異常気象で難しい作業適期の見極め。水稲農家の悩みを解決し、1等米栽培を実現した秘訣とは?
静岡県の藤枝市で水稲を栽培する田森さんは、データを活用することで、一人で10haものほ場を管理しています。また、高品質な米作りにこだわりを持ち、令和5年JAおおいがわ美米(うまい)グランプリでは金賞を受賞しています。今回は、田森さんに、中規模ほ場で高品質な米を栽培する方法を伺いました。
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目次
田森 喜治(たもり きよし)さんプロフィール
元々、自動車整備の業界で会社員をしながら、実家が所有していた30aほどの農地で兼業農家として農業に従事。近隣から徐々に農地を任せられるようになり、2020年、ほ場が2haまで拡大したタイミングで専業農家となる。
その後、企業参入やコロナウイルスの影響を受けながらも、データを活用した効率的な栽培管理で農地を拡大し、2024年には作付面積が10haに到達。
また、農地を拡大しながらも高品質な米にこだわりを持っており、2023年のJAおおいがわ美米(うまい)グランプリでは最高金賞を受賞。猛暑の影響を受けながらも、高い1等米比率を維持し続けている。
栽培管理の効率化。データを活用したほ場管理の方法とは
静岡県 藤枝市にある田森さんのほ場の様子
画像提供:田森喜治さん
一般に、経営規模が大きくなれば従業員数を増やす必要があります。10haのほ場規模では、時期にもよりますが2名以上の従業員は欲しいところ。10haのほ場を一人で管理する田森さんに管理のコツを伺いました。
エクセルを活用してほ場情報や栽培計画を一元管理
━━━田森さんは10haのほ場を管理されていますが、従業員の方はいらっしゃるのでしょうか?
普段はほぼ一人で全ての作業をしています。田植えと稲刈りの時期だけ、家族に手伝ってもらっていますが、それ以外は一人です。
実は専業農家に切り替えた時に規模を拡大するつもりだったのですが、ちょうど同じ時期に他からネギ会社が地元に進出してきて、そちらの農地確保で農地流動性の停止措置がとられ自宅近くに農地を確保できませんでした。
それで自宅から離れた場所に農地を持つことになったのですが、結果として広い土地を確保できて、集約化もできたので一人でやれている状況です。
━━━農地が集約化されているとはいえ、10haのほ場を一人で管理するのは大変ではないでしょうか?
まだ専業になって5年目で大規模な設備なども揃っていないものですから、やはり大変です。
それでも、農地の集約化が進んだのと、データと機械での効率化を進めてきましたので、田んぼをやって欲しいいう人が増えてきて10haまで拡大できました。
━━━データや機械での効率化はどのように行っていますか?
データの部分では、主に栽培管理システム「ザルビオ」や営農管理システム「Z-GIS」を利用しています。
Z-GISとザルビオの連携で作業計画をエクセルで一元管理している
画像提供:田森喜治さん
ザルビオの生育ステージ予測では、ほ場ごとの品種と田植え時期を指定すると、出穂、防除、刈り取りの時期を予測してくれます。日付単位で予測してくれるので、田植えを始める前からほ場や品種ごとの作業計画を立てることができます。
Z-GISは、ほ場や品種、作業計画をエクセルで管理するために使います。エクセルの方が営農暦を一元管理できて使い勝手が良いと感じているので、ザルビオのデータをZ-GISに同期しています。
また、機械の部分では、田植機(6条)やトラクタはGPS付きで直進アシスト機能があり、コンバイン(4条)は大きめのものを使っています。
ヤンマーの直進アシスト機能付きトラクター
画像提供:田森喜治さん
トラクタに関しては、田植え前の基肥散布に特別栽培でペレット堆肥を使っていて、その散布と耕転を一緒に作業する部分がネックでしたが、作業精度の上がる直進アシストが効率化につながっていますね。
生育状況の見える化でほ場の見回りを効率化
━━━データを活用することで事前に作業計画を立てているのですね。そのほかにも効率化している作業はありますか?
