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消費地に近い農業ならでは!「地域に応援される農業スタイル」
  • 農業経営

消費地に近い農業ならでは!「地域に応援される農業スタイル」

自動車整備士から脱サラして、実家の農業に携わる道を選んだ廣谷さん。埼玉県新座市という東京に隣接した立地で、消費地に近いメリットを活かした都市近郊型農業経営の実践を紹介します。

廣谷智史さんプロフィール

廣谷農園 廣谷智史(ひろやさとし)さん

埼玉県新座市出身、33歳。ディーラー系の自動車整備士として勤務していた会社から、30歳の時に転身を図り、実家の廣谷農園で農業に携わる。

農家の息子とはいえ、本格的な農業はほとんど初めての状態からスタート。まだ現役で農業を続けているご両親のもと、父親についてイチから学ぶ。目の前で見て、聞いて、わからないことをクリアにしながら農業の基本を習得。

年間30~40種の野菜などを地元のスーパーを中心に販売する。地産地消に貢献しながら、地元の農業を支えている。

都市近郊農家ならではの経営手法

廣谷農園は埼玉県新座市の住宅街の中に広がる

廣谷農園は、埼玉県新座市の住宅街の中に広がる

新座市のある住宅街には、今回お伺いした廣谷農園のほか、数件の農家の畑がモザイクのように広がっています。5ヵ所の畑をトラクターで行き来するという廣谷さんに、まずは経営の形を聞きました。

30~40種の野菜・果樹をローテーション

廣谷さん(以下敬称略) 新座市の名産である「にんじん」をはじめ、「とうもろこし」「オクラ」「ピーマン」「きゅうり」「ナス」「トマト」「ジャガイモ(馬鈴薯)」「枝豆」「玉ねぎ」「さやいんげん」「パプリカ」などの野菜類、果樹では「巨峰」「キウイフルーツ」ですね。

トータルで見ると、年間で30種から40種を、5ヵ所の畑を使ってローテーション生産しています。農地の広さは、合計でおよそ1,000平方mですが、そこを家族ですべて見ています。

多品種少量生産を継続するコツ

5ヵ所の畑と3棟のビニールハウス、自宅近くの育苗ハウスをトラクターで移動しながら作業している廣谷さんに、多品種の生産・出荷を安定的に継続できているコツを聞いてみました。

廣谷 うちのように限られた農地で多品種栽培を継続していくポイントは、我慢と辛抱ですかね(笑)。

1つの作物だけにとらわれすぎてもうまくいきません。全体に広くゆったりと目配りしてあげることです。1つの作物の単収にこだわって欲張りすぎたり、生育状況に執着しすぎてもダメなのです。

心のゆとりのような、よい意味での“ゆるさ”というものも大切ですね。

新座市 廣谷農園 多品種栽培のポイントは全体を広く目配りすること

多品種栽培のポイントは全体を広く目配りすること

多品種少量生産という経営の選択

多品種少量生産という経営の選択したのは父上でした。その背景には都市近郊だから起きた農地の分散と面積減少がありました。

廣谷 20年ほど前、私が小学生の頃までは、築地市場をメインに、高島平の板橋市場などに、まとまった量の野菜を卸す経営形態でした。農地も今のように分かれておらず、面積も数倍あったのではないでしょうか。

季節によりますが、大根、にんじん、ほうれん草、小松菜、里芋などをまとめて作付け、収穫期には箱詰めの後、1.5tトラックで父が卸売市場に持ち込んでいました。

しかし、新座近辺でも住宅地化が進み、区画整理や道路の拡張に伴って、農地が分割され、面積も次第に減っていきました。それで父は、多品種少量栽培の経営に切り替える判断をしたそうです。

「限られた面積の分散した畑では、まとめて作ってまとめて出荷する形では効率が悪い。栽培する作物も畑の状態に合わせて分散させ、万遍なくつくり切れ目なく出荷する方がよい」ということです。

また、農業を続けていくうえで、分散した畑の作物をまとめて卸すのでは、体力的にも時間的にも無理がある、ということもありました。朝から収穫・箱詰め作業をし、トラックに手積みし、夕方卸売市場に持ち込んで帰宅すると午後10時になる、という毎日でしたから。

ちょうどそのころ東京都のディーゼル車規制が始まり、トラックを改善する必要が生じました。それで父は、一緒に卸売市場に出している農家仲間とも話し合い、最終的に「トラックにお金をかけるよりも、経営を“直販”に切り替える」という判断をしました。

