農業経営者の戦友となる

これまでに手掛けてきた農場デザインとその経営者の写真

ファームステッドのインスタグラムには、これまでに手掛けてきた農場デザインとその経営者の写真がアップされている
出典:株式会社ファームステッドinstagram

トータルプロデュースを行うに当たり、ファームステッドが手掛けるデザインは商品パッケージを始め、組織のロゴマーク、看板、ユニフォームなど多岐に渡ります。

その農場の抱える課題や経営者の今後の目標をヒアリングし、農場それぞれの特徴や、市場性を加味したプロデュースを行います。より最適な提案・デザインのため、長岡さんはお客様である農業経営者の元に足繁く通うといいます。

長岡 デザインだけでなく、でき上がったデザインを活用した販売戦略や経営戦略についてコンサルティングを行うこともあります。

時間をかけてお客様との距離を縮めることで、デザイナーとお客様としてだけではなく、同じ目標に向かう戦友として、二人三脚で農業経営をサポートできるようになるのです。

コミュニケーションを密に取り、顧客理解を深めることで、お客様にとってより効果のある「デザイン」を生み出すことができるのです。

デザインの持つ力を最大化する「FI(Farm Identity)」

デザインの持つ力を最大化するFarm Identity

デザインの持つ力を最大化するFarm Identity
出典:株式会社ファームステッドinstagram

商品となる作物を栽培して、それを販売する。農業は「ビジネス」であり、大雑把に見るとそのシステムは世の中の企業と同じことをしているともいえます。

しかし、同じ「ビジネス」をしているのに多くの一般企業にあって農場にはないものがあります。それが「CI」(Corporate Identity)です。

CIとは、企業の個性を明確にして企業イメージの統一を図り、企業内外に認識させること、またはその計画を指します。これを定めることによって組織内の意識の向上やコンプライアンスの強化、生産性向上や採用活動にも影響を与えることができます。

ロゴマークやシンボルマークの策定もCIのひとつです。多くの一般企業がCIを設定しており、今やCIがあることが当たり前になっています。しかし、多くの農場には企業としてのCIがありません。

長岡 農場の個性を出したデザインを提案しようにも、その個性が明確化されてされていなければ、上辺だけのデザインになってしまい、最大限の効果を発揮することができません。

作物や加工品などといった「商品」を販売する「ビジネス」を実践していくのなら、農場の個性や生産者としての理念を明確化してイメージを統一し、組織内外に伝わるようにしなければならない。

そのために必要なものとして、私たちはCIならぬ「FI」(Farm Identity)を提唱しています。

FIに基づいたデザインが企業としての力を高めるストーリー

FIの策定には、デザインの力を起点に企業の力を高めていくストーリーがあります。

農場の「顔」をデザインの力で見えるようにする

営農形態が違えば、農場の個性も経営方針も異なり、それが農場の「顔」となる

営農形態が違えば、農場の個性も経営方針も異なり、それが農場の「顔」となる
出典:株式会社ファームステッド ホームぺージ

長岡 同じ作物を栽培している農場であっても、営農形態が異なればそれぞれの特徴がでてくるものです。

従業員が少人数だから観光農場化して収穫作業を減らそうと考える経営者もいれば、先進技術を活用して業務効率を上げようとする農場もあります。

経営方針としてどちらがよいということではなく、農場ごとにそれぞれ違うよさを持っているのです。

デザインには、その個性を「顔」として見えるようにする力があります。農場の顔が見えることは、企業としての力を高めることにつながっていきます。

自園の競争優位や業界ポジションが明確になる

地域内の競合商品との差別化ポイントを明確にすると施策が考えやすくなる

地域内の競合商品との差別化ポイントを明確にすると施策が考えやすくなる
出典:株式会社ファームステッドFaceBook

気候や地質などの要因により地域によって、栽培に適した作物にはある程度偏りが生じます。その結果、近隣の農場と同じ作物や加工品を生産、販売することとなり、その競争の中で勝ち抜けずに伸び悩んでいる農場もあるでしょう。

インターネットショップやショップアプリなどのEコマースの発展により、直販チャネルが増えたとしても、肝心の販売戦略が上手くいかなければ結果にはつながりません。FIを設定するに当たって、農場の個性だけではなく、市場や社会での立ち位置も明確化する必要があります。

FIを策定する過程では、「自分たちは競合相手と比べて何が違うのか」「競合の商品と並んだ時に、より選ばれやすくなるにはどのようなアプローチをするべきか」などの分析と考察を行います。

