りんごの受粉方法は? 人工授粉の時期・やり方と効率化の最新技術
りんごはほとんどの品種で自家不和合性があり、開花時間も短いため、受粉には正確な情報と知識に基づく十分な準備が必要です。そこで本記事では、りんごの受粉について、人工授粉の効率的なやり方や受粉樹の選び方、ハチの活用方法など多面的に解説します。
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目次
日本のりんごは非常に多くの品種があり、品質の高さは海外でも高い評価を受けています。その品質を支えているのは丁寧な栽培工程で、特に受粉はりんごの品質や収量を左右する重要な作業です。より高品質なりんごを安定的に収穫するためには、適切な受粉作業が欠かせません。
どうやって受粉する? りんご栽培における、人工授粉の必要性
haruru / PIXTA(ピクスタ)
まずは、ほとんどのりんご品種が持つ「自家不和合性」について、そのしくみやそれを踏まえての効果的な受粉方法などを解説します。
りんご品種の多くは自家受粉せず、他品種との交配が必須
現在、日本で栽培されているりんご品種のほとんどは、「自家不和合性」という性質を持っています。自家不和合性とは、同じ品種や同じ遺伝子型を持つ被子植物の品種間では、めしべに花粉が付いても受精が行われず結実しないというしくみです。
自家不和合性は、被子植物が進化する過程において、遺伝子の組み合わせに多様性をもたらし、環境に適応した強い遺伝子を広く拡散するために発達させてきたしくみと見られています。
また、生物は近親交配によって有害遺伝子が強く現れたり、生命力が低下したりすることがわかっており、それを避けるためとも考えられます。
出典:りんごの品種|青森りんご主力品種 系譜早わかり図」
日本のりんごは、戦後になってから非常に多くの品種が育成されました。その多くは、「国光」「紅玉」「ゴールデン・デリシャス」など戦前に海外から導入された品種や、それらをもとに日本原産の「印度」などと掛け合わせて育成された「ふじ」「つがる」などです。
そのため、日本のほとんどのりんごは同じ品種を親としています。つまり、近い遺伝子を持つ品種が多数あり、それらは互いに自家不和合性を持っているので、品種が違っていても受粉・結実しません。
受粉・結実させるためには、遺伝子型の異なる品種を混植するか、花粉を取るための受粉樹を植え付け、人為的に授粉させる必要があります。
農家で使われる主な受粉方法は「マメコバチ」と人工授粉の2種類
蕎麦喰亭 / PIXTA(ピクスタ)
一般的にりんご農家で行われている受粉方法は、「マメコバチ」を放飼する方法と、採取した花粉を手作業で塗り付ける人工授粉の2種類が主流になっています。
かつて、りんご農家では開花時期に多くの人手を集め、人工授粉を行っていました。
しかし、りんごの花1つの寿命は3~5日程度と短く、限られた時間に受粉を済ませる作業には膨大な労力が必要です。高所に手を伸ばして一つひとつ花粉を付ける作業は、体への負担も軽くありません。
jphotoffice / PIXTA(ピクスタ)
加えて、昨今の担い手不足や高齢化の進行なども相まって、受粉の労力を軽減するためにマメコバチやミツバチを導入する農家が増えてきました。
特に、りんごの主要産地である青森県で昔から生息していたマメコバチは、毒針を持たず、1年のうち春の1ヵ月ほどだけ飛び回って花粉や蜜を集めると、残りの11ヵ月は枯れたヨシの茎の中にこもっています。
1年中活動するミツバチよりも管理が非常に楽な点で優れています。今では、青森県で増殖に成功したマメコバチが、全国のりんご園で活躍しています。
ただし、ハチは気温が低いと活動が鈍り、十分な受粉ができない恐れがあります。また反対に、活発に活動すると過剰に受粉し、実ができすぎて摘果の作業が増えるなど、受粉の確実性に欠ける点が問題です。
そこで、より効率的な受粉のために、多くのりんご農家ではマメコバチの放飼による受粉促進と、手作業による人工授粉が並行して実施されています。
りんごの受粉時期はいつ? 人工授粉の実施タイミング
Takashi Mizoguchi / PIXTA(ピクスタ)
りんごの開花時期は、産地や品種、その年の気候によっても異なりますが、おおよそ4月末から5月初旬にかけての10日前後です。
近年は天候が安定しないので、カレンダーよりもその時々の天候の状況を予測も含めてしっかり把握し、柔軟に対応しましょう。
ソメイヨシノが散った頃にりんごが咲き始めるので、その年のソメイヨシノが見頃を迎えるときには、受粉の準備を始めます。
【手順解説】着果率を上げる! 効率的なりんごの受粉方法
効率的・効果的に受粉し結実させるために、受粉作業で注意すべきポイントについて解説します。
1. 必要な道具・資材を用意する
蕎麦喰亭 / PIXTA(ピクスタ)
