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「はっぱビジネス」とは? 注目事例のその後と、見えてきた課題
出典 : ろじ / PIXTA(ピクスタ)
  • 農業経営

「はっぱビジネス」とは? 注目事例のその後と、見えてきた課題

既存のビジネスモデルにとらわれない発想が、はっぱビジネスという成功事例を生み出しました。どのようにして葉っぱが商品になったのか、さらに、はっぱビジネスが成長産業になった背景と、現在の状況や課題について紹介します。

「つまもの」の生産販売を地域の一大産業にまで成長させたはっぱビジネスは、常識の盲点をついた農業界の成功事例です。この記事では、農業経営の参考にもなるこのビジネスを紹介しながら、その後に見えてきた課題についても解説します。

葉っぱを売って年収1,000万!? 地域活性も担う「はっぱビジネス」とは

和食の彩りに「葉っぱ」(つまもの)は欠かせない

Rhetorica / PIXTA(ピクスタ)

「葉っぱ」とは、主に日本料理で彩りとして使われる「つまもの」のことです。

日本料理のわき役として、つまものは欠かせない存在ですが、これまで組織的につまものを扱うしくみはなく、板前さんが独自のルートで入手するのが主流でした。

そこに目をつけ「料亭などの顧客が望むつまものを、顧客が望むタイミングで、顧客が必要な量だけを提供する」組織体制を作り上げたのが「はっぱビジネス」です。このビジネスは新しい農業モデルとして大成功を収め注目を集めました。現在では「つまもの」のシェア約80%を占めるまでになっています。


その成功の鍵は、お年寄りにITシステムを使ってもらうという逆転の発想です。

徳島県上勝町で誕生したはっぱビジネスは現在、地域の基幹産業となり、農家として参加するメンバーの中には年収1,000万円を超えるお年寄りもいます。

はっぱビジネスを生んだ徳島県上勝町の事例

徳島県上勝町の美しい棚田

Hiroshi-N / PIXTA(ピクスタ)

徳島県上勝町は、徳島市内から車でおよそ1時間、770世帯に1,525人(2019年時点)が暮らす静かな農村です。この地で農業界の常識をくつがえすはっぱビジネスが誕生しました。

株式会社いろどりの「彩(いろどり)」事業が発足した背景

上勝町は林業と温州みかんの栽培が盛んな地域でしたが、1981年の異常寒波により、ほとんどのみかんが枯死してしまい、町の産業は大打撃を受けました。

この逆境の中で、当時JA職員だった横石知二さんがつまもの需要に着目し、1986年に「彩(いろどり)」の名前で葉っぱの販売を始めたのです。現在は横石さんが代表となり、「株式会社いろどり」として事業を運営しています。

お年寄りにITシステムを使ってもらう逆転の発想

高齢化と過疎化が進行する中、はっぱビジネス成功のきっかけになったのは、お年寄りにITシステムを使ってもらうという逆転の発想でした。

株式会社いろどりの発足当初は、まだ社会のIT化が進んでいなかったため、商品の受発注は電話で行われていました。しかし、参加する農家の数と受注量が増えてくると、従来のやり方のままでは当然限界が見えてきます。

そこで1999年にITシステムを導入し、取引先からの注文を農家に向けて一斉配信するしくみを作り上げました。農家側はこの配信を見て受注希望をかけますが、午前中は早い者勝ちで、これが農家の「ほかの人に負けたくない」というやる気に火をつけました。

株式会社いろどりからは、受発注だけでなく、農家ごとの売上や出荷商品別の売上などを、逐次農家に向けて発信しています。

農家は、出荷商品別の売上実績や個人の成績を見ることで、競争心だけではなく「今の時期はこの商品の単価が高いから、この商品に切り替えよう」など、自らより収益の高い商品を出荷しようと意識するようになりました。

