「農家の右腕」が指摘する〈小さな農家のための「農業経営カイゼンのツボ」〉

「東大卒、農家の従業員」として阿部梨園に入り、3年間で500件を超える経営改善の結果を出したファームサイドの佐川さん。生産現場に入らずに農家の経営を向上させるという独特の立場で、多くの改善ノウハウを蓄積してきました。今回はその中から、特に小さな農家のための農業経営改善ポイントをうかがいます。
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目次
ファームサイド株式会社代表取締役 佐川 友彦 (さがわ ともひこ)さんプロフィール

ファームサイド株式会社代表取締役 佐川 友彦 (さがわ ともひこ)さん
東京大学農学部、同修士卒。 外資メーカーの研究開発職を経て、2014年9月より阿部梨園に参画。
生産現場には出ないで内部から経営改善を提案・推進するスタイルで、3年間で500件もの経営改善・業務改善を行い、阿部梨園のブランディング、直売率アップに貢献。
そのノウハウをまとめた著書『東大卒、農家の右腕になる』(ダイヤモンド社)を2020年9月に上梓。
挫折を経て、阿部梨園と出会い、農業経営の世界に入る

阿部梨園3代目 阿部英生さんとのツーショット
写真提供:阿部梨園
佐川さんはどのようにして、阿部梨園と出会い、農家の経営の世界に入ったのでしょうか。
挫折体験を経て地元企業のインターンへ
ファームサイド株式会社 代表取締役 佐川 友彦さんは、1984年生まれ。東京大学農学部を卒業し、同大学院農学生命科学研究科修士課程を修了後、外資系の大手化学メーカーに入社し、研究開発職に就きました。
しかしハードワークがたたってうつ病を発症し、二度の休職を経て退職することに。その後、創業期のスタートアップ企業を手伝うなどしましたが、今度は体力不足でまたも退職してしまいます。
社会復帰に向けたリハビリとして、地元企業に4ヵ月間のインターンとして入るプロジェクトを知った佐川さんは、そこに参加し、地元で地域と関わる仕事をしていくことを決めました。
インターン期間中に100件の業務改善実施を目標に設定する
2014年、栃木県宇都宮市にある阿部梨園3代目の経営者である阿部英生さんは、おいしい梨で個人客の人気を博しているものの、経営面では理想と現実のギャップに悩み、経営力を高めたいと願っていました。
そんな折、佐川さんは阿部梨園にインターンとして入りました。しかし同時に、インターンを受け入れる体制ができていない現実に驚きます。そして事務所や作業場、店舗などを細かく見ていくと、改善できそうな箇所が無数にあることに気づきます。
佐川さんは4ヵ月のインターン期間中に100件の業務改善実施を目標に設定し、結果として73件を達成しました。そして、阿部梨園への就職を決意し、本格的に農業経営に関わっていくことにしました。
農家に入って、そのポテンシャルを掘り出す経営改善スタイル

梨の花序。結実し出荷され収益をもたらすポテンシャルを持っている。
写真提供:阿部梨園
佐川さんの仕事のやり方は、農家の共同経営者とも、外部から経営をサポートするコンサルタントとも違います。農家の中に入りますが、生産現場には出ないで内部から経営改善を提案・推進するスタイルです。
農家のポテンシャルは大きいが、掘り出すのが難しい
ファームサイド株式会社 代表取締役 佐川友彦さん(以下役職・敬称略) 日本の農家の可能性は高いと思っています。たとえていうなら、シェールガスやシェールオイルみたいなものです。ただし、この資源は掘り出すのがむずかしい。
足りないものがたくさんあって、それを解決しないと持続的に国の食料供給を支える産業としての未来が危うい。それをなんとかしたいというのが、私が今持っているモチベーションです。
現場を変えることで自分も成長し「農家の右腕」に
佐川さんは阿部梨園での3年間で、500件もの経営改善、業務改善を行いました。その結果、阿部梨園は小さいながらもブランドを確立し、直売率を100%に引き上げることに成功しました。
そして、そのノウハウをまとめた著書『東大卒、農家の右腕になる』(ダイヤモンド社)を2020年9月に上梓しました。
ダイヤモンド社『東大卒、農家の右腕になる』
佐川 おかげでこの手の本としては多くの反響をいただきました。「自分のやっていることと似ている」とか、「これからそういうことをやりたい」という声もたくさんあり、「農家の右腕」的な存在に光が当たるといいなと思っています。

佐川さんの「農家の右腕」としての体験や実績は、「阿部梨園の知恵袋」として公開されている
画像提供:阿部梨園
佐川さんは、「農家の右腕」として「比較的小規模な農家が自分たちの特徴を活かして発展していくためには、経営方針としてどのようなことが必要か」を追求し続けてきました。
次の段落からは、佐川さんが提唱する「小さな農家のための経営方針」を紹介していきます。
「小さな農家」に必要なのは合理主義

