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IT業界から菊農家へキャリアチェンジ! サラリーマン経験があるからこそ見える農業の「面白さ」

IT業界から菊農家へキャリアチェンジ! サラリーマン経験があるからこそ見える農業の「面白さ」

菊栽培の「やまファーム」代表 鈴木さんは、大都市でのIT企業勤めから一転、八ヶ岳の麓、長野県茅野市で新規就農しました。経営の基本である「経費を減らし売上を上げる」ことを徹底し収益化に成功しています。コロナ禍で花きの需要がさらに減少する中、鈴木さんの経営手法と花き産業の発展にかける想いを伺いました。

利益を上げるためのもう1つの方法が「売上を上げる」ことです。それには、ほ場拡大による収量向上や収穫効率向上を見据えた多品種栽培、販売単価アップなどの方法が考えられます。

就農後わずか2年でほ場の拡大を実現した鈴木さんが、次にめざしているのは「販売単価アップ」です。しかし、その実現のためには、高いハードルを越える必要があるそうです。

やまファーム代表 鈴木紘平(すずき こうへい)さんプロフィール

やまファーム代表 鈴木紘平さん 鈴木仁美さん

左:鈴木仁美さん 右:やまファーム代表 鈴木紘平さん
画像提供:やまファーム ホームぺージ

愛知県名古屋市から長野県茅野市に移住し、菊農家として就農を決意。茅野市内の花き農家で2年の研修を経て、2019年にやまファームをスタートする。ほ場の拡大やフラワーロス問題を啓発するイベントの開催などに精力的に取り組む。

人生を見直したときに辿り着いたのが「移住」と「農業」

八ヶ岳の麓に位置する茅野市に、鈴木さんが移住したのは2017年のことでした。

やまファーム代表 鈴木紘平さん(以下 役職・敬称略) 茅野市に移住するまでは名古屋のIT企業で働いていました。仕事に不満があったわけではありませんが、身内の不幸を経験したことをきっかけに、自分のこれからの人生について考えるようになりました。

自分のやりたいことを見つめ直し「移住」を決意

鈴木 30代後半の年齢に差しかかり、自分がやりたいことを整理した結果、「自然の中で暮らしたい」「自給自足の生活がしたい」という結論が出ました。

もともと夫婦ともに登山が好きだったことや、奥様との意見が一致したこともあり、鈴木さんは、八ヶ岳を臨む茅野市へ移住することを決めたそうです。

自然が広がる茅野市のやまファーム

自然が広がる茅野市のやまファーム
画像提供:やまファーム Instagram

移住をしても自分のキャリアを大切にしたい

鈴木さんが移住を検討する際に、大きなネックになったのは「収入が下がってしまうこと」でした。

鈴木 移住前に茅野エリアの求人情報も調べましたが、前職と同程度の収入を得られる職場は見つかりませんでした。

転職サービスdodaを運営するパーソルキャリア株式会社が公開する「平均年収ランキング(47都道府県・地方別の年収情報)【最新版】」によると、IT/通信業界の平均年収は、愛知県のある東海地方は403万円、長野県のある北信越は387万円となっています。

出典:パーソルキャリア株式会社「平均年収ランキング(47都道府県・地方別の年収情報)【最新版】」

鈴木 移住に伴って収入が下がると、生活水準を下げなければなりません。それに加えて、収入の低下を受け入れることで、これまで自分が積み上げてきたキャリアを蔑ろにしてしまうように感じたのです。

理想の生活を叶えるために「農業」を選択

鈴木 「自給自足の生活がしたい」という思いと、これまで通り、またはこれまで以上の収入を得ることを両立できる手段として最適だったのが「農業」でした。

新規就農で菊栽培を選んだ理由

茅野市への移住と就農を決めた鈴木さんは、新規就農希望者向けの説明会や現役農家の見学に足を運びます。茅野市で栽培可能な品目は数々ありますが、その中で鈴木さんが選んだのは「菊」でした。

菊は高単価での販売が可能

鈴木 茅野市は菊だけでなく、キャベツやブロッコリーなどの作物も多く栽培されています。しかし、販売単価を考えるといわゆる野菜よりも「花き」のほうが単価が高くなります。

