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わさび農家の「常識」を飛び越える! インフルエンサーを起用した尖ったSNS活用術とは

わさび農家の「常識」を飛び越える! インフルエンサーを起用した尖ったSNS活用術とは
出典 : 藤屋わさび農園ホームページ

国内トップのわさび生産量を誇る、長野県安曇野市。藤屋わさび農園は、安曇野を拠点に国内だけでなく海外でも注目されているわさび農園です。前編では、農家の常識を飛び越えたインフルエンサー・マーケティングを起点とした広報戦略とその波及効果を伺います。

藤屋わさび農園有限会社 専務 望月 啓市(もちづき けいいち)さんプロフィール

藤屋わさび農園有限会社 専務 望月 啓市さん

藤屋わさび農園有限会社 専務 望月 啓市さん
写真提供:藤屋わさび農園Facebook

藤屋わさび農園の4代目として生まれ、現在は同社専務を務める。藤屋わさび農園のわさびは、長野県で行われた品評会で長野県知事賞を受賞するなど、高い評価を得ている。望月さんは、その魅力を国内外に発信するためにさまざまな取り組みを実践している。

「安曇野わさび」の大きな課題は知名度の低さ

「安曇野わさび」の栽培の歴史は明治時代に始まりました。梨栽培が盛んだった安曇野では梨の病害対策として、ほ場の水捌けをよくするために作られた水路があり、そこでわさびを栽培し始めたそうです。

当時、栽培したわさびの主な販路は新潟方面でした。わさびを粕漬けにし、犀川通船で運んでいたのです。その後開通した篠ノ井線によって、東京でも販売できるようになりました。

古くから自分たちで作物を加工し、販路を確立してきた地域であるため、「現在でも自分たちでわさび販売を行っている農家が多い」と望月さんはいいます。栽培から加工、販売までを地域内で完結できるビジネスモデルが確立されていたのです。

一方、安定したビジネス故に、新たな販路開拓や外部への情報発信には消極的で、結果として全国的に「安曇野わさびの知名度が低い」という大きな課題を生んでいました。

空から見た安曇野市のわさびほ場

空から見た安曇野市のわさびほ場
写真提供:藤屋わさび農園ホームページ

知名度が低い原因は、出荷量の多さに甘えていた地域の意識、農家の意識

安曇野わさびの知名度が低い状況は、地域の意識、農家の意識に原因があると望月さんはいいます。

全国2位の出荷量に甘えてしていなかった「新規開拓」

藤屋わさび農園有限会社 専務 望月 啓市さん(以下役職・敬称略) 安曇野は、わさびの加工を地域内で完結しています。もともと、わさびの粕漬けを地域で生産し、外に販売し始めたことでわさび栽培が盛んになった地域です。ですので、古くからの加工業者と取引するわさび農家がほとんどです。

また、長く付き合いのある顧客を中心にわさびを販売しています。新規顧客獲得のために動かなくても、長野県産のわさび出荷量は全国2位、国内生産量の約34%を占め
(注)、販路の新規開拓に対する意識が低いといえます。

(注)わさびの出荷量・生産量のうち「水わさびの根茎」に限る

水わさび(根茎)の出荷量 上位の都道府県(2020年)

都道府県出荷量構成比生産量構成比
全国355.6 t100.0%409.6 t100.0%
静岡県184.4 t51.9%236.4 t57.7%
長野県137.1 t38.6%137.3 t33.5%
東京都9.1 t2.6%9.1 t2.2%
岩手県6.5 t1.8%6.5 t1.6%
島根県3.2 t0.9%3.2 t0.8%
その他15.3 t4.3%17.1 t4.2%

出典:農林水産省「特用林産物生産統計調査 確報 令和2年特用林産基礎資料」よりminorasu編集部作成

地域外への情報発信をしない閉じたコミュニティ

地域の中で築き上げてきた栽培や加工のノウハウがあり、販促先で一定のシェアを獲得してきた安曇野のわさび農家コミュニティは、いわば地域の外に情報発信する絶対的な必要性を感じてこなかったともいえます。