とはいえ、経営の切り替えがすぐにできるわけではありません。

消費者に受け入れられるのではないか?とスーパーで見かけた野菜を試作したり、種苗店に相談したりして、新しい品種を取り入れていきました。その試行錯誤を繰り返し、30~40種をローテーションする今の栽培暦ができています。

新座市 廣谷農園 夏には「オクラ」や「ナス」など、季節に応じた多品種を栽培している

夏には「オクラ」や「ナス」など、季節に応じた多品種を栽培している

出荷先はスーパーマーケットとJAの直売所

廣谷農園は、都市近郊の住宅街にある農家として、その立地的なメリットを活かした販路を選択しています。

販路の開拓は地域のつながりから

廣谷 主な販売ルートは、地元スーパーですね。具体的には、大手スーパー「マルエツ」の志木幸町店、地場スーパー「フードガーデン」の新座店・朝霞店など、地域密着型の店舗です。

また、新座市の多目的ホール「ふるさと新座館」1階でJAが運営している「新座農産物直売センター」にも出荷しています。

かつて父は、地域のJAからスーパーの出店情報を聞き、スーパーの担当者と交渉を積み重ねることで、新しい販路を開拓していったようです。

私は、新座市商工会青年部の会合で地元の飲食店経営者から声をかけられ、飲食店に直接納品もしています。こちらは、週に何回届けるといった決めではなく、届けられるときに届ける柔軟な形をとらせてもらっています。その方がお互いやりやすい、と話し合ってそうなりました。

地元スーパーを主な販売先とするメリット

廣谷 いろいろな出荷先がある中で、地元スーパーを主な販路としたのには、何より輸送時間が短いことが大きいですね。自分の生産ペースで、自ら持ち込めるので栽培管理の面でもゆとりが持てます。

また、完熟するまで木成りにしたおいしい状態の採れたて野菜を出荷できることも、都市近郊農家ならではのことだと思います。

例えば、地方の農家が都市部の市場に仕向ける場合、店頭に並ぶまで数日かかることもあります。都市近郊農家では、その日の朝に収穫した作物を、直接売り場に運び込めます。

ただし、朝は早く、日によっては3時半には起きて収穫したあと、袋詰め・シール貼りなどの出荷調整をしています。

「生産者の顔が見える野菜」でリピーターをつかむ

スーパーの「地元野菜コーナー」向けの出荷では、廣谷さんが担当するようになってから、パッケージに貼るシールにひと工夫しています。配荷時には、お客様とのコミュニケーションも生まれるそうです。

廣谷 スーパーには「地元野菜コーナー」がありますよね。私や父の写真付きのパッケージで、いわゆる「生産者の顔が見える野菜」として販売しています。

私が配荷を担当するようになってからは、パッケージに貼るシールにひと工夫しています。生産者情報だけではなく、品種の特徴や向いている料理など、プラスαの情報を提供するように心がけています。

ときには商品を並べている際に、お客様から声をかけられることもあります。そのときは、自分が生産者であることをお伝えし、感想や評価を聞くようにしています。こうした工夫でリピーターがついてくれていることを実感しています。

地域農業を市民に知ってもらうための「直売所」

廣谷農園では、スーパーでの販売以外にも、テントを立てた期間限定の「直売所」と「ロッカー式無人直売所」の運営もしています。

廣谷 直売所の運営は、自分で価格を決められる、手数料がかからないということもありますが、収益面より、地域の農業がまさに生きて活動していることを市民にリアルに知ってもらう、いわば広報の役割の方が大きいですね。

「鮮度のある野菜・果物のおいしさ」「スーパーの地元野菜コーナーにある野菜は、この農家のこの畑で作られている」ことを知ってほしいという想いで運営しています。

新鮮な野菜のおいしさを届ける季節ごとのテント直売所

新座市 廣谷農園 とうもろこし直売所には行列ができるほど

とうもろこしのテント直売所には行列ができるほど

廣谷 季節ごとに収穫できたものを、畑の横にテントを立てた直売所で販売しています。今は巨峰ですね。とうもろこし販売の時期には、テントの前に行列ができるまでになり、廣谷農園の顔にもなっています。

とうもろこしの直売は、「収穫後すぐの糖度の落ちていないとうもろこしのおいしさを、消費者に知ってほしい、届けたい」という想いで始まりました。地元スーパーへの出荷であっても、収穫してから消費者が買うまでには時間がかかり、糖度が落ちてしまいますから。

おいしい野菜を作っていることを知ってほしい、という農家のプライドともいえますね。

事前に立て看板で告知をしておくと、それを見た近所の方が、「○月○日に廣谷農園がとうもろこしの直売をやるらしい」などと、口コミやSNSで拡散してくださいます。地域の方々がサポーターになってくださっているようなもので、大変ありがたいです。

