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農業経営の多角化戦略|シナジー効果が生み出す急成長の秘密~久留米市エイチアイ株式会社~
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農業経営の多角化戦略|シナジー効果が生み出す急成長の秘密~久留米市エイチアイ株式会社~

就農からわずか2年で直営レストランを立ち上げ、その後は4年連続でハウス面積を拡大させているエイチアイ株式会社。代表取締役の稲吉久徳さんに、多角経営で得られる複合的な相乗効果についてお話を伺いました。

エイチアイ株式会社代表取締役 稲吉久徳(いなよし ひさのり)さんプロフィール

大学卒業後、家業である農業を引き継ぐ。2018年以降、4年連続でハウス面積の拡大を達成。直営レストランやバーの経営のほか、農福連携や観光事業にも挑戦するなど、多方面に事業を成長させている。

就農した理由、事業を拡大したい思い

2018年以降4年連続でハウス増設を成し遂げ、レストラン運営や作物を活用した商品開発にも力を入れている農園があります。

エイチアイ株式会社の稲吉さんが先代のほ場を受け継いで就農したのは2015年のこと。進学を機に上京し、そのまま東京で就職しようとしていた矢先のことでした。

エイチアイ株式会社代表取締役 稲吉久徳さん(以下 役職・敬称略) 就農のきっかけとなっていたのは、農家をしていた父の死でした。

大学時代の怪我によって、めざしていた柔道の実業団への入団が叶わなくなり、飲食業界で働こうと決め、都内のとあるバーへ内定したタイミングのことでした。初めは就農するか迷いましたが、農業と飲食業は食材を通してつながっている業界です。

当時就職するはずだったバーの店長に「農業をしていれば、いつかバーの経営もできるんじゃないか」と背中を押していただいたことで、就農する決意が固まりました。

それ以降稲吉さんは農場経営を拡大し続け、「やってみたいと思ったことは、とりあえずやってみる」というスタンスで事業展開を続けてきたといいます。

収穫前の小松菜

収穫前の小松菜

内水氾濫が頻発する久留米市での「軟弱野菜」の大規模栽培

内水氾濫が頻発する久留米市

エイチアイ株式会社ではほ場を2つのエリアに分けて作物を栽培しています。

2つのエリアはどちらも、福岡市から車で1時間ほどの距離にある福岡県久留米市です。ベッドタウンとして注目されている街ですが、たびたび内水氾濫が起きる地域でもあります。

内水氾濫とは、雨水が下水や側溝から川に排出されずに溢れ出してしまい、周辺地域で浸水・冠水の被害が出てしまう災害です。久留米市を横断して流れている筑後川周辺は地質や地形の関係で氾濫を起こしやすく、長い歴史の中で何度も洪水被害に見舞われていました。

久留米市では2012年、2017年の九州北部豪雨、2018年の台風被害に引き続き、2020年にも豪雨による内水氾濫の被害が出ています。

ほ場の分散でリスクヘッジ

一ヵ所のハウス面積を拡大するのではなく、同じ久留米市内でも離れた2つのほ場を持つことで、どちらかのほ場が冠水した場合のリスクヘッジをしています。

小松菜の栽培ハウス

小松菜の栽培ハウス

稲吉 小松菜や水菜といった軟弱野菜は播種から収穫までの期間が短く、ほ場を広げれば広げるほど収量が上がる作物です。面積を拡大するだけでなく、エリア分けすることで、生産効率を上げることはもちろん、水害対策にもなっています。

想いのつまった農家レストランでビジネスチャンスを掴む

就農から2年で直営レストランの運営を開始し、事業拡大や栽培面積拡大に邁進する稲吉さん。さまざまな角度から「やってみたいこと」に挑戦していくことで、それぞれのプロジェクトが相乗効果を以って成長していくと語ります。

野菜が主役の直営レストラン「CROSS~農家の食卓~」

就農から2年経ち、レストランを始めたいと考えたときに、独立・起業を考えている飲食業経験者と出会ったことで、直営レストラン「CROSS〜農家の食卓〜」が立ち上がりました。

直営レストラン「CROSS〜農家の食卓〜」ではその日の朝に収穫した作物を利用した野菜料理が売りになっています。作物のおいしさはもちろん、視覚的な見せ方にもこだわりがあるそうです。

稲吉 どのメニューもこだわりはあるのですが、一番分かりやすいのは白ナスのステーキだと思います。多くの場合、料理の主役となるのは肉か魚で、野菜は脇役に徹することになります。「CROSS」では、普段脇役になりがちな野菜を主役にしたいと考えています。