望月 安曇野わさびの魅力やおいしさに関して、外部に情報発信をしようという気運も低く、結果として「閉じたコミュニティ」になってしまっている現状があります。

安曇野のテロワールが生む、辛味が強い高品質なわさび

水温が変らない豊かな湧水がわさびを育む

水温が変らない豊かな湧水がわさびを育む
写真提供:藤屋わさび農園ホームページ

安曇野には、年間を通して水温が一定の豊かな湧水という宝があります。そのため、平地式栽培でも、辛味が強く高品質のわさびを生産できるのです。

望月 国内のわさび出荷量のうち、およそ6割は水わさびと呼ばれる清流を利用した方法で栽培されたものです。栽培環境として濁りのない水質と適切な水量、気温は8〜18℃、水温は15℃前後を維持することで、辛味が強い、高品質なわさびが栽培できます。

高知学園短期大学の研究によると、わさびの辛味成分であり、抗菌活性作用や抗癌剤などに有望とされている「アリルイソチオシアネート」は、気温や水温と強い相関関係にあることがわかっています。

出典:高知学園短期大学 紀要 第36号「高知県におけるワサビの栽培環境と成分(Ⅰ)」第37号「高知県におけるワサビの辛味成分推移(Ⅱ)」

気象庁の過去のデータを見てみると、国内の平均気温は変動しながらも上昇していることがわかります。1990年代以降は平均気温の基準値を超える年が頻発しており、2020年はこれまでで、平均気温基準値を最も上回る年となりました。

出典:気象庁「日本の年平均気温」

望月 安曇野の湧水量は日量70万tと豊富でありながら、年間を通して水温が変わらないという特徴を持っています。つまり、わさびの品質に対して、温暖化の影響を受けにくい、数少ない産地であるといえます。

知る人ぞ知る「安曇野わさび」の魅力を日本中に広げたい

安曇野の気候と風土が生む高品質の「安曇野わさび」ですが、「知る人ぞ知る」存在で知名度が高くありません。

わさび出荷量全国2位の長野県といえば「信州わさび」を思い浮かべる消費者が多く、「安曇野わさび」は知られていません。そんな状況を変え、安曇野わさびのおいしさを日本中に広げたいと望月さんは考えました。

まずは「市販のわさびでは味わえないおいしさがあること」を知ってもらう

望月 初めは、わさびの品種に着目してブランディングしようとも考えていました。しかし、国内で出荷されるわさびのうち、8割弱が加工用として出荷されます。わさび消費の多くがチューブわさびなどの加工品であるということです。

加えて、一般的に家庭でも使われるようなチューブわさびの主原料は、最も辛味成分の多いわさびの根茎の部分ではありません。

多くの場合、わさびの葉や葉柄、ホースラディッシュを混ぜ合わせて生産されるので、品種ごとの違い以前にそもそも「本わさび単体」でのおいしさを知っている消費者が少ないのです。

そこで、わさび本来のおいしさを伝えるための別のアプローチとして、市販の加工わさびとの違いをアピールできないかと考えました。

まずはSNSから! 藤屋わさび農園が情報発信の口火を切った

安曇野わさびのおいしさを広げる活動は、SNSでの情報発信から始まりました。現状に甘んじた地域の意識、農家の意識を変えたい気持ちから、藤屋わさび農園が率先して実施したそうです。

皆が及び腰だったSNSに本気で取り組む

望月さんがまず始めたのが、SNSでした。写真を共有できるInstagramやFacebookを使い、本格的に情報発信を始めたのです。

望月 市販の加工わさびと安曇野わさびの違いをアピールし、わさび本来のおいしさを伝えるにはどうしたらよいか考えました。

そこで選んだのがSNSです。SNSで情報発信を行うことで、閲覧者に拡散してもらいやすくなるという利点があります。

インターネット上の「口コミ」の力で、藤屋わさび農園をはじめとした安曇野のわさびは、ほかとは違うらしい、おいしいらしい、と興味を持っていただきやすくなるからです。

また、今はIT技術の進化やSNSの普及で、誰もが簡単に情報にアクセスできる時代です。外に出れば街頭ビジョンで広告が流れていますし、家にいてもYouTubeなどで簡単に世界中の映像を見ることができます。だからこそ、積極的な広報活動が有効になると考えています。

