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農家の後継者不足を逆手に取り、年商4億円を実現したアグリ:サポートの経営拡大術

農家の後継者不足を逆手に取り、年商4億円を実現したアグリ:サポートの経営拡大術
出典 : 写真提供:有限会社アグリ:サポート

農地1ha・年商1,000万円から、農地280ha・年商4億円へと成長した農家がいます。愛知県名古屋市の近郊で、米・野菜農家として大規模経営を行う有限会社アグリ:サポートは、どのような手法で経営拡大を図ったのでしょうか。その秘訣を、3代目である立松 豊大(たてまつ とよひろ)さんに伺いました。

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有限会社アグリ:サポート取締役 立松 豊大(たてまつ とよひろ)さんプロフィール

大手自動車部品メーカー勤務を経て、有限会社アグリ:サポートに入社。現経営者である父の跡を継ぐ3代目として取締役に就任する。水稲・冬野菜・夏野菜を生産する農産事業や、冷凍野菜を加工する加工事業、作業請負や農地整備などを行うオペレーター事業など多角的な農業ビジネスを展開するアグリ:サポートで、次世代につながる新たなビジネスの開拓に取り組んでいる。

GATT ウルグアイ・ラウンドを機に経営方針を転換

海苔の養殖と1haの田んぼで米づくりを行う小規模農家だった立松家が、経営拡大路線へと移行したのは、農家にとって先行き不透明な時代の到来がきっかけだったといいます。

有限会社アグリ:サポート 取締役 立松 豊大(たてまつ とよひろ)さん(以下役職、敬称略) 父の代は、国の減反政策が相次ぐ時代でした。つくりたい米が思うようにつくれないというフラストレーションが高まる中で、とどめとなったのが、1994年のGATTウルグアイ・ラウンドの合意です。

GATT ウルグアイ・ラウンドの合意により、日本は米の輸入を受け入れることになりました。

立松 当時、父は「国にいわれるままになっていては、農家はやがてジリ貧になる」という危機感を持ったそうです。それから間もなく父は、1999年に有限会社アグリ:サポートを設立し、農地拡大・販路開拓・直接取引へと経営の舵を切りました。

取り巻く環境変化を敏感に読み取り、機を逸することなく行動したことが、現在のアグリ:サポートの礎になっていると立松さんは語ります。

外食チェーンや生協などと「播種前契約」を結び、直接出荷している

外食チェーンや生協などと「播種前契約」を結び、直接出荷している
写真提供:有限会社アグリ:サポート

経営拡大を成功させたアグリ:サポートの2つの取り組み

農家が経営拡大するためには、広大な農地の確保と利益を生み出す付加価値の高い作物の栽培がポイントになります。農地が1haしかない農家だったアグリ:サポートは、どのような手法で経営拡大を図ったのでしょうか。

後継者不足に悩む農家の農地を、相場の倍額の賃料で借り受ける

立松 農地確保の手法として父が考えたのは、後継者不足で農業の持続が困難となった農家や地主から、農地を借り受ける方法です。

他所から農地を借り受け農業を行う手法は、以前からありました。しかしアグリ:サポートが実践した農地の借り受けは、従来の方法と大きく異なるといいます。

立松 アグリ:サポートは、地主も大切なステークホルダーと考えています。そのため持続性に配慮した賃借を行っている点が特徴です。

一般的な地主へのキャッシュバックは1,000平方m当たり5,000円、米1俵分が相場といわれています。

しかしその金額では、土地改良に伴う諸経費や固定資産税などのランニングコストを負担する地主が、農地を貸して利益を得るのは難しいのが現実です。

そこでアグリ:サポートでは、地主をビジネスパートナーと捉え、相場の倍、もしくはかなり高めの賃料を支払うことにしました。そうすることで、地主から好意的かつ優先的に農地を借り受けることができ、約20年で1haから280haの農地を運営するほどに拡大したのです。

