家族農業の10年とは? 日本への影響や家族農業のメリット・デメリット
日本では農家の後継者不足を解決するために、農業の大規模化や法人化が国の政策として進みつつあります。農業の効率性や生産性が重視される一方で、国際的には従来の家族による農業の価値も見直されつつあるのです。今回は国連で採択された「家族農業の10年」の概要と、日本の農家に与える影響について解説します。
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日本の農業は従来の家族を主体とした経営形態から、生産効率が高く儲かる農業をめざして大規模化・法人化へと進みつつあります。特に若い農家の中には将来的な経営規模の拡大を検討している方もいらっしゃるでしょう。
しかし、2017年に国連で「家族農業の10年」が採択されたように、世界ではむしろ家族農業の重要性が注目され、小規模な農家をサポートする政策を進めようとする動きがあります。
そこで、この記事では、家族農業の意義やメリット・デメリット、「家族農業の10年」による日本への影響を解説します。
国連で制定された「家族農業の10年」とは?
tampatra / PIXTA(ピクスタ)
世界的に家族農業の意義を見直す動きが出ています。
その象徴ともいえるのが、2017年の国連総会の本会議で2019年から2028年までを「家族農業の10年(UN Decade of Family Farming:UNDFF)」として定めたことです。これに伴い国連加盟国に対して家族農業の知見の共有や施策の推進を求めるよう提案した議案が全会一致で可決されました。
この議案のもととなっているのは、2011年に国連総会で制定された「国際家族農業年(International Year of Family Farming:IYFF)」です。世界の貧困撲滅と安定的な食糧確保に重要な役割を果たす家族農業や小規模農業を守るために、2014年に施行されました。
今回採択された家族農業の10年は、その国際家族農業年が実質的に延長された形となっています。
関連サイト;
国連家族農業の10年 公式サイト「United Nations Decade of Family Farming(英語)」
国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所「国連家族農業の10年」
農林水産省「国連『族農業の10年』(2019-2028)」
家族農業の定義
一般的に、家族農業とは「労働力の半分以上を家族でまかなっている農林漁業」を指します。労働力の調達手法における家族(両親、妻、息子など)の寄与度が基準になるため、耕地面積の大小や法人化の有無は定義上関係ありません。
なお、国連では家族農業と小規模農業はほぼ同義語として把握されており、基本的には「家族農業・小規模農業」として包括的に使用されています。
家族農業・小規模農業と対となる存在が、資本的なつながりで構成された組織として定義される「企業的農業」です。営利目的で従業員を雇ってビジネスを展開する場合は企業的農業、それ以外は家族農業・小規模農業と考えるとわかりやすいでしょう。
農家への影響
YUMIK / PIXTA(ピクスタ)
家族農業・小規模農業推進のため、国連は2019年に「家族農業の強化を実現できる政策環境の構築」「家族農業における男女平等と農村のリーダーシップ促進」などから成る世界行動計画の7つの柱を策定しました。
2020年にはそれぞれの加盟国が「国内行動計画」を作る段階となっていましたが、コロナ禍の影響によって世界中で遅れが生じており、日本も具体的な案はまとまっていません。そのため現状では、国連で決議された内容が直ちに日本の農家へ影響を与える可能性は低いといえます。
ただし、日本ではこれまで効率化のために農業の企業化や大規模化を政府が推奨してきた背景がある中で、今後は家族農業の10年の期限である2028年までの間に、政策の転換がある可能性も考えられます。
家族農業が重視される理由
家族農業は、これまでの日本ではどちらかというと儲からない営農形態として認識される傾向にありました。なぜ、今頃になって国連は家族農業を重視するようになってきたのでしょうか。ここからは国連が家族農業を重視する理由について解説します。
家族農業は世界の農業経営の9割を占める
出典:農林水産省「国連『族農業の10年』(2019-2028)」よりminorasu編集部作成
世界規模で進む自由主義経済の影響もあり、農業はこれまで効率化を求めて大規模化が推進されてきました。大規模で平坦なほ場で一度に作付けや農薬散布、収穫を行えば、作業時間の短縮や生産コストの削減といった効果があります。
しかし、実際には、世界全体の農業は現在でもほとんどが家族で経営されているのです。国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、家族農業が世界全体に占める割合は農業経営体のうち、およそ9割に上り、食糧生産においてもおよそ8割を占めるとされています。
出典:農林水産省「国連『族農業の10年』(2019-2028)」
人口増加による将来的な食糧不足が懸念されている現状では、世界全体の大部分を占める家族農業を守ることこそが、人類が持続可能な社会を作るために大きく貢献すると考えられているのです。
世界の貧困・飢餓人口の8割が農村地域で生活