菊栽培には開花時期を調節するための電照設備の導入など、ランニングコストがかかるという側面があります。それを差し引いても利益が出る高い販売単価は、菊栽培の強みだと考えました。

広いほ場でなくても利益を出せる

やまファーム ほ場整備の様子

ほ場整備の様子
画像提供:やまファーム ホームぺージ

多くの新規就農者を悩ませる問題の1つが「ほ場の確保」です。親や親戚などが農家を営んでいるなど、既にコネクションがある場合を除き、新規就農者はほ場となる土地を確保するところから始めることになります。

しかし、狙ったエリアで都合よく広いほ場を確保できるかどうかはわかりません。土地購入にかかる予算もあるため、初めから広いほ場で就農できるとは限らないのです。

鈴木 菊栽培は、ほ場規模が小さくても十分に利益を上げることができます。今でこそ私たちは60aの広さで営農していますが、就農当初は半分ほどの35aからのスタートでした。

農林水産省の「営農類型別経営統計( 野菜作経営、果樹作経営、花き作経営)」によると、花き栽培はほかの作物と比較して、10a当たりの農業所得が高いということがわかっています。

菊の消費は減少傾向でも需要はなくならない

菊に限らず、花き全般の消費動向は減少傾向にあります。特に仏花として消費される菊は、葬儀の多様化や供花の習慣が減ってきた影響もあり、消費量は右肩下がりの状況が続いています。

しかし「冠婚葬祭における菊消費がなくなるわけではない」と鈴木さんは考えています。

鈴木 伝統的な葬儀や仏事に欠かせないのが菊の花です。葬儀の多様化が進んだとはいっても、永く続く伝統が数年で廃れるとは考えられません。

加えて、昨今では和装での婚礼に使われる髪飾りや和ブーケ用の花として、洋菊が注目されています。今後も需要が見込まれる限り、栽培に挑戦する価値はあると判断しました。

「経営者視点」で菊農家の経営に取り組む

就農するに当たって鈴木さんは、行政や自治体の支援を受ける制度を利用しました。それをきっかけに、鈴木さんは、経営者としての視点で農業に取り組むようになったといいます。

事業計画を細部まで考え抜く

行政や自治体が新規就農者を支援する制度を利用するためには「認定就農者」として認可される必要があります。それには就農計画や就農に向けた意見書の提出が求められます。

鈴木 就農計画書や意見書とは、いわゆる事業計画書です。私は農業においても、事業計画が重要であると考えています。

いつまでにどれだけの売上を出すのか、そのためにどれだけの経費が必要になり、利益はどれだけ出るのかなど、「利益=売上-経費」という計算式のもと、計画を細部まで考えることが大切です。

PDCAで事業計画遂行の精度を上げる

利益を上げるためには「経費を下げる」ことと「売上を上げる」ことの2つが欠かせません。鈴木さんはこの2つを実現するために、PDCAサイクルを回しながら、研修期間から現在に至るまで、さまざまな取り組みを行ってきました。

鈴木 マネジメントの考え方に「PDCA」という技法があります。まずはPlan(計画)を細部まで考えることができなければ、その後Do(実行)、Check(検証)、Action(改善)の工程の精度を上げることができません。

「経費を減らす」ために必要な経費を徹底的に洗い出す

営農に必要な経費とは、栽培に関わる費用だけではありません。栽培や出荷作業に伴う備品や人件費、病害虫による被害などに対応するためにかかる費用も含まれます。

やまファーム 出荷作業の様子

出荷作業の様子
画像提供:やまファーム ホームぺージ

農業では想定外の経費が発生する可能性が高い

鈴木 栽培や出荷にかかる経費だけなら、ある程度の予測を立てることができます。しかし、植物を相手にしている以上、イレギュラーはつきものです。

ちょっとした環境条件の変化で収量や品質に影響が出ますし、病害や害虫のリスクもあります。農機など必要な設備が故障してしまうことがあるかもしれません。

ベテラン農家であれば長年積み上げてきた経験や知識によって、イレギュラーに対応する経費も最小限に抑えられるでしょう。しかし、多くの新規就農者の場合、想定外の経費が増えてしまうのです。

