FOEAS(フォアス)の普及が水田転作を変える? しくみやメリット、問題点を一挙解説
農業所得向上のために、水稲と麦・大豆の輪作を検討している方もいるでしょう。しかし、麦や大豆は湿害に弱く、排水性が低いほ場では上手く栽培できないことがあります。この記事では、水田の効率的な運用方法を知りたい方に向けて、地下水位制御システム「FOEAS(フォアス)」について詳しく紹介します。
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水稲農家の中には、効率的な経営のために同じほ場で麦や大豆といった作物を2年3作などで栽培しようと考えている方もいるでしょう。しかし、水稲と違って麦や大豆は湿潤害に弱いため、満足な収量を確保しようとすると弾丸暗渠などによる排水性向上の対策が必要です。
その一方で、あまり排水性を高めすぎると、今度は水稲栽培時における干害に悩まされることがあります。そこで今回は、田畑転換・輪作を検討している農家の方に向けて、作物に適した水位を簡単に調節できる「FOEAS」というシステムを紹介します。
地下水位制御システム「FOEAS」とは?
Ziyuuichi Tomowo / PIXTA(ピクスタ)
FOEASは、水田に埋め込まれた暗渠管と疎水材を組み合わせることで、ほ場全体の地下水位を簡単に調節できるように生み出されたシステムです。
暗渠管の従来の役割はほ場内にたまった余計な水分を排出することでした。しかし、暗渠管には排出する水分量の微調整が難しい点や暗渠管内に泥や砂が詰まるなど、経年によって排水性が低下するという問題があります。
そうした問題点を解決するために考案されたのが国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と民間企業が共同で開発したFOEASです。
FOEASは、暗渠管内にたまった泥および砂を洗浄できるシステムや従来の排水機能だけでなく、地下調整弁を利用した灌漑(かんがい)機能も有しています。導入することで湿害と干ばつ害の双方を防ぐことができ、安定した作物栽培が可能になるとして注目を集めています。
具体的な仕組み
FOEASは、従来から利用されている弾丸暗渠と暗渠管に水位調整装置を組み合わせたシステムです。 用水側と排水側を地中パイプで結んで、水の入り口となる給水口と出口になる排水口にそれぞれ水位管理器と水位制御器を設け、それを手動で操作して地下水位を調節します。
深さ40cmに埋め込んだ補助孔を1m間隔で地中パイプに直交するように設置することで、ほ場全体の水位を均一に保ちつつ、地表+20cmから-30cmまで自在に水位をコントロールできます。
そのため、長雨が続いたときには排水し、晴天による高温が続いた場合には給水して地下灌漑を行うなど、圃場の状況や作物の生育状況に合わせた柔軟な調整が可能です。
FOEAS(フォアス)開発の目的と背景
田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)
FOEASを導入することで、ほ場の水分をいつでも調整できるようになり、さまざまな作物の栽培に適した環境を整えられます。このような利便性の高いシステムが開発された背景には、日本の農業が抱える構造的な問題がありました。
麦・大豆など水田転作を促進する政策
近年の日本では農業就業人口の減少と高齢化に伴う離農によって、耕作放棄地が増加しています。政府もそうした状況を危惧しており、後継者や担い手になりうる人材の育成に力を注いでいますが、まだ十分効果を発揮しているとはいえません。
耕作放棄地が増加すると雑草の繁茂や害虫の増加が起こり、周囲の田畑へ悪影響を及ぼします。また、しっかり管理されていない農地は貯水機能が低下し、自然災害を誘発する要因となる点も問題でしょう。
そこで、注目を集めているのが耕作放棄地を活用した集落営農や大規模経営の促進です。その中でも農家経営の安定化に貢献すると考えられているのが、水稲だけでなく麦や大豆、野菜なども作付けする田畑輪換です。
しかし、管理するほ場が大きくなればなるほど、それに比例してかかる労力やコストも増大します。農業の現場ではそうした水田転作の問題点を解決し、より低コストと省力化を実現する農地基盤整備技術が待ち望まれていました。
水田転作における排水対策の課題
上述したように、大規模なほ場を管理する上で経営の安定化に貢献するのが水稲と麦・大豆を交互に作付けする輪作です。しかし、麦や大豆は本来畑作物であるため、水田のような水分量の多いほ場で栽培すると湿害が発生し、上手く生長しないことがあります。
従来から行われてきた暗渠排水などの対策で湿害を防ぐ方法もありますが、地下水位を下げ過ぎるとかえって干ばつが発生する恐れがあるなど、水位の調節を行うのは簡単ではありません。
また、排水対策として従来から導入されている弾丸暗渠は施工しても長年使用するうちに泥や砂などが堆積し排水性が低下するなど、維持管理にも課題がありました。
こうしたことから、田畑輪換を行う現場では一度施工すれば長期間にわたって容易に水位調節や維持管理ができるシステムの開発が期待されており、その要望に応えたのがFOEASというわけです。
FOEAS(フォアス)導入のメリット
よっちゃん必撮仕事人 / PIXTA(ピクスタ)
FOEAS導入における最大のメリットは、いつでも簡単にほ場の地下水位をコントロールできることです。
作物には土壌に含まれる水分が多いほうが望ましい作物と、そうでない作物があります。しかし、FOEASならそれぞれに適した地下水位にいつでも 調節きるので、さまざまな作物の収量増に貢献します。
実際に、FOEASによって適切な水位制御を行ったところ、全国各地の栽培試験で大豆や小麦の収量が平均で40%も増えたという報告もありました。特に排水不良で転作が難しいほ場における野菜栽培には高い効果を期待できる結果が出ています。
