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「営業」することで開く販路拡大とブランド化への、成功の道筋
出典 : 西船橋ひらの農園ホームページ
  • 農業経営

「営業」することで開く販路拡大とブランド化への、成功の道筋

皆さんは、農業で成功する秘訣は何だとお考えですか? よい畑で、よい品種を育て、品質の高い作物を作ることはもちろんですが、さらにプラスアルファの活動で、代々栽培してきた小松菜 のブランド化に成功した農家が千葉県船橋 市にあります。今回は「西船橋ひらの農園」園主の平野代一さんに、そのヒントをお聞きしました。

船橋産小松菜のブランド化・6次産業化の中心メンバー

西船橋ひらの農園 園主 平野代ー(ひらのしろかず)さんプロフィール

1957年生まれ。「JAちば東葛西船橋葉物共販組合」16軒のうちの1軒として、千葉県船橋市のブランド認定を受けた小松菜を栽培。

「船橋ブランド小松菜」の存在感を高めた中心メンバーとして、さまざまな地元メディアに登場している。

地元出身の仲間とともに立ち上げたWEBラジオ「AFP(オールふなばしプロジェクト)」の番組「憂ふな放談」のパーソナリティーとしても活躍する。

「西船なな姫ちゃん」の出荷用ダンボールと平野さんの名刺

「西船なな姫ちゃん」の出荷用ダンボールと平野さんの名刺

ゆるキャラ「西船なな姫ちゃん」とイベント「こまつなう」

とても素敵な名刺をいただきました。表には、JAちば東葛西船橋葉物共販組合の公式キャラクター「西船なな姫ちゃん」のイラストが大きく描かれ、裏には平野さんのにこやかな笑顔と、地元書家による「船橋ブランド小松菜」の文字が印刷されています。

ここは、東京都心から電車で約30分、西船橋の住宅地にある「西船橋ひらの農園」。大きなビニールハウスがいくつも並び、露地栽培と合わせて多彩な品種の小松菜が栽培されています。

まず驚かされたのは、先ほどの名刺を、平野さんがまるで営業マンのように差し出してきたことです。

西船橋ひらの農園 代表 平野代ーさん(以下役職・敬称略) 実はこの「西船なな姫ちゃん」は、うちの娘が制作したものなんです。それが今では地元の公式ゆるキャラ(注)になって、地産地消のさまざまなイベントにぬいぐるみで登場したりしているんですよ。

(注)JAちば東葛西船橋葉物共販組合の公式マスコットキャラクター

例えば、西船橋・船橋エリアで開催される「こまつなう」という小松菜料理の食べ歩きイベントが毎年開催されるのですが、そのPRにも「西船なな姫ちゃん」が一役買っています。

船橋産小松菜のブランド化・6次産業化に邁進する

実は、平野さんはその「こまつなう」を発足した中心メンバーの1人です。平野さんは歴史ある船橋産小松菜を栽培するだけでなく、そのブランド化と認知拡大、6次産業化に積極的にかかわっています。

平野 JAとの協働により、小松菜のパウダー化に成功したこともその1つ。

現在、地元の食品製造加工業者や飲食店がこのパウダーを利用し、パスタやコロッケ、ソーセージ、パンやケーキなど、さまざまなご当地グルメの開発に乗り出しています。

人気の小松菜ハイボールは、最初はパウダーを利用してみたのですが、パウダーより居酒屋で生小松菜をピューレにして新鮮なままハイボールにする方がおいしく飲めるので、こちらはパウダーから生の利用に戻った例外の1つです。

加工品の開発のほか、ラーメン店やイタリアンレストランのメニュー開発にも関わり、さらには保育園や小学校へ行って食育の先生として教えることもあります。

こうした活動を通して、「船橋ブランド小松菜」の存在が広く知られ、知ってもらうことによって食品製造業や飲食店との連携が生まれ、そして新たな需要が広がっていく、という好循環が生まれ現在に至っています。

その好循環はどうやって生まれたのでしょうか?

初めての「営業」で気づいた「外に開く農業」

「自信のあるものは、黙っても売れる」という思い込み

平野 「自信のあるものは、黙っても売れる」。私自身もそうでしたし、多くの農家がそう思っていると思います。

しかし、今は消費者の好みや嗜好が多様化し、さまざまな付加価値が求められる時代です。もう「自信のあるものは、黙っても売れる」は通用しないんですよね。黙って生産しているだけでは、時代や市場の変化も見えないし、ついてもいけません。

初めての「営業」が販路拡大の扉を開いた

西船橋ひらの農園は、大正時代から小松菜栽培を始め、平野さんも大学卒業とともに家業を受け継ぐ形で就農しました。親から栽培技術を教わりながら、代々受け継がれた方法で小松菜を生産し、同じように地元市場へ卸していました。