阿部梨園の園地
写真提供:阿部梨園
最初に佐川さんが挙げたのは「合理主義」です。
変数の要素が大きい農業だからこそ、理に適うことを大切に
佐川 私は農家には合理主義の精神が大事だと思います。
私が阿部梨園に入ったときには、どこもかしこも、すべてが最適化されていませんでした。会計も、労務も、生産管理も、販売管理も、何もかもが非合理で、60点のものもあれば40点のものもあるといった状態でした。
農業は天候や作物の生育など、変数の要素が大きいビジネスです。だからこそ、自分でコントロールできるものはしっかりしていかないと、利益の確保がむずかしくなります。
そのためには、好き嫌いの感情や家族の事情によって経営を左右させず、場当たり的に対応するようなやり方を改め、準備やリサーチの手間を惜しまない姿勢が必要です。

定期的に実施する土壌調査の結果をみて栽培管理に反映している
写真提供:阿部梨園
小さなことからチャレンジして、小さい利益を早くつかむ
「改革」というと、大上段に振りかぶって大きな結果を求めたくなりますが、経営改善は小さいところから実施していくのが正解です。
いきなり大きな成果を求めると、うまくいかなかったときにダメージが大きくなります。
佐川 小さいことはチャレンジしてすぐ結果が出ますし、自己改善していくための習慣づくりに適していると思います。
だから農家の方には、目標をできるだけ小さい単位に分割して、小さい成功体験や小さい自信、小さい結果、小さい利益などを早くつかんでもらうようにおすすめしています。
自分や家族に最適化したワンマン経営を従業員参加型に変えていく
佐川さんが阿部梨園にインターンとして入ったとき、阿部梨園が掲げていた経営改善のキャッチフレーズが「家業から事業へ」でした。
自分と家族が中心でやっている経営スタイルを事業に拡大するためには、経営を従業員参加型に変えていく必要があります。
佐川 ファミリービジネスのよさは間違いなくありますが、これからの時代にフィットしていくためには、家業のデメリットをスタイルチェンジする必要があります。
家族の事情と事業の利益が相反したり、家族だからこそコミュニケーションがむずかしかったりとか、そういう問題を小さな改善を繰り返してシームレスに変えていくのがよろしいかなと思っています。
従業員ファーストがお客様のために
経営者が「主役」で従業員が「おまけ」という考え方だと、なかなか人が育ちません。佐川さんは農業の現場では「従業員ファースト」の姿勢が必要だといいます。
佐川 絶対に従業員が最優先というわけではないのですが、経営者が常に従業員を尊重する姿勢を見せているかどうか。それが大切だと思っています。
外部から褒められたときに、それを現場に伝えてねぎらうようなことは、小さいけれども大切です。それがお客様へのよい対応になって返っていきます。
「仕事の出口は個人のお客様」という意識を徹底

「仕事の出口は個人のお客様」という意識から生まれたこだわりのパッケージ
写真提供:阿部梨園
家業を事業に変えていくには、「従業員=使用人」ではなく、従業員もプロとしての考え方をするように方向付けをしなくてはなりません。
佐川さんは、そのひとつは、「すべてのスタッフに顧客目線を持ってもらうこと」だといいます。
阿部梨園はほぼ100%直売でリピーター率も高いので、顧客のほとんどが個人客です。したがって、仕事の出口は個人のお客様になります
佐川 個人のお客様が「おいしい」「また買いたい」「買ってよかった」と思ってくださるために、私たちは仕事をしています。
もちろん、生産のためには畑や梨の木のことも考えなければなりませんが、最終的には個人のお客様が喜ぶことをみんなが考えるようになればいいわけです。
従業員に「農園全体」「年単位」の観点を持ってもらう
また、内部のコミュニケーションを円滑にして、経営者の意識がスタッフ全体に伝わるようにしておくことが欠かせません。
佐川 従業員に、農園全体を1年とか2年という単位でひととおり頭の中に入れてもらうためには、「見える化」や「細かい実績との照らし合わせ」が効果的だと思っています。
高い目標を達成するには、途中で常にレビューし軌道修正することが必要です。
従業員に目標だけを共有するのではなく、一緒にレビューし、従業員も経営者と一緒に実績を追いかけていくようになると、確実に結果がよくなります。目標だけ見せて終わってから見返すというのとは、あきらかに違ってきます。

