生産性は前職の3分の1…儲からない農業を脱却し、コストを抑えて収量13%増を実現した方法とは
会社を設立して経営者となるも、生産性向上に課題を感じた中野さん。データを駆使して農業経営を見える化し、アナログとデジタルの双方から改善に取り組んだ結果、肥料コストを抑えつつ、収量13%増を実現しています。今回は、中野さんが考える時代に合った農業経営と「儲かる農業」の極意をお伺いしました。
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目次
株式会社中野農場|中野 昭人(なかの あきと)さんプロフィール
中野農場の代表取締役・中野昭人さん。大きなモニターは従業員との情報共有に活用している
撮影:minorasu編集部
前の会社を57歳で早期退職後、実家の農業を継ぐかたちで株式会社中野農場を設立。その後、ご子息も中野農場に加わり、設立から8期目を迎えた現在(2023年)、ほ場15haに対して繁忙期は計8名の人手を投入するまでに規模を拡大。
15haでは主に水稲を栽培しながら、その内20aでは特産品の日置スイカ、キャベツ、白菜を栽培している。
データを取得・分析して農業経営を見える化し、アナログとデジタルの双方から(付加価値)労働生産性の改善策を考えて取り組む。
スマート農業の導入では、山口県長門農林水産事務所やBASFジャパン株式会社との協力体制を築くことで、収量アップや業務効率の改善に成功している。
収益を増やすために徹底して考える“付加価値労働生産性”
中野さんは、収益を増やすためには、労働生産性を高める必要があるといいます。就農して感じた課題と「儲かる農業」の骨格となる考え方を紐解きます。
━━━就農の経緯についてお聞かせください。
57歳で以前の会社を早期退職し、親の後を引き継いで会社を設立しました。法人化した初年度から赤字というわけにはいきませんから、役員報酬を抑え、私が経営者となって会社をスタートさせたんです。
しかし、初めての確定申告で、前職での給料3ヵ月分が就農した直後の9ヵ月分より多かったことに気がついて驚きました。単純に生産性が3分の1以下なのかな、と。生産性が低いということは労力を減らすしかなく、新たな労働者は雇えません。それでは、若い人たちにも事業を継承できない。
そこで、生産性を上げるためには「規模を広げていかなければ」と思いました。もっと面積を増やし、少人数で管理できるようにする必要があると。
しかし、ここで気を付けなければならないのは、儲からないからといって安易に作付面積を増やすことです。面積を増やしたところで管理しきれず、収益が上がらないからまた面積を増やす……という悪循環になるのは目に見えています。
そのためには、儲かる農業のしくみづくりが必要で、どうしたらいいのかを考えていました。
━━━規模拡大に向けた「儲かる農業のしくみ」はどのように考えていったのですか?
儲かるしくみをつくるためには「労働生産性」を考えることが重要だと思います。私は、どのような方法で労働生産性が計算されるのかを調べました。
例えば、付加価値労働生産性はこのような計算式で算出されます。
付加価値労働生産性 = 付加価値(売上-原価) ÷ 労働投入量
分母(労働投入量)を少なくすれば生産性は上がります。しかし、実情を考えると労働人数を減らすのは難しい。だから、必然的に分子(売上-原価)の部分にも着目します。
原価を小さくするためには、当然、肥料や農薬コストを抑えるといった努力は必要になります。けれど、抑えるばかりでは気持ち的にも厳しくなるので、売上を伸ばす方法も考えます。
方法は大きく分けて3つあると思っています。
- 作付面積を広げる
- 作付面積あたりの収量を増やす
- 販売単価を上げる
労働生産性を向上するには、この3つに対しても、どう取り組むかを考えなければなりません。
━━━労働生産性の向上に向けて、どのように取り組みを進めたのですか。
労働生産性を高める取り組みについては普段からいろいろと考えていますが、スマート農業をメインとして考えた方法には次のようなものがあります。
- 付加価値を上げる取り組み
- 栽培管理支援システムによる売上増
- 特別栽培米による化学肥料・農薬の原価削減
- 労働投入量削減の取り組み
- 密苗・直進アシスト田植機の導入
- 水位センサー導入による水管理の省力化
- 栽培管理支援システムによる作業計画、生育管理の省力化
ここで注意すべきは、スマート農業の導入を目的にしないことです。そのためには、スマート農業が労働生産性の計算式のどこに作用するのかを考えます。
私の場合、スマート農業をなぜ導入するかというと、やはり繁忙期をうまく乗り切りたいからです。うまく乗り切ることができれば、作付面積を広げられるかどうかの判断ができます。
当社の繁忙期は4月下旬~7月上旬です。田植えの後、生育の状況を見ながら肥料を撒き、草刈りもしなければなりません。そこで、年間の農作業を月ごと・品目別に洗い出し、アナログで対応できるところとスマート農業(デジタル)に頼るところを振り分けました。
