AIを活用した「トマト収穫ロボット」とは?スマート農業の最新技術を解説

深刻な労働力不足が課題となる農業では、AI技術を活用した作業ロボット開発が急速に進展しています。本記事ではトマト栽培を例に、国内外の開発事例を交えながらスマート農業の最新動向や収穫ロボットの現状、省人化・コスト削減効果、今後の展望などを紹介します。
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トマト収穫ロボットとは?農作業の負担を軽減するAI技術

austro/ PIXTA(ピクスタ)
AIが変革する施設園芸農業の現状
施設園芸農業は、AI、IoTなどの先端テクノロジーと相性がよく、スマート農業が最も進んでいる分野といえます。主に温湿度・光の調整や灌水といった栽培管理の自動制御が進んでいます。一方、収穫作業は適期の見極めや判断、作物を傷つけないような力加減が必要なため機械化が難しく、これまで人手に委ねられてきました。
施設栽培における作業の中で最も多くの時間と労力を要する収穫作業には、自動化・機械化への高いニーズがあります。そのニーズに応えるため、さまざまな企業が施設園芸作物の収穫ロボット開発に取り組んでいます。最近ではAIの活用によってロボットの作業精度が向上し、実用化が現実味を帯びてきました。
ここでは、収穫ロボット開発の現状と展望について、取り組み事例の多いトマト栽培にスポットを当てて紹介します。
トマト収穫ロボットの基本的なしくみとAIの役割