イレギュラーを想定した経費算出

鈴木 自然を相手にする農業では、必要な対策を取っていても、絶対問題が起きないとはいえません。そのため、イレギュラーに対応できるだけのバッファを確保しておく必要があるのです。

そこで鈴木さんは、あらゆる経費を洗い出すために、次の3つの情報を明確にしました。

想定されるトラブルの内容とその原因
トラブルを解決するために必要になるコスト
トラブルを未然に回避するために必要な投資

鈴木 これらを詳細にピックアップし、必要経費として想定しておくことで、不測の事態が起きても対応できます。その結果、計画よりも利益が下がる事態が回避できるのです。

農業もビジネスである以上、利益のためには、綿密な計画と冷静な状況判断が不可欠だといえます。

鈴木さんは研修段階から情報収集を始め、緻密な就農計画を作成し、やまファーム始動に備えました。

作業効率向上のために動線や作業時間を把握

作業効率を高め、栽培や出荷にかかる無駄をなくしていくことは、経費削減につながります。

鈴木さんは、作業所内の動線や、各作業の時間と内容を把握し、最も効率的な作業環境を作るために工夫を重ねています。作業時間に関しては、秒単位で細かく把握しているそうです。

鈴木 栽培計画通りに進捗していけば、従業員のシフトを無理に減らすことも、残業させることもなくなります。残業が減れば、人件費だけでなく光熱費も削減できます。

ゆくゆくは作業内容をマニュアル化し、どんな人でも、最も効率的な仕事ができるようにしていきたいですね。

やまファーム 作業時間はストップウォッチで計測し改善を重ねている

作業時間はストップウォッチで計測し改善を重ねている

「売上を上げる」ための地盤固め

利益を上げるためのもう1つの方法が「売上を上げる」ことです。それには、ほ場拡大による収量向上や収穫効率向上を見据えた多品種栽培、販売単価アップなどの方法が考えられます。

就農後わずか2年でほ場の拡大を実現した鈴木さんが、次にめざしているのは「販売単価アップ」です。しかし、その実現のためには、高いハードルを越える必要があるそうです。

自分が価格決定権を握る販路を拓きたい

鈴木 茅野市のエリアで菊農家をするためには、収穫した菊をJAへ全量納入する必要があります。

JAを介して作物を販売することで、農家は販路獲得のために営業する必要がなくなります。同時に手数料の負担や、作況による販売相場の影響を受けることになります。

鈴木 もちろん、就農したての新参者が声を上げても、すぐに体制が変わるとは考えていません。この地域で営農する菊農家として実績を上げ、近隣農家やJAからの信頼を勝ち取ることで、茅野エリアの農業の発展につながる変化を生み出すことができると考えます。

農業経験なしで移住し就農した私にとって、地域の先輩農家から得られる知識や情報はまさに宝です。積極的に人脈を広げることで、有事の際には助け合いができ、お互いの利益の最大化のために手を取り合える関係を築けるよう意識しています。

信頼関係構築は新規就農者に必要な生存戦略

自分が価格決定権を握る販路を拓きたいからこそ、現在は時間をかけて信頼を積み上げ、着実に実績を出していく「地盤固め」を行っているところだと鈴木さんは語ります。

打算的なようにも見えますが、新規就農者が営農を継続していくための重要な生存戦略です。

「農業は、人間関係や利害関係といったしがらみとは無縁だ」というイメージを持って、新規就農する人もいるでしょう。しかし、そのイメージの先行によって、就農後の立ち回りや営農継続が上手くいかず、離農せざるを得ないということも起こり得ます。

鈴木 サラリーマン経験があるからこそ、私は農業でもビジネスマインドを活かした戦略的な立ち回りができました。Uターンでの新規就農を考える人にも、この面白さを知って欲しいですね。

将来を見据えた情報発信

「自分たちで販路を獲得できるように、現状を変えたい」と考える鈴木さんですが、その目的は売上だけではないといいます。

縮小する菊栽培や農業の現状を変えたい

鈴木 「菊栽培は挑戦する価値がある」という考えは変わりません。しかし、国内の菊の需要が減少傾向であること、菊を含めた国内で消費される花きの輸入率が上昇傾向にあること、そして、菊に限らず現役農家が減っていることは事実です。

