世界農業遺産とは? 世界遺産・日本農業遺産との違い&認定されるメリット
日本の農業にとって、世界農業遺産に認定されることは、具体的にどのような変化があるのでしょうか。世界遺産や日本農業遺産との違いをはじめ、実際に認定を受けた地域の取り組みに触れながら、世界農業遺産認定によって、もたらされる影響と認証の活用法を見てみましょう。
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農業は、食料を担う重要な産業であると同時に、地域に根付いて自然環境や文化を育む役割を果たしています。そうした農業を経営する関係者向けに、文化や地域ごとにシステムとして評価し認定する世界農業遺産について、その定義や目的、メリット、課題などを詳しく解説します。
世界農業遺産とは?
「世界農業遺産」は「ジアス(GIAHS : Globally Important Agricultural Heritage Systems)」とも呼ばれますが、どちらの名も初めて目にする人もいるのではないでしょうか。まずは、世界農業遺産の概要を簡単にまとめます。
世界農業遺産の定義
世界各地には、古くからその土地の気候や地形を活かし、周囲の生態系と共存しながら営まれ、今なお人々の生活に強く結びついている農業があります。
しかし、世界的な食糧難が危惧される中、農業に大規模化・均質化・効率化が求められ、小規模で非効率的な場合が多い伝統的農業は、失われつつあるのが現状です。
そこで、「国際連合食糧農業機関(以下、FAOと表記)」は、そのような農業を地域のシステムごとによって、世界農業遺産に認定しています。その目的は、伝統的な農業のシステムを周囲の環境や文化、技術、景観などを含めトータルで保全し、次世代に引き継ぐこととしています。
FAOが世界農業遺産を提唱したのは2002年です。2年後の2004年に「国際農業遺産(GIAHS)運営委員会」で、初めて世界農業遺産として、チリや中国などが認定されました。
当初は、発展途上国の農業発展と伝統農業の維持のために認定を行っていたため、認定地域はアジアを中心とした途上国ばかりでした。
ところが、2011年に先進国として初めて、日本で「新潟県・トキと共生する佐渡の里山」と、「石川県・能登の里山里海」の2地域が認定されました。
これを機に、先進国も世界農業遺産の対象になり、その後は先進国でも、今なお守り続けられている伝統的農業が認定されるようになりました。
2021年6月現在の認定数は世界で22ヵ国62地域、日本では11地域となっています。登録数が最も多い国は中国で15地域、次いで日本の11地域、それ以降は韓国の5地域、スペインの4地域と続きます。
日本がこのように多くの認定を受けているのは、日本各地の伝統的農業が優れていることと、それに誇りを持っている人がたくさんいることを示しているのでしょう。
世界遺産との違い
世界農業遺産と世界遺産は似て非なるものです。世界農業遺産はFAOが認定しますが、世界遺産は1972年に「ユネスコ(UNESCO)総会」で採択された、世界遺産条約に基づいて登録されます。日本での所轄官庁では、世界農業遺産は農林水産省、世界遺産は文化庁です。
世界農業遺産が、農林水産業とそれに関わる地域のシステム全体を「環境の変化に適応させながら次世代に引き継ぐ」ことを目的にしているのに対し、世界遺産は世界中の有形の文化・自然を人類共通の遺産として、「そのまま保護する」ことを目的にしています。
そのため、世界遺産に登録されると、文化庁も加わって「現状を維持または回復する」ための活動が行われます。場合によっては、環境の保護のために、地域の住民が不便を強いられることもあります。
一方、世界農業遺産は、農業と地域が一体となったシステムを存続させるため、農林水産省とともに地域環境の変化に合わせた柔軟な対応が可能です。
また、知名度では圧倒的に世界遺産の方が高いので、登録されるだけで世界中の認知度が飛躍的に上がり、観光客が増えて地域経済が活性化するメリットがあります。世界農業遺産は、まだ一般的には認知されておらず、認定されるだけでは変化を期待できません。
