環境や状況の変化と闘いながらより多くの人々にりんごを届ける|JA津軽みらい
青森県は、国内トップの生産量を誇るりんごの産地です。しかし、年々続く気温の上昇や海外需要対策など、課題も絶えません。実際に青森県でりんごを栽培する農家の外川さんと、農家を支えるJA津軽みらいの方々に、りんご栽培の現状と取り組みについてお話を伺いました。
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目次
温暖化など気候変動に対応したりんご栽培をめざして
りんごは、家庭で購入される生鮮果物中で数量2位を誇ります。
出典:総務省「家計調査|家計収支編|二人以上の世帯|年次」内「<品目分類>1世帯当たり年間の品目別支出金額,購入数量及び平均価格」よりminorasu編集部作成
りんごの生産量トップを誇る青森県では、国内の収穫量の6割にものぼる量のりんごを栽培しています。
出典:農林水産省「作物統計調査|作況調査(果樹)|令和4年(2022年)産果樹生産出荷統計」よりminorasu編集部作成
しかし、近年では地球温暖化の影響によってりんごの栽培状況にも大きな変化がもたらされています。
国内トップのりんご産地を襲う温暖化
りんごの栽培には、年間平均気温6〜14℃といった寒冷な気候が適しています。さらに、昼夜の寒暖差や成熟期の気温によって、りんごの色づきや味わいに大きな変化が生まれます。
そのため、穏やかな夏と厳しい冬のある青森県の津軽地方は、日本最大のりんごの産地になっているのです。
りんご農家 外川利男さん(以下役職・敬称略) しかし、近年は温暖化の影響で、りんごの栽培環境は年々変化を余儀なくされています。りんご栽培における4〜10月にかけての理想的な気温は13〜21℃ですが、2021年以降、夏の平均気温はどんどん上昇しています。
左:JA津軽みらい 営農購買部営農課 三浦正幹さん
右:りんご農家 外川利男さん
外川 気温が上昇するとりんごの生育状況への影響はもちろんのこと、病害虫も拡大する可能性があります。そのため、病害虫防除を徹底する必要があるのですが、暑い時期が長く続くとその分、防除にかかる期間が長くなってしまうのです。
りんご農家を支える防除暦
作物の中でも特に病害虫の影響を受けやすいりんご栽培において、適切な病害虫防除は重要なタスクです。とはいえ、ただ闇雲に農薬を散布すればいいという問題ではなく、適切な散布時期に、適切な農薬を散布することが、りんごの品質を守るためには重要なのです。
そこで、青森県のりんご栽培では、防除暦と呼ばれる県や各JA自治体が作成する農薬散布スケジュールが活用されています。県や各JA自治体では、気温の上昇に合わせて防除暦を作成し、病害虫の被害を最低限に抑えるために尽力してきました。
外川 年々上昇する気温に合わせて防除暦が作成されるおかげで、りんごにとって最適な農薬散布計画を立てることができています。年間を通した栽培計画を立てやすくなるため、青森県のりんご農家にとって、防除暦はなくてはならないアイテムです。
しかし、地球温暖化の影響で、2013年以降の青森県の年間平均気温は3℃も上昇しています。気候に合わせて防除暦は更新されるものの、2023年の夏は記録的な猛暑となり、9月以降も33℃以上の真夏日が続いたことで、りんご栽培に大きな影響をもたらしました。
温暖化、一時的な豪雨など近年の気候変動は作物の生育に影響を与えるだけでなく、病害虫の発生タイミングにも大きく影響し、結果的に作物の品質にも影響します。そのような状況下、防除暦に加え、いかに気象状況に応じた柔軟な農薬散布ができるかがりんご栽培の課題となりつつあります。
青森県以外の産地でりんご栽培を学ぶ
温暖化や気候変動が続く限り、りんご栽培は衰退してしまう一方なのでしょうか。答えはNOです。りんごは日当たり、通気性、水はけのよい土地が栽培適地です。必ずしも寒冷地でないと栽培できないわけではありません。
事実、世界のりんご産地を見てみると、世界一の生産量を誇る中国では北緯35°以南の地域(中部リンゴ生産区)でも、りんご栽培が活発に行われています。
北緯35°は、日本でいえば兵庫県や広島県などとほぼ同緯度の地域に当たり、寒冷地以外でのりんご栽培が可能であることがわかります。
そこで、青森県のりんご農家の中では県外のりんご農家へ研修に赴き、気温条件が異なる地域のりんご栽培を学ぶ動きが高まっています。
外川 この先、気温がさらに上がることはあっても、涼しくなっていくとは思えません。そういった状況の中で青森県のりんご栽培を守るためには、他のりんご産地での事例を学び、自分達の農業に生かす必要があります。
国内生産量2位の長野県や福島県など、青森県よりも南にあるりんご産地で栽培技術を学び、青森県での栽培に生かしています。
果実の国内消費が減少する中でりんごを食べてもらうためのアイデア
青森県はりんごの生産量だけでなく、消費量においても国内随一の記録を残しています。しかし昨今、りんごを含めた生食用果実の家庭での消費量は減少しています。
出典:総務省「家計調査|家計収支編|二人以上の世帯|年次」内「<品目分類>1世帯当たり年間の品目別支出金額,購入数量及び平均価格」よりminorasu編集部作成
