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トレーサビリティの基礎と農業での活用事例

トレーサビリティの基礎と農業での活用事例
出典 : freeangle / PIXTA(ピクスタ)

食品トレーサビリティは、2000年代初頭から注目されています。農林水産省が普及を推進する中、近年ではブロックチェーン技術との連携が進んでおり、宮崎県綾町では地域特産品の信頼性向上に役立てられています。この記事では、トレーサビリティの基礎から農業分野での具体的な活用事例を解説します。

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種苗、栽培作物、収穫物、さらには調製や選別した場合の農産物を、各段階において単位を決めて識別し記録します。これにより問題のある商品を見つけやすくなります。

食品の安全性を高めるため、農業分野での「トレーサビリティ」の確立が世界的にも求められています。具体的にどのような取り組みが必要とされ、どれほどのメリットがあるのでしょうか。トレーサビリティのしくみについて解説し、実際の活用事例を紹介します。

トレーサビリティとは?その意味を解説

トレーサビリティ(traceability)とは、英語の「trace:追跡」と「ability:能力」を合わせた造語で、商品の生産から販売までの履歴や所在をたどるためのしくみを意味します。

もともと自動車や電子部品などの工業製品で用いられる概念でしたが、世界的な安全意識の高まりから、今では食品や医薬品など幅広い分野で求められています。

トレーサビリティが確立されていれば、商品ごとの生産から売り場までの履歴が明確になります。そのため、トラブルが発覚したときに速やかに商品を回収したり、履歴をさかのぼって問題がある生産者や加工業者を特定して原因を取り除いたりすることができ、迅速かつ正確な対応が可能になります。

農業分野におけるトレーサビリティ

農業分野では高い安全性が求められることから、世界的にトレーサビリティが重要視されています。ヨーロッパではBSE(牛海綿状脳症)の感染拡大に対応するため、アメリカでは2003年に施行されたバイオテロ法に沿って、本格的な取り組みが進められています。

国際規格の「Codex」や「ISO」でもトレーサビリティを求めており、国際市場では今後ますます重要になるでしょう。

日本でも国産牛のBSE感染が問題となった2001年以降、トレーサビリティへの関心が高まりましたが、現在は「牛・牛肉」と「米・米加工品」については法令があるものの、それ以外の農産物は食品衛生法で販売先情報の記録作成を推進する程度にとどまっています。

牛 個体識別番号

YUMIK / PIXTA(ピクスタ) 牛の体識別番号

トレーサビリティが生産者に与えるメリット

トレーサビリティの確立には、生産者 にも多くのメリットがあります。

1つ目のメリットは、生産者 自身の防衛です。

例えば、出荷した農産物が傷んでいたというクレームが時間がたってから入った場合、出荷時には問題がなかったとしても、収穫から出荷までの経緯がわからなければ客観的に証明することができません。

しかし、出荷までの経緯を記録し、ロット番号で情報を管理することにより、問題発生時に、原因が生産者にあるのではなく、出荷後の流通段階にあるのだと証明することができるのです。

2つ目のメリットは、トラブルがあったときにも効率的に対応できることです。

問題のある農産物がどのような流通を経てどの小売店に渡ったかをたどれば、迅速で効率的な回収や原因究明ができ、経済的損失を最小限に抑えることができます。なによりも農産物の履歴がいつでも明らかになることは、消費者や取引先の信頼獲得につながります。

食品トレーサビリティの取り組み状況

食品トレーサビリティの対象業種は、生産者 のほかには処理・加工業者、流通・販売業者などがありますが、いまだにどの業種でも取り組みが進んでいないのが現状です。

農林水産省の調査によると、流通加工業者で平成30年までに「入・出荷記録の保存に取り組んでいる」割合は約7割、「原料と製品を対応付ける記録の保存を行っている」割合は約4割にとどまっています。食品事業者も重要性は認識しているものの、記録や管理方法がわからず取り組みが進んでいない状況です。

農林水産省では、生産者 を含むすべての対象業種において、さらなる普及を推進しています。

出典:農林水産省ホームページ「食品トレーサビリティ」

出典:農林水産省「食品トレーサビリティ推進方策の検討に係る報告書」

農業 栽培管理

Yoshi / PIXTA(ピクスタ)

農産物トレーサビリティシステムの導入方法

トレーサビリティシステムを効果的に導入するために、農林水産省では3つのステップに沿って進めることを推奨しています。

1. 入荷先・出荷先の特定

種苗や肥料・農薬などの入荷元と農産物の出荷先の「日付・取引先・品名・数量」を記録します。これにより、問題発生時に取引先に対して速やかに全量回収を依頼できます。

2. ものの識別

種苗、栽培作物、収穫物、さらには調製や選別した場合の農産物を、各段階において単位を決めて識別し記録します。これにより問題のある商品を見つけやすくなります。

3. 識別したものの対応付け

(1)入荷先と種苗の入荷ロット、(2)種苗の入荷ロットと栽培ロット、(3)栽培ロットと収穫ロット、調製がある場合には(4)収穫ロットと調製・選別ロット、(5)調製・選別ロットと出荷先、という各段階で対応づけをします。

