8年で年商1億のブランドれんこん農家~後編:経営の見える化から始まる成功への道

これまでのれんこんのイメージを覆し、ブランド化に成功。6次産業化の本格展開を進める山口さん。覆したのはれんこんのイメージだけではありませんでした。これまで農業界ではあまり考えられてこなかった経営概念や手法を取り入れ、「日本の農業経営を革新する火種になるのではないか?」という話をいくつも伺うことができました。
目次
株式会社 山口farm CEO 山口正博(やまぐちまさひろ)さん プロフィール
茨城県出身。曾祖父の代から続くれんこん農家に生まれるも、大学卒業後はフリーターとして土木系など50以上の職業を経験。
その後サラリーマンとして惣菜製造の会社に勤務し、野菜に関わる物流、営業、仕入れ販売の統括業務に携わる。
32歳で家業のれんこん農家を継ぎ、2018年に株式会社山口farmを設立。れんこんのブランド化・6次産業化に力を注ぎ、農家を企業に、農業を農業経営に変えつつある。
経営者としてのスタートは、数字へのこだわり
この畑に、人件費はいくらかかっているのか?
「ほ場にかかる人件費っていくらだと思いますか?」という山口さんの問いから、農業経営についての話が始まりました。
株式会社 山口farm CEO 山口正博さん(以下役職・敬称略) 僕の場合は1時間2,100円、パートだと1,300円と人件費を計算しています。ですが、ほかの農家に人件費について質問をすると、きっとほとんどの方が答えられないと思います。
「自分が経営している農地にどのくらいの人件費がかかっているか」ということさえ、ほとんどの農家は把握していません。それが、日本の農業経営の実態なんです。

見えづらい人件費も、経営者としてはしっかり把握しておきたい
出典:山口farmホームページ
原価意識を持たないと、本当の農業経営はできない
山口 例えば、ある農家に作業を依頼しようと考え、見積りをお願いしたことがあります。
しかしなかなか見積書が出てこないんですね。その作業にどれくらいのコストがかかるのかを把握できていないので積算ができない。ということは、そこに何%乗せたら利益が出るのかが計算できていないわけです。
「自分の仕事の値段を自分で決める」という習慣や考え方を養う環境に恵まれていなかったことが起因していると思います。日本の農家の多くは、卸売市場やJAなどが設定した買取価格に従って農作物を提供し、収入を得てきましたから。
原価がわからない状態では経営とはいえません。まずはしっかりした原価意識を持つこと。その上で、何%乗せれば自分の仕事の売価として見合うかを計算すること。今後の農業経営は、数字を扱えなければ発展していけないと思います。
昼は現場、夜はデスク。しかしその苦労はのちのち報われる
そんな山口さんが農業経営を始めてまず行ったのは、「自分の農地で何がいくらくらいかかるのか、売価をどう設定すればビジネスとして成長発展できるのか」を知るための作業でした。
山口 かかるコストを全て洗い出し、売上収支表を日々作成することに努めました。昼は現場で、夜はデスクワーク。深夜になることもありましたが、そうしたデータを積み重ねるうちに、だんだん数字が見えてくるようになりました。
例えば、新たにほ場を広げようとした際、「1aあたりの農地開発費や機材費、資材費、人的コストなどはいくらかかるのか」などが見えるようになります。すると次第に、雇用の最適化や精度の高い経営判断を行えるようになってきます。

