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農家が「法人化」して得る「実り」とは? ある梨農家の法人化事例

農家が「法人化」して得る「実り」とは?  ある梨農家の法人化事例

ネット予約で完売続出の梨があります。その名は『akari』。大阪出身の新聞記者が群馬県明和町の梨農家として就農。その後『梨人(なしんちゅ)』という法人を立ち上げ、そこから生まれたブランド梨 です。代表理事の東 秀人(あずまひでと)さんに話を伺うと、農家にとっての法人化の意義と道筋が見えてきました。

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『梨人(なしんちゅ)』とは?

農事組合法人『梨人』 プロフィール

群馬県明和町の若手梨農家や後継者などが集まり2013年に立ち上がった研究サークルをルーツとする、梨生産のプロフェッショナル組織。2018年に法人化し、独自ブランド『akari』の商品化に成功。これを筆頭に、衰退しつつあった明和産の梨を再び盛り上げる取り組みを続けている。

代表理事 東秀人(あずまひでと)さん プロフィール

大阪府出身。旅行・観光業界の新聞記者を経て、2011年に明和町の新規就農者募集プロジェクトに応募し就農。

新聞記者時代に、観光地や温泉地で観光業に携わる人たちが、それまでの観光業から脱皮すべく「旅行によるまちづくり」に真剣に取り組んでいるのをみて「まちづくり」自体に興味を持つ。

「まちづくり」をするために地域に根差して自分で起業できる仕事とは何か?を考えた時、生産から加工、販売まで携われる農業にひかれ、梨農家になることを決断した。

地域の農家仲間と『梨人』を立ち上げ、法人化を実現。代表理事として、独自の生産技術の確立、ブランド化やマーケティング施策を牽引している。

「法人化」という明確な目標を持って集まった農家有志

慣行農法に問題意識を持つ若手農家と立ち上げた勉強会

最盛期には約60軒の梨農家があり、約58haの梨畑が広がっていた明和町。しかし、少子高齢化の影響もあり、一時期は軒数が4分の1、農園面積は8haまでに縮小し、梨産地としての継続が危ぶまれていたといいます。

明和町 ジョイント仕立ての梨園

明和町は梨の栽培に適した利根川が運んだ「褐色低地土」に覆われている
出典:群馬県邑楽郡明和町「梨組合」のホームページ

そこで明和町役場では「明和町梨産地構造改革協議会」を発足し、約20年前から新規就農者募集プロジェクトを開始しました。東さんは2011年の募集に応じた1人でした。

東さんは、明和町役場・農協・普及所や現業の梨農家などからの支援で約1年間の研修を受けた後、後継者のいない梨畑を借り受けて独立しました。

ところが独立後、東さんはある疑問を持つようになりました。

農事組合法人『梨人』代表理事 東秀人さん(以下役職・敬称略) もともと梨が大好物で、農家になるならこれだと応募したようなものです。

その自分が、複数の梨農家からひと通りの農法を教わり、一定水準のものを作れるようになったとき、何か物足りなさを感じはじめてきたんです。

その物足りなさの起点は、梨好きだからこその味へのこだわりでした。

周りと同じことをやっていては、周りと同じおいしさの梨しか生み出せない。それでは誰も新規就農者の作物に振り向くわけがありません。

梨はもっとおいしくなるはず。日本中が注目するようなブランドの梨を生み出したい。そんな想いを実現する方法として、同じ問題意識を持つ若い農家を募り、勉強会を開くことを思いつきました。

普通の勉強会と一線を画す、10年以内に法人化するという目標

東 他の地域にも若い農家同士の交流会はありますが、『梨人』とそれとが大きく異なる点は、10年以内に法人化する、という目標と計画を立てたことです。

独自のブランド梨を生み出し、しっかりと収益が見込める利益団体に成長させるために、どのようなスケジュールで何を勉強すべきかを考え、実行していきました。

力をいれたのは、梨栽培の生産技術を高めるPDCA

情報の共有と実践をともなうPDCAで技術力アップ

まず、東さんが力を入れたのは、勉強会が情報共有や視察旅行だけで終わらないよう、PDCAサイクルを決め、メンバーの実践につなげることでした。

東 研究の手法は、①梨作りの情報収集と情報共有 → ②梨名人への視察と取材 → ③戻ってメンバーと情報の整理 → ④解散して各自実践 → ⑤再び集まって情報共有 → ⑥さらに別の梨名人へ視察、の繰り返しです。

そしてこの活動により、農家単体では体験できなかったさまざまな衝撃と発見を得ることができました。

梨名人から栽培管理と技術を学ぶ『梨人』メンバー

梨名人から栽培管理と技術を学ぶ『梨人』メンバー
出典:『梨人』のブログ「梨人(なしんちゅ)のキセキ 梨で明和町をもっと元気に!」(2018年5月13日の投稿)

