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ロボット農機の進化とスマート農業の未来~北海道大学 野口伸教授インタビュー~
出典 : 北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室ホームページ
  • 農業経営

ロボット農機の進化とスマート農業の未来~北海道大学 野口伸教授インタビュー~

最新のロボット技術を活用して農業が抱えるさまざまな課題の解決をめざす研究が、世界中で行われています。今回は日本におけるスマート農業の第一人者である野口伸教授に、ロボット農機の研究開発を中心に、スマート農業が拓く農業の未来についてお話を伺いました。

北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室 野口伸(のぐち のぼる)教授 プロフィール

北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室 野口伸教授

2018年にはテレビドラマ「下町ロケット」の登場人物のモデルとなった野口伸教授
出典:北海道大学ホームページ 2018年12月8日お知らせより

北海道大学にてビークルロボットや生物環境情報の研究に取り組んでいる。
2016年から2019年にかけて内閣府戦略的イノベーション創造プログラム「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクターを務める。

ビークルロボティクス研究室がめざすスマート農業とは?

北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

ビークルロボティクス研究室の実施する研究内容は世界からも注目を集めている
写真提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室ホームページ

日本の農業は、農家の減少と高齢化、食料自給率の低下など、さまざまな課題を抱えています。ICT、IoTを活用することでその課題を解決しようという試みがスマート農業です。

北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室 野口伸教授(以下 役職・敬称略) スマート農業がめざす最終的なゴールは、遠隔操作によってすべての農作業をロボット農機だけでできるようになることです。

実現すれば、これまでの農業とは全く異なるシステムで作物の栽培が可能になり、日本農業が抱えるさまざまな課題の解決につながります。

遠隔操作可能なロボット農機が実現するスマート農業

「遠隔操作によってすべての農作業をロボット農機だけでできるようになる」ことで具体的にどのような効果が期待できるのでしょうか。

生産性を上げることで農家の負担を軽減できる

農林水産省によれば、普段仕事として主に自営農業に従事している基幹的農業従事者(注)の人口は、令和元年(2019年)の時点でおよそ140万人で、平成27年(2015年)の約175万人からおよそ35万人減少しています。

(注)基幹的農業従事者:農業就業人口(15歳以上の農家世帯員の中で、1年間農業だけに従事した人の数と、いわゆる兼業農家で、農業に従事した日数のほうが多い人の数とを合計)のうち、主に自営農業を営む者

その基幹的農業従事者のうち、約7割は65歳以上。いうまでもなく、農家の減少と高齢化にともなう労働力不足は、早急に解決すべき課題の1つです。

※農業人口についてはこちらの記事もご覧ください。「農業人口減少の原因とは?新規就農の動向なども解説

野口 国内のほかの産業と同様に、農業でも労働力不足は深刻な問題となっています。

例えば、広いほ場でさまざまな作物の栽培をしていたとして、一人ができる作業はどうしても限られます。農家の減少や高齢化によって、否応なしに一人当たりの農作業量が増えているのです。

将来、遠隔操作が可能な無人ロボット農機が実用化し一般に広く普及すれば、一人で管理できる範囲が格段に広がります。農作業を効率化し、生産性を上げることで、農家一人当たりの負担を減らしつつ、これまで以上の収量を確保することも可能になります。

ベテラン農家の経験と勘をビッグデータとAIに集約できる

野口 ICTやAI技術の導入により、作物に関するあらゆる情報を管理できる可能性が生まれます。

例えば、作物や品種ごとに異なる栽培管理の方法。環境条件による生育状況の違い。それらをデータとして蓄積できれば、そこから最終的な収量の予測まで立てることができるようになります。

これらを可能にするために、多くの生育データの収集に加えて、ベテラン農家の持つ生産技術や栽培管理のノウハウをAIに学習させる必要があります。

農作業のアウトソーシングで農家は6次産業化に注力できる

野口 無人ロボット農機の遠隔操作の精度が向上すれば、人間がほ場で機械を監視する必要はなくなります。代わりに複数台のロボット農機を管理するための拠点となる「管制室」が必要になり、そこから一人で複数台のロボット農機を操ることになります。

こうなってくると重要になるのは、生産技術や栽培管理などのノウハウではなく、ロボット農機のシステム管理技術です。作物ごとの生産技術や栽培管理の方法はAIが学習しているので、あとはロボットを的確に制御できる人間が居れば、作物を栽培できるようになるわけです。

そして、システム管理に関しては、農家が学び直すよりも、既にノウハウを持っているシステム管理会社に委託したほうが早く確実です。作物の栽培をアウトソーシングすることができるようになれば、農家や農業法人は6次産業化に注力することが可能になります。

日本の小型で軽いロボット農機は土壌踏圧の問題解決につながる

農機による土壌踏圧は、大型農機が多用される欧米では特に問題となっている

農機による土壌踏圧は、大型農機が多用される欧米では特に問題となっている
資料提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