自園の競争優位や業界ポジションが明確になることで、販売戦略の方向性が決まり、施策が考えやすくなります。

競争優位を活かした事業ミッションが導き出せる

全国各地の各地の農場を訪れ、その個性をもとにFIを提案している

全国各地の各地の農場を訪れ、その個性をもとにFIを提案している
出典:株式会社ファームステッド代表取締役 長岡淳一さんブログ

農場独自の個性や業界ポジションを明確化する過程を経ることは、自分たちのアイデンティティ「FI」の確立につながります。

これまでの農業経営における事業ミッションは「作物を栽培して、出荷すること」で、経営指標は「出荷量と売り上げ」でした。

市場に卸すだけで売り上げが立つので、「作物を栽培して、出荷すること」というミッションを遂行するだけで農業経営が成り立っていたのかもしれません。

しかし、農業の働き手を確保するのが困難な昨今、これまでのように量に軸足をおいたミッションだけで農業というビジネスを継続していくことが難しくなっています。

FIを策定することで、「作物を栽培して、出荷すること」だけではない、農場の競争優位を活かした具体的な事業ミッションを導き出すことができ、持続可能な農業への道筋がみえてきます。

事業ミッションを共有することで一体感が生まれる

ロゴデザインに象徴される事業ミッションを共有することで一体感が生まれる

ロゴデザインに象徴される事業ミッションを共有することで一体感が生まれる
出典:株式会社ファームステッドFaceBook

こうして導き出した事業ミッションを組織内で共有することで、組織全体の意識が高まり、より高いモチベーションと一体感を持って農業というビジネスに取り組むことができます。

また、ほかの農場とは異なる魅力を発信できるようになれば、その魅力に共感した人材を獲得することにつながります。入った人材が事業ミッションを理解し、高いモチベーションで働くことができれば、離職率の低下にもつながっていきます。

「言い合える企業風土」を生み、経営者の判断を助ける

FIに基づいた具体的な事業ミッションを定めることで、同じ組織内にいる全員が「どういう方向性で仕事を進めるべきか」を意識できるようになります。この意識が定着すれば、業務改善や販売戦略について、組織内の全員が考えを持つことができます。

長岡 経営を拡大していけばいくほど、経営者が関わる人の数は増えていきます。すると、外部から「もっとこうしたほうがいいのではないか?」と声をかけられることもあります。

しかし、その意見が本当にその組織のFIに沿っているものかどうかは、FIを深く理解しなければ判断できません。そして、組織外部の人間がその農場のFIを理解しているとは限りません。

組織の中にFIの考え方が浸透していれば、経営者の判断軸がぶれそうになったときでも「それってうちのFIに沿わないんじゃないですか?」と声をかけてくれる組織風土を作ることができるのです。

FIに基づいた事業ミッションが1本の軸としてあれば、その軸にを拠り所にさまざまな意見を出し合える環境になります。これが経営者の判断を助け、軸がぶれない農業を継続していくことにつながっていくのです。

デザインの力を最大限発揮|「フルーツのいとう園」のケース

ファームステッドでは、本拠地のある北海道を始め、東京や沖縄、台湾など各地でトータルプロデュースを行っています。その中でもデザインの力を最大限発揮でき、大きな変化があったという、福島県にある「株式会社フルーツのいとう園」の事例を紹介します。

ロゴマークの旗を掲げる株式会社フルーツのいとう園 伊藤さん夫妻

ロゴマークの旗を掲げる株式会社フルーツのいとう園 伊藤さん夫妻
出典:株式会社ファームステッドホームページ

東日本大震災時の風評被害により経営に大きなダメージ

福島県福島市にあるフルーツのいとう園は、代表である伊藤隆徳さんと奥様の2人で運営している規模の小さな果樹園です。2011年に東日本大震災が起こる前まではJAへの出荷と直販の割合は半々だったといいます。しかし、震災の影響で売り上げは激減しました。

原子力発電所の事故に関係する風評被害を受け、放射性セシウム量に関する検査をクリアした作物でもまったく売れないという状況に陥ってしまいました。

ギフト用として販売していた高糖度のブドウの予約はキャンセルになることが多く、大打撃を受けたフルーツのいとう園は、ギフト用のブドウを干しブドウにして販売しようと考えました。しかし、その結果は思わしくなかったそうです。

売り出した新商品が似たような商品の中に埋もれてしまう

長岡 福島県でセミナーをさせていただく機会があり、その際にフルーツのいとう園を運営されている伊藤さん夫婦と出会いました。そのときに当時実際に販売していた干しブドウのパッケージを見せていただきました。

枝なし900円、枝付き1,800円で販売されていたその商品は高糖度のブドウを使っているということもあり、非常においしく、クオリティの高いものでした。それでも売れなかった理由の一つは「パッケージ」にありました。

フルーツのいとう園の干しブドウが販売されていた売り場を見てみると、そこには似たようなパッケージの似たような商品がずらりと並んでいました。これでは商品ごとの違いは全くわかりません。