集約型の労働が必要になる繁忙期に手厚く「ひと・もの・かね」を投入してボトルネックをクリアできれば、作付面積の拡大も現実味を帯びますし、労働環境の改善にもつながるのではという理論です。
結局、何か1つの方法で一朝一夕に労働生産性を向上することはできません。日々の作業をきちんと分析すれば、アナログで解決できる部分もあると思います。重たい物を運ぶのに搬送コンベアを設置してもいいし、もっと簡単な装置でも荷重を軽減する方法はあります。
アナログで解決しつつ、必要に応じてスマート農業を導入して業務を改善する。こうした取り組みを継続することで、結果的に労働生産性は上がるのではないかと、こんなふうに考えているんです。
労働生産性の向上をめざして「チーム中野」を設立
スマート農業システムなどの最新技術を取り入れることで「儲かる農業」のしくみづくりに成功している中野さん。成功できた要因として、山口県長門農林水産事務所やBASFジャパン株式会社など、専門家による協力も大きいといいます。
━━━労働生産性の改善策に向けて、スマート農業の導入は進みましたか?
直進アシスト田植機や収量センサー付きコンバインなどの農機に加え、水位センサーや栽培管理システムの導入まで進みました。
中野農場におけるスマート農業の導入事例
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
直進アシスト田植え機は、使用苗箱数を大幅に減少できる密苗栽培と組み合わせ、作業効率化を図るために導入しました。
水位センサーは、事務所から水口まで車で往復すると30分かかっていたので、いちいち足を運ばなくてもほ場水位を確認できるように3台設置しています。
収量センサー付きコンバインは、今本格運用を計画しているところです。
栽培管理システムは、安くてすぐに利用できる「ザルビオ」を選びました。人工衛星のデータを使った栽培管理の効率化や施肥設計の改善が狙いでした。
ザルビオの広告には“収量15%アップ”の文字がありました。これに踊らされたわけではないのですが、儲かるしくみづくりを早急に進めていかなければならないと思い導入を決めました。実際に使ってみるとしっかり効果が出ています。
━━━スマート農業の導入など、儲かるしくみづくりがうまく進んだ要因はなんでしょうか?
協力体制を築けたことが大きかったと思います。
私は就農して今年8年目ですが、農業経営者としてはまだひよっこです。作物栽培は基本1年周期なのでPDCAサイクルが1年に1回しか回らず、なかなか知識と経験を積むことができません。10年経った頃には引退しているかもしれないですよね。
だから、さまざまな人の知見を借りてスマート農業に取り組む必要がありました。
ただ、知見を借りるにしても、なんらかのデータを用意して具体的にいつ・何が・どのように難しいのかを説明できないといけません。
また、スマート農業にしても、導入すれば即効果が出るわけではなく、専門的なアドバイスをもらったり、わからないことは積極的に聞いたりする姿勢が必要です。
そこで、知見の豊富な農林水産事務所や、ザルビオ導入に当たってはBASFジャパンにも協力をいただき、よいところは取り入れるようにしてきました。
ザルビオ導入の話が出たとき、農林水産事務所が最初から「一緒にやりましょう」と言ってくれたことは、私にとって非常に幸運でした。農林水産事務所はうちのほ場で定点調査をされているので、調査データとザルビオのデータをうまく組み合わせることができたのです。
こうして皆さんの助言と支援を受けながら、労働生産性向上のためのスマート農業を本格的にスタートさせました。
ほ場環境の「見える化」で栽培管理を改善
中野農場事務所のモニターに映るザルビオのほ場マップ
撮影:minorasu編集部
協力体制を築くことで、スマート農業をスムーズに導入してきた中野さん。その中の1つであるザルビオについて高い効果を実感しているそうです。具体的な活用事例を伺いました。
生育マップで追肥の時期を判断
まずこれが肝だと思いますが、ザルビオは過去の栽培履歴もほ場ごとに蓄積されるので、シーズンの振り返りができます。そこで私は、生育マップのデータを使い追肥の改善を図りました。
例えば、最高分げつ期や幼穂形成期などのポイントとなる生育ステージで、生育状況が見える生育マップの画像を出力し、収量が悪かった2021年と2022年を徹底的に比較しました。
2021年と2022年の各生育ステージにおける葉面積指数の比較
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
すると、2022年は猛暑などの影響で最高分けつ期や幼穂形成期における葉面積指数が、2021年に比べて低いことがわかったんです。特に幼穂形成期の葉色は明らかに薄くなっていました。
