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伊勢茶の魅力を伝えたい! 茶農家の一貫協業経営~前編:消費者の心をつかむお茶の売り方
出典 : 深緑茶房ホームページ
  • 農業経営

伊勢茶の魅力を伝えたい! 茶農家の一貫協業経営~前編:消費者の心をつかむお茶の売り方

お茶の生産地といえば静岡、京都などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。実は、生産量の全国第3位は三重県。今回は、三重県で伊勢茶の生産から販売までを手がける有限会社深緑茶房代表 松倉大輔さんに、伊勢茶の現状や魅力を広める取り組み、高い品質を保つ管理体制について伺いました。前後編でお伝えします。

有限会社深緑茶房 代表取締役 松倉大輔(まつくらだいすけ)さんプロフィール

有限会社深緑茶房 代表取締役 松倉大輔(まつくらだいすけ)さん

代表取締役を務める松倉大輔さん

三重県松阪市飯南で緑茶の栽培に従事。平成11年(1999年)に同地域の茶農家と共に「有限会社深緑茶房」を立ち上げる。

深緑茶房にて栽培から加工までの一元管理が始まってからは、農場や茶工場の管理を務める。現在は代表取締役として深緑茶房全体の経営に携わっている。

ほとんどの消費者に気づかれていない「伊勢茶」の存在

現在、日本国内ではおおよそ11万t弱もの茶の生葉(なまは)が収穫され、荒茶(あらちゃ)(注)は約2.2万t生産されています。

(注)荒茶:収穫した生葉に、蒸し・揉み・熱乾燥を加えた状態の茶葉

荒茶のうち約44%を静岡県、約38%を鹿児島県が生産しています。深緑茶房がある三重県は約10%で全国3位。茶の産地としての歴史は古いものの、その生産量や知名度は静岡などに及びません。

出典:農林水産省「令和2年産一番茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量(主産県)」

静岡県産・鹿児島県産が大勢を占める茶業界

有限会社深緑茶房 代表取締役 松倉大輔さん(以下役職・敬称略) 一般に流通している緑茶は、基本的に複数の産地で生産される茶葉をブレンドして販売されています。

ブレンドに用いられる荒茶には、言わずと知れた全国一の生産地である静岡県、そして茶葉産地としての条件もよく、農機を活用して茶葉の大量生産体制を整えている鹿児島県が大きな割合を占めています。

消費者の目に触れない伊勢茶の存在

荒茶を複数ブレンドし、茶葉の大きさを揃え、茎も除去されたものを「仕上げ茶」といいますが、伊勢茶は仕上げ茶として使われることが多く、消費者の目に触れにくい存在だそうです。

松倉 伊勢茶は主に、仕上げ茶の味の微調整や、静岡茶、鹿児島茶の茶葉に足りない部分を補うことに使われることが多く、「伊勢茶」として消費者の目に触れる機会があまりありません。

(注)お茶の産地銘柄表示は、食品表示法で定められた食品表示基準に基づき公益社団法人日本茶業中央会が定めており、「産地銘柄を表示する場合は、国産であって、当該荒茶産地の原料の使用割合が50%以上でなければならない。」とされています。

消費者の目に触れやすいペットボトルなどの茶飲料の消費量は増えていますが、そこもやはり、静岡県や鹿児島県の茶葉が使われることがほとんどです。

加えて、伊勢茶は宇治茶や狭山茶などに比べるとブランド力があるわけでもなく、正直いって知名度も今一つです。そのため、業界の中でも今一つ立場が弱い状況が続いています。

三重県の茶業をなんとかしたい! 3つの茶農家が結束して生まれた「深緑茶房」

規模とブランド力がものをいう、買い手市場の茶産業

生産量や知名度の低さから、業界内では比較的弱い立場にある三重県の茶農家。その影響は、卸売業者との取引の際に顕著に現れるそうです。

松倉 お茶の販売価格は、平成15年(2013年)以降は下落傾向にあります。東京オリンピックの開催決定など、インバウンド消費が期待された年には若干の変化がありますが、おおむね右肩下がりのままです。