産地に閉じたままでは得られなかった知識やノウハウが日本全国に無数に

一定水準の梨を生産できるようになっていた東さんでしたが、日本各地の梨の産地での視察を重ねるにつれ、梨の栽培についての知見不足を痛感するようになったと言います。

東 梨名人といわれる方たちは、梨が樹木としていかに生長するか、という理論から知って栽培していることを初めて知りました。

私は、梨が上へ伸びることを優先させる頂部優勢性の植物だという、樹木としての性質さえ知らなかったのです。

頂部優勢性だということを理解していれば、放っておけば上に伸びることに持っていかれてしまう養分を、いかにして果実の肥大のために均等に行き渡らせるか? その養分はどのような施肥設計によって補うべきか? ということまで考えることができます。

自分の産地や畑に閉じこもっていては得られなかった知識やノウハウが、日本全国に無数にあることを実感しました。

梨名人を訪ねて学ぶ中で、印象的な言葉があるそうです。

東 ある名人がこんなことを教えてくれました。「正しい工程を踏んで、手間暇を惜しまず我が子のように愛情を込めて育てれば、梨は美味しくなって応えてくれます」と。

果樹としての性質を勉強し、どの生長過程のどのタイミングで、どんな栄養素を求めているのか? どうすれば病害虫から守ってやれるか? を考えること。

人が知恵を絞って作った肥料や農薬を、農家が楽をするために使うのではなく、果樹への愛情のために用いること。

そこまでしてはじめて人に喜ばれる作物がつくれるのだと、その名人から教えてもらったような気がします。

学びと実践の結晶「梨人育成マニュアル」

こうして全国の梨名人を訪ねて学び、メンバーが各自の梨園で実践して検証することで磨き上げてきた技術は「梨人育成マニュアル」として結晶しようとしています。

東 これまで全国の梨名人から学び取り、独自にブレンドして確立したノウハウは、絶対にほかの地域では真似ができないものです。これが『梨人』の梨の高い品質を支え、新ブランドの創出にもつながっています。

これまで培ったノウハウを整理し、「梨人育成マニュアル」を完成させることを次の重要な事業としてとらえています。

「梨人育成マニュアル」を明和町の資産として活用できれば、梨生産を活性化させる新たな人材作り、組織作りの役に立てるはずだと思っています。

「法人化」による資金調達で実現した新たな拠点

2018年、『梨人』は、経営理念の行動方針を立て、農事組合法人として新たに発足しました。
法人化したからこそ調達できた資金でまず行ったのが、新たな拠点の建設です。

東 以前から、散発的に行っている活動を集約化する拠点が必要だと考えていました。

法人化により、多額の融資や補助金の調達が可能となり、約3,000万円の費用をかけて、選果場を兼ねる『梨人』直売所を設立しました。

この直売所は、選果場を兼ねるだけでなく、今後の研究や活動の拠点、さらには地域とのコミュニケーションを活性化させる拠点としても活用していきたいと考えています。

ドーム型の『梨人』直売所

「大通りに面しているドーム型の建物」と伝えるだけですぐわかる『梨人』直売所

新ブランド『akari』の創出

法人化した『梨人』活動の今後の核となるのが、他の産地がすぐには真似できない、梨の最高品質ブランド『akari』の生産・販売体制を確立し、高付加価値化によって儲けるしくみを生み出すことです。

「梨人育成マニュアル」をベースとした高い品質基準

東 先に述べましたように、『梨人』が全国の名人といわれる方々から学び、メンバーが実践することで確立してきた生産技術と、これに支えられた品質基準は「梨人育成マニュアル」として結実しつつあります。

ここから生まれた品質基準をさらに高めて厳選した最高品質の梨を『akari』ブランドとして認定し売り出しています。

品種は限定せず、例えば糖度なら『梨人』の基準の+0.5~0.6という厳しい基準をクリアしたものだけを『akari』としてブランド認定しています。全収量の約3%しかブランド認定されません。

パッケージのデザインにもこだわる

『akari』の希少性をアピールするため、贈答用を想定した価格設定で、販路は公式オンラインショップに限定しているそうです。早くも人気を得て、売り切れも続出しています。

そのデザインにもこだわりがあります。

東 『akari』ブランドの梨を梱包するパッケージは、「今までの梨には無かったもの」をイメージしてデザインしてもらいました。ローマ字でシンプルに『akari』とだけ記し、和紙風の素材を使っています。