茅野市の菊栽培だけにフォーカスしたり、自分だけが栽培規模を拡大したりするだけでは、先細りしていく菊農業を支えることはできません。

茅野市の菊栽培や農業全体の未来のためにも、菊栽培や農業自体に興味を持ってもらう「啓蒙活動」が重要だと鈴木さんは語ります。

洋菊を栽培しホームページやSNSで発信

鈴木 現在の売上比率の中で、最も大きな割合を占めるのは和菊です。栽培している中でも洋菊の割合は1割ほどですが、私たちは洋菊の情報も、積極的にホームページやSNSで発信しています。

その理由は、今後の消費者ニーズにあるといいます。

婚礼業界で注目されているのは、主に洋菊と呼ばれる海外から輸入されてきた品種の菊です。日本で古くから栽培されてきた和菊をベースに海外で栽培が始まった品種ですが、その見た目は和菊とは異なります。

鈴木 結婚式や前撮りに、和風のお花を使いたいという声は多く聞きます。しかし、和菊は仏事や葬儀、天皇家の紋章を連想してしまい、婚礼の場では使いにくいという理由から、婚礼業界では洋菊が選ばれています。

今の売上を支えている和菊の情報だけではなく、今後伸びしろのある洋菊の情報を発信することは、菊栽培への注目度を高めることにつながっていくでしょう。

やまファーム 華やかな印象の洋菊

華やかな印象の洋菊
画像提供:やまファーム Instagram

規格外の花を使ったフラワーアレンジメントのイベントを開催

2021年11月、鈴木さんは茅野市民館で、規格外の洋菊を活用したフラワーアレンジメントのイベントを開催しました。

自身が栽培した中で出た規格外の洋菊や、地元農家の栽培する規格外の花きなど、延べ18品種を集め、華道家・大川春雪氏が生けるというアートイベントです。このイベントはInstagramでライブ配信され、全世界に公開されました。

Instagramでのライブ配信動画はこちら

やまファーム「アートのちからでフラワーロス削減」イベントで制作された作品

「アートのちからでフラワーロス削減」イベントで制作された作品
画像提供:やまファーム Instagram

鈴木さんはこのイベントを通して、フラワーロス問題や規格外花きの価値、花き農家の現状について広く知ってほしいという思いを発信しました。

鈴木 イベントを開催することで、華道家の先生やフラワーアレンジメントアーティストだけでなく、一般のお花が好きな消費者にも、私たちの存在や取り組みを伝えることができます。

茅野市内で洋菊を栽培しているのはやまファームだけなので、顧客獲得のためのマーケティング的、ブランディング的なメリットも大いにあります。

将来的には海外へ向けて事業を拡大していきたいという思いもあるので、フラワーロスへの取り組みやSNSでの情報発信に限らず、定期的なフラワーアートイベントの開催を実現していきたいと考えています。

「やまファーム アートのちからでフラワーロス削減」イベントで制作された作品

「アートのちからでフラワーロス削減」イベントで制作された作品
画像提供:やまファーム Facebook

より多くの「関心」が農業の「未来」につながる

鈴木 イベント開催時だけでなく、普段からInstagramで写真の投稿やライブ配信を行い、洋菊の魅力や菊農業について意欲的に発信しています。地方移住と新規就農どちらも成功させた事例として、多くの人に私たちの農業を知っていただきたいと考えています。

1人でも多くの方の関心を得ることができれば、顧客獲得だけではなく、菊栽培や農業自体に興味を持ってくれる人を増やせる可能性が高まります。

鈴木 この先の茅野市の農業や花き農業にとどまらず、広く「農業」について関心を持ってもらうことができれば、農業の未来は明るくなると信じています。

やまファームのSNS

Facebook「YAMAfarm」
Instagram「yamafarmjp」

やまファーム 小中学生の社会科見学や職場体験は、農業に触れるきっかけに

小中学生の社会科見学や職場体験は、農業に触れるきっかけに
画像提供:やまファーム Facebook

価値観の多様化や新型コロナウイルスによる影響で、菊の切り花としての需要は減少し、菊栽培農家は厳しい状況に置かれています。

だからこそ、利益追求のための現実的で緻密な営農と、農業の未来を見据えた挑戦的な取り組み、これらを実行していく推進力が必要とされているのではないでしょうか。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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