りんごを見ると、1世帯当たりの購入数量は、2017年は12.2kgありましたが、2022年は8.9kgと大幅に減少しています。
JA津軽みらい青果部 りんご野菜課 横山毅さん
JA津軽みらい青果部 りんご野菜課 横山毅さん(以下役職・敬称略) 近年、果実全体の価格高騰や、単身世帯率の上昇により日常的にフルーツを食べない層が増えています。
りんごを食べることが健康によいことはわかっているけれど、わざわざ自分1人分のりんごを買うのは割高ですし、きれいに切り分けて食べようと思うと手間がかかる、といった理由でりんごを食べなくなった方が多いのではないでしょうか。
明治初期から続く青森りんごの産地を守るため、そして1人でも多くの方の健康の手助けのために、青森県や各JA自治体では、消費者に向けたさまざまなアプローチを行なっています。
子供たちに毎日りんごを食べる選択肢を持ってもらうための出前授業
りんごを頻繁に食べない方の中には「そもそも毎日果実を食べる習慣がない」という方も多くいます。体によいとはわかっていても、どのような健康上のメリットがあるのか具体的にわからず、フルーツを食べる習慣がないまま大人になった方も多いのではないでしょうか。
そこで、JA津軽みらいでは、全国の小学校や幼稚園を対象に出前授業を実施しています。この活動では、子供たちに青森りんごの歴史や特徴、りんごを食べることのメリットを伝え、りんごを食べる習慣を持ってもらうことを目的としています。
横山 子供の頃の記憶は、大人になってからも強く残っているものです。幼いうちからりんごについての知識を身に付け、毎日りんごを食べるメリットを実感してもらえれば、将来りんごを食べる習慣を持った大人になってくれるのでは、と期待しています。
りんごの出前授業を行なった学校には、JA津軽みらいからりんごをプレゼントし、実際に青森りんごを味わってもらうそうです。何気なく目にするりんごのおいしさを再認識してもらうことで、毎日りんごを食べる習慣づくりのきっかけになっているのではないでしょうか。
北は北海道から南は九州まで各地で出前授業とりんごの贈呈を行っている
出典:JA津軽みらい広報誌2023年1月号
このほかにも、青森県内にあるりんご関連企業や自治体では、りんごをPRするためのキャンペーンやWEBサイトを活用して、りんごの魅力やりんご食育に向けた取り組みが広く行われています。
海を越えて広い世界で青森県産りんごを食べてもらう
国内需要に課題を抱える一方、海外での国産りんご需要は増加傾向にあります。国内から輸出されるりんごのうち、9割以上が青森産と推定されており、海外需要に応えるためのりんご栽培の動きも強まっています。
東南アジアで広がる青森りんごの需要
外川 海外での需要が大きいのは「小玉りんご」です。小玉りんごは、国内需要の主流となっている中玉サイズより少し小さい、直径7〜8cmほどのりんごです。特に東南アジアでの需要が大きく、日本から輸出されるりんごのおよそ7割は台湾へ輸出されています。
青森県のりんご農家では、海外需要に対応するりんごの収量を確保するため、海外向けと国内向け、それぞれほ場を分けて栽培を行なっています。
国内向けりんご選果の様子
JA津軽みらい 営農購買部営農課 三浦正幹さん(以下役職・敬称略) 同時に、海外輸出では、農薬の残留量を輸出先の国の規定内に収める必要があります。日本国内では問題のない農薬の種類や量であっても、海外では問題になる場合もあります。
そのため、農家の方に共有する防除暦は台湾の検査基準をクリアできる農薬量を想定して作成しています。農家のみなさんの負担を増やさず、海外でのりんご需要に応えられるよう、試行錯誤しています。
りんご輸出を守るための徹底した衛生管理
国産りんごの品質を保ったまま海外輸出するためには「厳選された選果」と「海外の売り場まで品質を保つ方法」の2つが重要です。
わずかな傷みも許されない徹底した選果作業
海外に輸出するに当たって、検疫で気をつけなければならないのは残留農薬だけではありません。出荷したりんごの品質に問題がなくても、小さな害虫がついていることに気づかないまま出荷してしまったりんごが1つでもあると、検疫をクリアすることができないのです。
海外に輸出されるりんごは一つひとつ人の手で選果・梱包される
三浦 台湾にりんごを輸出する際、選果梱包施設の登録申請が必須となります。登録された施設は台湾植物検疫当局検査官によって査察されるなど、厳しい検疫体制が敷かれています。その理由は、台湾には生息しないモモシンクイガの台湾内への侵入を阻止するためです。
モモシンクイガは、東北地方北部にも生息する害虫です。そのため、国内ではモモシンクイガの虫害対応は可能ですが、モモシンクイガがいない国では虫害対応ができない場合もあります。さらに、モモシンクイガの侵入が、生態系を崩す原因にもなりかねません。
万が一台湾側の輸入検査でモモシンクイガが発見された場合、出荷元の選果梱包施設がある都道府県内全ての登録施設が取り消されてしまいます。その後、再度モモシンクイガが見つかった場合は、国内全ての選果梱包施設の登録が取り消しとなってしまうのです。
