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【農福連携】障がい者が「農家の戦力」となり、地域農業を支えるまで~前編:農福連携事業化への挑戦
出典 : カゴメ農園応援サイト 特定非営利活動法人どりーむ・わーくす 理事長 水尻宏明さん
  • 農業経営

【農福連携】障がい者が「農家の戦力」となり、地域農業を支えるまで~前編:農福連携事業化への挑戦

農家の人手不足問題と、福祉における障がい者の就労先開拓という大きな2つの課題を融合させる「農福連携」が注目されています。北海道余市町を拠点に、農業経営と障がい者の就労支援事業を両立されている水尻さんの活動を通して「農福連携」のあり方とその大切さを紐解きます。

前編では、「特定非営利活動法人どりーむ・わーくす(以下「どりーむ・わーくす」の表記に略)」の理事長 水尻宏明さんに、農福連携と農業経営の両立までの挑戦と道のりをお聞きします。

水尻宏明さんプロフィール

特定非営利活動法人どりーむ・わーくす 理事長 水尻宏明(みずしりひろあき)さん

北海道・余市町出身58歳。小樽商科大学を卒業後、株式会社リクルートに入社。21年間務めたのち退職し、個人事業主として独立、クリエイティブディレクターとして活動。

2011年に就農し、翌2012年、実家のぶどう農家を引き継ぐ。
2016年には、「農福連携」を通した障がい者の自立支援をめざし「特定非営利活動法人 どりーむ・わーくす」を設立。

家業の農家を経営しながら、農福連携コーディネーターとして、行政・教育機関などと連携した活動を展開。農福連携を北海道内各地に広げるべく、コーディネート事業とコーディネーター養成を後押しする組織「れんけい」の理事も務める。

「農福連携」とは?

水尻さんへのインタビューを紹介する前に、「農福連携」とは何かを述べておきましょう。

「農福連携」とは、農林水産省が厚生労働省とともに進める農業と福祉の連携で、高齢化・担い手不足という農業の課題、障がい者の就労や社会参画という福祉の課題を融合して解決するための政策です。

『農福連携とは、障がい者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組みです。農福連携に取り組むことで、障がい者等の就労や生きがいづくりの場を生み出すだけでなく、担い手不足や高齢化が進む農業分野において、新たな働き手の確保につながる可能性もあります。』
出典:農林水産省ホームページより「農福連携の推進」

農福連携の起点はご子息の障がいと実家

トラクターに乗るどりーむ・わーくす 理事長 水尻宏明さん

農福連携の起点はご子息と実家の農業の持続
出典:どりーむ・わーくすホームページ

水尻さんが農福連携に取り組む起点となったのは、ご子息の障がいと、水稲とぶどうの栽培を手がける実家のご両親が次第に年を取られていくことでした。まさに、福祉の課題と農業の課題が、ご自身の家族の課題と重なっていたのです。

ご子息のこと

特定非営利活動法人どりーむ・わーくす 理事長 水尻宏明さん(以下役職・敬称略)

長男が3歳のときに、知的障がいがある自閉症と診断されました。

長男は現在28歳ですが、診断されてから常に考え続けたのは、「自分がいなくなったあとも、経済的に自立して暮らしていけるか」ということでした。

まったく違う分野であるクリエイティブディレクターの仕事から、北海道の実家で農業に携わるという決断も、その延長線上にありました。

実家の農業の持続と農福連携の事業化を探る

2011年、家族を札幌市内に残し、49歳で新規就農。水尻さんは、父親から農業技術を学びながら、農福連携での事業化の道を探り始めました。

水尻 農家の息子だからといって、すぐさま農業ができるわけではありません。まずは、父親につきっきりで、農業のイロハから学んでいきました。

ところが、就農から1年強で、父・母ともに体調を悪くし、教わる立場から、自分が経営者になることになりました。その頃に、親が営んでいたぶどうと水稲だけでは、農福連携を成り立たせるのは難しいかもしれないと感じていました。

最初は、ぶどうと水稲をベースにした農福連携を考えましたが、父や周りの農家の人に教わって日々の作業内容がわかるにつれて、そのことが明確になっていきました。

作業ステップを細分化し、障がい者ができるかの評価分析をしてみると、水稲は機械化が進んでいて障がい者にお願いする人的作業が少ない、ぶどう栽培は判断を必要とする作業が多く、時期によっては障がい者ができることが少なかったのです。

新たな作物の導入が必要だと考え始めていました。

加工用トマトの実験栽培でつかんだ「同一労働・同一賃金」

その当時、「地域農業改良普及センター」から持ち込まれた加工用トマトの実験栽培が、農業経営の持続と農福連携を実現する大きな契機となりました。

水尻 ちょうどその頃、加工用トマトの実験栽培に協力してほしいというお話を「地域農業改良普及センター」からいただきました。

実験栽培は、120坪程度(約4a)でした。翌年300坪程度(約10a)での導入をすすめられましたが、その規模では農福連携の事業化の判断はできません。トラブルが発生しても力業でなんとかなってしまう。