こういう状況の中、先祖代々受け継いできた「茶園」を守るためにも、自分のところで作った茶葉をより多く、より高く売りたいというのが我々の本音です。

しかし、三重県の茶畑の摘採実面積(注)は令和元年産(2019年)の統計で2,620ha。静岡県の14,400haや、鹿児島県の7,960haには遠く及びません。


(注)「摘採実面積」とは、茶を栽培している面積のうち、収穫を目的として茶葉の摘取りが行われた実面積のこと。

三重県は1つの茶畑が狭いため、農機を取り入れて作業を機械化するハードルも高いといえます。これではたくさんの量の荒茶を生産し売ることはできません。

先ほどもお話したように、茶葉全体の価格が下落しているため、余程ブランド力のあるものでない限り、茶葉の単価を上げて販売することは困難です。

そんな状況ではどうしても買い手市場となり、卸売業者により多く、より高く茶葉を売るのは難しくなります。私は以前から、そんな三重県の茶農家の状況を打破したいと考えていました。

立ち上がった3組の茶農家

深緑茶房の4人の取締役。左から松倉さん、高尾さん、仁田さん、西村さん

のちに高尾さんという農家が加わり4人の取締役会で深緑茶房をリードしている
左から松倉さん、高尾さん、仁田さん、西村さん
写真提供:深緑茶房ホームページ

松倉さんは、三重県の茶農家の状況をなんとかしたいという想いを一つにする農家仲間と深緑茶房を立ち上げます。

松倉 当時、利用可能だった助成金を活用し、平成11年(1999年)に農業法人として深緑茶房を立ち上げました。このとき、私と一緒に深緑茶房の設立に名乗りをあげたのは、現在会長を務める松本さんと、農場長を務める仁田さんです。

皆、同じ地域で茶園を営む茶農家でした。まずは茶葉の小売販売を一緒にしてみようということになり、2年後の平成13年(2001年)からは栽培から製茶まで一元管理する組織になりました。

一元管理するマネジメントについては、後編で詳しくお話を伺います。

深緑茶房のコンセプトとポリシーを伝える「お茶について」のページはこちら

大産地とは違うポジションに立つ

深緑茶房の福袋福袋『一福茶箱』。お客様に喜んでいただけるよう、こだわりがある

お客様に喜んでいただけるよう福袋『一福茶箱』にもこだわりがある

深緑茶房立ち上げに携わった松倉さん、松本さん、仁田さんは、茶葉の栽培・加工を行う傍らで、小規模ながら小売業も営んでいました。そのため、小売店としての深緑茶房の初期の商品はメンバーの自園で生産していた茶葉でした。

毎年同じではない「深緑茶房らしさ」を楽しむお客様の存在

仕上げ茶は、その年の気候や栽培状況によって、味にばらつきが出ることがあります。大企業ではその味のばらつきを抑えるために、その都度細かい微調整が加えられます。

しかし、茶農家が独自で小売販売を行う場合、仕上げ茶の加工に割けるコストは限られるため、前年と全く同じ味にすることはどうしても困難になります。

松倉 コスト的にも時間的にも、私たちの事業規模では味の微調整には大企業ほどのリソースを割くことは困難です。なので、お客様にはその旨をお伝えし、ご納得いただいています。

深緑茶房として販売を始める以前から長くお付き合いがあるお客様は、仕上げ茶の味が毎年一定ではないことを受け入れ、「それも深緑茶房らしさ」といって購入してくださる方ばかりです。

深緑茶房の品質を信用してくださり、去年の方がおいしい、去年よりおいしいというような味の変化も含めて楽しんでいただいています。

いつも同じ味のお茶では伝えられない「お茶の奥深い魅力」

松倉 また、スーパーなどで市販されている茶葉や茶飲料のように、さっと飲めていつも同じ味というお茶は多くの人に飲まれていますが、お茶のおいしさを最大限引き出す淹れ方や、ブレンドによる味わいや香りの違いなど、お茶の奥深い魅力は十分に知られているとはいえません。

大企業とは違うアプローチでお客様を発掘する

「いつも同じ味」ではなく「毎年同じではない味わい」を楽しむ顧客を発掘し、増やしてこられたのは、丁寧なコミュニケーションの力だと松倉さんは語ります。

松倉 そんな中でも長い時間をかけてユーザーを増やしていくことができたのは、「深緑茶房のお茶はおいしい」といって購入してくださるお客様とのコミュニケーションを欠かさず、ブレンドや淹れ方によって変化するお茶の味わい方や魅力を伝えることができたからだと思います。

また、おいしいお茶の淹れ方、二番煎じ以降の香りや味わいの違いを体感していただくなど、伊勢茶の持つ奥深い魅力を知っていただくことで、ただお茶を飲むだけでなく、ある意味娯楽として「違いを楽しみながらお茶を飲むこと」を目的とするお客様を発掘することができます。

