ブロッコリー栽培に適さない石川県で大規模栽培を実現! 規模拡大のキーワードは「期間借地」

石川県といえば能登牛や加賀野菜が有名ですが、実は北陸全体で野菜の自給率が低いことをご存知でしたか? 野菜の栽培に不利な中でも、石川県のブロッコリー作付け面積のうち約3割を占める安井ファームの秘密に迫りました。
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目次
有限会社安井ファーム代表取締役 安井 善成(やすい よしなり)さんプロフィール

有限会社安井ファーム代表取締役 安井善成さん
個人経営で農家を営んでいた先代の後を継ぎ、有限会社安井ファームを設立。稲作と大豆栽培メインの運営からブロッコリー栽培に舵を切る。期間借地を活用して作付け面積を増やし、現在では石川県のブロッコリー作付け面積の約3割を1社で占めている。
農地活用の手法や人材育成のスキームが評価され、農林水産祭内閣総理大臣賞や石川県農林水産業功労者表彰知事賞などを受賞。
米の需要減を危惧し、地域市場で有利なブロッコリー栽培に挑戦
米の需要減への強い危機感
日本人の主食として馴染み深い米。食事だけではなく、和菓子や焼き菓子の材料としても幅広く使われています。しかし、米の消費量は昭和37年(1962年)をピークに減少を続けています。
農林水産省の調べによれば、昭和37年は1人当たり年間118kg消費されていましたが、平成28年には54kgにまで消費量が減少していることがわかっています。食生活の欧米化やパン食の普及、人口減など、さまざまな要因が考えられます。
有限会社安井ファーム代表取締役 安井 善成さん(以下役職・敬称略) 石川県の農業産出額のうち、50%以上を占めているのが稲作です。安井ファームのある白山市も、農用地4,747haのうち、米の作付け面積は3,420haを占めています。
しかし、米の需要は年々減少しており、それに伴って販売価格も下落し続けています。少子化もあり、今後米の需要減少はさらに深刻化していくでしょう。
需要減少による米の余剰を生まないために転作を奨励する制度もありましたが、それもいつまで続くか分からない。米以外に大豆も栽培していましたが、それだけでは先行き不透明なままだという強い危機感がありました。
地域市場で有利なポジションを取れるブロッコリーが作りたい
安井さんは、さまざまな作物を試験的に栽培した上で、地域市場で有利なポジションを取れる作物として最終的にブロッコリーを選びました。
安井 先代から後を継いだ頃、ブロッコリーは大型量販店などでの需要があるのにも関らず、地域市場に出回る数が今ほど多くありませんでした。大型量販店との取引に応える量を出荷できれば、競合がいないのですから有利なポジションを取ることができます。
不利な環境条件という障壁を超えるための学びの日々

出荷準備の様子
安井 ブロッコリー栽培を始めた当初、先代である父から強い反対を受けました。というのも、石川県は年間通して雨が多く、粘土質で水が溜まりやすい土壌であるため、水はけがいい土壌を好み、湿害に弱いブロッコリーの栽培は簡単ではないからです。
父自身、過去に野菜類の栽培に挑戦して失敗していたこともあり、やめておいたほうがいいといわれました。
ブロッコリー栽培を成功に導くためには、もともと栽培に適していない土壌でブロッコリー栽培が可能になるように準備する必要があります。言い換えれば、ほ場を整えるノウハウを身に付けることで、悪条件の中でもブロッコリー栽培が可能になるということです。
安井 父の反対を押し切って経営転換できたのは、ブロッコリー栽培の先駆者の元で土壌改良や栽培管理の方法を学び、無理だといわれたブロッコリー栽培に成功したからでした。
農地拡大のために期間借地の新しい枠組みを創り出す
ブロッコリー栽培が可能になっても、そこから多くの利益を生み出すためにはより多く栽培し、出荷しなければなりません。しかし、安井ファームのある白山市は農業が盛んなこともあって空き農地も少なく、規模拡大のため新たにほ場を確保することが困難でした。
「米麦農家の休栽期間だけ」という新しい期間借地の枠組み
そこで安井さんが着目したのは、米や大麦の収穫後、次の播種まで出番のないほ場です。
安井 この地域の農家の多くは、米のあとに麦を栽培して次の米栽培までほ場を使わないか、米→大麦→大豆の順に栽培しています。
私は米、大麦だけを栽培している農家に着目し、大麦の収穫後、米の栽培が始まるまでの間だけほ場を貸してもらえないか交渉しました。
この季節を限定した期間借地で、私たちはブロッコリー栽培用のほ場を確保でき、貸主はほ場を貸し出すことで賃料を獲得することができる。双方にとってメリットのある契約です。
この方法によって平成15年には20aだった安井ファームのブロッコリー作付け面積は、平成21年には40ha、6年で約200倍にまで拡大しました。
米麦農家は、ブロッコリーの肥効残留が稲作のメリットに
もともと稲作用の水田であったほ場でブロッコリー栽培を可能にするには、ほ場の整備と湿害対策が欠かせません。排水管理や施肥によってほ場を管理するのですが、ブロッコリー栽培後のほ場には肥料成分が残留します。
この残留した肥料が稲作の際には米の肥料としての役割を果たすので、貸主の米農家は賃料収入以外にも経済的なメリットを得ることができます。
安井ファームは、米麦作を挟むことでブロッコリーの連作障害を回避
ブロッコリー栽培をする上で、連作障害対策は不可欠です。期間借地はブロッコリー栽培後に必ず米、大麦の栽培期間があります。米農家の栽培ルーティンの中にブロッコリー栽培が組み込まれているので、連作障害を未然に防ぐことが可能になります。

