農地集積・集約化とは?新規就農者が知っておくべきその意味とメリット
農地集積・集約化の取り組みは、高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加といった農業が抱える問題の解決策として期待されています。その概要や目的、そして大規模経営農業化の効果と今後の課題について、事例とともに検証します。
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日本の農業は、農家の高齢化や担い手不足に歯止めがかからず、大きな変革を求められています。そこで促進されているのが農地集積・集約化です。その取り組み状況と期待されるメリット、課題、展望について、具体的な成功事例を交え多角的に解説します。
農地集積・集約化とは?
出典 農林水産省「用語の解説」農地集積とは、農地を所有し、又は借り入れること等により、利用する農地面積を拡大することをいいます。農地の集約化とは、農地の利用権を交換すること等により、農地の分散を解消することで農作業を連続的に支障なく行えるようにすることをいいます。
従来、日本の基本的な農業形態は、「零細分散錯圃(れいさいぶんさんさくほ)」(次項で説明)でした。しかし昨今では、地方自治体を主体とした農地の集積・集約化が進められています。その具体的な方法や目的、メリットはどのようなものなのでしょうか。
「零細分散錯圃」のデメリットを解消するための取り組み
零細分散錯圃とは、江戸時代から続く日本の農業の基本的な形態です。山間地の多い日本で、河川の氾濫や土砂崩れなどの自然災害と向き合いながら農業を営む知恵として、1農家のほ場を1ヵ所にまとめず分散させることで災害時での全滅を避けてきました。
一方で、ほ場が狭く分散しているために機械化が進まず、ほ場の移動に大きな労力と時間を要するなど、多くのデメリットも抱えています。
また、農業を取り巻く環境が大きく変わり、省力化・効率化や国際競争力が求められる現在では、農業の大規模経営化を進める必要があります。
そうした経営環境の変化を背景に、零細分散錯圃を解消し、所有者がそれぞれ異なる農地を地域の中心となる担い手にまとめるため、市町村や都道府県などの地方自治体が主体となって農地集積・集約化を進めています。
出典:TOSHI.K / PIXTA(ピクスタ)
農地集積・集約化の効果と得られるメリット
農地集積は、都道府県に設置された「農地中間管理機構(農地バンク)」が主体になって行われ、一部の業務は現場に精通した市町村や市町村公社、JAなどに委託されます。詳しい取り組み内容は後述します。
土地の借り手と農地所有者の間に自治体が入ることで、借り手にとっては複数の地権者と交渉や契約をする必要がなくなり、農地所有者にとっては土地のやり取りにおける心理的抵抗や近隣住民との軋轢(あつれき)が緩和されるというメリットがあります。さらに、地代の請求や管理も代行してもらえることも大きなメリットといえるでしょう。
こうした取り組みで農地集積が進むことによって、耕作放棄地が減少するとともに大幅なコストダウンや生産力のアップが可能となり、安定した国際競争力のある農業の実現につながります。
農地集積における農地バンクの役割と活用事例
実際の農地集積の取り組みはどのように行われ、農地バンクはどのような役割を果たしているのでしょうか。事例を挙げながら詳しく説明します。
農地バンクとは?
平成26年(2014年)、農林水産省は農業の成長産業化を目指し、担い手が利用する農地面積を10年で当時の5割から8割まで引き上げるという目標を定めました。そして、農地集積・集約化を進める主体として、各都道府県に設置されたのが「農地中間管理機構(農地バンク)」です。
地域ごとの「今後の地域の中心となる経営体」(大規模経営農家、農業参入企業、新規就農者など)を明確にし、その担い手に農地を集約するための計画や、地域農業の将来像などを盛り込んだ「人・農地プラン」を作成することを推進し、それに基づき農地の出し手の掘り起こしを行っています。
また、一部の業務を地域の事情に精通した市町村やJA、農業委員会に委託したり、地域に根差した活動をしている「農地利用集積円滑化団体」を一定の措置を講じたうえで農地バンクに統合一体化したりして、より地域に密着した視点で農地の利用集積・集約化を進めています。
鳥取県で農地の賃貸を始めた事例
出典:皐月子 / PIXTA(ピクスタ)
鳥取県西伯郡大山町宮内地区の集積事例を紹介します。
当地は農家28戸、農地27.7haからなる中山間地です。この地域では、もともと1人の若手農家が、複数の農家の多くの農地の作業を個別に「作業受委託」の形で請け負っていました。それにより農地が維持されていたのです。
平成26年(2014年)、地域が「人・農地プラン」を立てる中で、この担い手と地域の人々が一緒に今後の方向性を検討し、農地バンクを活用して、この担い手に農地を集約することになりました。
農家20戸から15.5haを集約してこの担い手に貸借した結果、平成25年(2013年)に9%だった農地集積率は、翌年の平成25年(2014年)には56%まで上昇しました。
具体的には、農地バンクに農地を貸し出した地域に交付される地域集積協力金で、担い手が使用する大型トラクターや田植機などを購入しました。
