戦う前に敵を知る。鳥獣害の現状と防除対策のポイント

環境省・農林水産省の調査では、シカ・イノシシの推定個体数が年々増え続けているそうです。近年では東京都内でもイノシシが目撃されるようになり、その対策は都市近郊の農業経営において見逃せない要素となっています。そこで、鳥獣害の防除に詳しい協和テクノ株式会社 代表取締役 飯川暁則さんに防除対策のポイントを伺いました。
目次
【鳥獣害の現状】これまでの常識が通用しない?
地球温暖化で増えた冬季の被害
2020年11月に農林水産省がまとめた「鳥獣被害の現状と対策」によれば、野生鳥獣による農作物被害額は年々減少傾向にあるものの、2018年度で158億円とあり、依然として農山漁村に深刻な影響を及ぼしています。
出典:農林水産省農村振興局「鳥獣被害の現状と対策(令和2年11月)」
この被害額のうち約7割がシカ、イノシシ、サルによるものとあり、さらに1989年〜2017年の29年間で、推定個体数は、シカ(北海道を除く)は約9倍、イノシシは約3.5倍に増加していると報告されています。
なぜこうした害獣が増えているのかを、鳥獣害の防除機器の製造・販売を手がけている協和テクノ株式会社の代表取締役 飯川暁則(いいかわあきのり)さんに伺ってみました。
協和テクノ株式会社 代表取締役社長 飯川暁則さん(以下役職・敬称略) 害獣が増加している理由としては、地球温暖化の影響で暖冬や無雪が続くようになったことが大きいと思います。
今までなら生命力の弱い幼獣は冬を乗り越えられず個体数が抑えられていたのですが、気温が高いために淘汰されず、その分繁殖していることが考えられます。また、クマも暖冬の影響で冬眠しない個体が増えていると聞きます。
そうなると、これらの害獣がエサに乏しい冬山から里まで下りてきて、農地で作物を荒らすだけでなく、農業設備や住宅・車両にまで被害をもたらす懸念も出てきます。さらには、クマが人を襲うなどの人身被害も数多く報告されています。
意外に見落とされがちな河川域周辺の被害
飯川さんによれば、市街地はもちろん河川域周辺に農地を持つ都市近郊農家も今後は警戒が必要だといいます。
飯川 最近、鳥獣害の防除対策として依頼が増えているのが、市街地に近い河川域周辺におけるクマ・シカ・イノシシ用電気柵の設置です。
その理由として、山間部の害獣が川を伝って都市部にエサを探しにきており、そのまま河川域周辺の藪に棲みつき、夜間に周辺の農地を加害するという事例が増えているのではないかと考えています。
実際、河川域周辺の都市近郊農家から「農地が荒らされた」という話を耳にすることが増えているように感じます。
都市近郊農家で河川に近い場合は、このような被害を想定して対策を講じることも、今後は必要になってくるのではないでしょうか。

河川域周辺は人にも会わず、交通事故の危険性もないので、イノシシにとっては最適な移動空間
出典:panda / PIXTA(ピクスタ)
家庭菜園の周辺は要注意
飯川 また、最近は家庭菜園を趣味とする人が多くなりました。そこで問題なのは、一般の人が楽しむ程度のシェア畑や市民農園では、しっかりとした鳥獣害の防除対策が取られていない場合が多い点です。
山間部から降りてきた害獣は、まずそこをエサ場と認識する可能性があります。そうなれば、夜間に群れで集まるようになり、周囲の農地にも被害が及ぶ危険性が高まってきます。近隣に市民農園やシェア畑など家庭菜園がある場合には、自衛のための対策も考えておいたほうがよいと思います。
農機具倉庫や空き家がハクビシンの住処に
山間部から移動してくるクマ・シカ・イノシシ以外には、今後どのような害獣に警戒すべきなのでしょう。
飯川 ハクビシンやアライグマによる被害も、農村部はもとより住宅地でも増え続けていますね。
これは全国で増え続ける空き家問題と大きく関連していると思います。ハクビシンやアライグマは、放置された家や土地、農機具などが置かれた納屋など、普段人が立ち入らない空き家の軒下や屋根裏に棲みつく事例が多いのです。
ハクビシンやアライグマはブドウなどの果実を好んで食べるので、果樹園を経営されている方は特に警戒をして対策を講じておいたほうがよいかもしれません。

