農業保険法は従来の農業災害補償法からどう変わった? 改正内容や補償範囲
近年日本では数十年に一度といわれる災害が頻発しており、作物へ甚大な被害を及ぼすケースが増えています。こうした自然災害による損害に備えるために創設された従来の農業共済制度に加え、より幅広い作物や経営リスクに対応するため、2018年4月1日に改正された農業保険制度の詳しい内容を解説します。
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せっかく丹精込めて育てた作物も、台風や長雨などの自然災害によって収量が大幅に減少してしまうことがあります。近年の日本では何かしらの自然災害が毎年のように襲ってきており、安定した農業経営を行うためにはこれらリスクに備えることが大切です。
一方、農業経営では自然災害以外にも市況の変化による作物の価格低下や、輸出時の為替変動などさまざまなリスクがつきものです。そうした幅広い経営リスクに対応するために、近年新たに収入保険制度が導入されました。
今回は農家経営の安定を目的として創設された農業共済制度や、2018年4月1日から始まった農業保険制度の改正内容や各制度の補償範囲について解説します。
農業保険法とは?
Chika / PIXTA(ピクスタ)・HIRO / PIXTA(ピクスタ)
「農業保険法」は、2018年4月1日に制定されたばかりの比較的新しい法律です。もともとは戦後間もない1947年に農業経営の安定と生産力の発展を目的として制定された「農業災害補償法」を改正・改称したものです。
従来の農業災害補償法では米や麦、果樹、農業用ハウス、家畜など対象になる農作物が限られており、加入したくても加入できない農家も存在しました。また、あくまでも補償対象になる事故は自然災害などに限定されていて、価格低下などによる農業所得の減少までをカバーしていたわけではありません。
そうした問題点を解決するために法改正が行われ、従来からある農業共済制度に加えて、新たに原則すべての農産物を対象に農業所得の減少まで補う農業保険制度が誕生しました。
農業共済制度
従来からある農業共済制度は基本的に各地域にある農業共済組合(NOSAI)が運営しており、風水害や凍霜害といった自然災害等による収量の減収などがあった場合にその損失の一部を補填してくれます。
出典:農林水産省「農業共済」のページ所収の資料、各地域のNOSAI資料よりminorasu編集部作成
農家の相互扶助を目的とした制度なので農家同士が出し合った掛金を原資として被害にあった農家へ保険金を支払いますが、掛金の一部を国が負担してくれている点が特徴です。
ただし、農業共済は農業者の所得を直接補償する制度ではありません。加入する共済の種類によっても異なりますが、実質的な補償額の算出根拠となる共済価格は各地域や県といった特定の範囲内の標準値などを用いて定められるため、農家個人の実情に応じた補償を必ず受けられるわけではない点に注意しましょう。
農業共済制度の補償範囲
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農業共済事業は、農作物共済、果樹共済、畑作物共済、園芸施設共済、家畜共済というように、補償対象となる品目別に分かれています。
例えば、農作物共済では水稲や陸稲、麦が対象作物になっており、畑作物共済ではジャガイモ(馬鈴薯)や大豆、スイートコーンなど、果樹共済ではうんしゅうみかんやいよかん、りんごなどが対象作物です。
また、ビニールハウスやガラス温室などを対象とする園芸施設共済は基本的に施設本体(被覆材や施設の骨組みなど)が加入対象です。施設内で栽培している作物や暖房機およびヒートポンプといった付帯施設も補償対象になっていますが、施設本体の加入が前提になります。
上記の共済に関しては、農業の一般的な自然災害リスクである風水害や冷害、雪害、その他気象上の原因(地震や噴火を含む)のほか、病虫害や鳥獣害、火災などで一定以上の被害を受けた場合に共済金が支払われます。
一方、牛や豚などが対象になる家畜共済では、主に乳牛の乳房炎や肥育牛の肺炎といった疾病の治療代、病状が悪化した場合の廃用および死亡によって農家が被る損失の一部が補償対象です。
農作物共済、果樹共済、畑作物共済