また、FOEASには洗浄孔が設けられていることから、長期的に高い排水能力をキープできる点もメリットです。転作時は地下-30cm、水稲作付時には0~2cmといった具合に自由に水位を設定することができるので水管理の労力削減に役立ち、乾田直播栽培においては初期灌水(かん水)も地下水の調節で容易になるでしょう。
FOEASによって適期での作付けや計画的な機械作業が可能になり、経営規模を拡大しやすくなる点は大きな魅力だといえます。
FOEAS(フォアス)の課題
FOEASを上手に活用すれば効率的な輪作が可能になりますが、課題がまったくないわけではありません。岩手県農業研究センターがまとめた資料によると、導入した農家は排水の高い効果を実感する一方で、灌水の効果的な利用方法がわかっていない事例も見受けられています。
また、きゅうりやキャベツ、レタスなどの畑作物では定植直後の灌水によって活着がよくなる傾向にありますが、どの程度の水位を保てばよいかわからなかったり、そもそも給水方法を理解していなかったりする農家もあったと報告されています。
ただし、こうした課題はシステム上の問題というよりも農家の利用方法の問題であり、FOEASのもたらす効果が否定されたわけではありません。今後はFOEASの能力を最大限発揮させるために、品目別の具体的な活用方法を農家が積極的に情報収集できる体制の構築が求められています。
出典:岩手県農業研究センター「岩手県における地下水位制御システムの導入状況と課題」
FOEAS(フォアス)の普及状況と活用事例
zucchuaru / PIXTA(ピクスタ)
FOEASの普及状況は施工済みおよび採択予定を含めると、2013年12月5日時点で全国167地区、9,304haに達しています。もともと2006年ごろから普及が進み始めていましたが、2011年度以降は国の補助事業の対象になったことで導入する農家も急速に増えました。
中には、全国農業協同組合連合会(JA全農)と各地域のJAが連携し、FOEASの普及活動を通して栽培した作物の産地化を図った事例もあるなど、さまざまな機関が導入に協力しています。
実際に導入したほ場で良好な結果が多く出ていることや、農水省をはじめとする行政機関、JAなどのバックアップを受けていることから、今後もさらに普及が進むと考えられています。
出典:農研機構「地下水位制御システム FOEAS の開発および普及」
大豆・麦類栽培での活用事例
山口県では農林総合技術センターが協力して県内各所に試験ほ場を設置し、FOEASの効果を調査しました。その結果、山口市の仁保ほ場では10a当たりの収量が小麦で約220%(162kg→358kg)、大豆で約151%(200kg→302kg)も増えた事例が報告されています。
実際に地下水位を測ったところ、土中の体積含水率を作物の生育に適した値に適切に保つことができていました。この事例からもFOEASを導入すればほ場の排水性が低い地域など、土壌水分の管理が難しい地域でも水稲や小麦、大豆などの輪作体系の導入が容易になり、土地利用率の向上や経営の多角化に貢献する可能性が高いといえるでしょう。
野菜栽培での活用事例
農研機構が茨城県稲敷郡河内町のほ場でブロッコリー栽培にFOEASを導入したところ、大玉で良質な作物が収穫できた事例があります。
また、台風で大雨が降った翌日にFOEASの導入ほ場と導入していないほ場を確認したところ、導入したほ場では地表水がほとんど残っておらず、迅速な排水が行われたことが確認されました。
ブロッコリーは野菜の中でも比較的根の張りが浅く、降水量が少ないと良質な玉の収穫が難しい作物です。しかし、FOEASなら安定した地下灌漑が可能なので、夏播き秋どりブロッコリーでは平年並み降水量の 25%または50%といった少雨のシーズンでも、生育に適した地下水位を設定することで収量が増加するとされています。
そのほかでも、京都府において特産である豆類と京野菜に導入した事例があり、黒大豆で141%、九条ネギで148%の収量増に貢献したという報告も上がるなど、野菜栽培での実績を着実に積み上げています。
出典:農研機構「FOEAS を活用した野菜作の水管理」
京都府農林水産技術センター「地下水位制御システムによる排水と地下かんがいで 特産豆類と京野菜の収益性を向上」
FOEAS(フォアス)導入費用
mits / PIXTA(ピクスタ)
農研機構によると、FOEASを排水性の低い1ha規模の田んぼに導入した事例では、単年度ごとで10a当たり2.2~2.3万円のコストがかかったと報告しています。
このことから、水稲の単作利用ではFOEASを導入するメリットは小さいといえるでしょう。FOEASを導入して農業所得を向上させようとするのであれば、水稲の単収水準の引き上げはもちろん、同じほ場で麦や大豆なども栽培する二毛作利用がカギとなります。
ただし、二毛作を行う場合でも補助金を活用しないと費用対効果が見込めないという試算もあるため、導入にあたっては事前に見積もりを取って予測収量と比較するなど計画的な運用が大切です。
出典:農研機構「FOEAS 導入費用と、施工費償還のために必要な収量増加量」
これまで水田を活用した転作では、多くの農家が湿害に悩まされてきました。しかし、FOEAS を導入すれば水田でも小麦や大豆、野菜類の生育に適した環境を整えることが可能です。
農家経営安定化のために効率的なほ場運用は大切ですが、その実現を手助けするシステムとしてFOEASは注目を集めています。水稲農家で収益向上の方法を探している方は、FOEAS導入による田畑転換・輪作を検討してみてはいかがでしょうか。
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中原尚樹
4年生大学を卒業後、農業関係の団体職員として11年勤務。主に施設栽培を担当し、果菜類や葉菜類、花き類など、農作物全般に携わった経験を持つ。2016年からは実家の不動産経営を引き継ぐ傍ら、webライターとして活動中。実務経験を活かして不動産に関する記事を中心に執筆。また、ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格も所持しており、税金やライフスタイルといったジャンルの記事も得意にしている。