CROSS看板メニューの白ナスのステーキ

看板メニューである白ナスのステーキは白ナスを際立たせるために肉はごく少量のみ盛り付けされている
写真提供:エイチアイ株式会社

レストラン運営で勝ち得た取引先からの信頼

就農当初は小規模農家としてのスタートだったため、JAの部会に入れず、直接取引や直接販売で作物を販売するほかなかったそうです。

稲吉 今でこそ栽培規模を拡大し、小松菜や水菜に関しては年間7回転の栽培で生産効率を向上させ収量向上を実現したことで、会社組織としての信用度も上がりました。

規模拡大前は、小売店との直接契約を獲得するのに苦労しました。しかし、自社でレストランを経営しているという実績が、取引先からの信用につながり、契約できるようになっていきました。

料理に使う作物の品質にこだわり、各地のおいしい野菜はもちろん、その日の朝に収穫した自社農園の作物を使用しているため、作物の品質と農園としての信頼性を取引先に示すことができたのです。

JAと古くからつながりのある中〜大規模農家の作物と、就農してから日の浅い小規模農家の作物。作物の品質や収量が担保されているのはどちらかと考えれば、前者だと答える方が多いでしょう。

エイチアイ株式会社はレストランをオープンすることで、当時はまだ弱小農家でありながらも、作物の品質や組織としての信頼を獲得しました。

レストラン店頭での作物直売

レストランの店頭でもエイチアイの作物を購入することができる

多品目栽培でメニューの幅を広げ、直販ニーズに応える

エイチアイ株式会社では先代から引き継いだ小松菜や水菜といった軟弱野菜のほかにも、一般的に目にする機会が少ない白ナスの栽培・販売も行っています。

稲吉 エイチアイでは、父から引き継いだ作物以外にもキュウリやオクラの栽培を始めたり、日本ではまだ珍しい白ナスなど多品目栽培を行っています。

単品目、単品種に絞れば栽培効率は格段に向上しますが、多品目栽培を実践することで、直販先の小売店のニーズに応えられることはもちろん、自社レストランのメニューの幅も広がるというメリットがあるのです。

自慢野菜を使ったバーニャカウダ

バーニャカウダには徳島の農家から仕入れた甘みの強い白ネギも用いられている。

多角経営のシナジー効果で成長をめざす

独自に開拓した販売チャネルを活用して仲卸専門のビジネスをスタート

就農当初、JAを通さず販路を開拓せざるを得なかったエイチアイ株式会社ですが、現在は九州のスーパーだけでなくレストランにも販売チャネルを持っています。

このつながりを活かし、2021年4月からは、関連会社であるエイチアイ有限会社で小規模農家を対象に小売店や飲食店への作物の販売を仲介するビジネスをスタートさせました。

稲吉 全国にはおいしい作物を栽培していても小規模であることを理由に販売チャネルを確立することが困難な農家が多くいます。販売できても、足元を見られて安く買い叩かれてしまうこともあるのです。

おいしいと感じた農家の作物はレストランで活用するだけでなく、エイチアイ有限会社が小売店との間を仲介します。我々が間に入ることで、小規模農家であっても、おいしい作物であれば、より広く適正価格で流通できるようになります。

農家側は自身で販売するよりも高い単価で作物を販売でき、エイチアイ側は自社で栽培している以外の作物も小売店や飲食店に提供できます。

現在はまだ近隣農家の作物のみの取り扱いですが、今後送料などの課題が解決できれば取り扱い規模の拡大も考えているそうです。

レストラン客を取り込む美容サロン経営

稲吉 直営レストラン「CROSS」では野菜にこだわった料理を提供しているため、おのずと野菜にこだわりを持っているお客様が集まってきます。

食事にこだわりを持つ健康志向の方は美容にも関心が高い方が多いため、そういった健康志向で美意識の高いお客様向けに、エステや美容鍼などの施術を受けられる直営の美容サロンをオープンする予定です。

もともと稲吉さんの奥様が美容室を経営しており、レストランの客層と美容室の客層が似ていることから着想を得た事業展開だといいます。現在はオープンに向けて準備中とのことです。

視察客を自社サービスで楽しませる

就農から短期間での規模拡大や、多角経営の実績が評判となり、エイチアイ株式会社には視察を希望する農家の方が連日来られるといいます。

稲吉 視察を希望される方の目的は栽培方法を見たい方や、農園の直営カフェの立ち上げを考える方などさまざまです。全国各地からエイチアイを見たいと足を運んでくださったお客様ですから、最初から最後までエイチアイでおもてなししたい。

就農前からの目標だったバーを始めたことで、レストランでの食事後の「2軒目」の選択肢に選んでいただけるようになりました。

直営のバー「BAR MIX」

直営のバー「BAR MIX」
出典:CROSS〜農家の食卓〜ホームページ

ほ場の視察後、レストランで料理を楽しんでいただいて、ホテルに帰る前には直営のバーでお酒を楽しんでいただく。また、定期的に新しい試みに挑戦することで、また見に来たいと思っていただきたいと考えています。