大豆(畑作物)の水害
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稲(農作物)の冷害
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農作物共済および、果樹共済や畑作物共済では、対象となる災害によって減収が起きた場合、基準となる平年収量から自己負担部分とその年の収量を差し引いた部分に補償単価をかけて共済金を算出するしくみです。
果樹共済については、災害による樹体の枯死、流失、滅失、埋没及び損傷が対象となる樹体共済も用意されています。
果樹の風水害(台風による倒木)
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引受方式には出荷資料によって全体の収量減を評価する全相殺方式や、現地調査によって減収したほ場の合計を評価する半相殺方式、ほ場ごとに評価する一筆方式および樹園地単位方式などがあります。
どの方式に加入するかは、基本的に加入者の選択(各農業共済組合によって実施していない方式もあるので注意)となります。
果樹共済においては暴風雨やひょう害、凍霜害に補償対象を限定する特定危険方式、農作物共済では補償割合を一定の範囲内で自由に選択できるなど、リスクと掛金のバランスに応じて柔軟に設定できる制度も用意されています。
家畜共済
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搾乳や肥育用に育成される牛や豚、馬といった家畜が対象の共済です。家畜共済は農家の資産である家畜に病傷事故や死廃事故が起こり、それがもとで被った経済的損失の一部を補填するしくみとなっています。
かつては病傷事故と死廃事故を一体として加入しなければいけませんでしたが、2019年1月に施行された新制度以後は死廃共済と病傷共済の選択が可能になり、どちらかだけに加入することもできるようになりました。
引受方式には農家が飼養している家畜すべてを補償する包括共済と1頭ごとに補償する個別共済の2つがあります。ただし、事故が起こりそうな家畜を選んで加入する逆選択を防止する観点から、家畜の種類ごとに全頭加入する包括共済での加入が基本となっています。
園芸施設共済
大雪で倒壊したビニールハウス
cozy / PIXTA(ピクスタ)
園芸施設共済はガラス温室やビニールハウスなどの園芸施設を対象にした共済です。対象となる被害は風水害などの自然災害や火災などがあります。
例えば、暴風によってビニールハウスの被覆材が一定以上破れた場合や、大雪の影響によって施設が倒壊したようなケースが対象です。損害を受けた部分の復旧に要する費用の一部を補填する損害保険をイメージするとわかりやすいでしょう。
基本となる補償額は時価額をベースとしており、減価償却のように毎年下がります(それとともに掛金も下がる)。
例えば、パイプハウスの場合は耐用年数が10年と決められていて、補償の算定基礎となる共済価格は新築時の50%まで下がるしくみです。ただし、それだけでは補償が不十分だと考える場合には、任意で追加の掛金を支払えば補償をさらに手厚くする制度も用意されています。
また、施設本体に加えて暖房機や給水施設といった付帯施設や施設内作物(売上額ではなく平均的な生産費の補償)を対象とするオプションもあります。
農業共済制度の加入条件
農業共済制度への加入は任意です。品目ごとに加入するかどうかを選べるため、例えば、農作物共済だけ加入し、園芸施設共済は未加入ということもできます。
以前は、水稲や麦といった農作物共済に属する品目を一定規模以上生産している場合、農家は加入義務(当然加入制と呼ぶ)を負っていました。しかし、農業共済制度創設時と現在の食糧事情が変わってきたことを踏まえ、農作物共済の対象品目も平成31年産からは任意加入へ変更となっています。
加入単位は基本的に個人または法人ごととなっていますが、農作物共済や果樹共済、畑作物共済では現場の状況に応じて任意の農業生産組織などの組織単位での加入も可能です。
ただし、加入するために必要な最低作付面積などは各組合によって微妙に違うので、事前に近くの農業共済組合へ確認しておきましょう。
農業共済の加入状況