しかし、見方を変えれば、世界遺産は影響が大きいために文化庁の介入も強く、また、否応なしに訪れる観光客への対応を余儀なくされます。
世界農業遺産は自分たちが主体となって、どのように地域経済や農業の発展に活かすかを自由に考えられるのです。
日本農業遺産との違い
もう1つ、世界農業遺産に似た「日本農業遺産」も存在します。日本農業遺産は、世界的または国内的に重要とされる、日本各地の伝統的な農林水産業システムを、農林水産大臣が認定するものです。
2017年に始まり、世界農業遺産にも認定されている、静岡県わさび栽培地域や徳島県にし阿波地域のほか、埼玉県武蔵野地域、三重県尾鷲市紀北町など、2021年3月現在、22ヵ所が認定されています。
出典元:農林水産省「世界農業遺産・日本農業遺産認定地域」
世界農業遺産の認定基準について、詳しくは後述しますが、5つの基準が設けられています。日本農業遺産はそれに加え、以下の3つの基準をもとに認定が行われます。
・変化に対する回復力
・多様な主体の参加
・6次産業化の推進
世界農業遺産は、伝統的な農業システムの保全に取り組んでいれば認定されますが、日本農業遺産は、すでに地域ぐるみで6次産業化の促進など、積極的に行われていることが基準となります。
つまり、認定を得て、それを武器に新たな取り組みを始めるというよりは、すでに取り組みを行っていることに、認定というお墨付きをもらうといったイメージがわかりやすいでしょう。
世界農業遺産に認定されている地域の例
miamiwatase/PIXTA(ピクスタ)
日本で世界農業遺産として認定されているのは、世界で初めて認定された、新潟県と石川県以外に以下の9地域があります。
・静岡の茶草場農法(静岡県・2013年認定)
・阿蘇の草原の維持と持続的農業(熊本県・2013年認定)
・クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環(大分県・2013年認定)
・清流長良川の鮎(岐阜県・2015年認定)
・みなべ・田辺の梅システム(和歌山県・2015年認定)
・高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム(宮崎県・2015年認定)
・持続可能な水田農業を支える「大崎耕土」の伝統的水管理システム(宮城県・2017年認定)
・静岡水わさびの伝統栽培・発祥の地が伝える人とわさびの歴史(静岡県・2017年認定)
・にし阿波の傾斜地農耕システム(徳島県・2017年認定)
このうち、佐渡の里山の「トキ」や長良川の「鮎」、田辺の「梅」など具体的な象徴のある地域は、それを活用したブランディングや観光振興を行いやすいとされます。
しかし、「能登の里山里海」のような核となる象徴がなく、「システム」や「営み」を評価された認定の場合は、なかなか戦略に使いづらいケースもあります。
そこで、能登では実態を持たない農業システムを見える化することで、里山里海の活性化に役立てることに取り組んでいます。
具体的には、石川県や能登の自治体、農林漁業・商工・観光団体で組織された「『能登の里山里海』世界農業遺産活用実行委員会」が、地域に点在している、里山里海の重要な構成要素を「資産」としてリスト化。そしてホームページなどから一覧できるようにしました。
このリストそのものが世界農業遺産の象徴となり、これをもとに多様な活性化戦略に臨めるのです。
出典:「能登の里山里海」世界農業遺産活用実行委員会
世界農業遺産は、認定されるだけで何らかの効果があるのではなく、このように自分たちで活用して初めて、価値が生まれるといえるでしょう。
めざすべき? 世界農業遺産に認定されるメリットと注意点
ももぞう /PIXTA(ピクスタ)
次に、具体的な世界農業遺産のメリットと注意点を見てみましょう。
農作物のブランド化や地域経済の活性化が期待できる
先程の項目でも触れましたが、世界遺産ほどの効果はないものの、世界農業遺産に認定されれば、工夫次第でそれを武器に農業遺産自体の認知度向上や農作物のブランド化、観光客の誘致などに活用できます。