梨人 『akari』 パッケージデザイン

高級感を求めた『akari』のパッケージデザイン

今後の課題はマーケティング

生産技術を磨き高い品質の梨を生産できるようになった『梨人』ですが、今後の課題は「いかに売るか」というマーケティング面だそうです。

東さんが重要と考えるマーケティングのポイントを挙げていただきました。

マーケティングにはマーケティングにたけた人材を

東 生産者に「『akari』に高付加価値を付け、直売所を経営し、儲かるしくみを生み出せ」といっても、なかなか難しい話です。

生産者には『梨人』独自のノウハウで高品質な梨作りに専念してもらい、それをいかに売るかは、今後雇う社員と検討していきたいと考えています。

マスメディアを味方につける

東 就農前は新聞記者をしていたので、マスメディアの影響力の大きさは理解していました。

特に役立つのが地元紙のネットワークです。時には記者の方と飲みにいき仲良くなって、ことあるごとに『梨人』の取り組みを聞いてもらいました。

なぜなら、『梨人』の取り組みをニュースリリースしやすくするパイプを作っておけば、ほかの地域での認知度を高める機会が増え、ブランド化の大きな力になるからです。

梨人 『akari』 地元紙の記事

地元紙の記事になることでブランド梨『akari』は群馬県で広く知られることに

『akari』の全国展開構想

東 『akari』はもちろんですが、『梨人』そのものも、その組織化や法人化に至る過程でさまざまなノウハウを蓄積することができました。

今後5年以内に、法人化やブランド化のノウハウや『akari』の品質基準を、例えばフランチャイズ方式で全国展開することを考えています。

こうした事業展開に注力するためにも、できるだけ早く後継となる人材育成の手法を確立したいですね。

農家の法人化におけるリーダーの役割

東さんのお話から、法人化の道筋として重要なポイントが見えてきました。第一に、独自の生産技術やノウハウを簡単に真似ができないレベルまで磨き上げること。第二に、法人化で調達できた資金をマーケティング面へ思い切って投資することです。

東さんは、さらに、法人化の過程においての大切な要素として「リーダーの役割」を挙げてくれました。

経営理念と行動指針を絶えずメンバーと同じレベルで共有する

東 組織作りで何よりも重要なのは、「いかにビジョンを明確にし、そこへ至る道筋を具体的に提示し、いかにメンバーと共有するか」です。

法人化にあたっては、まず、経営理念と行動指針を作り、機会あるごとに口癖のように話題に織り交ぜるよう心掛けています。

『梨人』の経営理念:梨産地としての維持と活性化

明和町の梨産業衰退に歯止めをかけ、再び名産地として活性化させ、全国に名を広げるような起爆剤となる。

『梨人』の行動指針:

1. より高品質な梨を作る
2. より高い付加価値をつけて適正価格で販売し、儲かるしくみを確立する
3. そのしくみを作るため、全てのステークホルダーとの関係性を密接に形成する

リーダーであると同時にメンバーを支えるマネージャーであること

東 組織とは、雇い使われる関係では成長できないと思います。いいかえれば「チームとして、どのような練習をし、作戦を立て、勝ち上がっていくか」です。

経営者はチームリーダーであるとともに、まさにマネージャーとして目標とスケジュールをメンバーに提示し、支えていく意識が必要なのではないでしょうか。

経営拡大・法人化を考えている皆さんに

「こうしたい!」という熱量の大きさが同志と支援につながる

東 見慣れない人が、何か新しいことをやろうとすると、地元の方々の目が厳しくなることもあります。私も独立当初は孤独でしたし、『梨人』立ち上げ当初もなかなか思いが伝わらず、もどかしい日々を過ごしたこともありました。

思うようにいかない日々を越え、『梨人』がこれまで成長できたのは、「自分がこうしたい! 」と思う熱量が大きかったからだと思います。

その熱量が、最初は同志とのつながりを生み、ほかの地域への視察や勉強会につながり、町役場や農協、普及所の方を巻き込んだ支援につながりました。

農業で儲かるために外に出る

東 農業は儲からないという人もいますが、農業は今以上に儲かります。慣行農法に甘んじては得られない未開拓、未知数の可能性が、畑には無数に埋まっています。

農業で「これまで以上に儲けたい」「経営拡大したい」と思うなら、今までやってきたことが本当に100%正しかっただろうか?と考え直してみてください。

そして1人で悩まず、学びを乞う謙虚さでどんどん外に出てみてください。時には恥をかくこともあるかもしれませんが、めげずに挑戦し続ければ、きっと同志が見つかり、儲かる道筋が見えてくると思います。

『梨人』の取り組みなど、ここで紹介したのはごく一部です。興味を持たれた方は、ぜひホームページなどで詳細をご確認ください。

・『梨人』のホームページはこちら
・群馬県邑楽郡明和町「梨組合」のホームページはこちら
・『梨人』のブログ「梨人(なしんちゅ)のキセキ 梨で明和町をもっと元気に!」はこちら

「ブランド梨を作りたい」「農業の可能性を信じて『梨人』を成長させたい」とという熱い想いと、法人化の道筋を経営者として論理的に考える冷静さの両方が、強く伝わってくるインタビューでした。

『梨人』のブログのタイトルでもある「梨人のキセキ」の経験が、経営拡大・法人化を考えている農家の方の一助となれば幸いです。

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松崎博海

松崎博海

2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。

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