出典:農林水産省「農業共済制度の概要(令和3年10月)」よりminorasu編集部作成
当然加入制が採用されていた水稲や麦といった品目の農業共済への加入率は、水稲89%、麦97%と非常に高くなっています。
また、飼養中にどうしても一定程度の事故が発生してしまう家畜共済(乳用牛、肉用牛ともに加入率92%)や湿害に悩まされやすい畑作物共済(加入率80%)も広く普及しています。
その一方で、園芸施設共済は66%、果樹共済は25%と加入率はあまり高くありません。特に果樹共済では農業者の栽培技術や経営方針の違いなどによって被害状況に大きな差があるため、被害を未然に防ぐ対策が可能な農家ほど加入しない傾向にあります。
収入保険制度
上述したように、農業共済はさまざまなリスクに備えられるメリットがある一方で、加入する品目が限られている点や損失の一部を補填するしくみであり、満足な補償を受けられない場合がある点が問題でした。
そこで、新たな制度として始まったのが収入保険制度です。収入保険制度では、すべての農産物が対象になるうえ、自然災害による減収だけでなく相場の下落による価格低下など、農業者の経営努力だけでは防げなかったリスクまで補償してくれます。
また、地域の平均値をもとに共済価格が定められるケースの多い農業共済と違って、加入者の過去の所得の平均値から減収分を補填してくれるしくみなので、より被害実態に近い補償を受けられる点も魅力です。具体的な補償範囲や加入条件をご紹介します。
収入保険の補償範囲
HIRO / PIXTA(ピクスタ)
収入保険はその名の通り、農業収入が減った農家の損失を補填する制度です。主に災害による農家の減収を補填する制度であった農業共済と異なり、市場価格や為替変動のリスクにも対応します。
また、農家がケガや病気を負って作業ができなかったケースや取引先の倒産、輸送事故および盗難による収入減も対象です。近年では新型コロナウイルスによる影響で収入が減少したケースも補償対象となりました。
収入保険は青色申告のデータに基づいて引き受けをしています。具体的には過去5年間の平均農業収入を基本として、その基準の9割(5年以上の青色申告実績がある場合の上限)を下回った場合に、基準額の9割までを補償します。
収入保険の加入条件
出典:農林水産省「収入保険」のページ所収の資料、各地域のNOSAI資料よりminorasu編集部作成
収入保険の加入申し込み先は、農業共済と同じく各地域にある農業共済組合です。加入は農業者の任意で、青色申告を行っている個人または法人単位で加入できます。
加入するために支払う保険料は、掛け捨てタイプの保険方式と掛け捨てにはならない積立方式の2つがあり、組み合わせは自由です。選択できる支払率は保険方式が9~5割、積立方式が9~1割となっています。
収入保険は、類似制度である農業共済や野菜価格安定制度、ナラシ対策などに重複して加入することはできません。どの制度に加入するべきか悩む方は、全国農業共済組合連合会が公開しているシミュレーションソフト(Excel)を利用してみるとよいでしょう。
※シミュレーションソフトはこちらから
全国農業共済組合連合会「収入保険を体験してみましょう!」
さんいんち / PIXTA(ピクスタ)
昨今の日本では台風の大型化や大雨による洪水被害など、自然災害のリスクが高まっています。農業所得向上のためには販路の確保や栽培技術の向上などが必要不可欠ですが、そうした経営者の努力も自然災害には太刀打ちできないことがあります。
農業経営安定化のためのセーフティネットを探しておられる方は、今回紹介した農業共済や収入保険への加入を検討してみてください。
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中原尚樹
4年生大学を卒業後、農業関係の団体職員として11年勤務。主に施設栽培を担当し、果菜類や葉菜類、花き類など、農作物全般に携わった経験を持つ。2016年からは実家の不動産経営を引き継ぐ傍ら、webライターとして活動中。実務経験を活かして不動産に関する記事を中心に執筆。また、ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格も所持しており、税金やライフスタイルといったジャンルの記事も得意にしている。