【スマート農業実証プロジェクト】過去4年間の採択事例と成果まとめ
深刻な人手不足や担い手の高齢化が課題となっている農業にとって、農作業を飛躍的に省力化・効率化できるスマート技術の重要性は高まる一方です。国も積極的な導入を推進するためにさまざまな対策を打ち出しており、その1つが「スマート農業実証プロジェクト」です。
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スマート農業実証プロジェクトについて、2023年までの4年間の実績と、公募への申請の流れについて解説します。スマート農業の導入によって、具体的にどのような効果が期待できるのかについて、年度ごとに実際に採択された取り組み事例を挙げながら紹介します。
スマート農業とは
gyomepome/ PIXTA(ピクスタ)
「スマート農業」とは、さまざまな先端技術を活用した新たな農業技術のことです。
スマート農業に活用される先端技術には、AI(Artificial Intelligence:人工機能)やICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)、IoT(Internet of Things:モノをインターネットに接続する技術)、ロボットなどがあります。
具体的には、AIによる自動操舵機能のあるトラクタや、センシング技術で得た情報を受信して湿度や温度を自動調整する施設栽培の環境制御システム、ドローンで空撮した画像データを活用した栽培管理システム、収穫用の作業ロボットなどが実用化されています。
国による推進もあり、法人格の大規模経営農家だけでなく、家族経営の小規模な農家にもスマート農業の導入が広がっています。その技術によって、農作業の省力化や精密化、高品質生産を実現した事例も多く、農業が抱えるさまざまな課題解決に活用されています。
また、スマート農業の普及により、初心者でも農業に取り組みやすくなり、新規就農者の確保につながったり、ベテラン農家の持つ栽培技術の継承に役立つといった効果も期待されています。
スマート農業実証プロジェクトの概要
出典:農林水産省「令和4年度補正予算「スマート農業技術の開発・実証・実装プロジェクト」(スマート農業技術の実証)について」よりminorasu編集部作成
農林水産省では、スマート農業をさらに推進するために、2019年度から「スマート農業実証プロジェクト」を実施しています。これは、スマート農業を実証しつつ社会実装の加速をめざす事業で、2023年度までに全国217地区で展開されています。
事業内容は、年度により変わりますが、2023年現在では、開発・改良、実証・実装の2つに分かれています。
開発・改良では、スマート農業技術の開発が必ずしも十分でない品目や分野について、スマート化を加速させるための技術開発を行います。
実証・実装では、実際の生産現場にスマート技術を導入し、先端技術が経営にもたらす効果を明らかにします。そして、実証された成果が、全国の生産者や産地に横展開できるように推進します。
事業の流れは、農林水産省から農研機構に予算が交付され、交付予算をもとに農研機構が主体となり民間団体などに事業を委託します。
毎年、農研機構から開発・実証課題の公募が行われ、厳正な審査を経て採択された課題の研究・実証がスタートしています。採択結果については、農研機構のスマート農業実証プロジェクトのホームページで公表しています。
農研機構「スマート農業実証プロジェクトのホームページ」
過去4年間のスマート農業実証プロジェクト採択事例と成果
sompongtom / PIXTA(ピクスタ)
スマート農業実証プロジェクトの「実証・実装」事業にて、2019年度から2022年度までの4年間で実際に採択された事例とそれぞれの成果について、概要を紹介します。
令和元年度(2019年度)の採択事例と成果
スマート農業実証プロジェクトが始まった2019年度には、全国69の地区で実証課題が採択されしました。課題の区分には、「水田作(大規模・中山間・輸出用米)」「畑作」「露地野菜・花き」「施設園芸」「果樹・茶」「畜産」がありました。
このうち、「水田作」課題の1つである北海道新十津川町白石農園の事例を紹介します。
白石農園は水稲23.13ha、トマト0.37ha、野菜0.05haを営む家族経営農家で、実証課題は「高品質・良食味米生産を目指す家族経営型スマート農業一貫体系の実証」です。