この現場にいくらコストがかかっているかを「見える化」することから着手
写真提供:株式会社山口farm
販路拡大へ向けた独自の営業活動
モノを売る前に自分を売る
次に、経営者として山口さんが着手したのは、積極的な「営業」と「人脈づくり」です。
山口 いくつもの異業種交流会に顔を出したり、飲食店やスーパーのバイヤーさんに飛び込みで営業をかけたり、とにかく名刺を配り歩いて、さまざまな人と顔なじみになるよう努力しました。
そこで心がけたことは、自分という人間を知ってもらい、興味を持ってもらうことでした。
「この人は、こんな深い話ができて面白い」と関心を持ってもらえれば「次も会ってみよう」「こんなことを相談してみよう」という気持ちになってもらえます。
すぐに顧客ができるわけではありませんが、そうして築いた人脈がのちのビジネスにつながることも往々にしてありました。
企業経営者に会うと、必ず失敗談を聞く理由
山口 ビジネスの場や異業種交流会などでは、さまざまな企業経営者の先輩方にお会いすることがしばしばあります。そうした方々に、私はあえて会社立ち上げの苦労や失敗談を伺うようにしています。
成功体験は、事業展開の発想やアイディアについては勉強になります。しかし、あくまでその人にとっての成功例なので、事業のリスクについてはあまり語られることはありません。
逆に、失敗体験からは、法人化を進める上で、リスクを予測し回避するためのさまざまなヒントが得られます。
経営にはリスクが伴います。もし経営者としての成功を夢見るのなら、その過程にはどんな障害があり、どうすればそれを見極めて回避できるかを常に考え、備えておくことが大切だと思います。
営業先では数限りないくらいの門前払い。しかし突破口は必ず開ける
企業経営者の先輩方の失敗談からヒントを得るという山口さん。そこで、山口さん自身の失敗談や苦労した点をお伺いしてみました。
山口 営業では、思った以上に人が会ってくれなかったことですね。
例えば、れんこんをメインに取り扱う会席料理店があるのですが、行くたびに追い払われるような対応でした。れんこんの納品を一手に引き受けるようになるまで2~3年はかかりましたが、その間はかなり精神的にも辛かったですね。
そんなに拒絶されたのに、なぜ取り引きをしてもらえるようになったのでしょうか。
山口 諦めなかったからです。嫌な顔をされて門前払いされて、内心は「もう行きたくない」と思っても、1週間後にはまたニコニコと顔を出すのです。
営業訪問だけでなく、ときには会席料理のお客になり、いろんな話をしました。すると、たまたまその会席料理店の店主の奥様が私と同じ地元出身であることが分かり、店主と話が盛り上がるようなうれしいこともありました。
こうして顔なじみになり話が通じてくると、情が通じてくるものです。頃合いを見て「いらなかったら捨ててください」と見積り書を持っていきました。翌日、そのお店から注文の電話がありました。
逆の立場になってみるとわかることかもしれません。何かを売り込もうとすると相手に警戒心が生まれますが、気心が知れると「たまには話を聞いてやるか」という気持ちになりますから。

ブランドへの自信がパッケージからも伝わる愛情たっぷり贈答用Bigれんこん珠美
写真提供:株式会社山口farm
数字を知ることが営業力に
先ほど、「一手に引き受ける」という言葉が出てきましたが、なぜそんな取り引きができたのでしょうか。山口さんは「こまめに売上収支を記載し、おおよその数字が頭に入っていたことが大きい」といいます。
山口 ある飲食店の店主から「今度、新店舗を出して新規メニューも開発するのだけど、どれくらいの価格設定をすべきか迷っている」といった相談を受けたことがあります。
私はその際、かかる電気代はいくらか、経費はいくらか、その設備投資ならこれくらいで減価償却したほうがいいのではないか、食材の仕入れ値はこれくらいにして、客単価を少し高めに設定した方がいいのではないか、といった話をしました。
すると「これほど数字が分かる農家さんには会ったことがない」と店主に驚かれました。そこからさまざまな食材の仕入れについても相談されるようになり、現在の大きなお取り引きができるようになりました。
ただ営業でモノを売るのではなく、ソフトを売る。山口さんの場合は、「数字がわかり、提案できる農家」というソフト面での差別化が、営業の大きな力となっています。
楽して儲かる仕組みづくりこそ、経営者の役割
これまでご紹介した内容に加え、山口さん流の「成功する経営術」を教えてもらいました。
大きな柱が立っているうちに、別の柱を立てておく
山口 前編で6次産業化について話をしましたが、それは先が読めない時代の変化に耐え、対応できるよう、いくつかの柱を立てておきたいという意図もあるのです。
一般企業でも、リスク分散を目的の1つとして多角経営を行っていますよね。農業経営も同じです。もし経営が安定しているのであれば、資金力のあるうちに別の事業を立ち上げておくという判断も、経営者としては必要だと思います。
IoTを活用した労働生産性の向上策
山口 山口farmでは、あるソフト開発会社と共同開発して、従業員日報をすべてタブレットによるタッチ式で記入するシステムを導入しました。
単なる勤怠管理・工数管理のソフトではなく、ほ場の写真を作業前と作業後に撮り、誰がどのくらいの時間をかけて、何の作業をしたのかがつぶさにわかるというシステムです。
また、これまでは時間をかけて距離の離れたほ場を巡回し、気温、水温、地温、水位を確認していましたが、これもパソコン上で全て把握できるようにしました。
こうした作業の見える化・データの蓄積により、どこに無駄な労力や時間、コストがかかっているかをチェックできるようになりました。
その結果、作業効率を高める施策が実施しやすくなりました。従業員の働き方改革が進み、労働生産性がより向上したのです。