平野 地元市場に卸していると、こちらが意図する卸値と異なる値がつくことがあって、徒労感を感じることがよくあったんです。「一生懸命にいいものを作ったのに、なぜだ」と思っていました。

しかし、ある時ふと気づきました。「別に地元市場に縛られているわけじゃない。高く買ってくれる市場とつながればいいんだ」と。

そこで親戚の伝手を頼り、東京青果市場に交渉を持ちかけました。初めての営業です。門前払いかもしれないと思いきや、「明日から10箱持ってきてくれ」という話になりました。

それで持っていくと、「次は20箱持ってきてくれ」と言われました。そしてどんどん出荷数が増えていきました。

「扉は叩いてみるもんだ」、そう実感できたことが、農家から農業経営者へと成長するための最初の気づきでした。

農業改良普及所(現:千葉県農業事務所)アドバイサーの一言で知った「外に開く農業」

しかし、とんとん拍子に進んだ出荷数の拡大の話も、そう長く続きませんでした。西船橋からさらに遠隔地の茨城や群馬から、小松菜が大量出荷されるようになったのです。

平野 10t車などで大量に持ち込まれる安価な小松菜が飛ぶように売れるようになり、次第にこちらの出荷を圧迫するようになりました。

そこで「もう一度、扉を叩いてみよう」と思い立ち、県の農業改良普及所(現:千葉県農業事務所)へ相談に行ってみたんです。

そうしたら、アドバイザーの方から「平野さんは宣伝がヘタ。消費者に認知してもらえなかったら、どんなにいい作物でも手に取ってもらえないよ」「これからは外に開いて農業をする時代だ」と言われて、目が覚めたんです。

その考え方の転換から、平野さんの新たな挑戦が始まりました。

西船橋ひらの農園 平野代一さんと息子の徹さん

息子さんとの農作業

「外に開く」ことで次々生まれた異業種との連携

飲食店とつながることで始まったイベント「こまつなう」

平野 それまで畑と自宅の往復だったのが、名刺を持ち歩いて外へ出て、地元のいろいろなお店で飲み食いしながら交流を深めるようになり、地元マスコミの取材も積極的に受け入れるようになりました。

記者やレポーターの方がくると、畑はもちろん、仲よくなったいろいろな飲食店、居酒屋に連れ出して、紹介して、小松菜料理を作ってもらうようにしました。

そのことがきっかけで、平野さんと地元飲食店のオーナーたちが集まるようになり、小松菜だけの食べ歩きを楽しんでもらうイベント「こまつなう」を企画開催する流れになったといいます。

平野 「こまつなう2020」は、コロナ禍の影響で、インターネット上で開催することになりました。

ところが、それを船橋市長が見て「面白いことをやっているね」と乗り出してきたんです。それで市の広報課とやりとりをし、優秀な小松菜料理に市長賞を授与する話にまで広がりました。


「こまつなう2020」公式ページはこちら(イベントは2020年6月27日に終了しています)

取材を受けた縁で生まれた「小松菜ラーメン」

小松菜がつないだ縁は、イベントだけに留まりません。新聞社の取材を受けたことがきっかけで、ラーメン店と小松菜ラーメンの開発にまで話が広がりました。「小松菜ラーメン」は人気を博し、その評判はほかのラーメン店にも広がって新たな顧客獲得へつながりました。

平野 以前、取材を受けた記者さんと仲よくなったのですが、その方が「平野さん、行きつけのラーメン屋さんでおいしい店があるよ」と教えてくれたんです。

それで記者さんの仲介でオーナーの方とつながるようになり、ほうれん草の代わりに小松菜を使った人気メニューができあがりました。

小松菜ラーメンは人気がでてそのお店の売り上げに大きく貢献しました。それを聞いた東京のラーメン店からも注文が来るようになったのです。

ラジオ放送出演がきっかけの「小松菜パウダー」プロジェクト

ところで、ご当地グルメの一翼を担う「小松菜パウダー」を企画するプロジェクトは、どのように始まったのでしょう。

平野 実はそれも、人とのつながりがきっかけです。先ほど、取材に来た記者やレポーターを居酒屋に連れ出した話をしましたが、その放送を公益財団法人千葉県産業振興センターの方が聞いて、しかも取材した記者と知り合いということで、うちに連れてきてくれたことがあったんです。

それが発端でいろいろな話をするようになり、「平野さんの小松菜で名産物が作れないか」と考え合って、さまざまな業者を巻き込んで開発したのが「小松菜パウダー」という訳です。