天井裏のハクビシンには、出ることはできるが戻れない仕掛け扉が有効
出典:協和テクノ株式会社ホームページ内公式ブログ
害獣の特定がすべての対策の基本!防除の第一歩は「敵を知ること」
そうした鳥獣害に対して、どのような対策を立てればいいのでしょうか。飯川さんは「まず敵(害獣)が何であるのかを知ることから防除対策を始めてほしい」と語ります。
飯川 作物への被害が見つかったとき、ホームセンターに行って、カラス除けや捕獲器などの鳥獣害の防除対策製品を購入してしまうという話をよく聞きます。
しかし、害獣が多様化している今、獣種を正確に見極めなければ無駄に費用をかけてしまうことにもなりかねません。相手がハクビシンなのか、もっと大きなイノシシやシカなのか、あるいはサルやクマなのか。それによって防除対策は変わってきます。
獣種を特定するには、まずは自分で監視用カメラなどを設置してしっかりと監視するという選択肢もありますが、自治体によっては相談・指導にあたる専門部署や専門員を置いているので、そういった専門家に最初に相談することをおすすめします。

アライグマの被害を予想して監視用カメラを設置したが実際にはカラスと判明した例
出典:サージミヤワキ株式会社Facebookページ
鳥獣害の防除対策の基本設備と導入費用
飯川 害獣の種類が特定できたら、次に、害獣の種類に応じた防除対策を考えます。
防除は大きく2つの種類に分類できます。電気柵や獣害ネット、威嚇機のように害獣を農場の中に入れない、近づかせない防除対策と、罠などの捕獲器で捕獲して駆除する防除対策です。
さまざまな害獣による被害の可能性を考えると、農場に近づかせない防除対策として電気柵をベースに防除対策を考えるのがいいでしょう。
飯川さんに、基本的な設備として、害獣を特定するための監視用カメラ、害獣を近づかせないための電気柵、いろいろなタイプがある捕獲器の標準的な導入費用をお聞きしました。
監視用カメラ
飯川 監視用カメラは、屋外使用を想定した防滴タイプが基本です。コンセントのない場所でも使用できるよう電池式のニーズが高くなっています。
監視用カメラには、夜間でも機能するよう熱源を感知するセンサーを内蔵した暗視カメラタイプも販売されています。暗視カメラタイプの中でも、撮影した画像をあらかじめ設定したメールアドレスに送信できる機種を選んで、暗くて危険な夜間でも害獣の被害状況を確認できるようにすることをおすすめします。
導入費用:1台当たり3万円台〜7万円台
電気柵
飯川 ワイヤーに強い電気を流し、触れた動物にショックを与えることで防除します。捕獲器のような「点」ではなく、「面」として土地を囲い守ることができるので、広範囲な農地を持つ農業経営者にもおすすめです。
導入費用:
イノシシ用2段張り 300円〜350円/m
シカ用4段張り 700円〜750円/m
※参考例/10aの農地であれば、周縁距離が約126.4mとして、3万7,920円〜4万4,240円(イノシシ用2段張り)、8万8,480円〜9万4,800円(シカ用4段張り)
※〇段張りとは、電気柵にわたすワイヤーの段数です。電気柵の基本の仕組みについては、協和テクノ株式会社のこちらのページをご覧ください。
ランニングコスト:
■電気代:省電力設計のガラガー電気柵-AC100Vのタイプの場合
イノシシ用300m程度の機種:約3円弱/月
イノシシ用1.5km程度の機種:約28円/月
■遠隔管理システムを使う場合の通信料金
通信料金は利用者負担でサーバー利用料は無料(協和テクノ株式会社の「エフモスジュニア」の場合)
※現状の通信環境を利用できれば負担はありませんが、ほ場周辺の通信環境によっては地域での基地局設置などの対応が必要になります。
設備の更新:
■電気柵
電気柵のワイヤーは3〜4年程度で傷むので、劣化が激しい場合には、張り替えや部分補修が必要になります。
■バッテリー
12Vバッテリーの寿命は2〜3年程度。バッテリーの価格は5,000円~20,000円(機種サイズによる)
メーカー保証・修理対応:
通常使用による破損に対するメーカー保証は2年で、落雷や災害、異常電圧などが起因の故障を対象としないのが一般的です。(メーカーによる)
修理対応についてはメーカーや販売店により対応はさまざまですので、購入前に修理体制など確認しておくことが大切です。
捕獲器
飯川 捕獲器には、罠として代表的な「捕獲檻」のほか、棒の先に縄やハサミがついた「捕獲棒」や手足を挟む「くくり罠」などがあります。
捕獲檻を使用する場合は、わな猟免許や許可証が必要になる場合があるため、お住いの市町村担当部署への相談が必要です。
(注)野生鳥獣については、原則として許可なく捕獲する行為が法律により禁止されています。ただし、野生鳥獣による被害が生じている場合には、環境大臣または都道府県知事の許可を受けて捕獲することが認められています。詳しくは環境省のホームページをご覧ください。
環境省ホームページ「捕獲許可制度の概要」
導入費用:
ハクビシン・アライグマなどの小型獣用捕獲檻は、1台当たり1万円台〜2万円台
イノシシ・シカ・サル・クマなどの小中型〜大型獣用捕獲檻は、1台当たり10万円台〜30万円台
※この章で紹介した導入費用は参考価格です。設置する数、設置する際の工賃やランニングコスト、耐用年数等の詳細については、農地の広さ、被害状況、製品やメーカーによって異なります。詳しくはメーカー、ホームセンターなどの販売店でお確かめください。
電気柵導入のポイントは「放置しないこと」
続いて電気柵の設置や運用についても話を伺いました。ここでも、重要なポイントは「放置しない」ことだそうです。
定期メンテナンスを怠ると防除効果がでないことも
ソーラーパネル併用型は通電チェックを
飯川 電気柵には、ソーラーパネルから電気を得るタイプもありますが、曇天ではまず発電しません。しかも日の入りが早い山間部では発電する時間帯が限られてきます。
バッテリーが劣化し、昼に作動していても肝心の夜間に通電しておらず、防除効果がゼロになっている場合もありますので、バッテリーの交換など定期的なメンテナンスが必要です。
嵐や台風の翌日には見回りを
飯川 嵐や台風の影響で電線が切れたり、電気柵を支える支柱が倒れる場合もあります。またシカが突進して電線を切ってしまう場合もあります。
嵐や台風のあとはもちろん、維持管理においても定期的な見回りを行い、支柱が倒れていれば立て直したり、電線が切れていれば修繕し、本体に不具合がある場合には、メーカーや販売店に修繕を依頼するなどのメンテナンスが不可欠となります。
通電しないままワイヤーを張っておくと獣が柵を壊すこともありますので、早めの修理をお勧めします。
定期メンテナンスを楽にするIoT
飯川 IoTを活用し、これまでの電気柵の問題を解決する製品も販売されています。インターネット通信ができるSIMカードを取り付けたモバイルルーターを電気柵付近に設置し、電気柵の電圧を自宅のパソコンやスマートフォン上で確認できるシステムです。
このシステムを活用すれば、広い農地をチェックして回る手間を省き、電気柵の維持管理を簡単に行うことができます。

電気柵の電圧をパソコンやスマートフォンで確認して管理を省力化
出典:出典:協和テクノ株式会社「IoTで電気柵の電圧を遠隔確認!エフモスジュニア」ホームページ
電気柵とトタン板やネットとの組み合わせで効果をあげる
飯川 電気柵単体でも効果がありますが、獣種や地域に応じてほかの防除製品と組み合わせることで効果を高められる場合があります。
例えば、農地が山に接し、山から下りてきたイノシシによる被害を受けた農家では、電気柵とトタン板を組み合わせた防除対策を取りました。トタン板によりイノシシの視界から農作物を遮蔽することができ、電気柵で乗り越えを防ぐことができるので、二重の防除効果があるのです。
電気柵とトタン板の組み合わせは、背の低いイノシシなどの中型動物に特に効果があります。また害獣用ネットやワイヤーメッシュと電気柵を併用することで、イノシシだけでなくシカやサルなどの多獣種の防除を可能にした事例もあります。