法人化の際に「アグリ:サポート」という社名をつけたのは「後継者不足などで悩む農家や地主の方をサポートしたい」という思いがあったからと立松さんは語ります。

後継者不足に悩む農家から高い賃料で農地を借り受け、事業を拡大

後継者不足に悩む農家から高い賃料で農地を借り受け、事業を拡大
写真提供:有限会社アグリ:サポート

付加価値の高い「減減栽培」で作物の競争力を高める

アグリ:サポートでは、設立当初から減農薬、減化学肥料による栽培にこだわっています。
減農薬は言うまでもなく食の安全に配慮した取り組みですが、同時に「生産者の健康を守るためでもある」と立松さんはいいます。

立松 約50年くらい前の話になりますが、父が20代の頃、咳が止まらなくなり医者に診てもらったことがありました。診断結果は、農薬が肺に影響を与える農家特有の症状ということでした。当時の農薬は今では考えられないくらい体への影響が強かったのでしょう。

このような状況では、いくら農薬を使って収量を増やしても、生産者自身が健康を害してしまい、農業を持続することはできません。そこから父は、なるべく農薬を用いない農法を模索するようになりました。

アグリ:サポートを設立(1999年)した1年後には有機JAS制度が導入され、社会的にもオーガニックの意識が高まってきた時代です。父はその時代性を見据え、減農薬に減化学肥料をプラスした「減減栽培」という付加価値を加えることで、市場で他の出荷作物との差別化を図ることに成功しました。

アグリ:サポートは、前述のGATT ウルグアイ・ラウンドや農薬による健康への影響など、農家にとっての逆境や社会の変化の中からビジネスの勝機を見いだしています。

逆境をチャンスと捉える広い視野と的確な判断力こそ、アグリ:サポートを年商4億円にまで拡大させた経営の秘訣かもしれません。

エコファーマーの認証を12品目で受けている

エコファーマーの認証を12品目で受けている
写真提供:有限会社アグリ:サポート

大手自動車部品メーカーで培った“改善”意識で業務効率化をめざす

現経営者である父の後を継ぐ3代目・立松さんは、就農前に培ったモノづくりの知見を活かして、事業の効率化を推進したいと語ります。

立松 私は大手自動車部品メーカーでアルミの鋳抜きを担当していました。その会社に通底している精神は“改善”です。

どんなに細かな作業においても常に疑問と批判的精神を持ち、無理・無駄をなくしながら改善を続けることで品質は向上します。そのモノづくりの心は、就農した今も私の中に息づいています。

立松さんは現在「肥料選定」と「品種の絞り込み」という2点の改善に取り組んでいます。

最適な肥料を検証し、肥料の無駄を削減

立松 私が就農して最初に気付いた無駄は、安いという理由で手当たり次第に購入していた多種多様な肥料です。そこで倉庫に陣取っている大量の肥料がどの作物に効くのかを検証し、必要なものと不要なものを選別することから始めました。

立松さんの改善活動を軸に、現在は価格だけで肥料を購入するのではなく、本当に必要な肥料だけを計画的に購入することで経営の効率化を図っています。

食物残さや発酵鶏糞など地力をあげる資材のマニュアスプレッダー散布

食物残さや発酵鶏糞など地力をあげる資材のマニュアスプレッダー散布
写真提供:有限会社アグリ:サポート

売れる品種を絞り込み、効果的な肥料の組み合わせをマニュアル化

立松 近隣の農家やスーパーマーケットでヒアリングを行い、地元の土ではどの品種が育てやすく、どの品種が売れているかを探りました。
そのデータをもとに、作付けする品種の絞り込みを行い、農作業の効率化をめざしました。

