施設園芸農業とは?「儲かる農業」実現のために知っておくべきポイント
施設園芸農業はスマート農業との相性がよく日本農業の生産性向上への貢献が期待されています。この記事では施設園芸農業の現状をひもときながら、「儲かる農業」を実践するためのポイントを解説します。
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目次
今、施設園芸農業で注目されているのが、複数の装置や設備をICTでコントロールする「複合環境制御装置」です。施設園芸農業は、スマート農業に最も近い農業形態の1つと言えるかもしれません。
この記事では日本の施設園芸農業の現状と、環境制御装置の自動化によって「儲かる農業」を実現するためのポイントや制度について解説します。
施設園芸農業とは?
施設園芸農業の定義
りんごりんご / PIXTA(ピクスタ)
「施設園芸農業」とは、ガラス室やビニールハウスを利用して野菜などの園芸作物(野菜類・花き・果樹)を栽培することで、天候や外気温の影響を減らして比較的安定した生産ができる農業形態の1つです。
いわゆる雨よけ施設やパイプハウスと呼ばれるものから、天窓やカーテンの開閉を自動でできるもの、ボイラーなどの加温設備があるもの、炭酸ガス発生装置や溶液栽培施設など高度な環境制御装置を備えるもの、さらにセンサーで計測されたデータを基に複数の機器を組み合わせて環境制御を行うことができる「複合環境制御装置」を備えたものまで、施設の形態はさまざまです。
施設の設置実面積は減少している
農林水産省の資料によると、2018年のガラス室及びハウス(注)の設置実面積は4万2,164haでした。栽培作目では野菜が73%を占めています。
(注)ガラス室及びハウスの設置実面積には、雨よけ施設を含む。
出典:農林水産省「園芸用施設の設置等の状況(H30)」よりminorasu編集部作成
長期の推移をみると1975年の約2.25万haから1999年の約5.35万haまで増え続けていますが、その後は継続して減少しています。
また、2000年に約22.6万戸あった施設園芸農業を営む農家数は、2015年には約16.8万戸と大幅に減少しているのに対し、農家1戸当たりの施設実面積は約20aと変化していません。
施設園芸農業を営む農家数が高齢化に伴って減少しているのに、大規模化が進んでいないため施設の設置実面積が減少しているのです。
出典:農林水産省「施設園芸をめぐる情勢(2020年5月)」
高度な環境制御装置のある施設はまだ少ない
2018年の施設設置実面積 4万2,164haについて、設備や装置の導入状況をみると、加温設備を備えたものは約4割ありますが、養液栽培施設・炭酸ガス発生装置・複合環境制御装置など高度な設備を備えたものは数%で導入が進んでいないのが現状です。
出典:農林水産省「園芸用施設の設置等の状況(H30)」よりminorasu編集部作成
施設園芸農業で栽培されている主な作物と生産量に占めるシェア
施設園芸農業の施設設置実面積の約7割を野菜が占めていますが、作物の種類は多岐にわたります。
最も人気が高く、施設栽培延べ面積が広い作物はトマトで、6,974haです。トマトの生産量シェアの78%を占めています。
次いで栽培延べ面積が広いのはほうれん草で、6,140ha栽培されています。ただし、ほうれん草は露地栽培が多いので、生産量シェアは30%にとどまります。
また、代表的な施設園芸作物ともいえるイチゴの栽培延べ面積は3,697haで、生産量シェアは83%です。
きゅうりは3,343haで、生産量シェアは60%です。きゅうりも露地栽培が多いため、生産量シェアは低めです。
出典:農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」2020年5月
野菜を栽培する新規就農者のおよそ3割が選ぶ「施設園芸農業」
日本の2018年の農業産出額 9兆558億円のうち、園芸作物(野菜・花き・果樹)の産出額は3兆4,945億円で約4割を占めています。
出典:農林水産省「平成30年生産農業所得統計」
また、園芸作物は栽培作目の選択肢も豊富でさまざまな付加価値を付けられるなど工夫の余地も多いことから、新規就農者の85%が中心作目として園芸作物を選ぶほど人気があります。
園芸作物の中でも野菜を中心作目(注)としている新規就農者は全体の約66%を占め、そのうち4割以上、約29%の新規就農者が施設野菜を中心作目としています。
(注)販売額1位の経営作目
出典:一般社団法人全国農業会議所 全国新規就農相談 センター「新規就農者の就農実態に関する調査結果-平成28年度-」よりminorasu編集部作成
なぜ選ばれる?施設園芸農業のメリット
施設園芸農業が新規就農者に選ばれる理由はどこにあるのでしょうか。経営や栽培におけるメリットを紹介します。
露地栽培と比較して10a当たり約3倍の所得が期待できる
2017年の営農類型別の10a当たり所得(粗収益から農業経営費を差し引いた金額)は、露地野菜作の場合、平均で16万8,000円でした。
一方、施設野菜作の場合、平均で50万5,000円です。施設野菜作の10a当たり所得は、露地野菜作の約3倍にのぼることがわかります。
出典:農林水産省「施設園芸をめぐる情勢(2020年5月)」よりminorasu編集部作成
収支をみると、施設野菜作は、エネルギーコストなど経費もかかりますが、面積当たりの収益が大きく小さな面積でより大きな所得を得られていることがわかります。
環境制御により病害虫被害も軽減、品質・収量を安定化しやすい