また、農地の出し手は、集落全体で農地を保全し農業を支えるという「人・農地プラン」の理念に基づいて「宮内農地保全会」を結成し、作業の大変な農道・畦畔の草刈りを分担するなどして、担い手の経営を助けています。
そのほか、自治会でも水路管理を手伝って年に1度水路清掃を行うなど、地域一体となって担い手を支え農地を守っています。
青森県で集積化と同時に基盤整備も行った事例
青森県五戸町粒ケ谷地地区では、農家の高齢化と水田の基盤整備の遅れ、それに伴う耕作放棄地の発生の懸念など、多くの問題を抱えていました。
これらの課題を解決するため、町と土地改良区(注)が連携して「ほ場整備推進協議会」を立ち上げ、基盤整備事業(注)と農地バンクの活用をめざすことになりました。
(注)土地改良区:土地改良事業(農業用水など施設や農地の整備・維持)を、公共投資に代わって、農業者自身が行うための組織。農業者の発意によって都道府県知事の認可によって設立されます。
(注)基盤整備事業:農林水産省が担い手への農地集積や農業の高付加価値化などの政策課題に応じた農地の整備のため推進する「農業競争力強化農地整備事業」の一環。ここでは農地整備事業のことを指しています。
この過程では、アンケート調査や集落座談会を通じて、粘り強く話し合い、地域全体での理解・合意を形成していきました。
お金を負担してまで基盤整備はしたくないという声も多かったのですが、農地バンクから農地の出し手に支払われる地域集積協力金を基盤整備事業のための借入金の利息分に充てることが決まりました。
また、農地集積・集約化の担い手は、地域内の農家に限らないことでも合意できました。担い手は、規模拡大志向農家と地域外の農業法人としたのです。
申請書類の作成などは、推進協議会の役員、町の担当者、農地バンクが連携して行いました。
こうして地域の人々全体で話し合って合意形成したことで、この地域の将来の農業の姿が明確化でき、結果として大きな成果が得られています。
まず、基盤整備によって水田の区画整理を進め、高収益作物への転換を目指す農家が増え、耕作放棄地になることが懸念されていた未作付け地の問題が解消しました。また、農地バンクを通じて地域外の農業法人を誘致し、7.5haの農業団地の形成を行うこともできました。
さらに、話し合いを通じて若いリーダーが自然に生まれ、地域農業をけん引する存在ができたことも大きなメリットです。
農地集積・集約化対策事業による集積率の推移
農地集積・集約化対策事業実施前後の集積率の推移をみると、1996~2008年にかけて集積率が17%程度から45%程度まで大きく上昇して以降、2010~2013年までは48%前後で推移しています。農地バンクが発足した2014年以降は集積率がさらに伸び、2023年には60.4%まで上昇しています。
出典:農林水産省「 担い手の農地利用集積面積の推移について(平成8年(1996年)3月末~平成31年(2019年)3月末)」よりminorasu編集部
農地面積に占める担い手の利用面積は2010年には全体のおよそ5割に上り、現在も増え続けています。ただし、「2023年に全農地面積に占める担い手の利用面積のシェアを8割にする」という目標は未達成となり、農地バンクの機能をどう評価、総括するかが課題となっています。
集積率は地域ごとに大きな差も
都道府県別の農地集積率を比較すると、集積の進行には地域によって大きな差が見られます。
令和5年(2023年)度では、北海道が91.8%と最も高く、最も低い大阪では13.3%にとどまっています。また、京都・奈良・兵庫を含めた関西圏と、東京・埼玉・千葉・神奈川などの関東圏が比較的集積率が低い傾向にあります。これは、もともと小規模の農地が点在する地域性の問題もあると思われ、土地の特性に合わせた対策が必要かもしれません。
出典:農林水産省 「農地中間管理機構の実績等に関する資料(令和5年(2023年)度版)」
農地バンク事業における今後の課題と展望
これまでは比較的集約化しやすい平場の水田地帯などの集積が進み、順調に集積率が上昇してきましたが、今後は集約化の難しい地域や、新たに地域の話し合いから始めなければならないような地域が残っている傾向があり、伸び率の低下が懸念されます。
また、農地バンク事業の手続きが煩雑であるなど、制度面に対する不満、都道府県単位である農地バンクと市町村単位の組織との連携が弱いこと、そもそも根本的な担い手不足があって集約に限界があることなど、さまざまな課題が残されています。
そのため、今後はより地域組織との連携を強化し、手続きを簡略化することと、農業の魅力を全国に向けて発信し、農業の担い手の増加を図ることが必要です。
出典:YUMIK / PIXTA(ピクスタ)
農地集積・集約化は、農業の大きな問題である農家の高齢化と担い手不足、耕作放棄地の増加という2つの課題を同時に解決できる効果的な取り組みです。
ただし、今後も実績を伸ばすためには、日本の農業現場に寄り添った、より地域に密着した対応や、集積に応じられない農家への個々の対応が求められるでしょう。
同時に、全国レベルで農業の担い手を増やす根本的な政策が求められています。国だけではなく、農家だけではなく、私たち一人ひとりも自分の問題として捉えていかなければなりません。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。