受粉作業の準備として、マメコバチなどのハチを放飼する場合は、開花の少し前にハチの巣箱を設置します。
人工授粉をメインで行っている場合はもちろん、主にハチによる受粉に頼っている場合でも、天候などの状況によって人工授粉が必要になることは十分ありえます。そのため、花粉と受粉のための道具は用意しておくとよいでしょう。
りんごの花粉は生命力が強いので、冷凍保存が可能です。そのため、前年に摘花した側花から花粉を取って乾燥させ、冷凍保存して翌年の人工授粉に使うのもよい方法です。人工授粉では、長い棒の先に球状の羽毛を付けたり、ダチョウの羽を付けたりした道具を使います。
ダチョウの羽を電動で回す授粉機や、ポンプで花粉を吹き付ける授粉機も市販されているので、使いやすいものを見つけましょう。市販の道具を長めの棒にくくり付けたり、2つ以上の道具を組み合わせたりと、自分たちの使いやすいようにアレンジするのもよいでしょう。
また、石松子 (せきしょうし) という花粉増量剤は吸湿性がないため、花粉に混ぜると、くっつきやすい花粉の流動性が高まって均一に分散するため、受粉効率がアップします。
2. りんごの開花時期に合わせて、マメコバチを放飼する
蒼月歩 / PIXTA(ピクスタ)
マメコバチは暖かくなると、羽化して巣から外に出て活動を開始します。そのため、そのまま園地に置いておくと4月中旬に出てきて、りんごの花が咲く頃には活動を終えてしまいます。また、開花前の防除に農薬を散布する場合は、その影響を受けないようにしなければなりません。
そこで、マメコバチを活用する場合は、4月中旬頃、マメコバチのさなぎが繭を破ろうとする「カチ、カチ」という音がし始めたら、巣ごと冷蔵庫に入れて保管します。そして、りんごの花が開花する少し前、ソメイヨシノが8分咲きになる頃に冷蔵庫から出して、園地に設置します。
地域によっては、JAなどで近隣農家のマメコバチの巣をまとめて保管する大型冷蔵庫を持っている場合があるので、問い合わせてみましょう。
3. 天候などの状況により、追加で人工授粉を実施する
haruru / PIXTA(ピクスタ)
マメコバチによる受粉をメインにしている場合でも、天気が悪かったり、気温が低かったりしてハチの活動が少ない場合には、補助的に人工授粉を行うとよいでしょう。
また、マメコバチが活発に活動していても、より的確に中心花へ受粉させ品質や収量を高めるためには、人工授粉を実施したほうが確実です。
人工授粉のやり方は、花粉を羽毛などにたっぷり付けて、放射状にまとまって5~6つ咲いた花の中心花に付けるのが基本です。一つひとつ丁寧に中心花に花粉を付ければ、まわりの側花は受粉せず、後々の摘果作業が楽になります。
一方、一つひとつの花に花粉を付けるのではなく、枝全体に一気に付ければ、受粉作業が大率化できます。ただし、あとで摘花や摘果をする必要が生じます。
そのときの状況によって、受粉作業の効率を優先するか、摘果の効率を優先するかを考え、柔軟に対応してみてください。
りんごの受粉樹は何がいい? 品種別の相性と選び方
りんごには多くの品種がありますが、受粉できる品種の相性は限られています。そこで以下では、どのような品種を受粉樹として選ぶとよいかについて解説します。
開花時期が同じで、S遺伝子型が異なる品種を選ぶのが基本
masy / PIXTA(ピクスタ)
りんごの結実には「S遺伝子型」(後述)が異なる/遠いことと、開花期が同時であることが重要です。
1種類のみを植え付ける場合には、本数に応じて受粉専用樹を植栽します。
園地内で2種類以上の品種を栽培する場合は、互いに受粉できるように、遺伝子型の異なる種を選ぶのが基本です。
りんごは品種ごとにそれぞれ「S遺伝子型(自家不和合性遺伝子型)」を持っており、遺伝子型が同じであったり、極めて近かったりするために結実しない品種があります。反対に、S遺伝子型が異なる、あるいは、遠い品種同士であれば受粉・結実します。
以下の図に「ふじ」と「つがる」のS遺伝子型グループを示しました。
出典:以下資料よりminorasu編集部作成
一般財団法人長野県果樹研究会「情報提供」所収「リンゴs遺伝子表」
農研機構 東北農業研究センター|研究成果情報|平成18年度|着色が良く食味の優れる中生種リンゴ新品種「秋陽」(山形県農業総合研究センター)
地方独立行政法人青森県産業技術センター 「技術・指導参考資料」所収 「りんご新品種と主要品種の交雑和合性」(平成12年度))
「最近話題のりんご新品種の特性」(平成16年度)
青森県 農林水産部「 普及する技術・指導参考資料(果樹)」所収「りんご花粉の発芽可能温度及び花粉量における品種間差異」(果樹部門 令和3年度 指導参考資料)
株式会社津軽りんご市場「りんご大学|一木先生のリンゴ学講座|第25回リンゴの不和合性」