自動運転トラクタや農薬散布・リモートセンシング用ドローン、可変施肥肥料散布機など8つの技術を導入し、以下の目標を達成しました。
1. 水稲春作業を中心に、労働時間を10a当たり7.24時間から5.40時間へと約25%削減
2. ドローンを活用した施肥の効率化・適正化により品質が均一化し、販売額が6%アップ
3. 家族経営型スマート農業の一貫体系である「新十津川モデル」を構築
そのほか、家族経営農業の作業効率化により家族の時間が増えたり、移植作業を大幅に効率化したりするとともに、女性も農業に参画しやすくなりました。
出典:農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和元年度スタート課題の概要 白石農園」
採択一覧は以下でも確認できます。
農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和元年度スタート課題の概要」
令和2年度(2020年度)の採択事例と成果
2020年は、前年と同様の課題に、新たに「ローカル5G」の課題が加わりました。また、実証が進んでいない品目や新たな技術への取組み、棚田の取組み、台風被害等からの復興の取組みが優先採択されました。
採択された農家のうち、有限会社土屋ライスファームほかの事例を紹介します。
土屋ライスファームほかは千葉県東金市で水稲71.2ha、落花生3.0haを営み、このうち落花生3.0haで実証課題「スマート農業技術を活用した落花生生産の機械化~ 一貫体系による大幅な労働工数の削減と品質確保の実証~」に取り組みました。
自動運転トラクタ、海外製落花生ハーベスター、AIを活用した収穫適期判断、天候に左右されない屋内乾燥技術の4つの技術を導入し、以下の目標を達成しました。
1. 作期全体の必要労働工数を10a当たり91.3人時から41.8人時へと約55%削減
2. 工業的乾燥技術の確立により、乾燥の効率を大幅にアップ
3. AIを活用して収穫適期判断技術を確立し、収穫適期の誤差を3日以内とした
このほか、乾燥技術の向上により従来のショ糖値を大きく上回り、落花生の品質が向上するといった効果がありました。
出典:農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和2年度スタート課題の概要 有限会社土屋ライスファームほか」
2020年の採択一覧は以下でも確認できます。
農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和2年度スタート課題の概要」
令和3年度(2021年度)の採択事例と成果
2021年は課題の分類が大幅に変更され、「輸出」「新サービス」「スマート商流」「リモート化」「ローカル5G」「地域農業」の6つに分けられました。そのうち、「リモート化」に取り組む株式会社パブリック・キッチン(兵庫県丹波市)の事例を紹介します。
兵庫県丹波市では、農業・森林向けのGISアプリケーションの開発企業で農業法人も運営する株式会社マプリィをはじめとした複数の法人が、にんにく・玉ねぎ・サツマイモ(甘薯)などの品目で、「丹波地域における有機野菜栽培をリモート化することによる持続可能な営農モデルの実証」をスタートしました。実証面積は2.2haです。
自動草刈りなどの電動ユニットや育苗プランターといったハードウェアの導入と、アクセシビリティ・ユーザビリティを高めるソフトウェアの両面を連携しながら、栽培管理のリモート化を実証しています。
初年度では、有機作物の安定的な生産に向けたスマート技術の導入により、以下の目標を達成しました。
・カボチャの栽培管理時間が1haあたり年間14時間から9時間に5時間(35%)削減し、収量は1haあたり286kgから412kgへ44%増加
・除草作業が1haあたり年間15時間から12.5時間へ2.5時間(17%)削減
・地域の地形データ取得から3D地形図作成等までのコストが約300万円から約20万円へ96%削減(災害被害想定額の低減)
出典:農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和3年度スタート課題の概要 有限会社ワタミファーム丹波農場ほか」
2021年の採択一覧は以下でも確認できます。
農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和3年度スタート課題の概要」