似たようなパッケージ、同じくらいの内容量で並んでいる中であれば、より安価な物を購入しようと考えるのは普通のことです。

見ただけで「フルーツのいとう園」だとわかる「顔」、すなわちデザインがなければ、フルーツのいとう園のファンにすら選んでもらえなくなってしまうのです。

やりとりを重ねてデザインの方向性を決める

フルーツのいとう園の当時の経営課題は、栽培した作物や加工品を売り切り、ロスをなくすこと。はじめに相談にきた時点で、この課題は明確でした。

そこで、長岡さんは何度も伊藤さんを訪ねました。時間をかけたヒアリングの結果、「高糖度で品質の高いブドウの収量が限られていること」「チャンスがあれば海外に出荷してみたいと考えていること」そして、「福島県のフルーツが本当においしいということを伝えたい」と考えていることを教えてもらいました。

長岡 ヒアリングした内容をもとに、ロゴマークを刷新。パッケージも高級感のあるものに変更し、干しブドウの販売価格も上げて、高価なギフトとしてアッパーラインでの販売戦略を立てました。

デュエット仕立ての枝付き干しぶどう。漆黒とゴールドの高級感のあるパッケージが目を惹く。

デュエット仕立ての枝付き干しぶどう。漆黒とゴールドの高級感のあるパッケージが目を惹く。
出典:株式会社ファームステッドホームページ

デザインの力で注目度が飛躍的に高まり、課題解決を実現

デザイン変更後、伊藤さんは展示会イベントに参加。売り場に立った伊藤さんは高級感溢れるスペースレイアウトに合わせて、白いシャツに黒いベスト、サロンエプロンに蝶ネクタイといった、まるでソムリエのようないでたちをしていました。

当然、ほかの出展者はそのような格好をしていません。注目度は抜群です。そのイベントを取材していた民放テレビ局のスタッフから声をかけられ、フルーツのいとう園の名前は全国に知られることとなりました。

この偶然のメディア露出がきっかけとなり、フルーツのいとう園は顧客獲得に成功します。干しブドウや、ほかの加工品をきっかけに作物そのものにも注目が集まり、フルーツのいとう園ではロスを出すことなく、作物を売り切ることができるようになったのです。

さらに、その評判を聞きつけたバイヤーからの打診により、期間限定でシンガポールでの販売が決定。予期せず夢が叶った伊藤さんは、やはりソムリエ姿でシンガポールの売り場に立ったそうです。

ロゴマークは「旗印」。旗印を掲げることが課題解決と夢への飛躍を叶える

長岡 ロゴデザインが決まったら、そのロゴデザインを印刷した旗を作り、経営者の方と写真を一緒に撮らせて頂いています。その経営者の思いや夢が詰まった旗印を掲げることで、課題解決が可能になるだけではなく、さらに大きな夢に向かって飛躍することも不可能ではないのです。

ソムリエ姿でインタビューを受ける伊藤さん

ソムリエ姿でインタビューを受ける伊藤さん
出典:株式会社ファームステッドホームページ

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株式会社フル-ツのいとう園

農場の顔としての「デザイン」の重要性を広く啓蒙していく

昨今、これまで農業の世界では注目されていなかった「マーケティング」や「ブランディング」の必要性が徐々に認識されてきています。

同じように農場の顔となる「デザイン」の必要性をもっと広めたいという思いから、長岡さんは全国のイベントやセミナーなどでの啓蒙活動を積極的に行っています。

長岡 私たちのもとに相談に来られる農家の経営者の中には、「デザインのための予算を確保できない」「うまくいった事例の農場とは条件が違うから望むような結果が出るか不安」「私たちなんかが相談してもいいものか」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

全く同じ条件、同じ営農形態の農場は1つとしてありません。そしてそれぞれに魅力があり、それぞれの条件に合わせたトータルプロデュースを提案していくのが私たちの仕事です。

より多くの方に農業におけるデザインの重要性を知っていただくことで、農業界の活力を上げる助けになれれば嬉しいですね。

各地での講演以外にも独自開催のイベントを行い、農業におけるデザインの重要性を伝えている

各地での講演以外にも独自開催のイベントを行い、農業におけるデザインの重要性を伝えている
出典:株式会社ファームステッドFaceBook

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栽培や出荷以外にコストを割くことは、農業経営者にとって決して簡単な決断ではありません。しかし、軸となる旗印を掲げ、思いを共有できる戦友を得ることができるのであれば、これまで以上によりよい「農業」を実践することができるのです。

農業におけるデザインの力には、農業経営者個人や農場単体だけではなく、農業界全体を盛り上げていくようなエネルギーが秘められているのかもしれません。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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