私たちは、こうしたお客様の信用を裏切らない品質のお茶を作ることを第一とし、お茶に対する理解をさらに深めていただけるよう努めています。

広告ではなく、自然発生の口コミが新たなお客様を呼ぶ

伊勢茶の、そして深緑茶房の魅力を伝える丁寧なコミュニケーションは自然発生の口コミにつながっています。

松倉 私たちは基本的に大々的に広告を打ち出して販売するようなことはしていません。これまで長くお付き合いのあるお客様との縁を大切にすることで、自然と口コミで深緑茶房の名前が広がっていきました。

そのようにしてお客様が広めてくださった口コミで来られたお客様も、長い付き合いのお客様と同じくらい信頼できるお客様です。

深緑茶房のお茶の購入はこちらから

若い消費者の心をつかむ|カフェの大都市出店への挑戦と学び

深緑茶房は「若い消費者へむけてお茶の魅力を発信すること」「伊勢茶の認知度とブランド力の向上」の2つに、自社で取り組もうと名古屋駅近くに日本茶カフェを出店します。

目標だった大都市圏名古屋へのカフェ出店

日本茶カフェ「深緑茶房 名古屋店」

日本茶カフェ「深緑茶房 名古屋店」
写真提供:深緑茶房名古屋店店長note

松倉 販路拡大のためにネット通販での販売も行っていますが、深緑茶房のメインユーザーである50代以降の年齢層は最近ようやくインターネットに慣れてきたという方が多く、大きな販売数増加にはつながっていません。

ネット通販を活用するような若い人を始め、もっと多くの方にお茶を楽しんでいただける取り組みについては深緑茶房の立ち上げ当初から考えていました。

その1つが都市部への「日本茶カフェ」の出店です。特に、一番近い大都市圏の名古屋市への出店は深緑茶房立ち上げ以来の目標で、平成25年(2013年)にオープンしました。

オープン当初は若い消費者に来てもらうため、いわゆる「お茶スイーツ」や「お茶のラテアレンジ」などをメインに売り出しました。

深緑茶房名古屋店 お茶のラテアレンジメニュー

お茶のラテアレンジメニュー
写真提供:深緑茶房名古屋店店長note

日本茶カフェの存在意義を見直そうとする社員の声

都市部での日本茶カフェの経営は好調でしたが、スイーツ目当てのお客様が多く、社内からは本来の目的を果たしていないのではないか?という疑問の声があがります。

松倉 当時は若い女性の間で写真映えするスイーツや、和スイーツが流行していたこともあり、お茶スイーツ自体は好評でした。

しかし、私たちが消費者に本当に知ってほしいのは伊勢茶そのもののおいしさです。そして、茶農家である私たちが持っている一番強い武器は「お茶そのものの品質」で、カフェメニューではありません。

深緑茶房がお客様に届けたかったのは「伊勢茶の魅力、おいしさ」。しかし当時のスタイルのままだと、売り上げを出すことはできても伊勢茶の魅力をより多くの人に知ってもらうことは困難でした。

今の売り上げではなく、長期ユーザーの獲得を優先する決断

深緑茶房は、日本茶カフェオープンから6年目に、売り上げをこの事業の目的から一旦はずす大きな決断をします。売り上げの8割を占めるお茶スイーツやお茶のラテアレンジなどの人気メニューをなくし、お茶そのものを味わうメニュー中心に変えたのです。

深緑茶房名古屋店のメニュー大幅リニューアルに関して、社内で何度も議論を重ねたといいます。名古屋店で実際に働くスタッフからも「ソフトクリームだけは残しませんか」という声もあったそうです。

松倉 「お茶スイーツの魅力ではなく、伊勢茶本来の魅力を伝える」ことで「長く深緑茶房を愛してくれるお客様とのつながりを作る」方向へ大きく舵を切りました。

具体的には、メニューを思い切ってがらりと変えました。これによって売り上げは確かに激減しましたが、本当にお茶が好きなお客様に、お茶を楽しむ目的でご来店いただけるようになりました。

確かに人口の多い都市部でのカフェ運営は、トレンドをおさえた商品展開や情報発信をすることで一定の数の消費者にリーチすることができます。

しかし、トレンドを重視した販促方法で獲得した消費者は、売り上げという成果にはなっても、目に見えない資産といえる「伊勢茶のブランド力・深緑茶房への信頼」にはなりません。

伊勢茶の魅力を伝えるメニューへの改革が一時的に大きな売り上げ減になったとしても、10年20年先も深緑茶房のお茶を買い続けてくれる「お得意様」を獲得する方が、伊勢茶のブランド力アップと深緑茶房という組織の持続可能性を高めると判断したといえるのではないでしょうか。

