【農業経営に求められる戦略的視点とは?】シリーズ第1回 全体概要

経営における戦略の重要性について、多くの方が耳にしたことがあると思います。では、農業における経営戦略とは何を指すのでしょうか?本連載では、普遍的な戦略を考える枠組みを取り上げ、「農業経営の場合は?」について考えていきます。
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目次
農業経営に「戦略」は必要か?

経営戦略の一般的イメージ
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さて、早速ですが、「農業経営において戦略は必要か?」について考えてみます。
みなさんは、戦略という言葉を聞いてどのようなイメージを持たれるでしょうか。「大企業・大組織が扱う理論」、「小難しい机上の空論」のようなイメージを持っている方もいるかもしれません。
戦略の詳細な定義については後段で論じるとして、ここでは一旦、「競争に勝つための基本指針」くらいに定義しておきます。
まずは、農業経営における戦略の必要性について触れます。
商売をする限り、何らかの制約を抱えながら、誰かと競争している
何らかの商売を行っている限り、どこかの誰かと顧客の獲り合い(競争)をしています。お客様に自分の商品を選んでいただくためのプロポーズ合戦とするとイメージがつきやすいかもしれません。
そして、競争において誰も無限に資源(金・人・時間)を持ってるわけではありません。つまり、何かしらの制約の中で戦っているといえます。
この資源が限られているというのがポイントです。
資源が限られている中で、最も大事な戦いを見極め、競争相手に効率よく勝たなくてはならない。そのためには、個別作戦を束ねる全体指針が必要となります。
これが戦略であり、事業において必要とされる理由です。戦略の必要性は、業種や規模にかかわらず、農業経営においても必要といえます。

戦略がないと起こる不都合とは?
ここでは2つのパターンをご紹介しましょう。
競争を無視したパターン
1つ目は、競争を無視したパターンです。多くの農家が同じ作物を作ってしまい、需要を上回る供給過多になってしまうパターンです。
農業においては、農協という確実な販売先が存在することが大きな特徴としてあります。その一方で、販路を農協のみに依存していては、大きな利益は見込みにくいでしょう。
さらに、作物の種類にもよりますが、作物の品質向上が必ずしも利益に直結するとはいえないのが現状です。
自らの資源に限りがあることを無視したパターン
2つ目は、自らの資源に限りがあることを無視したパターンです。「人手」「時間」「金」「土地」は重要な資源です。特に人手不足は多くの農家にとって深刻な資源制約です。
例えば、土地が潤沢にあり、同時期にさまざまな作物の栽培にチャレンジしたとします。しかし、人手を確保できなかった場合には。品種を増やすほど作業効率は落ちがちです。
結果、手が行き届かず品質確保に手が回らなかったということは十分にあり得る話です。
▼参考記事
よい戦略を立てるには?
事業のしくみと、しくみに照らし合わせて自組織を理解することが大事です。そうすれば自ずと戦略は見えてきます。
戦略立案というと、何もないところからすごいアイデアをひねり出す一部の人しかできないイメージがあるかもしれません。しかし、そんなことは決してなく、多くの場合は基本に忠実に見ていくことで戦略を導くことができます。
定義が曖昧かつ多様な「戦略」を定義する
ここまで、経営における戦略の必要性、そしてそれは農業経営においても必要であるということをお伝えしてきました。一方で「戦略」の定義についてはイマイチしっくりきていない方も多いかもしれません。
ここでは、改めて「戦略」の定義についてもう少し深掘りしていきます。
戦略をざっくりといえば「競争に勝つためにやること、やらないことを決めること」
戦略の定義は乱立しており、著名な学者がそれぞれに戦略の定義をしています。

戦略の定義は乱立しており、著名な学者がそれぞれに戦略の定義をしている
資料提供:株式会社コーポレイトディレクション
覚えやすさ優先でいくと「やること、やらないことを決めること」が有名です。見落としがちな、資源が有限であることを強調した定義といえます。
一方で、これまでに述べてきたように、戦略を考える際は競合の存在など、ほかにも考慮する点があります。
▼参考記事
改めて戦略を定義する
本連載では、戦略の定義をもう少し詳細に踏み込んでみます。
暗記はしにくくなりますが詳細に定義することで、自分で戦略を立案する際に抜け漏れをチェックできるようになります。
戦略の定義=「ある一定の目的を達成するために、顧客を絞り込み、自法人の強みを用いつつ、競争相手と比べてより安い、または、より価値のある商品・サービスを提供するための指針」(株式会社 日経BP 発行 清水勝彦著「戦略の原点」を参考に、一部CDI加筆)
非常に長い文ですが、区切りを意識すると理解しやすいです。いくつかの要素から構成されています。