ロッカー型の無人販売所も大切な広報拠点

新座市 廣谷農園のロッカー型販売所

新座市のメインストリートに設置された無人販売所

廣谷 もう1つ販売面で力を入れているのは、ロッカー型の無人販売所です。

こちらも、広報的な役割が大きいのですが、人通りの結構ある大きな道路に設置することで、「スーパーのあの野菜はここで作っているんですね」と初めて知るお客様が多いのです。

無人販売所には、その日収穫できた野菜、きれいにすべての形は揃っていないけれど新鮮でおいしい野菜をお得な価格で地域の方々に提供するという役割があります。

新座市 廣谷農園 ロッカー型販売所で野菜を購入しているお客様

100円玉で買える手軽さが好評。お客様との交流が生まれることも

新規就農を考えている方へのメッセージ

農業技術は実地で学ぶ

廣谷 私の場合、幸いなことに父が現役です。まずは父親についてまわり、作業の流れを目の前で見て、わからないことはどんどん聞きながら習得していきました。また、農機についても、前職の経験が役立ちました。

しかし、就農する人は、私のように農家を継ぐ人ばかりでも、農機についてある程度知っている人ばかりでもありません。

地域の農家仲間をみると、私のように普通に就職して30代になってから農業を継ぐ人、普通の学校のあとに県の農業者大学校などで学んでから農業に入る人、実家は農家でないけれど脱サラして農業に新たに取り組くむ人、などのパターンが主ですね。

新規就農するときは、農業が自分に合っているか、「農業のリアル」を体験する形で学んでから、本格的に就農することをおすすめします。最近は法人化しているところも多いので、一度、農業法人に就職するのもよい選択肢だと思います。

畑で作業をして、出荷準備をして、出荷して、を実際に学んでみて「ちょっと違うな」と思ったら別の選択肢を選べばいいのです。

【4Hクラブ】地域の農家仲間との情報交換が学びに

新座市 廣谷農園 トラクターに乗る廣谷智史さん

新しい技術や農機などの情報は若手の交流会から

農林水産省が展開する「4Hクラブ(農業青年クラブ)」という20代から20代の農家の若者達の交流会があります。地域単位で数多くの会が存在し、情報交換や成果発表の場まで、刺激の多い活動の場となっています。

4Hクラブの詳細は以下、農林水産省のホームページ「4Hクラブ(農業青年クラブ)について」を参照してください。

廣谷 私自身は新座市の4Hクラブに参加しています。現在、15~20名ほどが参加しています。

農家が参加する地域の活動としては消防団などもありますが、農業の話だけというわけにはいきません。4Hクラブは、同世代の同業者ばかりなので、農業の話がしやすいところがいいですね。わからないことはすぐ聞けますし、新しい技術や農薬、肥料などについても情報交換しています。

また、4Hクラブに参加すると、普及指導員がまわってきてくれるようになるので、新しい技術や病害虫対策について勉強する機会もあります。

年に1回、年間活動の成果を発表する機会があるのですが、大宮ソニックシティで開かれたときには事務局を手伝いました。いろいろな面で刺激を受けて、とても勉強になりました。こうした同世代の横のつながりがあることで、自分のやる気もアップするので助かっています。

よくも悪くも「結果が出る」「結果が次に生きる」職業

インタビューの最後に、農業を職業として最もよかったと感じていることを聞きました。

廣谷 何といっても、自然に向き合って仕事ができる喜びが一番大きいですね。楽しいこともたくさんありますが、大変なこともそれと同じくらいあります。

雨が降れば「恵みの雨」と感謝するときもありますが、台風襲来で、一晩のうちに果物の棚やハウスがボロボロになってしまうこともあります。

よくも悪くも「結果が出る」「結果が次に生きる」職業だと思います。

廣谷さんは、消費地に近い都市近郊農家であるメリットを活かし、分散した限られた農地にあった多品種少量生産の農業経営に取り組んでいます。農業経験ゼロからの転身でも、現場で学び、農家仲間と交流し、地域の商工会青年部に参加し、その中で自分なりの農業のあり方を見つけたのだと思います。

西山俊哉

西山俊哉

株式会社リクルートにて情報誌編集長などの勤務を経て、カメラマン・ライターとして独立。雑誌インタビュー記事、企業や学校法人の広報ツールなどの制作を中心に活動。現在、株式会社トツマルボックスを設立し、代表取締役。人物インタビューやドキュメンタリーの取材・撮影に携わる。

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