「小松菜パウダー」を使用したご当地コロッケ「船橋バクダン」

「小松菜パウダー」を使用したご当地コロッケ「船橋バクダン」
写真提供:西船橋ひらの農園

小松菜のピューレを使用した「小松菜ハイボール」

小松菜のピューレを使用した「小松菜ハイボール」
出典:西船橋ひらの農園ホームページ

ブランドは自分だけで作るのではなく、地域の協力で育てていくもの

こうして西船橋ひらの農園の小松菜は、自治体や地元飲食店、食品加工製造会社、メディアなどとのさまざまなつながりによって、「船橋産ブランド小松菜」として認知され、さらなる地域振興、地産地消の旗頭として広まりつつあるといいます。

平野 外に開く活動を続けて知名度が上がってくると、今度は肥料会社から「当社の肥料や土をぜひ使ってくれ」という話が出てきます。土がよくなれば作物のできもよくなるので、さらに品質は高まり、評判が広がっていきます。

船橋ブランドとよくいわれますが、そうしたブランド化というのは自分1人でなせるものではないことがよく分かりました。作る人、伝える人、流通させる人、自治体関係者、そして食す人たちの協力を得ながら、皆で育てていくものなんですね。

農家がこれから「外に開く」ために必要なこと

平野さんのように、積極的に営業したり、地元メディアに出演したりすることに躊躇する方も多いでしょう。

同業者以外の方と話すことだけでも、同業者の間だけに“閉じた”つながりだけでは気づけない、新たな発見があり、それが“開いた農業”につながっていくと平野さんは語ります。

平野 うちもそうでしたが、農家は同業、近隣の農家と寄り合いをして話をしたりすることが多いと思います。

しかし、それだけでは気づくことのできない新しい発見や驚き、未来への道筋が、さまざまな異業種の方とつながることによって得られることは、経験上確かだと思います。

例えばそれは、西船橋ひらの農園の脇に置かれた「野菜自販機」についてもそうだといいます。

平野 手作りの棚を作って、野菜の無人販売を行う農家もあると思いますが、その自販機バージョンを作ってはどうかという話が、ある自販機販売会社の社長からありました。この方も、「こまつなう」で連携した飲食店オーナーを通じて知り合った方です。

しかし、私は「自販機で日が経ち、味が落ちた小松菜が売れるわけがない」という考えでした。

そこで新鮮な小松菜と、自販機内で日が経った小松菜がどれだけ違うか試してみようという話になりました。

その結果に、私はびっくりしました。自販機は、中が密閉された冷蔵庫になっているんですが、そこで日を置いて熟成された小松菜の方が、苦みやえぐみが取れてまろやかな風味になっていたのです。

この出来事自体は小さなことかもしれませんが「野菜は、新鮮な方がおいしいに決まっている」。その既成概念が覆された瞬間でした。

西船橋ひらの農園に置かれた「野菜自販機」

西船橋ひらの農園に置かれた「野菜自販機」。新鮮野菜よりもおいしい!?

「営業マンとしての意識」を持って外に出る

現在はコロナ禍で控えていますが、平野さんは畑仕事が終わるとよく街へ繰り出し、名物「小松菜ハイボール」を飲みながら情報交換をするのだといいます。

平野さんの場合は、好きなお酒を家ではなく、街へ出て、気のおけない店でいろいろな人と知り合って飲むようにした日々が、大きな変化につながりました。

平野 街やお店で知り合った人のうち、何パーセントかは「ああ、なるほど」とか「ちょっと考え方を拝借してみよう」といった情報を持っているものです。

そうした情報に敏感になるのは営業マンとしての意識かもしれませんね。これからは自分の作った野菜を、ただ人に売らせるだけというのではダメだと思います。そうなると自らの作物の価値を自分で決められないからです。

例えば小松菜でいえば、一束150円で売りたいのに市場に出すと100円になってしまうこともあります。

もちろん市場出荷のように安定した卸ルートを確保することも大切です。さらにそれと併せて、150円の価値を認めてもらえる所を「自分の足で探してみる」「話を持ちかけてみる」「扉を叩く努力をしてみる」。そうした努力が、農業を成功させる一助となるのではと思います。

営業マンとして、新しい扉を叩く努力をする。しかしそれは、決して無理をすることではなく、日頃の行動をちょっと変えるだけだといいます。

平野 私の農園では小松菜だけでなく、息子に枝豆を栽培させていますが、息子にはぜひそうした異業種とのつながりも大切にして、農業の新しい時代を作ってほしいと思っています。

西船橋ひらの農園 平野徹さん 枝豆栽培は全面的に任されている

息子の平野徹さん。枝豆栽培は全面的に任されている

平野さんの幅広い活動の詳細は、西船橋ひらの農園ホームページや、平野代一さんのFacebookページをご覧ください。

西船橋ひらの農園ホームページ
平野代一さんのFacebookページ

平野さんのお話から得られるのは、「開く」というキーワード。得手不得手や地域性の違いもありますが、自分なりの「開いた農業」スタイルを考えてみてはいかがでしょうか。

松崎博海

松崎博海

2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。

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