hamayakko / PIXTA(ピクスタ)
施設栽培が盛んな果菜類の中でも、トマトは実が重なり、表皮が傷つきやすいことからロボットによる収穫が困難とされてきました。しかし、AIを搭載することで、機械学習による作業経験が蓄積され、収穫適期の判断や、力加減の精度が大きく上がると見られています。
そもそも、ロボットはどのように収穫適期を判断し、どのように摘果するのでしょうか。大手企業からスタートアップ(ベンチャー企業)まで、多くの企業が独自にトマト収穫ロボットの開発を手掛けていますが、いずれも基本的なしくみは共通しています。
まず、カメラによって撮影したトマトの実の画像を画像認識装置で処理し、そのロボットが持つ色などの情報と照合して収穫すべきかどうかを判断します。収穫する際は、距離センサーや3Dセンサーを使って距離を測りながら的確に対象の位置を捉え、それぞれ独自の方法で摘果します。
果実を摘み取る方法は、例えば農家が愛用する刃物のメーカーに特注した刃を使ったり、刃物を使わず実を引っ張りながら枝を押すことで手でもぎ取る状態を再現したり、各社で独自の工夫が施されています。
また、ロボットの移動は、開発初期ではレールや白線などの基準が必要でしたが、技術の向上により、ハウス内だけでなくハウス間の移動も自動走行が可能になっています。
トマト栽培の課題と、収穫ロボットに期待される効果
トマトに限らず、施設栽培にかかるコストの多くは人件費といわれています。中でも人的負担が大きいのは収穫作業で、収穫にかかる労働時間は少なくとも全体の20%に及ぶともいわれます。
そのため、収穫作業がロボットによって自動化されれば、人的コストの大幅な削減や省力化による労働力不足の解消が期待できます。また、収穫作業に費やしていた人手をほかの作業に回せるようになるため、作付面積を増やして増収することもめざせるでしょう。
AIを活用したトマト収穫ロボットの製品例!実用中の製品と開発中の製品
AIを活用したトマト収穫ロボットは国内外で実用化が進められており、さらに試験運用中のモデルや開発中の製品も多く登場しています。
ここでは、実際に農家で稼働している製品と研究開発が進む最新のロボットについて、それぞれの特徴や技術的なポイントを解説します。
ヤンマー×カゴメの共同開発、加工用トマト収穫機「KTH」
カゴメ株式会社と農業機械メーカーが約6年間の歳月をかけて開発した加工用トマト収穫機「KTH(Kagome Tomato Harvester)」は、日本の小規模ほ場に適したコンパクトなトマト収穫ロボットです。
KTHの導入により、従来の手作業と比べて収穫作業時間が約60%削減されたという報告もあります。2021年よりカゴメが保有するKTH31台は、全国の契約農家に貸し出され、約120ha(国内加工用トマト作付面積の38%)で実証運用中です。
さらに、2024年からはヤンマーと共同開発した収穫ロスを低減できる改良機が導入されています。
カゴメはKTHの実用化に加え、AIを活用した収量予測や営農支援システムも展開しています。2022年2月には、AIを導入した生鮮トマト収量予測システムをカゴメアグリフレッシュとエイゾスで共同開発し、トマトの安定供給と食品ロスの削減を実現しました。
さらに同年9月には日本電気(NEC)と共に、衛星画像やセンサーで生育状況を可視化しながら、AIが営農アドバイスを行うサービスも提供しています。
詳細な機能や導入事例は以下の記事をご覧ください。
出典:カゴメ株式会社「「人手不足の農家をサポートしたい」カゴメが持続可能な農業を目指して開発した「KTH」とは?」
カゴメ株式会社「トマト栽培の負担を軽減するサポートで、農業を豊かに~SDGsと関連したカゴメの取組⑨~」
ヤンマーの大玉トマト収穫ロボット
ヤンマーホールディングス株式会社は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業として、日本初※の大玉トマト収穫ロボット試作機を開発し、2022年3月の「国際ロボット展」にて出展しました。
このロボットは、AIを用いた画像認識により、トマトの個体ごとに微妙に異なる形状や果実の姿勢を高精度に解析し、果梗の向きから最適な切断位置を推定します。
さらに、摘果には、独自開発の「Trun-cone pad(トランコーンパッド)」を搭載した吸着切断ハンドを採用しているのが特徴です。凹凸のある大玉トマトをしっかり吸着したうえで、根元からやさしくカットできるため、果実へのダメージを抑えつつ作業時間の短縮が期待されています。
※2022年2月末現在、大玉トマト収穫において。ヤンマーホールディングス株式会社調べ
出典:
ヤンマーホールディングス株式会社「「ヤンマー大玉トマト収穫ロボット」試作機を「2022国際ロボット展」へ出展」
デンソーのミニトマト収穫ロボット「Artemy」
株式会社デンソーとオランダのCerthon Build B.V.が共同開発した「Artemy®(アーテミー)」は、房取り用ミニトマト全自動収穫ロボットです。2024年5月14日から欧州市場向けに受注が開始されています。
Artemy®は、ハウス内の温湯管をガイドとした自立走行プラットフォーム上で、AI(深層学習)による画像認識を活用し、ミニトマトの成熟度を判定し、熟した房のみをハサミ付きアームで自動収穫することが可能です。
さらに、障害物を検知して隣接レーンへ移動する「レーンチェンジ機能」や、収穫箱の自動交換・移載機能を備え、夜間の補光環境下でもLEDと併用して高精度な作業を実現しています。AI解析とセンサー情報を組み合わせることで、安定的かつ連続的な省人化収穫を可能にした収穫ロボットです。
出典:株式会社デンソー「デンソーとセルトン、房取りミニトマトの全自動収穫ロボット「Artemy®」を欧州向けに受注開始」
パナソニックのトマト収穫ロボット