安井ファームでは白山市をはじめとした近隣の米麦農家と期間借地契約を結んでいる
借地による農地拡大には難しさも
安井ファームの経営農地138haのうち、自社の農地は2haのみで、あとの136haは農業経営基盤促進法による制度も活用した借地です。内訳は、1年を区切って借りる期間借地が53ha、水田の通年借地が65ha、畑の通年借地が18haです。
農業経営基盤促進法に基づく借地にはデメリットもあります。契約期間が短い場合が多く、その農地での栽培方法が十分に確立するまでに契約期間が終わってしまうというリスクがあるのです。
安井ファームでは、面識のない農家を1戸1戸まわり、丁寧に説明することで借地のメリットを理解してもらい、通年借地では10年という長期契約を増やしていったそうです。
参考:農業経営基盤促進法に基づく借地について
個人や法人が農地を売買したり賃借する場合、農業委員会等の許可を受けて賃貸借を行う方法(農地法)と市町村が定める農用地利用集積計画によって設定された賃借権によって賃貸借を行う方法(農業経営基盤強化促進法)があります。
農地法を利用した借地は、貸主と借主、両者の解約の合意がなければ契約期間到来後も原則賃貸借は解約されません。
一方、農業経営基盤促進法では都道府県または市町村単位で農地を集積し、効率よく安定的に農地を活用するために調整します。農業経営基盤促進法で設定された賃借権は契約期限が満了となれば貸主に農地が返還されます。
農林水産省の調査によれば、この制度を利用した場合の平均貸借期間は約6年と短期です。短期の賃借の方が貸主にとってハードルが低いこと、ハードルが低い方が農地集積が進みやすいという意識が各市町村の農業委員会にあることが要因といわれています。
契約期限が満了となっても賃借期間の再設定はできますが、再設定を含む賃借期間が10年以上の契約は3割程度にとどまっています。
社員の自主性を尊重する人事マネジメントで利益を上げる
不利な条件でのブロッコリー栽培を成功させ、規模拡大も実現した安井ファームですが、働いている社員は全員、農業未経験者だったそうです。
農業未経験者の得意分野を見極め適材適所で活かす
安井 意図していたわけではありませんが、社員は全員、農業がやりたいという熱意を持って入社した農業未経験者です。一人ひとり違った意見を持っているし、それぞれ得意分野も異なります。
栽培が得意な社員もいれば、広報活動が得意で実績を挙げている社員もいます。社員の得意分野を伸ばして働きやすい環境を維持できる人材マネジメントを心がけています。
現場で働く社員の声を聞き、作業負担軽減・効率化に向けて対応する
ブロッコリー栽培や業務効率化の場面などについても社員の声を聞き、共に課題解決できるように取り組んでいます。
例えば、ほ場整備にかかる作業負担を、農機を導入することで少しでも軽減したいという要望があった場合。どのような作業が負担になっていて、どのような道具があれば作業負担が軽減されるかを、現場で働く社員がリストアップしてきます。
ただでさえ肉体労働が多いのが農業。楽できるところは楽してもらうために、設備投資予算の中から購入できるものを検討していきます。農機業者にも実演してもらった上で、本当にこの設備投資によって作業が楽になるかを検証し、購入につなげています。
実際に最近、ほ場整備のためにユンボを導入したんです。導入前は「ほ場整備を手作業で行うのは重労働だけど、ユンボは操作が難しいのでは」と懸念していた社員もいましたが、実際に導入してみるととても作業が楽になったという声を聞くことができました。
欲しい年収額から逆算して「一人ひとりの利益目標」を考える
安井ファームでは社員一人当たり3,000万の売上達成が目標として掲げられています。この数字は、社員が欲しいと考える年収から逆算して出てきた数字です。
売上のうち25%が人件費にかかるとして、自分が求める年収を得るには社員一人当たりどれだけの売上が必要かを社員それぞれで考えます。
社員それぞれが目標とする年収を獲得するために、どれだけの収量が必要か。どれだけ作業効率を上げるべきで、そのためにどのような方法を取るべきか。通常業務以外にも別のアプローチで売上につなげることができるか。
こういった内容を経営陣だけではなく、社員それぞれが考え、実行しています。一人ひとりが利益目標を立て、自らの行動を省みる風土が定着しているのです。
現場に立つ社員が、人員を補充したいと感じた場合も、投資した上で目標とする収入が得られるかを経営陣と共に考え、最終決定を下します。
また、利益目標を達成するために社員がアイデアを出し合って、ブロッコリー以外の作物の試作や、直売所の運営などにも挑戦しています。