これにより、ロットごとに入荷~出荷の履歴がわかり、問題発生時に範囲を絞り込んで原因を調査できます。

町ぐるみで取り組むトレーサビリティ活用事例

今、新たな手法としてブロックチェーンを活用したトレーサビリティが注目されています。

ブロックチェーンとは、もとは仮想通貨を管理するためのしくみです。簡単に言うと、「台帳」となるデータを、インターネット上でそれを利用する人たちが互いに管理・監視することで、不正や改ざんのない情報を共有することができることを指します。

現在、多くの分野で活用が期待されており、例えば自動車分野では自動車の運行状況などのデータを記録し、稼働率などを共有することで自動車のシェアリングやEV(電気自動車)の普及に役立てるなど、企業や組織の枠を超えた情報共有の重要性が高まっています。

トレーサビリティもその一つで、農業分野では宮崎県綾町で実証実験を行い、成果をあげています。

宮崎県綾町 農産物直売所

tana / PIXTA(ピクスタ) 宮崎県綾町 農産物直売所

導入までの背景と取り組み内容

綾町は農業が盛んで、1988年には有機農法を推進する条例を制定しました。町ぐるみで有機農業に取り組んでおり、生産された有機野菜は、ブランド野菜として高い評価を得ています。

もともと野菜の情報はもちろん、土壌の成分などもデータで管理していましたが、綾町ブランドのより確かな証明のため、電通国際情報サービス(ISID)と協業し、同社が手掛ける農作物トレーサビリティシステムの実証実験を進めています。2017年にはこのシステムを通して実際に販売を行い、即完売の成功を収めました。

スマート技術を駆使したトレーサビリティ

この実証実験には、注目されているスマート技術が活用されています。収穫した野菜を出荷する際、箱に生産物の情報が入った「NFCタグ」と、インターネットに接続された「IoTセンサー」を同梱します。

NFCとは「Near Field Communication(近距離無線通信)」で、情報を詰め込んだタグにスマホをかざすだけで、タグに組み込まれたさまざまな動作が実行できるしくみのこと。このシステムでは、出荷先がスマホをかざして野菜に関わる情報を読み取ります。

IoTとは「Internet of Things(モノのインターネット)」を指し、インターネットの通信機能を持つモノのこと。ここでは、出荷後、箱に伝わる温度や振動などセンサーが感知した情報を、インターネットを介してブロックチェーンの台帳に記録し続けます。後に台帳を確認すると、店舗に着くまでに箱がどのような環境にあったかという情報が書き込まれているというわけです。

このように、ブロックチェーンの台帳には野菜の一生の情報が細かく記録され、保存されています。関係者であれば誰でも閲覧でき、また更新の履歴も残るため、改ざんの危険性もなく理想的なトレーサビリティのしくみといえるのです。

得られた効果とこれからの課題・展望

綾町の野菜は、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティシステムによってブランドへの評価を得て、高い信頼を集めています。トレーサビリティの確立は、産地偽装を防ぐためだけではなく、生産者の自信や誇りを守るためにも効果的です。

また、作業履歴の詳細なデータは、土壌分析や生産者の労働状況、機械の稼働率などさまざまな分析が可能で、データの活用次第では経営改善に役立てることができます。

今後はブロックチェーンやスマート技術を使ったトレーサビリティの生産者へのメリットをアピールしつつ、すべての情報を開示することのリスク管理の確立が求められています。

出典:
株式会社電通国際情報サービス「プレスリリース|2018年5月」 所収「ISID、ブロックチェーンで農産物の生産・流通・消費履歴を保証するトレーサビリティ実証実験を開始 」
同「 2017年3月」所収「有機農業発祥の町、宮崎県綾町の野菜にブロックチェーン技術で管理した生産情報を付与、販売~3 月 25 日(土)にアークヒルズで開催する「ヒルズマルシェ」に出店~ 」

果物 ICタグ

kou / PIXTA(ピクスタ)

食品トレーサビリティの重要性は増す一方ですが、食品製造に関わる各業種では導入が進んでいません。今後、国際的な競争力をつけるため、また食品の安心・安全への信頼を担保していくためにも、導入のメリットを最大限に生かし、積極的に取り組むことが求められています。

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大曾根三緒

大曾根三緒

ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。

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