2021年(令和3年)と2022年(令和4年)の幼穂形成期における葉面積指数の比較。2022年は葉色が薄い
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
2022年は穂肥を2回行ったものの籾数の確保ができず、また、葉色が悪いことを農林水産事務所に相談し、これは肥料設計に問題があると仮説を立てました。
ただ、肥料コストは上げたくないので、穂肥を1回減らし、根が活着する分げつ期に分げつ肥を散布するのが、籾を充実させるためにもベストだと判断しました。
水稲品種ごとの施肥設計の変更内容
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
その結果、葉色は過去平均よりも濃く推移して、一穂籾数、平米当たりの籾数が多くなり収量も増えています。コストを上げずに、収量が増えたよい例かなと思います。
2022年(令和4年)と2023年(令和5年)の幼穂形成期における葉面積指数の比較。分げつ肥により2023年は葉色が濃く推移している
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
地力マップ・生育マップを使って手撒きで可変施肥
コストの削減は農家にとって喫緊の課題です。特に、価格の高騰が続いている化学肥料はダイヤモンドを撒くような感覚で散布すべきだと思います。
私の場合、エクセルを使ってほ場ごとに基肥、追肥の量をきっちり管理しています。さらに、肥料コストを抑えるために、手撒きの可変施肥を行っています。
エクセルによる施肥量の管理と地力マップ・生育マップの活用
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
基肥では、地力マップを見て、地力ムラに合わせて肥料を撒き、過分な施肥を防いでいます。また、追肥(分げつ肥)では、生育マップを見て生育が悪い場所にだけピンポイントで追肥するようにしています。
その結果、クレーターのようになっている地力ムラが激しい農地でも収量を確保できるようになったのがうれしいですね。
作付面積を拡大すればするほど、肥培管理は大切になります。10a当たりだと1,000円程度しか変わらないとしても、100haなら100万円の違いです。
多少面倒でも、施肥量の調整には秤を使用することをおすすめします。施肥量をきっちり計算して、必要な量だけを購入して無駄な在庫は抱えないことが大切ですね。
生育ステージ予測と病害防除アラートで稼働は最小限に
ある日、定点調査をされている農林水産事務所から「いもち病が出ている」と連絡をいただいたんです。生育マップを見ると、生育の弱い部分を示す赤いところが不自然に出ている。現場にいくと、やはりいもち病が発症していました。
それからは、病害防除アラートが出たらすぐにほ場に行って対処するようにしました。病害は早期に発見しないと、蔓延してからでは手遅れですから。
当社は60枚のほ場がありますから、これをすべて見回りすると半日から1日がかりです。病害防除アラートのおかげで病害発症のリスクを抑えつつ、ほ場の見回り時間も短縮できました。定点調査で病害を発見できたのはラッキーでしたね。
全体収量は2桁増達成、前年比反収20%アップの作付品目も
ザルビオ導入から2年が経ち、定点調査のデータも踏まえながら徐々に使い方をマスターした中野さん。「儲かる農業」は収量にどう反映されたのか、成果をお聞きしました。
━━━「チーム中野」でスマート農業に取り組んで2年。さまざまな手ごたえがあったようですが、収量はどう変わりましたか?
正しい使い方を理解して成果が出ましたね。特に水稲に関していうと、2023年は全体収量が前年比13%増です。食味についても全項目で評価を上げることができました。
スマート農業の導入で2023年は飛躍的な収量増を実現
出典:株式会社中野農場「中野農場におけるスマート農業の取り組みと今後の展開方向(農業DX推進に向けた生産者研修会 2024年1月18日)」
中でもコシヒカリは、反収7.3俵だったのが8.7俵にアップで19%増。あきだわらは反収7.9俵が9.5俵になり20%増を達成しました。
作況指数は上がっていないので、天候要因ではなさそうです。また、草刈りを頑張りましたが、それだけで収量が1俵増えるとは考えにくい。
「ザルビオ」でデータを、「チーム中野」で知見を集めて、高い化学肥料を有効に使うべく施肥設計をきちんと立てたことが功を奏していると思います。今後はさらなる効率化と収量増を目指して、ドローンによる肥料散布も検討しています。
大切なのはマネジメント力――現場主義からの脱出が必要
モニターを見ながらザルビオを操作する中野さん
撮影:minorasu編集部
スマート農業を取り入れ「儲かる農業」を徹底的に実践する中野さん。持続可能な農業に向けて、今の農業経営者に必要なことをお伺いしました。
━━━スマート農業を始めてみた今だからこその感想はいかがですか?
