4名で38haの水稲を管理|スマート農業への転換が、これからの少人数・大型経営化を推進

2.5haの土地を40年間で38haのほ場に拡大し、従業員わずか4名で大農場経営を成功させた農家があります。いったいどのような手法で経営拡大を図ったのでしょうか。埼玉県行田市で水稲栽培を行っているあらい農産の新井さんに、経営拡大の経緯と現在取り組んでいるスマート農業化について伺いました。
目次
株式会社あらい農産 代表 新井健一(あらい けんいち)さん プロフィール
東京農業大学短期大学部を卒業後、1980年に就農。2002年に埼玉農林業賞を受賞し、2006年に埼玉県地域指導農家、日本農業賞埼玉県代表となるなど、地域の農業活性化の功績を上げる。2012年に株式会社あらい農産を設立。2021年に県内で初めて「RTK基地局」を誕生させ、スマート農業化のモデルケースとしてマスコミから取材を受けるなどの注目を集めている。

株式会社あらい農産 代表 新井健一さん
写真提供:株式会社あらい農産
経営拡大のきっかけは「ほ場の拡大」
2012年に法人化した当時のあらい農産は、わずか2.5haの土地を所有する小規模な農家でした。その後、22haまで作付けを広げ、現在では38haのほ場で、大規模な農業経営を成功させています。
新井さんは、経営拡大のポイントとなった「ほ場の拡大」をどのように成功させたのでしょうか。その秘訣を伺いました。
大学在学中に学んだ「大農場経営」
株式会社あらい農産 代表 新井健一さん(以下 役職・敬称略) 私は東京農業大学の短期大学部の出身なのですが、卒業後1年間、アメリカに農業研修をしたことがあります。
新井さんは、カンザス州の養豚農家やカリフォルニア州の花農家へ実習におもむき、そこで初めて「大農場経営」というものを知ったそうです。
農閑期のほ場を借りて、徐々に農地を拡大
新井さんは大学を卒業後、自身で農家を営む中で「代々譲り受けた農地だけにこだわるのではなく、アメリカのように大規模なほ場で、大農場経営を実現できる手法はないものか」と考えました。
新井 そして思いついたのが、農閑期のほ場を借りるというものです。
行田市は古くから水稲栽培を行っている農家が多く、冬場はほ場が空いている状態です。それを期間借地として借り受け、麦の栽培をスタートさせました。
まずは麦を1000俵規模で栽培することを考えました。具体的には大麦50tという生産目標を立て、期間借地を少しずつ広げながら農業経営を行っていきました。
農地の流動化を逆手にとって、さらにほ場を拡大
しかし、次第に農業全体を取り巻くある課題が地元でも深刻化するようになったといいます。
それは農業人口の加速度的な減少です。周りの農家が高齢化し、事業継承がなされないまま貸出が増え(農業振興地域の農地は、宅地にならない)、流動化が激しくなってきました。
新井 そうした状況の中で、私のところに話が来るようになったのが「田んぼを作ってくれないか?」という依頼です。
さらに、新井さんのもとには、近隣の農家からも同じような依頼が次々と来るようになりました。それをきっかけに、あらい農産は麦づくりから米づくりへと転換し、期間借地をさらに広げていきました。

現在では米づくりが中心となったあらい農産
写真提供:株式会社あらい農産
「機を見るに敏」という言葉があります。「時流の変化や一見危機に思える状況を異なる視点で捉え、機を逃さず行動し商機をつかむ」という意味であり、ビジネスの世界では欠かせない考え方です。
新井さんはまさに「機を見るに敏」でビジネスチャンスをつかみ、それが経営拡大につながったといえます。
入念なほ場管理で、地主との信頼関係を構築
新井さんのもとに水稲栽培の代行依頼が多くきたのは、農地の流動化という背景だけが理由ではありません。新井さんは期間借地を広げるうえで、常に心がけていたことがあるといいます。
新井 それは、とにかくお借りした土地の手入れを怠らず、入念に管理することです。
例えば、ほ場の手入れを怠っていると、水稲管理が行き届かずに稲の間から雑草が生えてしまうケースがあります。そうしたルーズな管理をしている事業者に、大切な土地を貸そうとは誰も思いませんよね。
「あそこなら、きちんと管理してくれる」という信頼があってこそ、依頼はくるものです。土地を広げる前に、信頼を広げることが、ほ場拡大につながったのだと思います。
ほ場を統合し作業環境を効率化
次に新井さんは、効率的な作業環境を整えるため、畦によって仕切られたほ場の枚数を統合しました。
新井 隣り合うほ場の畦を切り崩して枚数を統合すれば、トラクターが一度に動き回れるようになり、作業できる面積が大きくなると考えました。
しかし、1つに統合したほ場は、若干の高低差があります。そこで、レベラーを搭載したトラクターを使い、部分的な高低差が生まれないよう平坦にならしていきました。
レベラーとは、ハイド板に高低差を検知するレーザーを取り付けて、ほ場を均一にならす機械です。なぜこの作業を行うのかといえば「水稲栽培においては均一に水を張る必要があるから」と新井さんは言います。
新井 高低差があると、水面から島のように露出した地表が出てきます。そうなると、島の部分があっという間に雑草だらけになってしまうのです。均平にしておけば、少ない水量で効率的に地表を覆うことができます。