令和4年度(2022年度)の採択事例と成果
2022年は「水田作」「畑作」「露地野菜・花き」「施設園芸」「果樹・茶」「畜産」「ローカル5G」に分類し、各課題の実証に取り組んでいます。
その中から、長崎県東彼杵町で茶を栽培する長崎そのぎ茶萌香園、株式会社FORTHEESなどの事例を紹介します。実証面積は411haです。
この事例では、長崎県央農業協同組合と農業法人長崎そのぎ茶萌香園、株式会社FORTHEESなどの地元の企業、長崎県の農林技術開発センターなどを構成員として、「生産から出荷までのデータ共有によるスマート茶業と茶園管理省力機械のシェアリング」をテーマに実証に取り組んでいます。
具体的には、以下のような目標のもと取り組みを進めています。
・中山間地のほ場にもリモコン中切機や自律式リモコン草刈機を導入して、労働時間を大幅に削減
・空撮画像を利用した生育予測や営農管理システムとのデータ連携
・クワシロカイガラムシを効率的に防除することで、10a当たり2,700円の減収抑制
・降霜予測による被害を回避し、10a当たり4,300円の減収抑制
こうした取り組みを通して、中山間地域における作業の軽労化や、茶業経営の見える化などを実現し、魅力ある茶業を次世代につなぐことをめざしています。
出典:農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和4年度スタート課題の概要 長崎そのぎ茶萌香園、株式会社FORTHEES 」
2022年の採択一覧は以下でも確認できます。
農研機構「スマート農業実証プロジェクト 令和4年度スタート課題の概要」
スマート農業実証プロジェクトの公募から採択までの流れ
fusa6/ PIXTA(ピクスタ)
最後に、2023年度実施された公募の情報を参考として、公募から採択までの大まかな流れを解説します。
出典:農研機構「「戦略的スマート農業技術の実証・実装」の公募について」
事業概要の発表と公募の開始
毎年、その年の課題に合わせたテーマが設定され、農研機構が実施主体となってテーマに沿った公募が行われます。
例えば、2023年の公募では、「戦略的スマート農業技術の実証・実装」をテーマに、スマート農業技術の導入によって、農業資材や労働力の海外依存を削減すること、また自給率の低い作物の生産性を向上することなどを実証します。
公募対象は、テーマごとに条件が設定されます。
一例を挙げると、「海外依存度の高い農業資材の削減」に公募する場合は、肥料・農薬・動力光熱源・飼料など海外依存度の高い農業資材を基本10%以上削減すること、及び収量や品質、収益など生産性を維持または向上させること、という条件が設定されます。
なお、2023年の公募期間は1月4日~2月13日 正午でした。
要領に沿った応募と必要資料の提出
公募に応募する場合は、設定されたテーマに対する企画・計画書などを、その年度に提示された方式に沿って提出します。応募方法・必要資料は年度や公募によって異なり、毎年、詳細な公募要領が提示されます。
応募する対象の公募要項をホームページなどで必ず確認してから応募しましょう。公募開始から締切までの期間は年によって異なりますが、1ヵ月程度です。
書類審査や応募者への質問
応募後は、採択のため書類審査や応募者への質問が行われ、応募内容が公募要件に適合しているか、書類の不備がないかなどが確認されます。
審査は、農研機構が委託した外部機関が委嘱した外部専門家と農水省の担当課によって行われます。直近の公募である「戦略的スマート農業技術の実証・実装」の審査では、設定目標、技術及び取組み内容の適格性、計画の妥当性、実施体制、波及性などが評価されました。
採択結果の公表
採択結果公表までの審査は、1ヵ月程度かかる傾向にあります。採択結果は、提案者に通知されるとともに、委託予定先となる提案者名がホームページ上に公表されます。
スマート農業実証プロジェクトは、スマート農業に対し、具体的な目標や計画性を持って意欲的に取り組むためのプロジェクトです。個人経営でも複数の企業による取組みでも活用できるので、公募要領を確認し、積極的に応募してみましょう。
ホームページで各実証地区の「現場の声」なども公表しているため、応募前に参考にしてください。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。