環境制御装置を備えた施設園芸農業では人工的に環境をコントロールするので、天候や外気温に左右されず安定した環境での栽培が可能です。そのため、計画的・安定的な収穫が期待できます。
また、可視光線の色を変えたり二酸化炭素濃度を調整するなど、作物の生長に合わせてよりよい環境を設定できます。独自の環境制御方法でより高品質な作物を栽培したり、付加価値を付けることで収入アップを狙えることは、意欲的な農家にとって大きな魅力でしょう。
もう1つのメリットは、外の環境から独立している点です。病原菌や害虫の侵入をある程度防げ、被害を軽減できます。
ただし、苗や土に付着して侵入することがあるため、完全に防げるわけではありません。そのほか、施設内の管理を怠ると内部で病害が発生することもあるので油断は禁物です。
「スマート農業」の実現で、生産性の大幅な向上が見込める
Kloeg008 / PIXTA(ピクスタ)
10a当たりの所得が高い施設園芸農業ですが、日本の施設園芸農業の生産性は海外の農業先進国と比べると高いとはいえません。
施設栽培の割合が高いトマトを例にとりましょう。
農業先進国の1つであるオランダでは、1980年代後半にトマトの10a当たり収量が飛躍的に増加しました。1980年代後半に20t台だった10a当たり収量が、1990年代後半~現在では40~50tになっているのです。
その主な要因は、養液栽培施設や炭酸ガスの施用、コンピューターによる環境制御が急速に普及したことにあります。
一方、日本ではトマトの10a当たり収量は10t程度の水準で推移しています。この結果、労働生産性でも大きく差がついています。
出典:農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」2020年5月
しかし日本でも施設園芸農業にスマート農業を導入することで生産性の向上が期待されています。
ICTを活用した複合環境制御装置を導入すれば、日射量や二酸化炭素濃度、気温、湿度などの複数の環境データを基に複数の設備や装置を遠隔でコントロールすることが可能になります。
これによって作物に適した環境を調節するための作業負担が軽くなり、収量向上・労働生産性向上を実現しやすくなります。
小規模経営で一度に導入するのが難しい場合は、温度の自動調整設備や自動灌水(かん水)施設など、作業の一部を自動環境制御装置に置き換えることもできます。それだけでも作業負担を大幅に軽減できるでしょう。
一方で課題も。施設園芸農業の知っておきたいデメリット
うみのねこ / PIXTA(ピクスタ)
生産性の向上が期待できる施設園芸農業ですが、考慮すべき課題もあります。その中でも最も重要な問題がコストです。設備の導入コストだけでなく、月々のランニングコストも考えなければなりません。
施設園芸農業では光熱動力費の割合が4割になるという農林水産省の試算があり、燃料価格の変化に大きな影響を受けます。特に燃油は価格が変動しやすいため、所得に大きな影響を与えるリスクがあります。そのほか、災害などによる施設の損壊リスクも考えなければなりません。
その一方で、国は施設園芸農業を推進するため、これらの負担を軽減する「強い農業づくり交付金」などの補助金や次世代施設園芸技術習得支援、施設整備コスト低減、災害への対応などの支援を用意しています。自治体の支援や、地域で共同の取り組みをしているところもあります。
施設園芸農業で「儲ける」ためには?経営のポイントと実例
施設園芸農業のデメリットを克服し、メリットを最大限に活かすためには、どのような取り組みが必要となるのでしょうか。「儲かる農業」を実践するためのポイントをまとめ、成功事例を紹介します。
交付金も活用しながら、最新技術を積極的に導入するのが鍵
施設園芸農業でより儲けるためには、低コスト化・省力化で支出を抑える一方で、作物の高品質化で収入の底上げを目指します。
そのためには、先述したような交付金を活用して初期投資を増やし、より高度な環境制御技術を積極的に導入していきましょう。それによって高品質化だけではなく、光熱費の無駄を削減することで、生産性が改善します。
また、地熱や風力、森林などを資源とする「地域エネルギー」の活用もコスト削減につながります。低コスト化・省力化・高品質化を合言葉にして、作物の競争力を高めていくことが大切です。
【福井県事例】高度環境制御栽培施設の導入でミニトマトの収量と品質を向上
福井県小浜市の中名田地区は地域農業の高齢化や後継者不足、遊休農地の増加などの問題を抱えていました。これらの問題を解決し、雇用を創出するために行政とJA、企業が協力して「強い農業づくり交付金」を活用して高度環境制御栽培施設を4棟(5,184平方m)導入しました。
合同会社なかなた農園を事業実施主体としてミニトマトを栽培し、地域を挙げて取り組んだ結果、収量・品質が向上。秀品率は目標値の236%、契約取引割合は目標値の122%を達成しました。
高度な環境制御装置の導入によって他産業と同等の所得を確保できた事例です。さらに、地域の施設野菜の作付面積、生産量が増加し、雇用創出にもつながったことによって地域全体も活性化しました。
出典:農林水産省「強い農業づくり交付金等の優良事例(令和2年度3月23日時点)」
施設園芸農業は、露地栽培よりも収益性が高く新規就農者にも人気があります。今後は高度な環境制御装置とスマート農業を組み合わせることによってさらなる生産性向上が期待されています。
初めから高度な環境制御装置を導入することは難しいかもしれませんが、国や自治体の支援を活用して積極的に環境制御の自動化に取り組んでいくことは「儲かる農業」への第一歩と言えるでしょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。