ホップ農家が抱える経営課題の解決策を考える。クラフトビール醸造など付加価値を高める取り組み
国内のホップ生産量は岩手県がトップシェアですが、全国的に見ても生産量の減少傾向が続いています。一方、クラフトビールがブームとなり、需要増の兆しも見えています。この記事では、ホップ農家が抱える経営課題や地域ブランド化による地域活性化の事例を紹介します。
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国内のホップ生産量は減少している一方で、質の高いビール造りに欠かせない原料として需要が高まりつつあります。近年では東日本大震災からの復興をめざして、新たにホップ栽培に取り組む農家も見られます。まずは、国内のホップ生産量を確認してみましょう。
ホップとは?
サム / PIXTA(ピクスタ)
ホップとは多年生のツル性植物で、ヨーロッパでは8~9世紀頃から薬草として栽培が始まったといわれています。日本には明治時代初期に上陸し、「カラハナソウ」と呼ばれることもあります。
アメリカ・ドイツ・エチオピアで全世界の約8割のホップが生産されており、日本でも東北地方や北海道で生産されています。7~8月にかけて、雌株にビールの原料の一つとなる「毬花」が開花、高さ10m近くまで成長するのが特徴です。
ビールづくりでは、毬花の中にある「ルプリン」という黄色い球体が必要不可欠です。原料の麦汁に毬花を入れて煮沸すると、ホップの香りや苦み成分が麦汁に移ります。醸造中の雑菌混入を防ぐ作用や、苦み成分とタンパク質の相乗効果で泡持ちがよくなる効果ももたらされます。
ホップの品種ごとに苦みや香りに特徴があるため、「ビールの味はホップで決まる」といっても過言ではありません。ホップの苦み成分には健康維持に役立つ植物成分が含まれることがわかっており、ホップ成分が含まれる機能性食品も発売されています。
日本におけるホップの産地と生産量
shimanto / PIXTA(ピクスタ)
日本では、北海道や青森県・岩手県・秋田県・山形県でホップが栽培されています。
令和2年度のホップ生産量は東北地方だけで国内全体の9割以上を占めており、岩手県は48.7%、秋田県26.7%・山形県17.9%の順でした。中でも岩手県遠野市はホップの一大産地で、国内の栽培面積の約3割を占めています。
岩手県
ホップ生産量が日本一の岩手県では、1956年に江刺町(現在の奥州市江刺区)で初めてホップ栽培が始まりました。
1963年にかけて軽米町や岩手町などにも栽培が広がり、国内主要ビールメーカーすべて(キリンホールディングス株式会社・アサヒビール株式会社・サッポロビール株式会社・サントリー株式会社)が岩手県内で契約栽培に乗り出しました。
1984年にはホップの栽培面積が343haに達し、山形県を抜いて日本一のホップ生産地となったのです。
山形県
一方、山形県では1962年に長野県を抜いてホップの栽培面積が日本一になりましたが、1966年をピークに栽培面積が減少に転じ、現在は3位にあまんじています。
栽培面積の減少要因としては、ホップ価格の停滞に伴う所得減を補うために稲作などの兼業や果樹類への転作が進んだこと、ホップ収穫期の労働力を確保しにくかったことが挙げられます。
尾花沢市の一部の大規模農家では、中型摘果機を導入するなどして栽培面積を伸ばしている例もあります。
ホップ農家が直面する経営課題
buritora / PIXTA(ピクスタ)
国内のホップ作付面積は、1975年以降年々減少する一方です。生産地の過疎化や農業従事者の減少も相まって、2018年のホップ生産量は2008年と比べて半分以下に減っています。そこで、ホップ農家が直面している経営課題について解説します。
労働力の課題
農家の後継者不足や収穫期の人員確保の難しさが、ホップ生産量の低下に拍車をかけています。
ホップは毬花が成熟した8月下旬頃に収穫時期を迎え、品質が低下しないよう7~10日間で集中的に収穫・乾燥作業を行います。家族だけでは人手が足りず、生産組合単位で共同作業を行う地域が増えているものの、短期間のアルバイトの確保に苦戦しているのが現状です。
高所での手作業となるため作業の負担が大きく、アルバイト募集を出してもなかなか人が集まらないという実態もあるようです。
一方、ホップ栽培に取り組む新規就農者をサポートする動きも増え始めました。例えば、大雄ホップ農業協同組合(秋田県横手市)では、地域のホップ農家に弟子入りして栽培技術と農業経営を学ぶ長期研修制度を設けています。
行政や地域おこし協力隊などと連携してホップに触れる機会をつくり、将来の就農につなげる取り組み事例も見られます。地域活性化をきっかけに後継者確保につながれば、労働力の課題も解決に向かうでしょう。
設備面の課題
ホップの摘果機・選別機や乾燥機といった設備の老朽化も、ホップ農家にとっては経営上の課題です。
手作業や専用の収穫機を装着したトラクターで収穫したホップは、摘果機で毬花と茎葉を分離した後に選別・乾燥を行います。
