「都市近郊」×「水耕栽培」 異業種からの就農で高品質・高回転の農業を成功させた秘密

アクアファーム八尾は、大阪市近郊の住宅街の中にあるハウスで水耕栽培を行っています。都市近郊型農業と水耕栽培を組み合わせることでどのようなシナジーや価値が生まれるのか、お話を伺いました。
目次
アクアファーム八尾代表 江尻 昌彦(えじり まさひこ)さんプロフィール

アクアファーム八尾代表 江尻 昌彦さん
一般企業の営業職を退職後、介護タクシー会社を経営。その後、自家消費用の米を栽培していたほ場を活用し新規就農。収益化のために、水稲栽培から水耕栽培に切り替え、「通年栽培」「通年出荷」「多品種栽培」を実現し、年間を通して、一定の品質や収量、価格で作物を出荷・販売している。
新規就農のきっかけは「両親がほ場の売却を決めたこと」
大阪府八尾市の住宅街の一角にあるアクアファーム八尾。ハウスが建てられた13aほどのほ場では、多種多様な作物が栽培されています。
アクアファーム八尾代表 江尻 昌彦さん(以下役職・敬称略) 就農するまでの約20年は、営業マンとして働いていたり、自営業で介護タクシー会社を経営したりするなど、農業とは縁のない社会人生活を送っていました。
介護タクシー会社に区切りをつけようと考えていた矢先、両親が自家消費用の米を栽培していたほ場を売却するという話がでたのです。
先祖代々受け継いできた土地を売却してしまうのは忍びないと思い、どうにか有効活用したいという思いから土地を引き継ぎました。それが農業の世界に飛び込んだきっかけです。

一軒家が立ち並ぶ住宅街の中にあるハウスで多品種の栽培を実践している
水稲では収益化できない現実を知る
ほ場を受け継いだ江尻さんでしたが、水稲栽培を継続することは考えていなかったといいます。なぜなら、受け継いだ13aほどのほ場で栽培される米の収量は約700kg。収益は約14万円程度だったからです。
また、米の価格は作況によって変動しますが、近年の米需要量の減少に伴い、販売価格も下降傾向にあります。さらに、10a当たりの生産コストは生産規模が小さくなるほど高くなります。以上のことから、水稲栽培では収益化できない現実を知ったそうです。
参考資料:農林水産省「『販売』を軸とした米システムのあり方に関する検討会」 第13回検討会(平成20年6月13日)所収の「米の生産コストの現状」
江尻 約14万円の収入から営農にかかるコストを差し引けば、残る利益は雀の涙ほどのものでした。高い確率で赤字経営になります。しかし、八尾市内で農地を拡大することも困難という状況でした。
どうしたら収益化できる? 流通側のメリットから考えた答えが水耕栽培
収益化のために、江尻さんが踏み切ったのは水耕栽培でした。そこには、「都市近郊型農業」と「水耕栽培」を組み合わせることで生まれるメリットがあると話します。
都市近郊だからこそ流通への直販を
江尻 狭いほ場でも高い収益を上げる方法を調べ、たどり着いたのが水耕栽培でした。水耕栽培は、露地栽培にはないメリットが多くあります。
露地栽培では、土壌の状態や気候といった環境条件によって、収穫時期や収量が変わっていきます。そこで小売店近隣の産地で収穫できない作物は、産地リレーによって栽培可能な別の産地から仕入れたり、海外から輸入するなどの方法で、作物の安定供給を成り立たせています。
しかし、遠方の産地や海外から作物を仕入れると、梱包費や運送費などのコストが卸値に上乗せされます。
一方、水耕栽培は、作物の生長に必要な栽培環境を人工的に作ります。そのため、栽培環境の維持さえできれば、一定品質の作物を、一定の収量で栽培できます。季節による収量の変動がないため、販売価格を変えることなく、通年出荷も可能です。
さらに江尻さんは、都市近郊型農業ならではのメリットがあると話します。
江尻 大阪市と隣接している八尾市での農業はいわゆる「都市近郊型農業」です。この場所で水耕栽培を実践するからこそ、新鮮な野菜を提供できるというメリットがあります。
消費者にとって魅力ある「新鮮な野菜」を販売できるのは、小売店にとって大きなメリットだということです。
流通から選ばれる農家とは?
アクアファーム八尾は、一定品質・一定収量を栽培できるため、通年出荷が可能になりました。小売店側も年間を通して、同じ品質・同じ価格の作物を納入できるので、消費者に対して、作物を安定供給できます。こうすることで、アクアファーム八尾は、小売店から選ばれる農家になっていきました。
江尻 アクアファーム八尾と同じ条件で作物を出荷できる農家は、現時点では同エリア内にいません。そのため、必然的に出荷先からのプライオリティは高くなります。その結果、作物の価格決定権を得ることもでき、単価を上げることも可能になっています。
水耕栽培での通年出荷は小売店にとってメリットが多い
一定の品質と収量で通年出荷できることに加え、年間を通して作物の販売価格を安定させられるのもアクアファーム八尾の特徴です。これも小売店にとってのメリットです。
通常、作物の価格は収量と需要のバランスによって変動します。しかし、アクアファーム八尾の作物は、通年出荷が可能です。そのため、直接販売・卸売問わずに、年間を通じて同じ価格で販売しています。よほどのことがない限り販売価格は変えていないといいます。
江尻 作況によって値上げすることも可能ですが、それをするとこれまでアクアファーム八尾を選んでくださっていたお客さまが離れていく可能性もあります。その後値下げしたとしても、必ずまたアクアファーム八尾で作物を購入してくれるとは限りません。
また、農家側であるアクアファーム八尾としても、年間を通してどれだけの収益が上がるか見通しを立てやすくなるというメリットもあります。