トタン板と電気柵を組み合わせた防除対策の設置例
出典:協和テクノ株式会社ホームページ
捕獲器の設置にはコツがある
飯川さんによれば、捕獲器などの防除アイテムをただ設置するだけでは、効果的な防除は行えないそうです。そこで、捕獲器を設置するうえでのポイントについて伺いました。
動物の習性を利用した設置手順
飯川 シカやイノシシなどの害獣は一般的に成獣は警戒心が強く、逆に幼獣は好奇心が旺盛です。
捕獲檻の場合、幼獣が捕獲檻に入っていきなり捕らえられると、成獣を含むほかの幼獣も2度と捕獲檻に入らなくなります。そのため最初は檻に入っても閉じないように設定して餌付けをします。2~3週間安心させてから捕獲檻の扉が閉じるようにして、捕獲を始めることが肝心です。
また、例えばハクビシンの場合、1匹見つかれば、その家族が数匹おり、さらに複数の家族が行動している可能性があります。害獣の多くは群れで行動する習性があるので、1匹捕らえて安心せず、被害が収まるまで捕獲檻の設置を続けます。
害獣の警戒を高めないエサの工夫
飯川 害獣は注意深く状況を見て学習するので、捕獲器をただ無計画に設置、放置するだけでは避けて通るようになります。捕獲檻や罠など種類の異なる捕獲器を組み合わせ、エサの種類を変えたり設置場所にも変化をつけて、こまめに確認することが大切です。
飼いネコを捕獲してしまうトラブルを避ける
飯川 近隣には野良ネコだけでなく飼いネコが徘徊していることがあり、これを間違って捕らえてしまうことで近隣トラブルに発展する場合もあります。
飼いネコを誤って捕獲してしまわないために、ハクビシンにとっては好物になる一方、ネコにとっては関心を示さない食べ物として柑橘系果物をエサに利用するなどの工夫も必要です。
地域や自治体との協力体制が、より高い防除力を生む
害獣は特定の農家だけをターゲットとして行動するわけではありません。そこで、近隣農家と協力するなど地域ぐるみで対策を講じることが、防除効果を高める重要な手立てとなります。
地域で対策することの重要性
飯川 例えば、安易に捕獲器を設置したりすると、山間部やその近くのエリアでは、エサにつられて他所で行動しているイノシシやシカを誘引してしまうこともあります。対策を進めるなら農家単体ではなく、地域で対策を考えることが大切です。
設備導入は近隣との協力がおすすめ
飯川 電気柵の設置などは想定外の出費となり、経営に負担をかけることは間違いありません。
国から交付される「鳥獣被害防止総合対策交付金」や、自治体から交付される「有害鳥獣被害防止資材購入事業補助金」といった補助金を利用できる場合もありますので、まずは協議会を作るなど、近隣と協力して自治体に働きかけることをおすすめします。
令和2年度の「鳥獣被害防止総合対策交付金」については農林水産省の下記サイトをご覧ください。
農林水産省「鳥獣被害防止総合対策交付金(鳥獣被害対策基盤支援事業)の公募について」
また自治体から交付される補助金は、自治体によって名称が異なる場合があります。詳しくは各自治体にお問い合わせください。
協和テクノ株式会社 代表取締役 飯川暁則さん プロフィール
協和テクノ株式会社は、鳥獣害防除の威嚇機の製造販売、ガラガー電気柵の販売及び施工、獣害用フェンスの販売、捕獲器・忌避品の販売と鳥獣害対策を専門に行っている。最近はIoT技術を応用した電気柵管理システムを開発。
代表取締役である飯川暁則さんは、「鳥獣害の防除のための器具の製造・販売を通じて地域と自然環境を守りたい」と語る。
協和テクノ株式会社のホームページはこちら

協和テクノ株式会社 代表取締役 飯川暁則さん
写真提供:協和テクノ株式会社
今後は、山間部だけではなく都市近郊の農地でもイノシシ・シカといった鳥獣害が想定されます。そのリスクヘッジを地域ぐるみで考える時代が来ているようです。

松崎博海
2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。