宇治茶畑の見学ツアーから学ぶ! 農家が消費者向け農業体験を実施するメリット
農業が急速に多様化する中で、伝統的な農作業や農村風景を観光として楽しむ「農業体験ツアー」が各地で行われています。この記事では、宇治茶の産地として名高い京都府山城地域の和束町(わづかちょう)で農業体験に取り組む2つの事例から、農業体験ツアーのノウハウを学びます。
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目次
日本三大銘茶にも数えられ、古くから人々に愛されてきた宇治茶の名産地である和束町では、茶畑独特の風景や茶の製造工程などを観光資源として活用し、農業体験ツアーを提供しています。今回は、その事例を見ながら、農業体験への取り組みがもたらすメリットを探ります。
※2021年7月現在、和束町では見学や農業を体験するイベントなどを実施していますが、緊急事態宣言などによる移動制限などをよくご確認のうえ、ご参加を検討ください。
世界文化遺産の登録をめざす動きも。京都府南部に広がる雄大な宇治茶畑
和束町の茶畑 ドローンによる空撮
出典:株式会社 PR TIMES (株式会社ドローンエモーション ニュースリリース 2020年1月29日)
日本茶の代表的な銘柄の1つである宇治茶は、京都府南部の山城地域で古くから生産されてきました。その歴史は深く、約700年とも800年ともいわれています。
産地では、被覆資材で日光を遮断して新芽を育てる「覆下栽培(おおいしたさいばい)」という栽培方法や、「宇治製法(青製煎茶製法)」という独自の製茶法により、深いうまみや香りが特長の煎茶や玉露、抹茶を生産しています。
山城地域における茶の栽培の歴史は、栽培・製茶技術を確立しただけでなく、煎茶や玉露、抹茶を味わうための「喫茶道」「茶の湯」といった、喫茶文化の発展にも寄与しています。さらに、長い歴史の中で、これらの技術や文化を育んできた茶畑の景観はとても趣深く、世界文化遺産への登録をめざす動きもあります。
山城地域の中でも特に、京都府における約4割のお茶を生産する和束町の茶畑は、山の斜面を切り開いて作られた独特の景観から「茶源郷」とも称され、「宇治茶の郷 和束の茶畑」という名称で京都府景観資産登録地区にも指定されているほどです。質のよい茶を生産する傍ら、その優れた景観を活かして観光にも力を入れています。
一般財団法人和束町活性化センター「いいとこ和束~茶源郷~」ホームページ
京都府景観資産登録地区 宇治茶の郷 和束の茶畑
茶摘み体験ができる春、生き生きした深緑のまぶしい夏、紅葉と茶畑のコントラストが見頃の秋、常緑樹であるチャノキの畑が霜で覆われ神秘的な風景が見られる冬など、四季ごとに異なる茶畑の魅力が楽しめます。
Hirotama / PIXTA(ピクスタ)
貴重な観光資源を有効活用! 宇治茶の名産地、京都府和束町における体験型農業の実施事例
和束町では、貴重な産業を支える茶畑を観光資源としても活かし、観光客向けの農業体験ツアーやイベントなどを積極的に開催しています。以下では、多くの人を魅了する和束町の取り組み事例について、詳しくご紹介します。
農家しか見られない景色を堪能! 「茶畑散策&茶摘みツアー」
D-matcha株式会社は、茶の生産から販売までの一環経営
出典:株式会社 PR TIMES (D-matcha 株式会社 ニュースリリース 2017年9月26日)
2016年に、お茶を愛する農学部出身の若者たちが和束町に移住し、茶の生産から販売までを手掛ける「D-matcha株式会社」を立ち上げました。伝統を守りながら新しい発想を柔軟に取り入れ、「世界で戦える農業」をめざして質の高い茶を栽培し、ブランディングや販売までを行っています。
その一環として、茶の生産と茶文化を支え続けてきた山城地域の景観に価値を見出し、それを具体的な観光業として活かしてきました。移住してきたからこそわかる地域の魅力を、グローバルな視点と自由な発想を持って発信しています。
2021年5月時点で同社が主催する観光客向けハイキングツアーは、茶畑の散策と茶摘み体験が行えるツアー、それに茶工場見学とランチが付いたツアーの2種類です。
D-matchaのハイキングツアー。スタッフより、茶摘みの方法を案内
出典:株式会社 PR TIMES (D-matcha 株式会社 ニュースリリース 2017年9月26日)
茶畑散策&茶摘み体験ツアーは所要時間約2時間、午前と午後の1日2回開催で、大人1人5,788円です。
d:matcha Kyoto和束町本店でお茶の基礎知識について説明を受けたあと、ガイドと一緒に茶畑散策と茶摘みをします。その後、本店のカフェに戻り、摘みとった茶葉の天ぷらを食べながら、煎茶・抹茶を3品種ずつ飲み比べるというのがツアーの流れです。
工場見学とランチの付いたツアーは所要時間約3.5時間、1日1回のみ開催で、大人1人9,260円です。散策と茶摘みのあとに工場を見学し、本店のカフェで煎茶・抹茶3品種ずつの飲み比べと茶葉を使ったランチ、摘んだ茶葉の天ぷらを食べます。