湛液型水耕法での栽培。水槽に空きができないよう播種や定植前の苗の管理などを毎日行っている
アクアファーム八尾ならではの強みを作る
アクアファーム八尾は、通年栽培・通年出荷・一定の販売価格という独自の強みをつくることで、流通から選ばれる農家になっています。八尾市内にあるイトーヨーカドーなどの大手スーパーとも取引しています。
江尻 新鮮でおいしい作物をいつでも同じ価格で購入できるのが、アクアファーム八尾だと思っていただけることで、ブランド価値を確かなものにできます。
流通に選ばれ続ける強みは「通年出荷」と「栽培品目を変えられる柔軟性」にあり
アクアファーム八尾では、季節に合わせて栽培品目を変え、お客さまのリクエストに応えています。こうした柔軟性が、アクアファーム八尾のさらなる強みです。
年間を通して「葉物野菜」を出荷できるのは、地域で「アクアファーム八尾」だけ
江尻 八尾市内には私のほかにも葉物野菜を栽培している農家もいれば、水耕栽培を実践している農家もいます。しかし、「通年出荷可能な葉物野菜」を栽培しているのは、このエリアでアクアファーム八尾だけです。これは大きな強みになっています。
「季節に合わせた栽培品目」で出荷先からの信頼を得る
季節に合わせて葉物野菜の栽培品目を変えられるのもアクアファームの強みであり、出荷先の信頼を得ている理由です。
しかし、水耕栽培を始めた当初に栽培していたのは、小松菜や水菜、フリルレタス、リーフレタスの4品目だけでした。ですが、季節毎の作物栽培に挑戦し、現在はミニトマトやルッコラ、チシャ、パクチーなど合計14品目を栽培しています。
江尻 水耕栽培が可能な作物であれば、お客さまのリクエストに応えられるよう栽培に挑戦しています。
冬の寒さに強い作物や夏の暑さに強い作物など、状況に合わせて栽培品目を変えることができることも、アクアファーム八尾ならではの強みになっています。
「通年出荷」を可能にする技術
「都市近郊」と「水耕栽培」の組み合わせに成功したアクアファーム八尾ですが、おいしい作物を通年出荷するためには、栽培管理の工夫や研究、試行錯誤が必要でした。
栽培期間の短い作物を顧客ニーズに合わせて出荷する生産管理
作物の品種によって播種から収穫までにかかる期間は異なります。アクアファーム八尾では、収穫までに1ヶ月から2ヶ月ほどの作物を中心に栽培しています。こうした栽培期間の短い作物を作ることで、通年栽培・通年出荷を可能にしています。
ただし、そのためには、播種から発芽までにかかる期間、植え付けから収穫までにかかる期間を細かく管理する必要があります。
品質と収量を担保する環境制御
水耕栽培は溶液の中に根が広がるため、露地栽培よりも地質や気候の影響を受けにくい栽培方法です。アクアファーム八尾では、環境制御装置を導入することで、適切に管理しています。それにより、作物の品質や収量を担保しています。
江尻 1年中同じ品質の作物をコンスタントに出荷するためには、溶液だけでなく気温や湿度といった栽培環境を一定に保つ必要があります。
そのため、ハウス内の気温の変化を自動で感知し、最適な状態に保つための装置を導入しました。これにより、1年中栽培に最適な環境を保つことができます。
栽培環境を維持することは、計画通りに作物を栽培するためにも必要なことです。計画通りに出荷できれば、どれだけの利益が出るか見通しを立てることもできます。

