ケイ酸の効果とは? 肥料による土壌改善で気象災害に負けない水稲栽培を
水稲は生育に多くのケイ酸を必要とするため「ケイ酸作物」と呼ばれています。近年では全国のほ場でケイ酸が不足しているといわれていますが、倒伏を防ぎ十分に登熟させるためには欠かせない物質です。この記事では、ケイ酸肥料の特徴・種類や効果的な施用方法を紹介します。
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ケイ酸肥料を水田へ施用することは土壌改善に大きな効果を発揮し、収量の増加や食味の向上にもつながります。まずは、ケイ酸とはどのような物質かを解説します。
ケイ酸とは?
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ケイ酸(Si)とは、ケイ素・酸素・水素の化合物の総称です。自然界では単体として存在せず、オルトケイ酸(H4SiO4)やメタケイ酸(H2SiO3)・メタ二ケイ酸(H2Si2O5)などの形で存在しています。
ケイ素自体は地球上では酸素に次いで2番目に多い元素で、地殻重量の約25%を占めています。土壌内の粘土鉱物も、ケイ酸が基本構造となっています。
農業分野で「ケイ酸」と呼ぶ場合は、主に二酸化ケイ素(SiO2)をさしています。植物の生育に必須の元素ではありませんが、植物の環境耐性を高めて生育を促進する作用が多くの実験で明らかにされています。また、土壌に溶け出しているケイ酸は、可溶化され、植物に吸収されやすい形態になっています。
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ケイ酸が水稲の収量と品質にもたらす効果
水稲にケイ酸を吸収させることで葉や茎が丈夫になり、光合成の効率が高まります。病害虫への抵抗力も高まるため、収量・食味の向上にも効果的です。
ケイ酸が水稲の収量と品質にどのような効果をもたらすかについて、以下で解説します。
光合成の促進により強い稲が育つ
Flatpit / PIXTA(ピクスタ)
水稲に十分なケイ酸が供給されると光合成が促進され、強い水稲が育ちます。
ケイ酸が植物内に吸収されると葉の細胞の表面に蓄積され、ケイ化細胞という形でコーティングされます。葉の表皮組織の外側を形成するクチクラ層の下にケイ酸が集積し、固いシリカ層と細胞膜の間隙を満たすシリカセルロース膜が形成されて葉の厚みが増します。
その結果、葉が直立して太陽光を取り込む面積が増え、しかも葉同士が重なりにくくなるため光合成の効率が高まるのです。
葉の表面のケイ酸がレンズの役目を果たし、太陽光が水稲の広い範囲に行き渡る効果も期待できます。水分の無駄な蒸散が抑えられ、葉の気孔が大きく開いて十分な二酸化炭素を取り込めることも、光合成の促進に効果を発揮します。
光合成が促進されることで葉や茎も丈夫になり、風害に強くなるのも特徴です。細胞自体が固くなるため、病原菌の侵入や害虫による食害を物理的に防ぐことができます。いもち病やごま葉枯病などへの抵抗力を高めるだけでなく、徒長も防げるのです。
さらに、根にも酸素が行き渡りやすくなり、土壌からより多くの養分・水分を吸収でき水稲の生長につながります。
収量が増える
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ケイ酸の吸収量によって、収量にも変化が生じます。
ケイ化細胞によって葉や茎が丈夫になると、水稲の倒伏被害のリスクが軽減され収量増加につながります。
一方、病害虫などの影響で茎の強度が落ちた状態だと、強風や大雨が原因で倒伏が発生する可能性が高まります。下葉や茎に十分な日光が当たらずに徒長した場合も同様です。
水稲にケイ酸が十分に吸収されていれば茎の強度が向上し、倒伏を防げます。カメムシなどの害虫による食害で茎の強度が弱まる状況も防ぐことができます。
水稲の穎花数も、ケイ酸の吸収度合いによって増減します。ケイ酸の吸収が不十分だと、穎花分化期に多くの穎花が退化してしまい、その結果、一穂籾数も減って収量に影響を及ぼします。
しかし、十分にケイ酸が吸収されると穎花の退化を防げるだけでなく、一穂籾数を増やして効率的な生産を目指せるのです。
また、土壌に含まれるケイ酸の量が多いほど水稲の完全粒比率が高くなり、千粒重も重くなり食味も向上します。登熟期が高温になった年でも葉から水分の蒸散が適切に行われ、品質の低下も避けられます。