世界の飢餓人口は増加している。2018年、推計8億2000万人の人々が十分な食料を得ることができなかった。
出典:株式会社PR TIMES(国際連合食糧農業機関(FAO) 駐日連絡事務所 ニュースリリース 2019年7月16日 )
世界では発展途上の国々も多数あり、貧困や飢餓に苦しむ人々の多くが、まずは食の安定を求めて農林水産事業に従事しているといわれています。国連は家族農業を守ることで食料不足に悩んでいたり、失業して働き手がなかったりする人々を救うことをめざしているのです。
また、家族農業においては人手不足になりやすいため、女性も男性と同じぐらい重要な働き手となるケースがよくあります。家族農業は女性なしでは成り立たない側面もあることから、家族農業の推進によって女性の社会的地位向上に貢献することも期待されています。
小規模農家では女性も男性と同じぐらい重要な働き手となる
出典:株式会社PR TIMES(国際連合食糧農業機関(FAO) 駐日連絡事務所 ニュースリリース 2019年10月23日 )
持続可能な開発目標(SDGs)への貢献の期待
家族農業は近年話題となっているSDGs(持続可能な開発目標)とも密接に関係しています。SDGsで掲げられている17の目標のうち、家族農業が貧困撲滅やジェンダー平等、雇用などの目標に関係している点は上述の通りです。
自然と共生して食料を生み出す家族農業は、そのほかにも気候変動やエネルギー、イノベーションなどSDGsの掲げる多くの目標達成に関連しており、持続可能な成長に貢献することが期待されています。
SDGs GOALS
出典:国際連合広報センター
日本における家族農業の現状
農林水産省「2020年農林業センサス」によると、日本国内の農業経営体は約108万です。そのうち、家族経営体は約104万で経営体全体の約96%程度を占めており、日本で農業を営んでいる人々のほとんどはいまだに家族農業を営んでいることがわかります。
出典:農林水産省「農林業センサス 」よりminorasu編集部作成
しかし、日本では経営難や高齢化などによる離農が続いていて、後継者不足から農業経営体全体の数は減少傾向です。中でも家族経営体の割合は減少傾向なのに対して、作業の効率化を図りやすい法人などの組織経営体の割合は増加しています。
出典:農林水産省「農林業センサス 」2005・2010・2015・2020よりminorasu編集部作成
家族農業のメリット
クタ / PIXTA(ピクスタ)
同じ品種を大きいほ場で栽培する大規模経営は生産コスト低減などのスケールメリットを得られますが、そのメリットが少なくなる多品目栽培とは相性があまりよくありません。
家族農業による小規模栽培はコスト面で大規模栽培に勝ることは難しいものの、さまざまな品種を植えても管理しやすいぶん、病害や台風などの自然災害で一度に全滅するようなリスクを減らせる点はメリットです。
また、大規模経営は収量も膨大であるため、流通網の分散が難しくなりますが、小規模な家族農家は付加価値の高い作物を栽培して消費者などの取引先と直接交渉することで、販売価格を高く維持することもめざせます。
そのほかにも、土地生産性やエネルギー効率は大規模経営よりも小規模な経営のほうが高いとする報告もあります。(North Holland社「Handbook of Agricultural Economics vol.4」 Chapter 65 Farm Size などによる)
家族農業のデメリット
tamu1500 / PIXTA(ピクスタ)
家族農業のデメリットとして挙げられるのは、「労働生産性の改善が難しいことによる労働時間の増加」です。
家族農業ではいくら生産性を向上させても、人手の問題から栽培できる面積に限界があります。大規模経営に比べてほ場1つ当たりの耕地面積が小さいこともあって労働生産性は向上しにくく、その結果労働時間が長くなりがちです。
また、家族農業は付加価値を高めやすく作物の売上単価を上げやすいというメリットはありますが、単純な収量では大規模経営を上回るのは難しいでしょう。家族農業の限られた労働力では経営規模の拡大は容易ではないため、機械化などによる生産性向上が成功へのカギとなります。
川村恵司 / PIXTA(ピクスタ)
家族農業は国連で推奨されていますが、コロナ禍などの影響もあり当初の予定通りには進んでいません。
世界的な食料事情や環境問題などを考慮すると、今後も家族農業が重視される可能性はありますが、高齢化による後継者不足が進展する日本では農業の大規模化・法人化が必須であることも確かです。
これから経営拡大をするつもりの方は、家族農業の意義を理解しつつ大規模化を検討していくという方針が基本になるでしょう。
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中原尚樹
4年生大学を卒業後、農業関係の団体職員として11年勤務。主に施設栽培を担当し、果菜類や葉菜類、花き類など、農作物全般に携わった経験を持つ。2016年からは実家の不動産経営を引き継ぐ傍ら、webライターとして活動中。実務経験を活かして不動産に関する記事を中心に執筆。また、ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格も所持しており、税金やライフスタイルといったジャンルの記事も得意にしている。