農作業をできるだけ楽に効率よくが山口farmのモットー
出典:山口farmホームページ
作業のデータベース化で、いつでも事業承継できる会社に
山口 さらに、作業の見える化・データ蓄積の利点は、誰もが山口farmのノウハウや経営手法を共有できる点にあります。
多くの農家は法人化していても、実態は個人事業主のままです。もしその人が急に倒れれば、もはや農業経営は持続できず、収入が途絶えるというケースがほとんどだと思います。
そうした事態を回避するためにも、作業のデータベース化は非常に有効だと思います。仮に私が長期入院しても、誰かがこの会社を引き継いで、経営を回して発展できるようにしておけば、私は安心して療養しながら、収入を得ることができるわけです。
農業は皆のもの。社長より高い時給で従業員のやる気を引き出す
山口 山口farmは、私1人が幸せになるためにあるわけではありません。会社にかかわる全ての人、特に社員が幸せであることが重要だと考えています。
経営を成功させる上で最も重要なことは、法人化した時点で「この会社は、皆が楽して儲けるためのもの」という意識転換をしなければならないということです。
ちなみに山口farmでは、私より従業員の給与を高く設定しています。またコロナ禍においては、時代と逆行して給与を7%引き上げました。なぜなら、組織全体のモチベーションが高まるからです。
働く誰もが「入ってよかった」と思い、活気に満ちている会社なら、よりよい人材が集まり、よりよい経営が可能になると思います。

CEOより好待遇(?)の社員たち。どの顔にもやる気が満ちている
出典:山口farmホームページ
れんこんのビジネスモデルを全国へ、世界へ
山口さんに、経営者としての夢や展望を聞いてみました。すると、「50歳で引退したい」という意外な言葉が返ってきました。
活力あるうちに現場を退くことが、経営者自身の次への挑戦につながる
山口 あと10年で後継者を育て、山口farmを会社として完成させ、50歳で定年を迎えるつもりです。なぜなら、50歳であれば、次の新しいことに挑戦する気力がまだあると思うからです。
しばらくは好きな釣りを楽しんで英気を養った後、例えばインドネシアなどの海外で、れんこん栽培や現地での6次産業化を展開するビジネスにも挑戦したいですね。
「のれん分け」制度で全国展開。まずは佐渡島へ
山口 それと同時に、山口farmで培ったノウハウをほかの地域に提供してチェーン展開する事業も考えています。れんこん畑の開発や、独自設計した肥料、資材、ノウハウなどの提供を行い、肥料販売や月々の会費から収入を得るという手法です。
現在、そのテストケースとなる事業を、新潟県佐渡島で進めているところです。山口farm出身の人材が佐渡島に渡り、後継者のいない水田をれんこん畑に変え、一大産地として成長させようというプロジェクトです。これをぜひ成功させて、過疎化する日本の各地域を活性化させる力にもなりたいと考えています。
山口farmの事業詳細はホームページをご覧ください。
山口farmのホームページのトップには、開花期の美しいれんこんの写真の上に「ラクする農業、儲かる農業がモットーです。」というフレーズが大きく掲げられています。山口さんの「農業のきついイメージを変えたい、農家を企業に、農業を農業経営にしたい」という想いがシンプルに伝わってきます。
このインタビューが、法人化や6次産業化を考えている農家、そのプロセスで苦心している農家の課題解決の一助になれば幸いです。
▼【前編】「れんこんのブランド化と6次産業化への挑戦」はこちら

松崎博海
2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。