レベラーをかけて均平にならしたほ場
写真提供:株式会社あらい農産
ほ場の統合に際しては、地主を1軒ずつ訪問して説明し、承諾を得たといいます。こうした地主に対するていねいな対応も、新井さんが経営拡大に成功した秘訣といえるでしょう。
新井 畦を切り崩し、隣り合うほ場を統合するのは、先祖代々の稲作風景を一変させるような大胆な取り組みです。しかし、これがまさに海外の大規模農場に見られるような効率的経営を実現するための基盤となりました。
スマート農業への転換で、さらなる成長をめざす
現在、あらい農産の経営拡大を加速させているのは、スマート農業への転換です。
経営継続補助金でスマート農業の基盤「RTK基地局」を整備
2021年コロナ禍で給付された経営継続補助金を使い、スマート農業の基盤となる「RTK基地局」を、農業法人7法人で設置することができました。
多くの農家は、コロナ禍で給付された経営継続補助金を、田植え機やコンバインといった新たな農機具の購入に充てています。しかし、あらい農産を始めとする農業法人はまったく異なる使い方をしたそうです。
新井 あらい農産では、経営継続補助金を「RTK基地局」を設置するための資金にしました。設置費用は約700万円と高額だったため、7人の農業法人で実現しました。
RTK基地局とは、GPSのように衛星から電波を受けて位置情報を割り出すためのシステムです。
GPSによる位置情報には、数メートルほどの誤差が生じます。しかし、RTK基地局は、基地局で位置情報を調整できるため、20km範囲内での誤差はわずか1~2cmと非常に高い精度を実現します。
このRTK基地局の設置により、実際にはどのようなスマート農業が可能になったのでしょうか?
トラクターの精密な自動運転が可能に
新井 このRTK基地から発信される位置情報を、ほ場内のトラクターが受信することにより、耕運や代掻き作業ができるようになりました。これから、施肥作業、レベラーを取り付けてほ場を均一化する作業を自動で行えるシステムを構築することができるようになると思います。
運転者はただ乗っているだけです。それだけで、わずか1~2cmの誤差で精密にほ場内を動き回り、農作業を行ってくれます。また、自動運転なので夜間でもライトをつけずに農作業ができます。
北海道の大規模農家では、RTK基地局によるトラクター運用が始まっていたようですが、関東ではどの農家もやっておらず「RTK基地局に関する知識そのものがない状態だった」と新井さんはいいます。

トラクターの自動操舵については取材も多い
写真提供:株式会社あらい農産
自動飛行のドローンによる農薬散布、追肥が可能に
あらい農産では、農業用ドローンが市場に登場し始めた頃から活用していました。そして、RTK基地局の設置により、自動飛行による運用を試みています。
新井 ドローンが登場して間もない頃は、常に人が操縦する必要がありました。しかし、現在はRTK基地局との連動ができるようになり、自動飛行で農作業が行えるようになっています。
トラクターと同様に、自動飛行のドローンは夜間でも照明を必要としないため、害虫が活動的になる夜間に農薬散布ができます。そのため、少ない散布量でより高い防除効果を上げることが可能です。
また、夏の酷暑の中を作業しなくてもよくなったので、従業員の作業負担の軽減にも役立っています。
あらい農産の従業員は現在4名ですが、ドローンの自動飛行機能を使えば、1人で複数機を運用できるようになります。38ha、170枚のほ場を少人数で管理できるのは、RTK基地局の設置と、それを応用したスマート農業への転換が鍵となっています。