「伊勢茶の魅力を伝える」リアル・デジタル両面の接客

深緑茶房名古屋店の伊勢茶メニュー「急須で楽しむお茶」

深緑茶房名古屋店の伊勢茶メニュー「急須で楽しむお茶」
写真提供:深緑茶房名古屋店のウェブサイト「Shinsabo Nagoya」

深緑茶房は、本店を構える三重県松阪市と名古屋市で日本茶カフェを運営しています。メニューはそれぞれ異なっていますが、共通しているのは「お茶のおいしさを伝えるもの」であることです。

松倉 現在、メニューにはお茶の淹れ方とブレンドごとの特徴を明記し、どの茶葉を使い、どんな淹れ方をすると、どのような味わいが楽しめるかがわかるようになっています。

深緑茶房の新メニューにはブレンドごとの味わいの特徴も記載されている

刷新した新メニューにはブレンドごとの味わいの特徴も記載されている
写真提供:深緑茶房名古屋店店長note

ご注文いただいたお茶については、おいしい淹れ方、楽しみ方もスタッフがレクチャーしますので、お茶に詳しくない方にも楽しんでいただけるように工夫しています。

都市部に住む若い方にも伊勢茶のよさを知っていただき、ふと緑茶が飲みたくなったときに深緑茶房の名前を思い出していただければと考えています。

深緑茶房名古屋店では、葉書大の袋に伊勢茶をパッケージし、年賀や季節の挨拶として送ることができる「伊勢茶葉書」や、テレワーク時に気持ちを切り替えることができる伊勢茶のティーバッグ「mute」をクラウドファンディングで提供するなど、これまでにはない角度から深緑茶房のお茶の魅力を広めています。

現在、深緑茶房名古屋店は名古屋市内での店舗移設に伴い法人として独立。4月のリニューアルオープンに向けて奔走しています。

深緑茶房名古屋店のウェブサイト「Shinsabo Nagoya」はこちら
ティーバッグや「伊勢茶葉書」の購入ページはこちら

現在だけではなく「将来」の顧客を獲得する

深緑茶房では、毎年地元の保育園の子供たちの工場見学や学生の職場体験の受け入れを実施しています。

松倉 もともとは私の息子が保育園に通っていたときに打診された企画で、その年1回限りのものになるかと思っていました。ところが思っていたよりも好評だったらしく、その年以降も毎年子供たちが工場見学に来てくれるようになりました。

その後も息子の成長に合わせて小学校や中学校、高校とも連携するようになり、学校の授業や職場体験の場などで子供たちにお茶の魅力を伝えています。

深緑茶房の本店がある松阪市飯南は山間の田舎町です。この地域に住む子供たちが成長したとき、一度はこの街を離れるときが来るでしょう。そんなときにふと飲みたくなる故郷の味として、深緑茶房の伊勢茶を思い出してほしいですね。

小学校の社会科見学:釜炒りの製法と手もみの体験&お茶の淹れ方レッスン

小学校の社会科見学:釜炒りの製法と手もみの体験&お茶の淹れ方レッスン
写真提供:深緑茶房・本店 Facebook

伊勢茶の認知度をあげるチャンスは逃さずに

深緑茶房では、伊勢茶の認知度向上・ブランド力アップのため、法人営業にも力を入れています。

松倉 このほかにも深緑茶房では私たちが作る伊勢茶のおいしさを知っていただくために、各地の三重県フェアやアンテナショップで試飲販売を実施したり、海外の方も参加されるホテルでのお茶会を実施するなど、伊勢茶の魅力を知ってもらうための活動を精力的に行っています。

銀座のレストランで行われた三重県フェアで、深緑茶房はウェルカムドリンクとして深蒸し茶を提供

銀座のレストランで行われた三重県フェアでウェルカムドリンクとして深蒸し茶を提供
写真提供:深緑茶房ホームページ

深緑茶房のお茶の品質について、お客様に対して何も後ろめたいことはない。」と、松倉さんは言います。これまでの、そしてこれからのお客様に対して誠実であり続けること。それこそが深緑茶房の強みとなっているように感じます。


深緑茶房の事業内容の詳細はホームページをご覧ください。

後編では深緑茶房の伊勢茶の品質を保つ、管理体制についてお話を伺います。
伊勢茶の魅力を伝えたい! 茶農家の一貫協業経営~後編:農家が協業するメリットとマネジメント手法

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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