参加する農家は、より品質の高いつまものを需要に合わせて柔軟に出荷することが高収益につながることを実地で理解していったのです。

こうして参加する農家全体の意識が高まるにつれ、全体として商品の品質が向上し、高単価で高収益のビジネスモデルへと発展していきました。

「わさび葉」も上勝町の「はっぱビジネス」の主要商品

しまじろう / PIXTA(ピクスタ)

適材適所の連携が叶えるスムーズな業務フロー

上勝町のはっぱビジネスでは、農家を中心にしながら企画・営業などの業務は株式会社いろどりが行っています。また、商品の販売・出荷全般はJA東とくしまが担当しています。

つまり、このシステムでは農家を1つの組織として見れば、全体では3つの組織がそれぞれの特徴を生かしながら、協力してはっぱビジネスを運営していることになります。こうした取り組みは、全国的にも極めて珍しいケースです。

「葉っぱの販売」は高齢化が進む現代ビジネスのモデルケース

現在、上勝町では若者の誘致にも力を入れており、これまでに約600名のインターンシップ研修生を受け入れてきました。そのうちの約30名は、そのまま上勝町に移住しています。

農業の世界では高齢化と後継者不足が深刻な問題になっていますが、上勝町での成功事例は解決のモデルケースの1つとして活用できるかもしれません。

はっぱビジネスの現在と見えてきた課題

徳島県上勝町周辺の山林には「葉っぱ」(つまもの)となる植物が豊富にある

園田義久 / PIXTA(ピクスタ)

発足から30年以上が経過し、上勝町のはっぱビジネスも今ではいくつかの課題を抱えるようになりました。今後はそれらの課題を克服することが、新たなテーマになりつつあります。

平均年齢の上昇と後継者問題

はっぱビジネス発足時、参加する農家の平均年齢は53歳でした。しかし、今では70歳以上まで高齢化が進んでいます。また人口減少により、町そのものの規模も小さくなっています。

Iターンによる若者の移住も増えていますが、人口減少は止まっていません。はっぱビジネスの事業継承と町全体の高齢化・人口減少をどうするかは、今後解決しなければならない大きな課題といえます。

80%のシェアを確保した「その後」の経済成長

現在、上勝町のつまものの市場シェアは、全国の約80%に及んでいます。この事実は成功モデルである反面、後継者である若者にとっては、さらにビジネスを成長させる余地が小さいという問題を提示しています。

そこで、上勝町でははっぱビジネスに限らず、若い移住者が定住したいと思うしくみと魅力を生み出そうと地域ブランドの構築にも取り組んでいます。

上勝町では、ごみをゼロにする(埋め立てや焼却処分をしない)ことを目指した「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に行い、大きな注目を集めました。

このゼロ・ウェイスト自体を地域ブランドとして、2013年からは「量り売り百貨店”上勝百貨店”」、2019年からは1週間の滞在型「起業塾」など、若者に実際に来てもらい、この町のSDGs(注)体験をしてもらう様々な事業を推進しています。

(注)SDGs:「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2015年9月に国連で開かれたサミットで、2015年から2030年までの長期的な開発の指針として採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核が「持続可能な開発目標」で「SDGs」と呼ばれています。

社会的に注目を浴びたはっぱビジネスにも、事業開始から30年以上を経過して、さまざまな課題が見えてきました。

高齢者がいつまでも元気に働きながら、若い移住者を招致する取り組みが、今後どのように推移していくのか、まさにこれからが佳境といえるでしょう。その展開を追うことは次代の農業経営のための貴重な参考例となりそうです。

大澤秀城

大澤秀城

福島県で農産物直売所を立ち上げ、店長として徹底的に品質にこだわった店づくりを行い、多くの優れた農家との交流を通じて、農業の奥深さを学ぶ。 人気店へと成長を遂げ始めたさなかに東日本大震災によって被災。泣く泣く直売所をあきらめ、故郷の茨城県で白菜農家に弟子入りし、畑仕事の厳しさを身をもって体験する。 現在は農業に関する知識と体験を活かしながら、ライターと塾講師という2足のわらじで日々歩みを進めている。

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