どちらも原則少人数で受け入れており、木曜日はお休みです。体験予約はd:matcha Kyoto和束町本店のホームページから行います。
d:matcha Kyoto和束町本店 体験予約はこちらから
D-matchaのハイキングツアー。摘み取った茶葉の天ぷらを味わえる。
出典:株式会社 PR TIMES (D-matcha 株式会社 ニュースリリース 2017年9月26日)
茶文化や農林業に触れられる「農村生活体験(農泊)」
一般財団法人和束町活性化センターでは、ガイド付きの茶畑景観ウォーキングや、お茶を使ったさまざまな体験ができる日帰りツアーを数多く主催しています。そのほか、主に修学旅行生などを受け入れる、「農村生活体験(農泊)」への取り組みも積極的に行っています。
農泊には1泊2日と2泊3日のコースがあり、それぞれ町内の受け入れ家庭に民泊をします。2泊3日の場合は、基本的な農家の日常をお手伝いするほか、2日目に「体験プログラム」を行います。
体験プログラムは、茶畑ウォーキングや史跡巡りなどの自然・歴史体験、茶摘みや茶道体験などの茶文化体験、茶畑作業や森林干ばつなどの農林業体験など、さまざまな種類から好きなものを選べます。
初日には入村式、帰る日には離村式を行い、地域住民全体で受け入れます。特別な体験だけでなく、日々の生活の中で掃除や料理をお手伝いしたり、家族と一緒に食卓を囲んで歓談したりしながら、農村の日常を肌で感じられるのが魅力といえます。
一般財団法人和束町活性化センター「いいとこ和束~茶源郷~」ツアー 案内ページはこちら
和束町の茶摘み体験
出典:株式会社 PR TIMES (和束町 ニュースリリース 2018年5月10日)
どんな効果がある? 農家が和束町のような「体験型観光」に取り組むメリット
上記でご紹介した和束町の事例をもとに、農家が体験型観光に取り組むメリットについて考えていきましょう。
実際の生産現場や生産物について、詳しく知る機会を提供できる
D-matchaの茶畑ハイキングツアーでは、多くの参加者からガイドの解説によって、普段1人では見られない景色を堪能でき、より深く理解できることに満足したとの感想が寄せられました。
山の斜面に整然と並ぶ茶畑の美しさなど、普段は農家しか見られない景色を紹介することで、消費者にも農村の機能美を知ってもらえます。また、実際の生産現場や生産工程を見学してもらうことも、農作物の正しい価値を知ってもらうよい機会になります。
消費者が生産現場を知れば、農家が抱えるさまざまな問題を身近なこととして共有してもらいやすくなります。長期的に見れば、消費者と生産者の相互理解は、多くの課題を解決していく上で有利に働くでしょう。
Fast&Slow / PIXTA(ピクスタ)
消費者との直接交流が、ファン獲得や販路の拡大につながる
体験型観光による農家との交流で、消費者は食べ物の生産現場や生産工程への理解を深め、生産物に対して親近感や安心感を持てるというメリットもあります。そこからファンの獲得やブランディングの成功につながったり、直売所やネット販売などの販路が拡大したりすることも期待できます。
特に子供や若者が、農作業だけでなく実際に農村の生活そのものを体験することは、農村の美しさやのどかさといった美点と、高齢化や担い手不足といった問題点に直接触れることになり、将来の課題解決につながるかもしれません。
体験プログラムなどの提供が、副業として一定の収入源になる
より直接的なメリットとして、農家や地域の人々の収入アップが挙げられます。ツアーや農泊・民泊など、観光型の農業体験プログラムを提供し、参加料をもらい受けることは、農家の副業的な収入源となります。
民泊にすればコストもそれほどかからないので、利用しやすい料金設定をしたり、気軽に来られる日帰り体験コースとしっかり農村を体験できる民泊コースなど、複数のツアーを組んだりする工夫も可能です。
また、農家だけでなく地域全体を巻き込むことによって、地域そのものが活性化し、複合的かつ魅力的な観光を提供できます。観光地化に成功すれば新たな事業が興り、雇用や就農者の増加、ひいては地域農業の持続的な発展にもつながるでしょう。
京都府「京都のお茶の歴史と日本遺産を巡る旅」で行われた抹茶アート体験
出典:株式会社 PR TIMES (京都府 ニュースリリース 京都府2017年10月3日)
農家にとって当たり前の農村風景は、味気ない都市の景色の中で生活する消費者にとって価値が高く、地域の観光資源として活用できる可能性があります。長い間、地域の中だけで守っていた農業の魅力を発信することで、和束町の事例に見るような観光地化が実現するかもしれません。
まずは身の回りにある「普通の風景」や、農産物の持つ魅力やポテンシャルに注目し、最大限に活かして発信してみましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。