ハウス内の気温や湿度に変化があればミストを噴射するなど、環境条件を一定に保つしくみがある
連作障害を回避し、効率生産を可能にする「水槽内の作物配置」の研究
アクアファーム八尾では、湛液型水耕法と呼ばれる水耕栽培方式で作物を栽培しています。循環させた溶液に、専用のパレットに定植した作物の根を浸して栽培する方法です。
江尻 溶液が水槽を循環する間、上流から下流にかけて水温や溶液内の液体肥料の割合、酸素量は変化していきます。そこで、どの位置にどの作物を配置すれば、効率よくおいしい作物を栽培できるか試行錯誤しています。
また、作物を栽培するためのパレットは栽培後に洗浄して再利用するため、同じ作物を同じ場所で栽培しても連作障害の心配はありません。

収穫後のパレットは専用の洗浄機を使い洗浄・消毒される
消費者の声から生まれるブランディングのさらなる一手
アクアファーム八尾では、都市近郊型農業の特徴を活かして、ブランディングをしています。そのために消費者への直接販売にも力を入れています。
消費者に好評の直接販売。「目の前で収穫した作物」を120円で販売

近隣の消費者への直接販売
画像提供:アクアファーム八尾 Facebookページ
アクアファーム八尾のハウス周辺は、小学校などの教育機関があり一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街です。そこで毎日9時から17時まで、一般消費者向けの直接販売を行っています。
江尻 ハウスに直接来ていただいたお客さまには、その場で収穫した作物をその場で梱包して販売しています。価格はすべて120円に統一し、目の前で収穫された文字通り採れたての作物を安価で購入できると好評をいただいております。
「アクアファーム八尾の作物は、いつでも新鮮でおいしい」消費者の声がブランディングにつながる
江尻 目の前で収穫しているところを見ているので、新鮮さという点で大きな信頼を得ることができます。お客さまに「アクアファーム八尾での作物は、いつでも新鮮でおいしい」と思っていただけることがブランディングになっています

家庭用の水耕栽培キットの販売も行っている
画像提供:アクアファーム八尾 Facebookページ
一目で「アクアファーム八尾」の作物とわかる梱包への工夫
出荷先の作物にも「おいしく届ける工夫」「アクアファーム八尾の作物だとわかる工夫」をすることで、アクアファーム八尾は、小売店や消費者からの信頼を高めています。
江尻 ハウスで作物を購入されない場合でも、JAの直売所や出荷先のスーパーでも「アクアファーム八尾」の作物だとわかるように梱包されています。梱包材にもこだわり、新鮮さが長持ちするものを選んでいます。

鮮度を保つため、梱包材への投資は惜しまない
新規就農をめざす方のために
導入・運用に高いコストがかかる水耕栽培ですが、江尻さんは「水耕栽培での新規就農をおすすめしたい」といいます。なぜなら、必要な経費が把握しやすく、栽培計画・販売計画を立てやすいからだそうです。
水耕栽培での新規就農をおすすめしたい理由
江尻 初期投資やランニングコストが高額になるのは事実ですが、必要な経費がどれだけかかるか把握しやすいと捉えることもできます。
栽培にかかる費用を正確に算出できれば、あとは目標とする利益額に到達するための栽培計画・販売計画を立て、その計画を実行するのみです。
重い荷物を運んだり長時間キツい体勢で作業をしたりする必要がないので、体力のない方や障がい を持った方にも実践できる農業だと考えています。農家の数は年々減っているからこそ、より多くの方に挑戦してほしいと考えています。
水耕栽培の導入ハードル
水耕栽培と露地栽培の大きな違いの一つとして、「導入・運用にかかるコスト」が挙げられます。どちらも土地代や、ほ場整備など栽培環境を保つためのコストはかかります。
水耕栽培の場合、ハウスや水槽、定植用のパレットなど栽培に必要な環境を整えるための初期投資にかかる費用が大きくなります。
加えて、溶液を循環させるポンプやパレット洗浄用の機械にかかる電気代などのランニングコストも少額ではありません。1年中一定の環境を保ち続けるということは、1年中同じだけの経費がかかるということです。これが水耕栽培の導入ハードルになっています。
江尻 水耕栽培にかかるコストは高く、運用するためには綿密なスケジュール管理によって効率よく栽培する必要があります。
また、導入に当たりさまざまなメーカーが、水耕栽培システム構築にかかる設備の販売や、運用のためのコンサルティングを行っています。予算や栽培品目によって、どのような栽培方法が最適か見極める必要があります。
研修も開催。水耕栽培での新規就農をサポート
アクアファーム八尾では、水耕栽培での新規就農をめざす方を受け入れ、研修を行っています。

水耕栽培では、綿密な環境制御とスケジュール管理が成否を握る
水耕栽培システムだけにとどまらず農業に関わるさまざまな技術は、年々発展しています。だからこそ、どのようなメリット・デメリットがあるのか。利益を上げるために必要なこと、強みとなることは何かを考え、実行し続けることが重要なのです。

福馬ネキ
株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。