地域の中でSNSを積極的に活用している農家は少なかったため、安曇野わさびだけでなく、藤屋わさび農園の知名度も上がりました。

藤屋わさび農園のSNS

 Instagram
 Facebookページ

「有名料理店が認めるわさび」を核にハロー効果を最大限に利用

「市販の加工わさび」と「安曇野わさび」の違いを消費者にわかりやすく知ってもらうにはどうしたらよいか? 望月さんが取った行動は「有名料理店が認めるわさび」を核にした情報発信でした。

そこで藤屋わさび農園と取引のある飲食店に協力をあおぐことにしました。「有名料理店が認めるわさび」「料理のおいしい飲食店が使うわさび」として、安曇野わさびを知ってもらうことにしたのです。

望月 まずは、市販の加工わさびでは味わえないおいしさがあることを、消費者の方々に知っていただく必要があります。しかし、わさびは料理の主役になる食材ではありませんので、アピールする機会を作るのは簡単ではありません。

けれど、既に消費者から一定の信頼を得ている料理店の力を借りることで、お客様に注目していただきやすくなります。そこから新しい取引先が増えることもありますし、食にこだわりをもつ個人のお客様からの注文につながることもあります。

Instagramでは「#SNSでわさびの良さを伝えたい」などのハッシュタグをつけて投稿している

Instagramでは「#SNSでわさびの良さを伝えたい」などのハッシュタグをつけて投稿している
画像提供:藤屋わさび農園Instagram

SNSの投稿では望月さん自身が取引先店舗まで赴き、お店の料理や、どのようにわさびが使用されているかを紹介しています。この地道な活動により、藤屋わさび農園をはじめとした安曇野のわさびは「ほかとは違うらしい」「おいしいらしい」と知名度を向上させました。

望月さんのように、「信頼できる飲食店が使っている商品」という情報発信をすることで、消費者に安心感や信頼感、興味を感じてもらいやすくなります。このように、消費行動に影響を与える心理的効果を「ハロー効果」といいます。

例えば、飲食店がミシュランの星取得や高評価な口コミをアピールするのも、ハロー効果を狙ったものといえます。この戦略によって、効率的かつ効果的に藤屋わさび農園のわさびを差別化することに成功しています。

影響力のあるインフルエンサーへの直接アプローチで拡散を増幅

望月さんは情報発信のほかにも、SNSを通じてインフルエンサーへ直接アプローチして、安曇野わさびの情報を拡散しているそうです。一例としては、株式会社ZOZOTOWN前社長の前澤友作氏にダイレクトメールで直接わさびを売り込むなど、大胆にPRを行っています。

望月 前澤さんにコンタクトをとったあと、実際に自社のわさびとおろし金を送りました。

安曇野わさびを一番おいしい状態で食べていただきたいと思ってのことでしたが、私が送ったわさびとおろし金を前澤さんがSNSで発信してくれました。それがネットニュースになり、「安曇野わさび」や「藤屋わさび農園」の名前が世間に広がるきっかけになりました。

また、SNSを通じて売り込みたいターゲットの上層部に直接コンタクトが取れますし、積極的に売り込むことで広報のチャンスが生まれるのです。

SNSでの情報発信は国内外に反響があるそうです。海外からの引き合いもあり、香港の著名なYouTuberとのつながりができ、香港のテレビ番組に取り上げられたこともあるそうです。

藤屋わさび農園のホームぺージ 海外からの問い合わせに対応するため、英語、フランス語、中国語(簡体字と繁体字)での案内も掲載している

藤屋わさび農園のホームぺージ 海外からの問い合わせに対応するため、英語、フランス語、中国語(簡体字と繁体字)での案内も掲載している
画像提供:藤屋わさび農園ホームぺージ

思い切ったSNS活用マーケティングとその波及効果は、「信州わさび」という安定した枠を飛び出て「安曇野わさび」を前面に推しだす決意に裏打ちされていたことがわかります。

後編では、わさびの国際展開について伺います。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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