収穫後の作業の機械化が進んでいるとはいえ、ホップ向けの農機メーカーは国内に1社のみで、機械の更新が遅れているのが実情です。修繕費の負担も増えており、生産コストが高くなる原因にもなっています。
ホップの選別・乾燥設備を生産組合単位で所有している事例も見られますが、ホップ栽培から離れる農家が増えているため、農家1軒あたりの利用料金も高くなる傾向です。
結果的に機械の修繕・更新費をまかなえない事態も懸念されています。その状況を打破すべく、岩手県遠野市のようにふるさと納税制度を活用して、機械の修理費をまかなおうとする動きも見られます。
作業効率の課題
ホップを栽培するほ場の立地条件が悪く、栽培や収穫の機械化が難しいため作業効率にも課題が残されています。
ホップの栽培面積が減った結果、小規模のほ場が分散して残っており、移動時間が長くなりがちです。斜面に位置するほ場や形状がいびつなほ場では機械化が困難で、植え付けから収穫までは人手による作業を余儀なくされます。ホップ栽培の拡大に限界があるため増収が難しく、ほかの作物の栽培で農業経営を成立させているのが現状です。
また、良質なホップを収穫するためには根株の手入れ(株開き)や余分な芽を除去する選芽作業が必要不可欠です。岩手県遠野市の場合だと、株開きだけでもホップ農家1戸あたり1週間程度かかっているため(ほ場の平均面積70a)、機械化による効率化が課題となっています。
ドイツ製の栽培専用機械が実用化されているものの、日本では導入費用の補助対象外のため、生産組合としての導入が進んでいないのが実情です。
経営課題を解決するホップ農家の新たな取り組み
igorr / PIXTA(ピクスタ)
ホップ農家の労働力不足や栽培効率といった経営課題を解決する新たな取り組みとして、岩手県遠野市では2016年から「ビールの里プロジェクト」を本格化させています。キリンビールと遠野市が官民一体となり、ホップ栽培を通じて地域を活性化して「ホップの里」から「ビールの里」へのシフトを図る取り組みです。
2018年には農業法人(BEER EXPERIENCE株式会社)を設立、海外の栽培技術を取り入れて省力化と作業効率の向上を実現しながら、高品質の日本産ホップを生産する体制を確立しています。
新規就農者の育成やホップを使用した加工品開発、ビールを軸に遠野市の産業資産を見学・体験する「遠野ビアツーリズム」事業を通じて、地域活性化をめざしているのも特徴です。おつまみ野菜「遠野パドロン」の栽培・加工にも取り組み、ビール農業ビジネスの通年化と高付加価値化も推進しています。
「ZUMONA Project(ズモナ・プロジェクト)」では、清酒の仕込み技術をビール醸造に応用し、地ビールからクラフトビールへの進化をめざしています。「ヴァイツェン」「ゴールデンピルスナー」「アルト」などをラインアップ、遠野市のブランディングにも効果を発揮しています。
また「遠野ホップ収穫祭」では、ホップ農家をはじめ地元企業や行政・市民などが連携して遠野市の旬の食材と共にビールを味わうイベントを通じて、ホップ栽培・クラフトビールの魅力発信を続けているのも特徴的です。
大手ビールメーカーが推し進める収穫自動化モデルにも期待
Ronedya / PIXTA(ピクスタ)
ビールの里プロジェクトを推進する一環として、キリンホールディングス株式会社では国内初のドイツ式のほ場を作り、2019年からホップ収穫の自動化を実現しました。将来的には8haまでほ場面積を拡大する予定です。
支柱の間隔を拡大し、なおかつ高さも7mまで高めて栽培工程の機械化に対応することで作業効率を高め、収量増加もめざしています。ドイツ製のホップ栽培専用機械も導入し、従来は1週間かかっていた株開き作業を1日で完結できる予定です。収穫の人手も1人で済むようになり、農家の人手不足を解消する有効な手段となるでしょう。
新しいほ場では新品種「MURAKAMI SEVEN」を栽培し、2020年6月から「MURAKAMI SEVEN IPA」というビールの販売を開始しました。農作業の効率化を実現しながら日本産ホップの魅力を発信する新しい取り組みとして注目されています。
農家の後継者不足や繁農期の人手不足などが原因で、国内のホップ栽培面積は年々減り続けています。収穫後の選別機・乾燥機の老朽化に伴う修繕費の増加や、ほ場の形状などに起因する作業効率の悪さもホップ農家にとっては経営課題の一つです。
そのなかでも、岩手県遠野市ではクラフトビールのブランディング戦略による地域活性化を通じて、ホップ栽培に取り組む新規就農者の獲得をめざしています。大手ビール会社のほ場でホップ栽培の機械化に取り組むなど、経営課題を克服する動きも見られます。
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舟根大
医療・福祉業界を中心に「人を大切にする人事・労務サポート」を幅広く提供する社会保険労務士。起業・経営・6次産業化をはじめ、執筆分野は多岐にわたる。座右の銘は「道なき道を切り拓く」。