ザルビオの生育マップを使うことで、生育の悪い場所に早く手を打てるようになっています。
私の場合、約50枚のほ場をほぼ一人で管理しているので、全てのほ場で中まで入って回ることは難しいです。
生育マップでは、ほ場ごと、あるいは、ほ場内の生育状況まで見えるので、問題のある箇所をピンポイントで見つけられるようになりました。
━━━ほ場に入らずとも生育状況が見えるのは便利ですね。見回りの回数は減りましたか?
以前より生育状況の変化に気が付けるようになったことを考えると、見回りの回数自体は減っていないかもしれません。ただ、生育状況の変化を確認してから見回るようにはなりました。
今までは自分で10haをぐるぐる回っていましたが、生育マップを見ることによって「あれ、ここなんかおかしいな」って思うところをちょこっと回る感じです。なので、見回り回数が減るというよりは、同じ手数をかけるとしたら、効率的に手を打てるようになったと思います。
最近だと、生育マップで水稲の生育が取り返しのつかない状態まで悪化するのを防げたことがありました。7月頃に生育マップを見ると、一部のほ場で生育不良が起きていました。
生育不良が発生したほ場の生育マップの変化。7月21日頃から水不足で上部中央付近の生育が悪化している
画像提供:田森喜治さん
ほ場の高低差が原因だったので、急いで水位の見直しと追肥で復活させることができましたが、生育マップがなければ気がつかなかったと思います。
田森さんは、Z-GISやザルビオを導入することで、作業計画の作成や栽培管理を効率化し、結果として、一人で10haのほ場を管理できているようです。また、生育マップは、見回りの効率化だけでなく、収量減や品質低下のリスク低減にもつながることがわかりました。
猛暑でも1等米を栽培!リスク回避にもつながる作業適期の見極め方
田森さんは、効率化だけでなく、高品質な米の栽培にも力を入れています。2023年は猛暑の影響を受けながらも、全てのうるち米を1等米で通しました。刈り取りや追肥のタイミングはどのように判断しているのでしょうか。
高品質な米を栽培する刈取適期の見極め方
水稲品種「にじのきらめき」の刈り取り
画像提供:田森喜治さん
━━━異常気象の影響で作業適期の見極めが難しくなっていますが、刈取適期はどのように判断しているのですか?
正直、今年(2023年)は猛暑の影響で刈取適期の判断が非常に難しかったです。
いつもは帯緑色籾歩合から刈取適期を判断できるのですが、今年は刈取時期が近づいたときには籾が全部黄色くなっていました。穂軸には微かに緑色が残ってて、葉っぱはまだ緑色の状態。
「これっていつ刈ればいいの」って思いましたね。そろそろ刈り取れるかなと思って手で稲穂を剥いてみても、中はまだ登熟していないので刈り取れない状態が続きました。
刈取り時期の判断に迷い、ほ場に入って手動水分計でほ場で籾の水分量を測って、籾水分と米の状態を見ながら収穫を進めていったのですが、刈取適期はザルビオの生育ステージ予測とほぼ合致していました。
その結果、うるち米は全て1等、酒米は特等に近い1等で出すことができました。
私と同じ地区では、米が胴割れを起こしたり、登熟不良で水分が高いまま刈ってしまった農家が多かったようで、中には1等米どころではなく3等から規格外になってしまった方もいらっしゃいました。
ザルビオの刈取予測は早いと言われていましたが、信じて本当によかったと思っています。
生育状況を踏まえた追肥のタイミングや量の判断
生育マップで確認した生育ムラを元に追肥を行う
画像提供:田森喜治さん
━━━猛暑の影響で刈取適期の判断が難しかったとのことですが、そのほかの影響はなかったのでしょうか?