見事に実り出荷を待つ梨の果実
写真提供:阿部梨園
「小さな農家」が従業員とともに成長するための計数管理
経営の合理化のためには、計数管理は避けて通れない部分です。しかし、やみくもに計数管理をしようとすると、通常業務の障害になったり、スタッフのスキルのばらつきで統一がされなくなったりすることもあります。
小さな農家が計数管理を導入するためには、無理なく前に進められるような工夫が必要です。
計数管理は無理なく始める。最初のうちは手書きでもOK
佐川さんが阿部梨園に導入した計数管理は「半アナログ」的な手法です。すべてをデジタル化するのではなく、従業員の日報や作業記録に部分的に手書きを認めています。
佐川 最初からデジタル入力すれば話が早いのですが、スムーズにできないスタッフもいるので、余計な負担を背負わせないために、一部手書きも認めています。「いいとこ取り」の考え方ですね。暇なときや雨の日などに、打ち直したり集計したりしています。
丁寧に計画を立て、意識を揃える

従業員が作業する園地にて
写真提供:阿部梨園
佐川 私自身が、計数やこまごました計画をすべて掌握しているというわけではありません。しかし、従業員と、作業計画の具体的なことを話し合い、意識を揃えたうえで、そのシーズンやその作業に入っていくことが大切だと考えています。
例えば、季節や作業が変わるときに、その前に、いつからいつまでにどういう作業をして、どれだけの時間をかけて、どういう仕上がりで進めていくかをちゃんと話し合います。
作業内容と時間と仕上がりのイメージが揃った状態で始めると、自然に仕上がりも効率もよくなります。
予実比較は週単位・日単位で丁寧に
佐川さんは阿部梨園で「予実管理」を徹底しました。予実管理とは、予定と実績を照らし合わせて、きめ細かく管理していくやり方です。丁寧に立てた計画を週単位、日単位で実績値と見比べていきます。
佐川 以前の阿部梨園では、それは経営者の頭の中で行われていました。しかし、それでは従業員との情報共有が不十分なので、経験値を数字に落とし込んだり、ドキュメント化したりして、一人ひとりに浸透させていきました。
予実を記録に残すことが従業員の成長につながる
計画と実績の比較は、感覚的に比べるだけでなく、記録に残すことが大切です。記録を残していれば、次の実績との比較が簡単にでき、自分たちの成長がはっきり認識できるからです。
佐川 作業時間を記録に残すだけでも、従業員のみんなが「時間を無駄づかいしちゃいけない」とか、「次の段取りのために工夫をしよう」とか、「集中力を切らさないように時間を使おう」というふうに考えてくれますので、これはかなり効果があります。
従業員の成長が経営効率を劇的にアップさせる
従業員自身が、自分たちの実績を記録に残すようになると劇的に効率がアップすると佐川さんは語ります。阿部梨園では、作業時間が3割から4割減った仕事もあったそうです。
佐川 機械の性能を2割から3割上げることは結構むずかしいのですが、人の集中力を2割から3割引き出すとか、無駄な時間を2割から3割削るとかは、わりと簡単です。
人間はやる気になっただけで判断が早くなったり、体の取り回しがよくなったり、スタミナ切れしなくなったりするものですから。
もちろんスキルアップとか、その他の要因もあると思いますが、まだパフォーマンスを高められるところがあるとわかるのはうれしいですね。

阿部梨園スタッフ集合写真
写真提供:阿部梨園
今までのよさを失わない緊張感と努力のうえに、新しいものを
佐川さんが阿部梨園にインターンで入ったときの、阿部梨園のもうひとつのキャッチフレーズが「守りながら変えていく」でした。
これは経営者の阿部英生さんが考えた、「親から受け継いだ梨作りのよさを守りながら、自分の新しいものを積み上げていく」というポリシーをあらわしたものです。
阿部さんのその言葉を、佐川さんは、業務改善を遂行するときの大切な戒めとしてとらえています。
佐川 何かを改善するために新しいことをしようとすると、新しいほうにばかり意識やリソースを振りすぎて、それまでの良さが失われてしまうことが往々にしてあります。
そうならないためには、今までのよさを維持することに対して、緊張感を持っていなくてはなりません。「守る」ための努力をしっかりして、その上に新しいものを積み上げていくということです。

阿部梨園「守りながら変えていく」メッセージ
画像提供:阿部梨園
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従業員の成長を促しながら、小さなステップを丁寧に踏んでいくことで、経営が改善していく様はドキュメンタリーを見るようです。
小さなチャレンジから始め、小さな成功、小さな自信を獲得し、小さな利益を早くあげていく。これならば取り掛かれる、そう思わせるインタビューでした。
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山崎 修
学習院大学理学部化学科卒、平凡社雑誌部勤務を経て独立し、現在は書籍・雑誌編集者、取材ライター。主戦場は書籍のゴーストライティングで常時5、6冊の仕事を抱えており、制作に関与した書籍・雑誌は合計で500冊を超える。ほかにもメルマガの書評連載から講演活動、1人出版社としての活動まで守備範囲は広い。