食味が良くなる
クライム / PIXTA(ピクスタ)
十分にケイ酸を吸収して育った稲では光合成が活発に行われ、米粒にもデンプンを多く蓄えられます。その結果、タンパク質の含有量が減って食味が向上するのです。タンパク質の含有量が多いと米の吸水が阻害され、炊飯後に硬さが増すだけでなく粘りがなくなり食味が低下します。
また、出穂後20日間の平均気温が28℃以上になると発生しやすくなる背白米・基白米では、籾へデンプンが十分に行き渡らないため、やはり食味が低下します。タンパク質の含有量を減らそうと施肥を抑制した場合も、窒素不足による品質低下を招くので注意が必要です。
適切な施肥とケイ酸の補給が、良好な食味の米作りにつながるのです。
▼「食味スコアを高める方法」は以下の記事をご覧ください
全国の水田でケイ酸不足が深刻化
水稲の健全な生長と収量・食味の向上に効果的なケイ酸ですが、近年では全国の水田でケイ酸不足が深刻化しています。
古いデータですが、山形県立農業試験場(現在の山形県農業総合研究センター)によると、山形県内の農業用水のケイ酸濃度は1956年当時で平均19.7ppmでしたが、1996年に行った調査では平均9.8ppmまで低下したと報告されています。
出典:日本土壌肥料学雑誌69巻6号「山形県における農業用水のケイ酸濃度」
また、農林水産省の「農地土壌環境の変化(平成31年3月)」では、稲わらのすき込み量は増加傾向にあるものの、ケイ酸カルシウム肥料の施用は年々減少していると報告されています。
ケイ酸が不足すると病害虫や倒伏のリスクが高まるだけでなく、籾へデンプンが十分に行き渡らず食味にも影響します。土壌の状態を分析しながら、ケイ酸を積極的に補給することが大切です。
ケイ酸補給は、収穫後の稲わらを土壌にすき込んだり、ケイ酸質肥料を散布したりして行います。
ただし、農家の労力がかかり、土壌の状況などによってケイ酸肥料の施用効果が顕著に表れない事例もみられるので、土壌の状態の分析を行って判断しましょう。
ケイ酸肥料を用いた土作り|基肥・追肥別の施肥目安
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ケイ酸肥料は、基肥と一緒に追肥分を施肥しても濃度障害が発生しません。しかし、ケイ酸の全吸収量の約90%が幼形期以降に吸収されるため、出穂後40日前後の時点で追肥を施肥するのが一般的です。
基肥の施用量は10a当たり40~60kgが目安で、耕起前に全面散布します。作土深15cm以上を確保すると、根域が拡大すると同時に天候の影響を受けにくくなり、田植え後の生育が安定します。
春施用・秋施用どちらでも、耐倒伏性や千粒重などの品質はほぼ変わりません。収穫後に稲わらや籾がらをすき込むと、土中の有機物が増えるだけでなく保水力も高まります。マンガンや鉄分といった微量要素を含む土作り資材の併用も、水稲の品質向上に効果を発揮します。
また、追肥は中干し前から中干し開始頃までの間に、10a当たり30~40kgを目安に施用すると効果的です。地表面に沿って張っているうわ根から、ケイ酸が効率的に吸収されます。ケイ酸肥料は水に溶けず、根酸や土壌中の酸に溶ける性質なので、施用後も通常の水管理で問題ありません。
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ケイ酸肥料の種類と上手な使い方
ケイ酸肥料にはいくつか種類があります。
ケイ酸加里肥料
ケイ酸加里肥料は、火力発電所で石炭を燃やしたときに発生する灰に水酸化カリウムやマグネシウム源を混ぜて焼成して製造される肥料です。
pHは10前後のアルカリ性で、水に溶けにくく2%クエン酸に溶ける性質(く溶性)を持っています。根が肥料と接触すると緩やかに溶け出し、根から効率よく作物に吸収されるのが特徴です。
ケイ酸加里肥料は硫酸イオンや塩素イオンを含まないため、土壌の酸性化は引き起こさず、濃度障害も発生しません。流亡も少ないので環境への安全性も高いといえます。
水稲以外でも緩効性の加里肥料としても用いられており、作物の品質向上に効果を発揮しています。また、水分の蒸散を抑制する効果もあるため収穫後の日持ちも良く、商品としての価値も高まるのもケイ酸加里肥料のメリットです。