知的障がいのある子供たちが作業をしたら実際にどのくらいの生産性を出せるのか?農福連携で事業化を見込めるのか?その判断を1年でするために、あえてすすめられた4倍の1,200坪(約40a)で取り組むことにしました。

面積から見積もった平均的収量は26t程度ですが、実際に収穫できたのはわずか3tでした。経営的には失敗という結果ですが、この1年のトライアルで知的障がいのある人たちに適した作物であると判断できました。

トマトの収穫作業を例にとりましょう。

トマトの収穫作業の時間当たりの重量は、経験のあるパートの方だと1時間に60~70kgほどです。一方、知的障がいを持つ子供たちは1時間に20〜35kg程度です。

そこで、時給ではなく、結果としての重量当たりの単価に着目しました。パートの方の平均的な時給を1kg当たりに換算し、これを1kg当たり工賃として設定します。

例えば、1kg当たり工賃を12円に設定すれば、パートの方にとってはその時の北海道の最低賃金を上回る時給になりますし、障がい者にとっては厚生労働省が発表している就労継続支援B型事業所の平均工賃(時給換算)よりずっと高くなります。作業を委託する農家側にとっても、1kg当たり収穫にかかるコストは同一ですから経営として成り立ちます。

この数字をつかめたことが、トライアル栽培の最大の成果でしたね。

どりーむ・わーくす 加工用トマトの定植風景

加工用トマトの定植や収穫などの人による作業が農福連携の礎となった
出典:どりーむ・わーくすホームページ

高級トマトジュース用品種の栽培で「障がい者の戦力化」を実証

この当時、水尻さんはもう1つ別の加工用トマトの実験栽培も請け負っていました。カゴメ株式会社(以下カゴメ)が10年の歳月をかけ開発した高級トマトジュース用のオリジナル品種「爽果(さやか)」です。

カゴメはこの時、道内4ヵ所で実験栽培を行いましたが、質・量ともに水尻さんの農園が最もよい成績で、「爽果」の栽培は水尻さんの農園が担うことになりました。

試行錯誤の末の事業化

水尻 農福連携の実現を考えていた私にとっては、農作業だけではなく、ジュースなどの加工品まで通して手掛けられる作物は、大きなチャンスでした。梱包や封入作業などといった作業がさらに必要になり、農閑期に障がい者ができる作業を確保できます。

実験栽培の時は、カゴメさんに栽培費用のかわりに栽培指導をお願いし、自分でも研究し工夫しました。この時のカゴメさんの協力と我々の努力が実り、実験栽培の年から3年かけて契約栽培に移行できました。

何より、障がい者が「農家のお手伝い」としてではなく、「農家の戦力」となったことを実証できたというのが大きな成果です。

「爽果」で作られた「北海道余市トマトジュース」

「爽果」で作られた「北海道余市トマトジュース」
出典:どりーむ・わーくすホームページ

農福連携を地域農業の持続につなげていく

カゴメの農園応援プロジェクトの1つとしてメディアに掲載されたこともあり、周囲の農家の農福連携に対する見方も変化していきました。

水尻 私の畑に多くの障がい者の方が集まり、農作業をしている様子を遠巻きに見ていた周囲の農家の方にも、「できるんだ」という空気が生まれてきました。そのうえ、カゴメというブランドが関わっている仕事であることもJAなどからの話で伝わっていくようになり、周囲の見方も変わっていきましたね。

2017年からは、近くの農地を借りて加工用トマトの栽培を始め、障がい者の働く場所を増やしながら、地域の農業の持続にも取り組んでいます。

水尻 今は、私が小さい頃から知っている農家の方がまだ現役で頑張っています。でも今後はどうでしょう。彼らが高齢化していくにつれ営農の継続が困難になり、遊休農地が増えていくのは目に見えています。しかし、遊休農地は更地にして賃貸にしても、余市の場合300坪(約10a)で1万円程度です。

もし、私に農地のまま貸していただければ、障がい者に工賃を払い、利益を確保したうえで、農地の貸し手の農家にもっとお支払いすることができます。

加工用トマトでいえば、300坪当たり30万円の売上を見込めますから、障がいを持つ方々に工賃を支払っても、粗利を15万円見込めます。例えば、その半分を農地の出し手の農家に賃料として支払えば、賃料は地域の相場よりずっと高くなります。

農福連携を通じて、農家も農地を農地として維持しながら、お金が入るしくみを作ることができ、持続可能な地域農業を目指すことができるのです。

どりーむ・わーくすの取り組み、農福連携コーディネーターとしての活動など、ここで紹介したのはごく一部です。興味を持たれた方は、ぜひホームページなどで詳細をご確認ください。
どりーむ・わーくすホームページはこちら

【後編に続く】「モデル事業の確立」

西山俊哉

西山俊哉

株式会社リクルートにて情報誌編集長などの勤務を経て、カメラマン・ライターとして独立。雑誌インタビュー記事、企業や学校法人の広報ツールなどの制作を中心に活動。現在、株式会社トツマルボックスを設立し、代表取締役。人物インタビューやドキュメンタリーの取材・撮影に携わる。

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