さらに立松さんは、いくつもの肥料と品種の相性を調べるために試験的なほ場を設け、約3年をかけて検証を行ったのです。

立松 売れる品種と効果的な肥料の組み合わせを絞り込み、マニュアル化することで農作業の効率化を実現しました。

このマニュアルは、今後新たに社員を採用し、質の高い教育を行う際にも役立つと考えています。

食の価値を高め、持続可能な地域農業をめざす新たな挑戦

立松さんは既存の農業ビジネスの改善だけではなく、農業を通じて食の価値を高めるための新たな取り組みにもチャレンジしています。

その取り組みは、農業の可能性を広げ、持続可能な地域農業へとつながっていきます。

米づくり、炊飯、デリバリーまでを垂直統合する新たなビジネス

アグリ:サポートでは、立松さんを中心として食のバリューチェーンを意識した新たな農業ビジネスを検討しています。

立松 農家が米を売る場合、基本的には玄米を仲卸業者に売るというのが通常の流れです。しかしアグリ:サポートは、米の生産から炊飯、デリバリーまでを垂直統合する新たなビジネスを実現したいと考えています。

それは米を知りつくす農家が、米のブランドごとに最適な炊き分けをして、病院や学校、企業給食の現場にダイレクトに届ける新たな農業ビジネスの構想です。

立松 保存料を加えず新鮮な炊き上がりの状態でデリバリーできますし、中間業者を通さないので価格面でも有利です。またトレーサビリティの観点からも「県内農家が炊いた新鮮なご飯」ということで、安心して食べていただけると思います。

既に、葉菜類については、自社工場で冷凍・加工し、県内の学校給食向けに販売しているそうです。米については現在、アグリ:サポートの敷地内に炊飯工場を建て、物流ネットワークを構築する計画を進めている段階です。

ほうれん草、小松菜、むき枝豆の冷凍加工を自社で行っている

ほうれん草、小松菜、むき枝豆の冷凍加工を自社で行っている
写真提供:有限会社アグリ:サポート

食育に力を注ぎ、食の価値を高める

米の生産から炊飯、デリバリーまでを垂直統合するしくみを考えた理由は、「単にビジネスメリットという観点だけではない」と立松さんは語ります。

立松 「食の価値を高めたい」というのが根底にあります。私が自動車部品メーカーに勤めていたときは、オートメーションで1分間に1個、約1,500円の価値のある製品ができていました。

ところが就農して、1年にわたって時間と労力をかけて出荷したほうれん草が、1袋でわずか100円という現状を目の当たりにして衝撃を受けました。

今は、生産者と消費者の距離が離れすぎていて、野菜1つ、米1粒の栽培にどれほどのノウハウや時間が必要なのかを知らない人が多すぎると感じています。私たちがつくった作物を、価値に見合う価格で買ってもらうためには、消費者と直接つながるしくみづくりや取り組みが必要です。

このような考えから、アグリ:サポートは、子供たちへの食育事業にも取り組んでいます。現在は、地元の小学校3年生を対象とした野菜づくりの授業と、高校3年生を対象とした米づくりの授業を行っています。

立松 互いに汗を流しながら、農業の現状と将来のことを話したり、日本を取り巻く環境や食べ物の問題について考えたりできるような授業を心がけています。その子供たちが次は消費者になって、少しでも食や農業のことに関心を持ってもらえるとうれしいです。

子供や外国の方も参加した田植えイベントの様子

子供や外国の方も参加した田植えイベントの様子
写真提供:有限会社アグリ:サポート

後継者のいない酒蔵を存続させるためのM&A

立松さんは現在、酒造会社のM&Aを計画しています。このM&A戦略には、事業拡大という目的以上に、歴史ある地域企業の事業継承という意義があります。

立松 アグリ:サポートは食用の米だけでなく日本酒用の米も長年つくり続けているため、酒造会社との付き合いもあります。その中で、江戸時代から続く老舗の酒蔵から、『後継者がいないため事業を継承してほしい』という依頼が来ました。

長年お世話になった酒造会社です。江戸時代から続く酒造の文化や技術を、次の世代に継承できないという事態を何とか避けたいと考え、話をお受けしました。

しかし立松さんは、酒造りに関しては素人です。どのような計画で事業継承を進めているのでしょうか?