(基肥)一発肥料が早く抜けてしまったことがありました。一発肥料の成分は温度に依存して溶け出るため、猛暑の中で早く溶けてしまったのですね。
どの農家も葉の色が薄くなっていたので、異変には気づいていたと思います。そこで必要な追肥をしたのか、何となく秋を迎えてしまったのかで米の品質に大きな差が生まれたと思います。
━━━田森さんは追肥を行ったことで品質を保てたのですね。追肥のタイミングや量はどのように判断したのでしょうか?
ザルビオの生育マップで判断しました。葉色が悪くなっている部分が見えたので、そこに合わせて追肥(穂肥)する形でした。
生育マップを見て、水稲が綺麗に成長していれば最終的にこれだけ取れるんだなって分かるし、生育が悪ければ対策を打つようにしています。
あと、生育ステージ予測を使うと正確な出穂の時期がわかるので、そこに合わせて穂肥をすることもあります。「何日に出穂期になりますよ」と教えてくれるので、そこから逆算して穂肥の時期が判断できます。一応、幼穂長の長さも測定しています。
穂肥の量は葉っぱの色を見て判断しています。
━━━生育マップと生育ステージ予測が追肥の判断に役立ったのですね。品質向上以外にも効果は見られましたか?
収量アップにもつながりました。収量は、今年は昨年と比較して5%アップ、ザルビオを使い始めてからの3年間では20%ほど増えています。
食味にはまだ余裕があるので、来年は施肥量を見極めながら特別栽培米の収量を増やしていきたいと思います。
2023年は多くの農家が猛暑の影響を受けたようです。しかし、田森さんは、生育状況を自分の目とデータで確認することで、1等米の確保や収量アップを実現しています。ザルビオの生育情報は、異常気象の中でも適期判断の確実性を高めてくれるようです。
バランスが大切。収益アップにつながる品種選定や肥培管理
田森さんが高品質な米の栽培できるのは、品種選定や肥培管理でも工夫しているためだそうです。そこで、収量を落とさずにおいしい米を栽培する方法を伺ってみました。
収量と食味のバランス、そして、需要を踏まえた品種選定
頭を垂れた稲穂。反収は10俵近くに及ぶ
画像提供:田森喜治さん
━━━田森さんは、周りの生産者に比べて水稲の栽培品種が多いように感じます。品種はどのような基準で選んでいるのでしょうか?
収量と食味のバランスが良く、高温耐性のある品種を選んでいます。
基本的に、収量を取ろうとして肥料を増やすと食味が落ちてしまいます。収量と食味を両立することは簡単ではありませんが、収量と食味を両立できるラインを見極めた上で品種を選定していきます。
例えば、「歓喜の風」や「にこまる」は、収量を取ろうとして肥料を増やし過ぎると食味が落ちることがわかってきました。今年はこれらの品種で収量を確保しながら食味もあげられる新しい試みをしてみようと思います。
一方、「にじのきらめき」は収量を増やしてもそこまで食味が落ちません。引き続き栽培して、収量と食味を両立できる施肥量を見極めていくつもりです。
━━━「にじのきらめき」は肥料を増やしても食味が落ちにくく、高温耐性もあるのですね。優秀な品種だと思うのですが、それでも他の品種を育てているのはなぜですか?
リスク回避のためです。そのほかにも、作期をずらすためや、顧客の要望に合わせるために複数品種を栽培しています。規模を増やすには需要のある品種を選定することも大切です。
例えば、今年はにじのきらめきを試験的に栽培したのですが、売り場で好評だと聞いているので、来年はもう少し栽培量を増やす予定です。
あとは酒米の栽培にも力を入れていきたいです。酒米が余り気味だと聞いていましたが、地元の酒屋さんは賑わってきているので、いずれ需要が回復するのではと思っています。来年は、収量が取れる酒米「令和誉富士」で特等を目指しつつ、栽培面積を1haほど増やすつもりです。
品種ごとの最適な施肥量を見極めることも大切
━━━施肥量によっても収量と食味のバランスが変わるとありました。施肥量はどのように見極めているのでしょうか?