やはり、収量が上がらないからといって作付面積をやみくもに広げるのは悪手であり、あらためて収益管理は大切だなと思います。
まず10ha当たりにかかる生産コストを徹底的に分析し、それをベースにして15ha、20ha……と応用していく。栽培している面積で確実に利益が出るようにしなければ、100haに広げたところで仕方がありません。
いかにデータを収集して活用していくか、これはもう時代の流れです。あらゆるデータを駆使するためにはスマート農業は不可欠で、私にはザルビオが適していたのだと思います。
━━━スマート農業に感じている価値はどのような部分ですか。
今の時代、農業経営は労働生産性向上に加えて先読みが必要です。例えば、ザルビオなら、先を見越した予測を立てられるのが大きなメリットです。
近年は温暖化の影響で出穂期が平年より3~4日早くなります。となると、生育期間に撒く肥料のタイミングもズレますよね。肥料の散布期間はけっこうピンポイントで、ただ生育が早まったり雨で遅れたりもするから、あまり余裕がありません。
生育ステージ予測では、60枚のほ場の状況をすべて可視化し、天気まで予測して、いつ・何をすれば効率的なのかを教えてくれます。このように、事前に生育状況がわかり、効率的な作業スケジュールを立てられるというのは大きな武器になります。
あと、ザルビオは2年分のほ場データの分析ができます。それらは必ず保存し、常に良かった点と比較分析しながら日々の農業に活かすことができます。収集したデータを組織としてどう使いこなしていくかが重要なポイントだと思います。
━━━儲かる農業経営の成功は、力業で収量を増やすだけではうまくいかないということですね。
そう思います。農業経営者(リーダー)が作業服を着て、一緒にほ場に出る時代は終わりました。組織が大きければ大きいほど、リーダーは儲けるための戦略を考えるべきだと思います。
農家は、今でも親が子供に教えながら営農しているところがたくさんあり、ある意味特殊な業界です。安定した経営ができず、事業継承が進まない農家も多いと聞きます。
私が今いる山口県では高齢化が進んでいます。農家も一般企業と同じで、収益構造と労働環境を見直し、若い世代に引き継いでいかなければ、日本の農業に未来はありませんよね。
こうした問題をすべてスマート農業で解決できるとは思いませんが、少なくとも経営者と従業員の目線合わせには使いやすいのではないでしょうか。
農家の中には、毎日ほ場を見回って「あそこの肥料が足りない」とやる方もいますが、そこに地力マップを見せて「ここの地力が低い」と説明すれば腑に落ちる点もあると思うんですよね。
異常気象、資材の値上がり、高齢化の影響と、先が見えない時代だからこそ農業経営の「見える化」が重要だと思います。農業の効率化のためにあらゆる手法を使って、安定した「儲かる農業」のしくみづくりを続けていきたいですね。
労働生産性の向上を目指して、データで農業経営を「見える化」している中野さん。チームで知見を集めることでデータを存分に活用して、改善ポイントを見極めた上でアナログとデジタルの双方から改善に取り組んでいます。
ザルビオの導入はあくまで解決策の1つとのことですが、活用の幅は広がっており、栽培管理の効率化や収量アップを実現していました。
中野さんは、経営者として「儲かる農業」にとことんこだわり、農業を魅力的な仕事にすることが日本の未来につながると考えて、さらなる経営改善に取り組むようです。
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宮澤聖子
出版社で商業誌の編集を経験後、広告業界へ転身。編集者としての実績を活かし、エディトリアル案件を中心に社内報・会社案内等のインナーツールをはじめ会報誌、PR誌などの制作をトータルに手掛ける。その後に勤務した制作会社ではオフィス統括Mgとして全国規模の販促を経験。2014年からフリーランスとして独立。制作の上流工程となる企画立案からディレクション業務、編集構成、取材・執筆まで守備範囲が広く、紙・Web・映像と様々な分野で活動中。好きなものは一人旅と、絵をみること。