販売されているケイ酸加里肥料は粒状で「珪酸加里」「シリポエース」などの名称で販売されています。カリウムやマグネシウム・ホウ素が含まれている商品も多く出回っています。
水稲ではケイ酸・カリウムを供給するために基肥・追肥両方で用いられます。基肥として10a当たり40~60kg、追肥として30~40kgを施用します。また、畑作の場合は基肥として10a当たり40~80kgを施用します。
畑作ではカリウム肥料としても活用されますが、ジャガイモ(馬鈴薯)への施用は禁忌です。
参考:
セントラルグリーン株式会社「珪酸加里」
関東電工株式会社「シリポエース」
ケイ酸カルシウム(ケイカル)
ケイ酸カルシウムは「ケイカル」という名称で流通しており、砂状タイプと粒状タイプがあります。ケイ酸だけでなく石灰も含まれており、土壌pHをアルカリ性寄りに矯正可能です。マグネシウムやマンガン・鉄・ホウ素といった微量要素も含んでいます。
基肥として使用され、水稲の場合は田植えの2週間前までに10a当たり120~200kgを施用します。畑作の場合は10a当たり140~200kgを施用します。
肥料の価格が安いため、近年では集団での機械散布を推進する営農団体も増えています。
ケイ酸マグネシウム(ケイ酸苦土)
ケイ酸マグネシウムは、葉緑素を構成するマグネシウムを含んでおり、肥料の水溶性が高いため施肥効果が高いのが特徴です。水稲はもちろん、果樹・野菜の栽培などで幅広く施用されています。
粒状の「マインマグ」シリーズが代表的な商品として知られています。水稲の育苗段階からも使用可能で、育苗箱1箱当たり50g、基肥では10a当たり30~45kg、追肥では10a当たり15~30kgをそれぞれ施用します。
畑作の場合は作物によって施用時期や量が異なります。
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シリカゲル肥料
シリカゲル肥料は可溶性ケイ酸を90%以上含んでおり「スーパーイネルギー」「イネ頑丈」などの名称で販売されています。
pH4.0~6.0の弱酸性で水溶性が高いため、主に育苗期に施用されます。苗のケイ酸吸収量が高まるだけでなく、定植後のほ場への定着がスムーズです。
育苗箱1箱当たり150~500gを、床土に十分混合します。畑作では、果菜・葉菜類の栽培にも用いられます。
参考:
JA全農:本会取り扱い肥料等SDS>富士シリシア化学株式会社「スーパーイネルギー(シリカゲル肥料)」
セントラルグリーン株式会社「イネ頑丈」
ようりん
ようりん(熔成リン肥)は粒状・砂状の2タイプで、水稲だけでなく麦・野菜・果樹など幅広く施用されています。
く溶性のケイ酸・マグネシウムを多く含み、稲わらや籾がらなどの有機物の分解も促進されるため、地力の向上にも効果を発揮します。
40~50%前後のアルカリ分も含んでおり、石灰施用よりも穏やかに土壌pHを調整することが可能です。
水稲の場合は収穫後または代掻き前に、10a当たり40~80kgを施用します。
もみ殻くん炭
もみ殻くん炭は、籾がらを蒸し焼きにして炭化させた資材で、土壌のケイ酸補給だけでなく保水性・通気性の向上にも効果的です。pH8~10のアルカリ性で、マンガンや鉄・カリウムなどが含まれているため土壌改善にも活用可能です。
土作りの際に、10a当たり700~1,200ℓを土壌に混和します。
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ケイ酸は水稲の健全な生育だけでなく、収量の増加や食味の向上にも効果を発揮します。
土壌や農業用水にもケイ酸は含まれていますが、水稲の生育には多量のケイ酸が必要となるため、ケイ酸肥料を積極的に活用した土作りが大切です。
肥料の種類によって効果の表れ方が異なるほか、ケイ酸の補給に加えて土壌酸度の矯正ができる肥料もあるため、使用上の注意を十分に確認したうえで、ほ場に合った肥料を選ぶようにしましょう。
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舟根大
医療・福祉業界を中心に「人を大切にする人事・労務サポート」を幅広く提供する社会保険労務士。起業・経営・6次産業化をはじめ、執筆分野は多岐にわたる。座右の銘は「道なき道を切り拓く」。