私の経験では、収量と食味のバランスを考える上で8俵が目安になります。多くの品種では、8俵を超えると急激に食味が落ちる可能性が高いです。
例えば、にじのきらめきは、肥料を増やしても食味が落ちにくい品種ですが、収量で8.4俵(くず米を含まない)までいくと、食味が思ったように上がりませんでした。
収量と食味のバランスは品種によっても違うので、品種に合わせて施肥することが大切です。
ちなみに今年は米の品種「新之助」や「ふふふ」の1等米比率が高かったそうですが、これらの品種は追肥の時期や量がマニュアル化されていて、それに合わせて施肥量を調整されていたのがよかったのだと思います。
ただ、異常気象の場合は必ずしもマニュアル通りの施肥量が適しているとは限りません。漫然とせず、生育状況に応じた肥培管理を実践することは必要だと思いますね。
適期判断に加えて、収量と食味の両立をめざした品種選定、そして、最適な施肥量の見極めが、猛暑の中でも1等米を確保している理由のようです。現状に満足しない姿勢にも驚きました。
データ活用でGAP認証取得やJ-クレジット活用を目指す!
DJI T30。空中散布を効率化
画像提供:田森喜治さん
入念な品種選定と徹底した肥培管理を行い、高品質な米を作っている田森さん。今後の展望を伺いました。
━━━来年以降の栽培で重視したいポイントがあれば教えてください。
データを活用してもっと効率的に管理していきたいと考えています。作業適期の見極めや防除対策には、必ずザルビオを併用しながら管理していきます。
そのほか、地力マップを活用すれば基肥の可変施肥もできますよね。可変施肥に対応した農機は持っていませんが、データはあるので、あとは機械にどれだけ投資できるかですね。品質向上に繋がってくれるのならば積極的に活用したいです。
━━━ほかに検討していることはありますか?
J-クレジットへの登録を検討しようと考えています。
中干しの期間を延ばすとメタンの発生量を抑制できるので、J-クレジット制度を活用しながら過剰分げつを抑えられます。生育ステージ予測を使えば分げつ期の茎数目安までわかるので、中干しタイミングの見極めに活用していきたいです。
ザルビオの生育ステージ予測。分げつ期の茎数までわかる
画像提供:田森喜治さん
あとは、GAP認証の取得も考えています。県の職員さんが来た時に、ザルビオとZ-GISの栽培履歴を見せると、「取得するのが1番難しいデータまで揃っているからもうできちゃうね」と言っていただけました。
J-クレジットやGAP認証は販路拡大にもつなげられると思うので、JAおおいがわ美米(うまい)グランプリの最高金賞と併せてアピールしていきたいですね。
営農・栽培管理システムを活用して、適切な品種選定と効率的な肥培管理を実現している田森さん。とはいえ、異変があれば足を運んで実際に確認したり、手動の水分計で適期を判断したりするなど、高品質な米の栽培に対する熱意を感じました。
2024年は、昨年と同様、エルニーニョ現象により暑さが厳しくなる可能性があります。それ以降も、地球温暖化による異常気象の頻発が十分に考えられます。不安定な気候が続く中でも、「判断の精度を上げて高品質な米を確実に栽培」していくために、スマート農業の重要性が高まっているのかもしれません。
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宇佐美匠也
高等専門学校を卒業後、国立大学の農学部に編入。化学・農学を専攻し、食の安全について学ぶ。学生時代には、十勝で2年にわたり農場でのアルバイトを経験。農作業の手伝いを通じて農業のリアルを知る。現在はライター・編集者として、主に食や農業分野の記事制作に携わる。AI開発会社やDXコンサルファームのWebメディア制作に携わった経験から、農業DXにも詳しい。