資料提供:株式会社コーポレイトディレクション
農業における戦略的視点を事例で見てみる
前の章で述べた戦略の定義について、農業経営の場合で考えてみましょう。
農業という事業における目的は、地域農業の持続や地域経済の活性化などを含め、色々あり得ます。しかし、多くの農家にとって共通する目的は「収益性を上げる」ことといえるでしょう。
収益向上に向けた、農家の工夫を見ていきます。
競争環境を意識した戦略事例~ブロッコリーの大規模栽培~
▼事例記事
特に競争環境を意識した戦略の好事例です。
石川県は商圏(市場)において、ブロッコリーの需要があるにもかかわらず、土壌環境・農地確保等の環境面で大規模栽培を行うことが難しい市場だそうです。
つまり、地域における競争環境は厳しくないものの、いかに採算性に見合う生産を実現できるかどうかが、「戦場(事業環境)」の課題と言えるでしょう。
記事中の安井ファームは、この課題に対して米麦農家からの「期間借地」を確保することによって、土壌環境・農地確保の双方を解決しています。
「期間借地」を当市場において「借りるノウハウ」「ネットワーク」「無駄のない栽培計画」を実現していることが、コスト優位性型の「武器(強み)」として機能しているように見受けられます。
品種の「強み」を最大限活かす工夫 ~ブドウ「ルビーロマン」のブランディング~
▼事例記事
品種の強みを「維持」するための工夫が盛り込まれた好事例です。
本記事のターゲット顧客は前述のブロッコリーの場合より広く全国です。注目したニーズは、ブドウ市場の人気が「小粒種から大粒種に変わった」という点です。
記事における「ルビーロマン」は、ほかの大粒系の品種よりも、市場から選ばれるための品質上の「武器(強み)」をもっています(高付加価値型の強み)。この強みを活かすためには、「戦場(事業環境)」における工夫が必要です。
同記事では、農家単体ではなく、地域全体の面的な取り組みとして、品質管理基準の徹底・栽培ノウハウの共有・希少性の演出などによって、高い品質を安定的に維持するとともに高需要を保つ工夫が紹介されています。
一農家の視点で見ると、周辺地域の動向・戦略と連携することによって「自社固有の強み」ではなくとも、「地域固有の強み」としてWin-Winの関係を築くことができる事例とも見てとれます。
事業を理解する基本的な枠組み「戦場(事業環境)」と「武器(強み)」
前述のとおり、よい戦略を立てるためには、事業のしくみと、自組織(便宜上、以下、自社と表現します)を正しく理解することが大切です。
ここでは、事業と自社を見るための枠組み「戦場と武器(事業環境と強み)」を紹介します。ちなみに、次回以降の連載は、「戦場(事業環境)」と「武器(強み)」それぞれについて詳しく紹介していく予定です。

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「戦場(事業環境)」とは?
「戦場(事業環境)」とは、事業環境・事業構造の比喩です。構成する要素は、「市場」「競争」「自社」です。
「市場」・「競争」・「自社」は、3C (Customer・Competitor・Company)という枠組みで聞いたことがある方もいるかもしれません。
しかし、聞いたことはあるけど、それって何を見るの?という方も多いのではないでしょうか。次回以降ご紹介していきます。
「武器(強み)」とは?
一方、「武器(強み)」とは、「自社の強み・ユニークネス」を指します。戦略立案において、次のことを大前提とします。
「競争は、強みを活かして戦う」
「戦場(事業環境)」において、客観的に見た自社の状況を、「競争に勝つための武器(強み)は?」の視点で捉えてみます。その際、いくつかの武器(強み)が出てくるかもしれません。
しかし、これまで繰り返し述べてきた通り、我々の資源は有限です。従って、「武器(強み)の選択」という絞りが重要です。
こちらも、次回以降詳しく解説していきます。
戦略を立てるとは?
戦略を立てるとは、「戦場(事業環境)」と「武器(強み)」を選択すること、加えて、「儲け方」に工夫をすることです。
例えば、「市場は伸びている」→「商品は顧客ニーズにも応えている」→「競合よりも優れた価値を提供できている」、もしそうだとすれば商品は売れます。
しかし、価格やコスト設計次第では儲からないかもしれません。「売れると儲かるのか?」という視点も持っておくことは非常に重要です。
シリーズ構成について
ここまで読んでくださりありがとうございました。次回以降は、「戦場(事業環境)」と「武器(強み)」について、農業経営と関連が強いテーマで見ていく予定です。
まずは数ヵ月にわたり「戦場(事業環境)」を作物選択、販路、競争環境などの観点で見ていく予定です。
また、上記枠組みとは別に、個別テーマとして、スマート農業や人材の確保についても触れていきたいと思っております。
経営コンサルティング会社CDI及びライタープロフィール
ライターのプロフィールと本連載に対する想い

株式会社コーポレイトディレクション マネージングコンサルタント 芳賀正輝 さん
「農業に経営視点を!」をスローガンにお役に立てればと思います。業界それぞれに固有の特徴がございます。一方で、業界によらない普遍の原理原則もございます。
本連載では、普遍の原理原則をご紹介しつつ、「それは農業に当てはめるとどうなるか?」、また、ときには「他業界のこういう特徴を、農業に活かそうとするとき、どう活かせるか?」まで踏み込みながら紹介していきます。どうぞよろしくお願いします。
ライタープロフィール:
東京工業大学工学部卒。同大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。工学修士(経営工学)。外資系化学メーカーBASFコーティングス株式会社、株式会社星野リゾートを経て、現在に至る。
株式会社コーポレイトディレクションの紹介
経営コンサルティングが生まれた黎明期に、日本発の経営戦略コンサルティング会社として出発。創業30年間超において、千社を超えるさまざまな業界のクライアントの経営課題を支援。
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