日本の農地は、海外と比較して農家1戸当たりの面積が小さく、また、入り組んだ形をしているほ場が多いのが特徴です。ロボット農機もそれに見合った小型化・軽量化をめざしています。

野口 海外で農機といえば、コンバインやトラクターなど、大きなものが主流です。国土が広いアメリカなどでは、日本で販売されているものよりも、かなり大きく重量のある農機が使われています。

しかし、大きく重量のある農機は土壌に悪影響を及ぼすことがわかっています。重量のある農機で土壌が締め固められることを「土壌踏圧」といいますが、土壌踏圧が長期間続くと「耕盤層」という堅密な層ができます。

耕盤層が形成されてしまうと、作物はその層より下に根を張ることができなくなってしまい、作物の生育を阻害してしまいます。また、耕盤層の上には水分が溜まりやすくなり、根腐れの原因にもなり得ます。

日本の農地に合った小型で軽いロボット農機の研究開発は、土壌踏圧が問題になっている海外からも注目されているのです。

ロボット農機の現状は?

ロボット農機の実用化は年々進んでいるとはいえ、遠隔操作可能な無人ロボット農機の技術はまだまだ研究段階です。いくつか実用化されている技術はあるものの、前述の目標に到達するまでには至っていません。

ロボット農機の技術進化の3段階

野口 ロボット農機の進化は、3段階に分けられます。

レベル1 人間が乗った状態で、手放しによる運転が可能
レベル2 目視監視が可能な状況で、無人または自動運転が可能
レベル3 遠く離れた距離から、遠隔操作による運転が可能、なおかつ、ほ場間の自律移動もできる

現在、レベル1に相当する農機は、既に株式会社クボタや、ヤンマーホールディングス株式会社などから販売されています。

レベル1のロボット農機に関しては、海外では既にメジャーなアイテムとなっており、最近は本州の農家にも使われるようになってきました。

レベル2では無人ロボット農機と一緒に有人の農機が協調して作業することも想定されており、協調作業が可能なロボット農機のモニター販売も実施されています。

遠隔操作可能なロボット農機の実用化はいつ?

レベル3の遠隔操作についてはまだ実用化には至っていないものの、北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室をはじめ、全国各地で着々と研究が進められています。「レベル3についても、作物によっては耕耘や施肥までなら完全に無人化が可能だ」と野口先生はいいます。

野口 具体的には、水稲や大豆に関しては、最終目標であるレベル3まで到達しようとしています。ですが、そのほかの野菜類や果樹に対応する技術が実用可能になるまでには、まだまだ長い道のりがあります。

技術的に実用化が可能になっても、一般に流通させるとなるとコストダウンのための開発が必要でさらに多くの時間がかかるでしょう。

しかし、野菜類や果樹の栽培管理は労力を要することでもあり、農業におけるさまざまな問題を解決するためにも根気よく研究を続けていく必要があるのです。

農林水産省は政策目標として、2020年までに「遠隔監視による無人作業システムを実現」することを掲げている

農林水産省は政策目標として、2020年までに「遠隔監視による無人作業システムを実現」することを掲げている
資料提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

野菜類や果樹の場合、産地や品種によって生産技術や栽培管理の方法は多様で、人間の経験と勘がものをいう技術も多くあります。

多様な生産技術や栽培管理の方法、ベテラン農家の経験と勘がAIによって学習され、遠隔操作可能なロボット農機として結実することが期待されます。

遠隔操作可能なロボット農機の実現のために超えるべきハードル

遠隔操作可能な無人ロボット農機の実用化には、まだ乗り越えなければならない課題が多く残っています。

ベテラン農家の知識や多様で膨大な生育データの収集には時間がかかる

野口 最新技術を活用し、農作業をより効率化にするには、栽培に関わる莫大な量のデータを収集・蓄積し、AIに学習させる必要があります。

作物・品種ごとの生産技術や栽培管理の方法については、営農資料などからだけでなく、ベテラン農家の知識や経験則をあわせて収集する必要があります。

また、産地の気候や作型、施設か露地か、施肥状況といった環境条件によって生育データは異なります。さまざまな環境下での生育データを収集しなければなりません。これはとても長い時間のかかる作業です。

作物を傷つけることなく遠隔操作するにはさらに精密なセンシング技術を

野口 先ほど、耕耘や施肥においては無人化が可能になっていると述べました。これはつまり、ほ場に作物が何もない状態であれば、人間が乗っていなくても農機を使った作業が可能ということです。

言い換えれば、ほ場に作物がある状態で無人の農機を運転するには、まだ課題が残っているということです。

植え付けや収穫の際、作物を検知するためのセンサーの誤差が5cmでもあれば、それが作物のロスにもなりかねません。ほんの数センチの誤差で作物を傷つけてしまったり、収穫すべき作物とそうでない作物の判断ができなくなる可能性があるからです。

また、センシングが精密でないと、ほ場での作業の際に動物などの生き物を巻き込んだ事故が起こる可能性も否定できません。より確実で、より安全な作業を実現するために、必ずクリアしなければならない課題です。