ブランディングの核となるシンボルを作って、地域の生産物すべてに統一パッケージを使うなど、地域全体でブランディングに成功し、収益増を実現した地域もあります。「世界農業遺産」であることを積極的にアピールし、農産物の差別化などに活用できるわけです。
認定を受けた各地の具体的な取り組みは、農林水産省のWebサイトで紹介されています。
参照元:農林水産省「世界農業遺産・日本農業遺産」
また、農林水産省でもリーフレットを作成し、農業遺産を巡る旅のモデルコースや特産品・名物を紹介したり、農業遺産を紹介する子ども向けの漫画を作ったり、農水省の職員がYouTuberとなって「BUZZ MAFF(ばずまふ)」で情報発信したりなど、さまざまな形でサポートしています。
それらの取り組みもすべて、上記のURLのサイトで紹介されているので、参考にしてみてください。
考えたいのは、次世代への継承義務が生じる点
注意したい点として、認定された地域は世界農業遺産を次世代へ確実に継承していく義務が生じることです。もちろん、法的拘束力はありませんが、世界農業遺産の目的や定義を見れば、認定された農業システムは、次世代に継承すべきであることは明らかです。
そのため、地域全体で連携しながら、世界農業遺産を保全するための行動計画を定め、伝統的な農業・農法などを次世代へつなげる取り組みを行う必要があります。ただし、認定機関であるFAOからは、そのための金銭的支援などはありません。
認定をめざすなら、認定によって何らかの外的な効果を期待するのではなく、認定された事実を活用して、自らが主体的に活性化や次世代への継承を行わなければならない点について、考える必要があります。
伝統農業を世界農業遺産として申請する方法
Yoshitaka/PIXTA(ピクスタ)
最後に、世界農業遺産として申請する場合に、どのような手順が必要か、その流れを説明します。
申請から認定までの流れ
1.個人では申請できず、市町村や農林漁業団体などの協議会などが申請者となって申請書を作成します。申請書作成に当たっては、地方農政局などからアドバイスを受けられます。
2.申請書が提出されると、農林水産省が地方農政局などと連携し、世界農業遺産等専門家会議に諮りながら、一次審査(書類審査)、現地審査、二次審査(プレゼン)までを行います。
3.農林水産省の審査を得たのち、FAOへ認定申請することを農林水産省に承認してもらいます。
4.その後、農林水産省からFAOへ申請書が提出され、FAOは世界農業遺産科学助言グループに諮りながら、書類審査と現地調査を経て、認定を行います。
評価項目と認定基準
世界農業遺産は、農業だけではなく農林水産業すべてを対象にしています。また、その産業システムが伝統的であることは当然、現在でも経済活動として成り立ち、持続的に活用できることが重要です。その認定基準は次の5つです。
1.食料および生計の保障
対象の農林水産業が、地域経済や人々の食料・生計を保障していること。
2.生物多様性および生態系
農水産業の持続可能性の観点からも、地域の自然環境を活かし、生物多様性を維持するシステムであること。
3.地域的、伝統的な知識システム
保全すべき地域の伝統的な知識や、独創的な技術が受け継がれていること。
4.文化、価値観および社会組織
地域の文化的な価値を生み出し、維持するしくみがあること。
5.優れたランドスケープおよび土地と水資源管理の特徴
水や土地などの環境資源を生活の中で活用し、優れた景観を維持していること。
世界農業遺産はまだ知名度も低く、世界遺産のような、すぐに目に見える効果は得られないかもしれません。しかし、その認定をどう活かし、地域の活性化、さらには次世代への継承にどうつなげるかは、認定を受けた地域の主体性にかかっています。
行政や指導機関、他産業などと連携し、認定後のプランをしっかりと立ててから、申請を行いましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。