りんごの海外輸出先のおよそ7割を占める台湾に輸出できなくなってしまうのは、国内のりんご産業にとって大打撃です。そのため、輸出用のりんご選果は慎重に実施しています。
海を越えて高品質なりんごを届ける保存の工夫
りんご輸出は、ほとんどの場合船便を使って出荷されます。船便での輸送は空輸に比べて安価かつ大量に出荷ができる一方、出荷先に到着するまで1ヵ月以上の日数を要します。
横山 日本産りんごは、他国産に比べて甘みが強いという特徴があります。もともと日本産の食品は品質が高いと海外から高評価を得ています。その評価を裏切らないためにも、甘くておいしいりんごの品質を保ったまま、海外の売り場に届けなければなりません。
しかし、日本と距離の近い台湾でさえ、船便での輸出には1〜2ヵ月の運送期間がかかります。そこで、JA津軽みらいでは、選果梱包施設内に「CA冷蔵庫」を導入し、収穫後のりんごの鮮度維持を徹底しています。
選果梱包施設内の巨大な冷蔵庫には膨大な量のりんごが保管されている
CAとはControlled Atmosphereの略で、空気中の酸素・二酸化炭素・窒素・温度・湿度を調整することで収穫後のりんごの呼吸を抑制し、鮮度を長く保つ技術です。
出荷前のりんごを巨大なCA冷蔵庫に保管してりんごの追熟を抑え、出荷後の船内で追熟させることで、高品質なりんごを海外で販売することが可能になります。
りんご生産国内1位の青森県が次に立ち向かう課題
気候変動や需要の変化にも対応しながら、りんごの産地を守り続けている青森県ですが、産地を守るための大きな課題として「人手不足」が挙げられます。
国内外の需要に対応していくため大きくなる選果作業の負担
横山 消費地に流通するりんごの6割、海外に輸出するりんごの9割を青森県から出荷しているため、りんごの選果には莫大なコストがかかります。
国内への出荷については、大きな選果専用マシンを選果梱包施設内に設置することで、作業の効率化や人件費の削減を図っています。
しかし、海外への出荷については一つひとつ目視でりんごの状態を確認し、手作業で選果しなくてはなりません。そのため、人的負担も大きく人手が必要になるのです。
選果から梱包までを一貫して行えるよう自動化された施設内
安定した海外需要は、りんご農家の利益につながる可能性を秘めています。しかし、りんごの保存や流通、選果に大きなコストがかかってしまうと、還元できる利益も限られてしまうのです。
海外向けのりんご選果作業にかかる人手、そして保存・流通にかかるコストについては、今後も試行錯誤が必要な課題となっています。
りんご農家の高齢化と減少
りんごのわい化栽培
写真提供:JA津軽みらい
例に漏れず、りんご農家でも高齢化と農家の減少は喫緊の課題となっています。りんご栽培の作業のほとんどは手作業で行われており、機械化が難しい作物の1つです。
また、りんごの樹高は最大3mにも及び、高齢のりんご農家にとってはりんご栽培による身体的負担は大きなものになります。
三浦 りんご収穫機の開発は国内外で進められていますが、まだまだ広く普及しているとはいえません。
高齢化の進む農家の負担を少しでも軽減するために、わい化栽培(りんごの実のなる品種樹木が大きくならない品種を接木した栽培方法)を行っている農家も増えています。わい化栽培によって作業効率の向上や着色管理の利便性向上など、農家の負担を減らす栽培が可能になります。
その一方で「わい化された樹を支えるための支柱が必要になる」「収量を確保するため、多くの苗木が必要になりコストがかさむ」などの課題も残っています。
センサーによる選果技術は日々進化しており導入により選果のプロの目視が必要なくなるが、AI搭載機を全施設に導入するには莫大なコストがかかる
世界に誇る日本一のりんご産地を守るために手を取り合う
外川 青森県のりんご農業は、先祖代々守ってきたこの土地の重要な営みの1つです。高齢化や、農家の減少によってりんご農業が途絶えないように、栽培方法の効率化やわい化栽培などの工夫によって、若者や女性でも挑戦してみようと思える農業にしていきたいと考えています。
横山 農家の高齢化や農業人口の減少は、りんご農家に限らず農業界全体の課題です。青森県のりんご農家を支えるために、JA津軽みらいにできることは何か。農家の方と手を取り合いながら、この地域の農業を守っていきたいです。
国内1位のりんごの産地である青森県では、地域のりんご農業を守り、国内外のりんご需要に応えるためのさまざまな工夫や、今後の課題解決に向けた協力体制がありました。
年々変化していく気候や、変容していく需要に対応するための試行錯誤を繰り返すことで、日本を代表するりんご産地は、さらに進化していくことでしょう。
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minorasuをご覧いただきありがとうございます。
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ご回答ありがとうございました。
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福馬ネキ
株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。