「ふじ」と「つがる」の系統の品種を考えてみましょう。
「ふじ」と和合/半和合するグループと、「つがる」と和合/半和合するグループは相性がよいといえます。例えば、当然ながら「ふじ」と「つがる」は相性がよいですし、つがると半和合の「王林」と「ふじ」も相性がよい組み合わせです。
それぞれ和合/半和合する同士の相性はあまりよくなく、S遺伝子型が2個以上同じ品種ではうまく結実しません。
例えば、「ふじ」の花粉では、「ふじ」以外にも、「S1」「S9」が両方はいっている「早生ふじ」「アルプス乙女」「大夢」「ハックナイン」「秋陽」「北斗」は結実しません。「王林」の花粉では、同じ「S2」「S7」の S遺伝子型を持つ「彩香」は結実しません。
また、「ジョナゴールド」「秋陽」など三倍体の品種や、「星の金貨」のように花粉の量が少ない場合は、花粉親としては使えません。
相性のよい品種を組み合わせれば、互いに品質・収量の向上が期待できます。
※自家不和合性のほかに、交雑不和合性も存在するため、個別の品種と花粉親の組み合わせについて、結実するか、しないかについては、自治体の農政部署などで確認してください。
ミツバチを利用するなら、訪花頻度が上がる“白花品種”がおすすめ
taka / PIXTA(ピクスタ)
受粉樹を植え付ける場合は、ハチに確実に訪花し花粉を運んでもらう必要があります。花粉媒介昆虫としてマメコバチを利用する場合は、色による訪花の違いがないので考慮する必要はありません。
しかし、ミツバチを利用する場合は、赤い花への訪花頻度が少ないとされているので、受粉樹を選ぶ際には気を付けましょう。
結実するりんご品種の花は、ほとんどが白か薄いピンクで、より白が強いのは「ふじ(サンふじ)」や「王林」です。ただ、ピンクといってもほんのりした色で、開花時には白っぽくなるため、それほど大きな差はないでしょう。
POPO / PIXTA(ピクスタ)
気を付けたいのは、受粉樹として授粉専用のりんご品種を植え付ける場合です。授粉専用の品種には、「ドルゴ」「メイポール」「ネヴィル・コープマン」「スノードリフト」といった品種があり、赤花品種と白花品種に分かれています。
「メイポール」「ネヴィル・コープマン」の花色は赤、「ドルゴ」「スノードリフト」の花は白いので、ミツバチを使う場合は赤い花の品種を避けるとよいでしょう。
主な授粉専用品種
S遺伝子型 | 品種名 |
---|---|
S25Sx | スノードリフト レッドパッド |
S26Sx | センチネイル |
SxSx | ドルゴ |
S10S16 | メイポール |
S24S26 | ネヴィルコープマン |
出典:一般財団法人長野県果樹研究会「情報提供」所収「リンゴs遺伝子表」よりminorasu編集部まとめ
りんごの受粉作業を省力化! ドローンを使った最新技術も開発中
天候や気温に左右される虫媒授粉や、作業負担の大きい手作業の人工授粉に代わって、ドローンを使った人工授粉の方法が研究されています。
秋田県のドローンメーカー「東光鉄工株式会社」が青森県立名久井農業高等学校と共同で開発して、2017年から2020年まで実証実験を重ね、実用化も近いとされています。
この実証実験では、ドローンを使って花粉を液体に溶かしたものを農薬のように散布する方法を試みています。狙った花に着実に花粉を付け定着させるには、もう少し溶液や散布方法に改良の余地があるようです。
ドローンが利用できるようになれば、りんごの果樹66本に対し人手による受粉作業では3人で180分要するところ、ドローンの場合は2人で15分で済むとのことで、大幅な効率化・省力化が期待できます。
また、ドローンを使った摘花作業や農薬散布など、受粉以外の応用も検討されています。
出典:
株式会社インプレス「昆虫や人の代わりにリンゴの受粉をドローンが担う、新たな活用 -ドローン受粉で結実率アップ、収量安定につなげる-」(ドローンジャーナル 2022年6月6日 09:00)
株式会社日本経済新聞社「リンゴ効率授粉、ドローンで支援、東光鉄工、農業高校と連携、農家の負担を軽減。」(日本経済新聞 2021年07月15日 地方経済面 東北)
株式会社東奥日報社「果実大きく・摘果省力化・作業時間短く ドローン授粉“実り”多く 名農研究 学会で最優秀賞」(東奥日報 朝刊 2017年10月3日)
Scharfsinn / PIXTA(ピクスタ)
りんごの受粉作業は、限られた時間で効率よく行うことが重要です。自家不和合性の特性に注意し、相性のよい品種を用いて受粉を確実に行うことで、収量や品質にも大きく影響します。
管理の簡単なマメコバチを活用したり、効果の高い授粉機や石松子を使ったりして、少ない労力で効果の高い受粉作業を心がけましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。