立松 まず取り組んだのは、日本酒に心酔するほど興味を持っている人材を、アグリ:サポートの社員として雇い、新たな事業部をつくることです。

そして採用した方には酒造会社に出向してもらい、酒造りと経営を継承できるような修行を行ってもらいます。

そして、将来的には酒造会社をアグリ:サポートが吸収・合併し、歴史ある酒蔵文化を継承していきたいと考えているそうです。

もしこのM&Aが実現すれば、米の生産から酒造、デリバリーまでを垂直統合した、新たな日本酒ビジネスが誕生するかもしれません。アグリ:サポートの事業拡大にはさまざまな期待と可能性が秘められています。

愛西市の酒蔵で、アグリ:サポートの酒米が日本酒として生まれ変わる

愛西市の酒蔵で、アグリ:サポートの酒米が日本酒として生まれ変わる
写真提供:有限会社アグリ:サポート

離れた地域の農家との情報交換

新たなチャレンジを行う際に、立松さんが重視しているのが「情報交換の場」です。特に愛知県内にある近隣の農家ではなく、鹿児島県や長野県、茨城県など離れた地域の農家との情報交換を大切にしているそうです。

4Hクラブ(農業青年クラブ)のような地元のコミュニティや勉強会がある中で、あえて立松さんが遠方の農家と情報交換を行う理由を伺いました。

立松 遠方の農家と情報交換を行う理由は、商圏がバッティングしないからです。

地元のコミュニティの場合、互いに競合関係になることもあります。そのため農業ビジネスのことを語り合う勉強会だとしても、なかなか本音の情報が引き出しにくいという印象を持ちました。

現在私が参加しているのは、日本全国の若手生産者が集まって、互いの農場や会社を訪問見学して勉強させていただくコミュニティです。互いに商圏が重ならない関係なので、自身のアイディアや取り組み、今後の農業ビジネスについて本気で語り合うことができます。

立松さんは、農業ビジネスについて語り合う際は「自身の農業ビジネスに、魅力の核を持つことが重要」といいます。

立松 自身のネットワークを広げていくためにも、新たな販路を開拓していくためにも、まずは自らの農業ビジネスに自信を持てるような「魅力の核」をつくることが大切です。

農業へのこだわりやビジネスの将来性など、アピールする要素を明確化することが、今後の農業経営には不可欠だといいます。

大切なのは、アグリを愛し、楽しむこと

最後に、現経営者の跡継ぎとして事業継承するだけでなく、自らも積極的に事業拡大へ乗り出す立松さんに、農業ビジネスを進化させる秘訣を伺いました。

立松 それは何よりもアグリとその文化を愛し、楽しむことだと思います。多くの場合、農業=生活の糧と考えがちです。しかし私は、農業は先人が培ってきた将来への可能性であり、文化であり、まだまだ未開拓な分野だと考えています。

取材をしてみて特に、貸主への配慮によるスムーズな耕作面積の拡大、肥料・農薬・品種の選定による差別化と業務改善、栽培から炊飯した米のデリバリーまで垂直統合したビジネスモデルによる利益率の向上は印象的でした。

農業人口の減少や後継者不足は、農家にとって避けられない大きな課題です。

しかし農業の可能性を信じ、農家自身が農業ビジネスを楽しむことで、アグリ:サポートのように逆境を新たなビジネスチャンスに変えていけるのではないでしょうか。

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松崎博海

松崎博海

2000年より執筆に携わり、2010年からフリーランスのコピーライターとして活動を開始。メーカー・教育・新卒採用・不動産等の分野を中心に、企業や大学の広報ツールの執筆、ブランディングコミュニケーション開発に従事する。宣伝会議協賛企業賞、オレンジページ広告大賞を受賞。

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