看板となる白ナスを主役とした観光農園「しろなす畑」をスタート

目を引きやすい白ナスはレストランでも看板となっている作物です。この白ナスの魅力をもっと広く知ってもらうため、2021年6月にエイチアイ株式会社直営の白ナスの観光農園「しろなす畑」をオープンしました。

エイチアイ株式会社の白ナス

エイチアイ株式会社の白ナス
写真提供:エイチアイ株式会社

稲吉 果物の観光農園は各地に多くありますが、野菜がメインの観光農園はまだ多くありません。白ナスという、普段なかなか目にすることができない作物の観光農園をスタートすることで、子供だけでなく、大人も新鮮な気持ちで楽しめる場所を作ることができます。

観光農園で栽培した白ナスを自身で調理して食べてもらうことで、白ナスの美味しさを伝えることができますし、レストランで食べられるなら一度食べに行ってみようと考えていただけます。

逆に、普段レストランに来てくださるお客様は、質のよい野菜を使った料理を求めて来店される方が多いため、エイチアイの品質の白ナスを自分で収穫できるということで、興味を持っていただけるのではと考えています。

「しろなす畑」で収穫体験をした子供たち

「しろなす畑」で収穫体験をした子供たち
画像提供:株式会社エイチアイ

どれか一つの事業を中心に事業を拡大しているというより、やりたいと思って始めたそれぞれの事業に同じだけ心血を注いできた」と稲吉さんは言います。

事業ごとに接点となるポイントを見つけ出し、複数の事業を並行して進めていくことで、短期間での規模拡大を実現できたのではないでしょうか。

「人を活かす場所を作る」考え方

現在、稲吉さんは栽培を社員に任せ、経営に専念されています。多角経営を実践する中で多様な人材が活躍する場を作り出しています。

担当を決めることで社員それぞれの責任の所在がわかる人材配置

作物や加工商品の営業には、稲吉さんと作物担当の社員で赴きます。

稲吉 作物の担当を決めることで、その作物について詳しくなるのはもちろんですが、責任の所在が明確になります。だからこそ栽培にも真剣になりますし、作業効率向上にも繋がります。

また、現在レストランの運営を一任しているのは、日本料理店で10年以上修行されてきた人物です。プロに任せることで、作物のおいしさを最大限引き出すことができるのです。

農福連携の人材活用

稲吉 私の妹が軽度の障害を持っていたことで、障害者の就労支援について身近に考えることができました。知り合いの家族が運営している就労継続支援B型事務所「一般社団法人やすらぎ会」から声がかかったことをきっかけに、農福連携の人材活用がスタートしました。

出荷前の作物や商品の梱包などをお願いしているのですが、健常者と同じクオリティで仕上げてくれます。報酬は歩合制になるのですが、対等の関係で継続していけるように健常者が仕上げたものと同じだけお渡ししています。

海外研修生を積極採用

年々栽培規模が広がるということは、それだけ人的なコストもかかるということです。エイチアイ株式会社ではベトナムなど東南アジアからの海外研修生を積極的に受け入れています。

研修生が帰国した後、エイチアイ株式会社で学んだことを活かせる場を作るため、将来的には海外進出も視野に入れているそうです。

収穫作業をする海外研修生の様子

収穫作業をする海外研修生の様子

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作物の魅力を伝えるための広域展開

稲吉 コロナの影響もあり、実現に時間はかかっていますが、全国進出・海外進出を視野に入れています。作物の魅力をもっと広く知ってもらうため、関東圏での観光農園事業や直営飲食店の立ち上げを考えています。

また、国内だけでなく、海外にも農場を持つことで、海外の現地マーケットへの進出はもちろん、エイチアイの力になってくれた海外研修生の活躍の場を作りたいですね。

柔道選手の活躍の場として

稲吉 かつて私は柔道で実業団に入ることを志していましたが、実は柔道はほかのメジャーなスポーツと比べて実業団数が少ない競技なのです。そのため、プロになれる実力があっても実業団に入れずにいる選手も少なくありません。

そのような柔道家を受け入れることで、プロとして活躍できる機会を生み出し、農業に興味を持ってもらって少しでも農業界の人手不足解消の手助けができればと考えています。

農業経営と、多角経営を並行するのは簡単なことではありません。しかしどんな挑戦であっても「やってみる」行動力があれば前進することはできます。

現状を変えたい、何か新しいことをしたいと考えたときに、事業計画を慎重に検討することは言うまでもなく重要です。

しかし、まず行動してみて、トライアンドエラーを繰り返しながら前進していくことで農業経営をさらに推し進めることができるのではないでしょうか。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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