パナソニック株式会社が開発するトマト収穫ロボット トマトを収穫する様子
写真提供:パナソニック株式会社
パナソニック株式会社が開発するトマト収穫ロボットは、開発途上でありながらも、既に実際の農家で稼働しています。農家で実証を重ねることで、さらなる機能改善を図っています。
その特長の1つは、農家が自由に色見本を作成できることです。ロボットはその色見本を参照しながら、収穫適期の実を探します。
色見本の範囲の設定はいつでも変更可能で、例えば収量を確保するために少し熟度が低い実まで収穫したいといった場合、緑色に近い範囲まで設定を広げれば、意図した範囲の熟度の実を収穫できるのです。
また、特徴的な点として刃物を使わずにリングを使って手作業に近い収穫作業を再現していることが挙げられます。
実や茎を傷めることなく、6秒に1個という速さで収穫が可能です。手作業では2、3秒に1個収穫しますが、ロボットの場合は休みなく長時間収穫を続けられるので、半分以下のスピードでも十分な効率化が可能です。
パナソニックのロボット開発には、ロボットが人間を傷つけないような安全性への気配りや、技術を活用して人間が自分らしく活動できるようにとの願いが込められています。その理念は、施設栽培の未来にも明るい変化をもたらしてくれるかもしれません。
YouTube Channel Panasonic - Officialでのトマト収穫ロボットの紹介
出典:パナソニック ホールディングス株式会社「PHD技術部門」所収「トマト収穫ロボットの開発」
スマートロボティクスのミニトマト収穫ロボット

株式会社スマートロボティクスの「トマト自動収穫ロボット」
出典:株式会社 PR TIMES
株式会社スマートロボティクスでは、早くから野菜収穫ロボットの企画・設計開発に取り組み、2019年からはAI搭載の自律走行型アームロボットである「トマト自動収穫ロボット」の実証実験をスタートしました。実証の対象は、あえて収穫の難易度が高いと言われるミニトマトです。
同社が採用する自動走行の誘導技術は、家庭用清掃ロボットでおなじみのSLAM式です。タッチパネルで目的地を指定するだけで、障害物を感知し避けながら自動でマッピングし、自律走行します。
収穫の判断は、AIによるディープラーニング技術で、経験を積むほどに識別精度が向上します。また、扱いの難しいミニトマトの収穫をも可能にするロボットハンドは、自社で開発した技術を活用したもので、2019年3月時点の実験では15秒に1個の速さで収穫できます。
実証実験を通して自律走行機能や昼夜における認識機能の向上をめざしつつ、量産化に向けコストダウンを図っています。
YouTubeスマートロボティクス公式アカウントでの「ミニトマト収穫ロボット」の紹介
価格はどうなる? トマト収穫ロボットの導入費用の目安

Princess Anmitsu / PIXTA(ピクスタ)
1日も早いトマト収穫ロボットの本格的な実用化が待たれるところですが、気になるのが初期投資や運用コストでしょう。大手メーカーでは従来通りの売り切りの方向で量産化されるようですが、スタートアップ企業では新たな動きが見られます。
既に実用化されているinaho株式会社のアスパラガスの収穫ロボットは、導入費用が高額になることや稼働時間の保証の設定が難しいことなどの理由から売り切り型ではなく、「RaaSモデル」という、売り上げの15%をサービス料(収穫手数料)として支払う方式を採用しています。
これは、商品に対して代金を支払い購入するのではなく、その商品を一定期間利用する権利を購入し、定期的に料金を支払う方式で、主にパソコンやスマホのアプリなどで使われています。この方式では、製品を自由に使いながら、メンテナンスや製品のアップデート、バージョンアップなどにも適宜対応が可能です。
前述のスマートロボティクスのミニトマト収穫ロボットも、売り切りではなく収穫期のみのレンタルによる提供が予定されています。トマト収穫ロボットの販売モデルが多様化することで初期投資が抑えられ、導入へのハードルも下がると予想されています。
出典:inaho株式会社 プレスリリース「国内初!inahoがRaaSモデルで自動野菜収穫ロボットのサービス提供を開始」

inaho株式会社の自動野菜収穫ロボット 従量課金型で提供される
出典:株式会社 PR TIMES
トマト収穫ロボットは、スマート農業の粋を集めたともいうべき多くの先端技術が集約されています。特にAIによる適期判定精度の向上と、その情報に基づく高度なセンサー連携、グリッパー制御により果実のハンドリング性能も飛躍的に向上し、実用化フェーズが急速に進んでいます。
また、こうした技術革新だけでなく、販売面でもサブスクリプションやレンタル方式など、新たな方法が採用されると見られており、ロボット導入に伴う一連の動きが今後の農業を大きく変えるきっかけになるかもしれません。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。