精密な遠隔操作には5G基地局の整備が必要

野口 複雑な農作業をロボット農機に実行させるにあたっては、ほんのわずかなタイムラグも許されません。たった数秒の誤差があるだけでも、栽培中のさまざまな作業や収穫作業の際に、ミスや不慮の事故が起きてしまいます。

センシング技術や、栽培に必要な情報のビッグデータ化とともに、より精密な作業を可能にする通信環境を整備する必要があります。具体的には、農業地域への5G基地局の設置が望まれます。

課題解決に向けた取り組み

北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室では、大学としてだけではなく、農機メーカーや情報通信企業、地方自治体とも連携して、「遠隔操作によってすべての農作業を無人ロボット農機で行う」という目標の実現に取り組んでいます。

ドローンを活用したリモートセンシングで野菜類や果樹でも遠隔操作可能に

野口 現在、野菜類や果樹などの栽培管理や収穫作業については、センシング精度に課題があります。その課題を解決すべく現在取り組んでいるのが、ドローンによるリモートセンシングです。

低空飛行させたドローンでほ場を撮影し、どの品種がどの位置にあり、どのような生育状態なのかを細密にモデリング・マッピングします。これにより、管理作業の最適化が可能になることに加え、収穫に最適な時期の予測、どれだけの収量が見込めるかまで予測できるようになるのです。

また、ほ場内で運転させる無人ロボット農機にカメラを取り付けることで、遠隔操作によるリモートセンシングも可能になります。

例えば、果樹園で農薬を散布する作業において、農機に取り付けたカメラから管制室に送られてくる映像からAIが散布水量を細かく微調整することができます。

そしてこれらの生育データを集積し、AIに学習させることで、さらにロボット農機の性能向上につながります。

映像から作物(かぼちゃ)の品種を見分けることも可能

映像から作物(かぼちゃ)の品種を見分けることも可能
資料提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

民間企業や地方自治体との連携で進めるローカル5G基地局の整備

遠隔操作可能な無人ロボット農機の実用化のハードルの1つとして、5G基地の整備が挙がりました。北海道大学では、既に民間企業や地方自治体と連携したプロジェクトを開始しています。

野口 ロボット農機の遠隔操作だけではなく、リモートセンシングを取り入れるとなると、5G対応の情報通信基地の整備は必要不可欠になります。

巷では大手通信キャリアが打ち出す5Gプランなどが話題になっていますが、農場のあるような地域には、そもそも4G基地局ですら少ないという場所も珍しくありません。

そのような状況の中でスマート農業を推し進めていくために、北海道大学では民間企業や地方自治体と連携してローカル5G基地局の整備も進めています。

参考事例:北海道大学は2019年、岩見沢市、NTTグループと5Gによるスマート農業の実用化に向けた連携協定を結びました。岩見沢市は農業のICT活用に積極的な地方自治体で、高精度の位置情報サービスや、50メートルごとの区画単位で気象情報を配信するサービスなどを提供しています。

ローカル5G基地局を整備することでその地域全体のスマート農業の推進人もつながる

ローカル5G基地局を整備することでその地域全体のスマート農業の推進人もつながる
資料提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

このほかにも、ロボット農機のほ場間移動を可能にするために、無人のロボット農機が公道を走れるよう道路交通法で認められるようにならなければならないなど、行政機関と連携してクリアしていくべき課題はまだまだあると、野口先生は語ります。

ビッグデータとAIの活用でグローバルで持続可能な農業へ

野口先生は、遠隔操作可能なロボット農機の実用化に向けてさまざまな課題に取り組んでおられます。これらの課題を乗り越えた先には、一体どのような農業の未来があるのでしょうか。

野口 遠隔操作による作物の栽培が可能になれば、東京にいながら北海道のほ場で栽培したり、日本にいながらオーストラリアで農園を運営することも可能になります。
日本にいながら、グローバルな農業ビジネスを行うことも夢ではありません。

また、栽培→収穫→流通→消費に至るまでの作物のサプライチェーンを全てビッグデータ化することができれば、その一連のフローをサイバー空間上で再現することができます。

これにより作物ごとの収量だけではなく、出荷時期、市場価格、消費量まで予測することができます。もちろん、栽培には気候や季節変動などの要素も大きく関わってきますから、それらのデータを加味してシミュレートすることも可能です。

サイバー空間でシミュレートした内容をフィジカル空間で再現

サイバー空間でシミュレートした内容をフィジカル空間で再現
資料提供:北海道大学農学研究院ビークルロボティクス研究室

野口 気候変動によって作物にもたらされる悪影響も、世界中の作物の生育データを活用しシミュレーションすることで、あらかじめ回避することができるようになります。

そして、スマート農業が進化・普及していくことが、農業の持続性にもつながっていくのです。

遠隔操作による栽培技術が国境を越えることで、スマート農業が進化し、世界中の農家の課題を解決することにつながっていく。私たちが想像する「農業」とは違う、新しい「持続可能な農業」が今まさに生まれようとしているのです。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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