ドローンによる追肥の様子
写真提供:株式会社あらい農産
将来的には雑草防除用ロボットも運用可能に
RTK基地局を活用したスマート農業は、トラクター運用だけでなく田植え機にも応用ができます。
新井 常に精密な位置情報をもとに田植えを行うので、植わった苗も碁盤の目のように精密に配列されます。そうなると将来的に期待できるのが、雑草防除用ロボットの運用です。
タテヨコにできた直線状の隙間を草防除用ロボットが走り、雑草や害虫の防除を行ってくれれば、余計な除草剤や殺虫剤を使わなくて済みます。
すなわち、減農薬農法の1つである合鴨農法をスマート化できるというわけです。現在、さまざまなメーカーや大学が、雑草防除用ロボットの研究・開発を進めています。
雑草防除用ロボットが実用化したら、すぐに採用したいと新井さんは夢を膨らませます。
作物の収量や質のデータを計測・蓄積
さらに、新井さんはRTK基地局の利用だけでなく、ほ場170枚それぞれの収量や食味のデータを計測・蓄積するスマート農業化により、作物全体の質の向上を図っています。
データを用いて課題を明確化する
新井 コンバインには食味計と収量を計測できる装置が付いている機種があります。これを活用することで「このほ場では収量が上がっており、こちらでは下がってる」「良質な米の栽培具合が、場所によって異なる」といったことがわかるようになってきました。
こうした差が出るのは「収量や質に影響する原因がある」ということです。データを蓄積することによって、例えば「場所によって日当たりが異なるのではないか」「水が漏れていたのではないか」といった議論を従業員と行えるようになりました。
データに基づいた農業経営が社内の意識を変える
新井さんは、測定・蓄積したデータを従業員と共有し、一丸となって改善策を考えたことが、社内の結束をさらに強めるきっかけになったと語ります。
新井 あらい農産独自のノウハウを築いていくことも重要ですが、何より大切だと感じたのは、従業員全員が共通の課題に向き合えたことだと思います。
今後38haの農地をどのように経営し、拡大していくのかを、私だけでなく周りのスタッフにも考えてもらうことは、新たな後継者育成にもつながります。その意味で、収量や味覚のデータを収集する取り組みには、大きな価値があると考えています。今年度は44haを作付け予定です。
スマート農業化を成功させる2つのポイント
スマート農業化を推進するためには、さまざまな情報や知識、そして多額の資金が必要となるため、個人ではなかなか難しいと考えられます。どうすればスムーズな経営転換を図れるのか、新井さんの経験をもとに、2つのポイントを教えていただきました。
まずはスマート農業化へ向けた勉強会やグループを結成
新井 スマート農業化の推進は、1人の力ではなかなか難しいでしょう。そこでまずは、スマート農業とはどのようなものか、どのような手法があるのか、それは自分たちの農業に適しているのかを勉強し、議論し合うグループを募ることから始めてみてはいかがでしょうか。
私もRTK基地局の設置の際に協力しあった7名の農家と勉強会を繰り返し、情報収集を行うことで、スマート農業への転換を進めることができました。
この経験をもとに、2019年には行政に働きかけて「北埼スマート農業研究会」というサークルを発足させました。地域全体でスマート農業化を図るために、技術導入の勉強会や助成金利用に関する情報収集を定期的に行うようにしています。
すでにスマート農業に関するグループやサークルがあれば、そこに参加するのも1つの方法です。そうしたサークルの活動が活発化すれば、組織として識者や講師を呼ぶこともでき、効果的な情報収集が可能になります。
そして、同じ志を持つ農家の人たちと協議しながら、スマート農業化への具体的なプランを設定できると新井さんは語ります。
国や自治体の支援金、補助金を活用
新井 スマート農業化には多額の資金が必要になります。しかし、国や自治体もスマート農業化を推進しているので、支援金や補助金の利用が可能です。
例えば農林水産省による補助金制度としては「スマート農業総合推進対策事業費補助金」があり、自治体においては「スマート農業総合推進対策事業費地方公共団体補助金」があります。
また、自治体独自で補助金を設定しているケースもあるため、まずは問い合わせをして、どれぐらい支援を受けられるかを確認しましょう。
さらに、サークル内でどのようにコストを分散させるかを協議することも大切です。
スマート農業化の波は、農業経営に大きなイノベーションをもたらすことは確実です。慣行農法から脱却し、少人数でも効率的な農業経営の実現は、持続的かつ発展的な地域農業を可能にし、後継者育成の基盤づくりにもつながるでしょう。
▼あらい農産のホームページやブログを是非ご覧ください。
あらい農産ホームぺージ
あらい農産「お米づくりブログ」

松崎博海
2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。