本社近くにある直売所「花蕾屋」では安井ファームや近隣農家が栽培した作物が販売されている
「目標達成のため方法は柔軟に、評価はしっかり」でモチベーションを上げる
安井 日々の業務に加え、自分が提案した業務を行うのは楽なことではありません。ありがたいことに、社員それぞれが売上を達成するために通常業務にプラスしてさまざまな挑戦に励んでくれています。
挑戦したいと思うことがあれば内容を聞き、予算的にも問題がなければ自由に挑戦してもらっています。
中には大病を患い農作業ができなくなった社員もいますが、自分にできることはないかと模索し、それまで安井ファームには居なかった広報担当という形で力になってくれています。
売上目標の達成のためにがむしゃらに業務に励めと強制することは、これまでもこれからもありません。現場での業務効率向上のために必要なものは積極的に導入し、社員が目標達成のために起こした行動をしっかり評価する。これを大事にしています。
やっぱり、評価されると仕事に対するモチベーションも上がりますからね。

広報担当が運営する安井ファームの公式Twitterアカウント
出典:有限会社安井ファーム公式Twitter
まだ伸び代がある安井ファームのブロッコリー栽培
まだ足りない「経験値」、まだある「業務効率の改善余地」
ブロッコリー作付け開始から15年以上経った現在のブロッコリー栽培状況について、安井さんは「まだ一流のブロッコリー農家とはいえない」と話します。
安井 作物の栽培技術を得ることができても、長年ブロッコリー栽培を続けてこられた農家の方と比べれば、まだまだ経験値が足りないと感じています。業務効率についてもまだまだ改善の余地が残っています。
ブロッコリーは生育がばらつきやすく、同じほ場であっても一度で収穫が終わるわけではありません。加えて、安井ファームでは自作地以外に期間借地でブロッコリーを栽培しているため、収穫時には大きなコストがかかります。

ブロッコリー収穫の様子
出典:有限会社安井ファームfacebook
どのタイミングでどれだけの収量が見込めるかを把握することができれば、必要なタイミングで必要な人員を配置し、無駄なコストを削減することが可能になります。そのために安井ファームが注目しているのがスマート農業です。
解決のカギはスマート農業。スマート農業の実証プロジェクトに参加
令和2年度より、安井ファームでは石川県農林総合研究センターやヤンマーアグリジャパン株式会社などと共に「水田農業の高収益化を推進するブロッコリー大規模経営スマート化実証プロジェクト」に参加しています。
AIによる収量予測や無人耕運機などを取り入れることで、どの作業にどれだけのリソースを割くべきかを把握でき、コスト削減や業務効率向上にもつながります。

自動運転トラクター
出典:有限会社安井ファーム公式Twitter
収量予測の技術とこれまでの栽培データを活用すれば、収量アップ、秀品率アップを実現することも出来るでしょう。
ブロッコリー栽培の経験値をあげ、スマート農業による効率的なブロッコリー栽培を実現したとき、安井ファームは大きな飛躍を見せてくれるのではないでしょうか。
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福馬ネキ
株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。