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誤解の多い「自家増殖(自家採種を含む)の原則禁止」の意義と反対の理由|種苗法改正のポイント

誤解の多い「自家増殖(自家採種を含む)の原則禁止」の意義と反対の理由|種苗法改正のポイント
出典 : 田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)

2021年4月から改正種苗法が順次施行される予定です。種苗法改正の主たる目的は「日本国内の農業経営を守ること」であるといえますが、「自由な農業を妨げる」という意見もあり、専門家の間でも賛否が分かれるところです。この記事では誤解されがちな改正種苗法のポイントや反対派の意見をわかりやすく解説します。

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これまでも一部品種に対する自家増殖(自家採種を含む)制限の動きはありましたが、2021年4月から順次施行される改正種苗法では、「自家増殖(自家採取を含む)の原則禁止」の方向性が示されたことで大きな話題となりました。

特に、主に栄養繁殖の作物を栽培していたり育種を行ったりしている場合は、今後の農業経営に不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

しかし毎日の仕事に追われていると、改正された法律の具体的な内容まで理解する時間がない方もいらっしゃるかもしれません。

そこでこの記事では、種苗法が改正される背景や誤解されがちな改正のポイントをわかりやすく解説したうえで、法改正の懸念点についても紹介します。

2021年4月施行!種苗法改正の内容とは?

今回の種苗法の一部改正は2020年12月2日に成立し、同9日に公布されました。主な条文は2021年4月1日または2022年4月1日から施行されます。まずは種苗法が改正された背景・目的と改正のポイントを正しく理解しておきましょう。

種苗法改正の背景と目的

本で開発された代表的な品種「ゴールド二十世紀」と「シャインマスカット」

ERI / PIXTA(ピクスタ)

種苗法が改正された最も大きな理由は、「日本の農業を守るため」です。農業経営において付加価値のある品種を栽培することは、農業所得の向上に大きく貢献します。既存品種よりも「糖度が高い」「食感がよい」などの特長を持った品種はブランド化され、価格が高くても消費者が購入してくれるからです。

ところが、そうした優良な登録品種は無断栽培のターゲットになりやすいのが問題となっています。実際にこれまで海外に流出したブランド品種は少なくありません。多くの優良品種が海外で無断栽培されてしまった理由の1つとして、従来の種苗法では販売された登録品種を海外へ持ち出すことが違法ではなかったことが挙げられます。

品種の海外流出の代表例としてよく取り上げられるのは「シャインマスカット」です。日本で栽培されたシャインマスカットの苗木が中国に流出した経緯があり、現在「陽光バラ」や「陽光玫瑰」、「香印翡翠」(香印はシャインと発音)などの名称で生産・販売されています。韓国国内においてもシャインマスカットの栽培や販売も確認されており、結果的にタイやマレーシア、ベトナムにまで広く流出しました。

これはブドウに限らずイチゴの「章姫」「レッドパール」や桜桃(さくらんぼ)の「紅秀峰」、りんご「ふじ」などでも同様の事態が起こっています。果樹や果菜類以外では、カーネーションなどの花き、茶やいぐさなどの工芸作物、豆類などでも海外流出が確認されています。

改正種苗法では、こうした登録品種の海外への持ち出しを制限できる内容が盛り込まれています。適切に権利を守れば開発者は安心して新品種の開発に取り掛かることができ、それが最終的に日本農業全体の発展に寄与するとして今回の種苗法改正につながりました。

2020年種苗法改正のポイント

今回の種苗法改正の主なポイントは以下の通りです。

・輸出先国または栽培地域を指定できるようにする
・登録品種について、育成者権者が利用条件(国内利用限定、国内栽培地域限定)を出願時に付した場合は、それに反した行為を制限できる
・農家が登録品種の自家増殖をする場合にも育成者権の効力が及ぶ。登録品種に限り、農家による増殖は育成者権者の許諾を必要とする

出典:農林水産省ホームページ「種苗法の改正について」所収の「改正種苗法について~法改正の概要と留意点~」

基本的には「登録品種は限られた地域でしか栽培できない」ことを条文に明記しています。これまでは登録品種であっても、種苗業者など正規の販売ルートから入手している場合は、そのあとに当該品種を海外へ持ち出すことは制限できませんでした。

改正種苗法の施行後は、育成者権者(都道府県や農研機構、種苗メーカーなど)が指定した利用条件に反する持ち出しは違法と見なされるということです。

さて、多くの農家が気になっているのは、上記3つ目の「自家増殖にも育成者権の効力が及ぶ」という項目において「育成者権がどの範囲まで適用されるか」ということではないでしょうか。

次の章から、改正種苗法における自家増殖(自家採種を含む)の扱いをクローズアップして解説します。

「ゆめぴりか」や「ななつぼし」は北海道を代表する地域ブランド。地方独立行政法人北海道立総合研究機構が開発し品種登録している。

たけちゃん / PIXTA(ピクスタ)

正しく理解したい!農家に衝撃を与えた「自家増殖(自家採種を含む)の原則禁止」

今回の種苗法改正に懸念を示す人の多くが、「自家増殖(自家採種を含む)の原則禁止」という点に着目しています。確かに「自家採種ができなくなる」と聞くと、自由な作付けが難しくなってしまうと感じるかもしれません。

しかし、「農家の負担が大きくなる」と懸念する意見の中には、改正内容を一部誤解しているケースもあるようです。そこで、主に農林水産省の資料を参考に、改正種苗法の自家増殖の制限に関する正しい基礎知識を紹介します。

制限されるのは登録品種だけ!一般品種・在来種は引き続き許諾なく自家採種可能

ニラの自家採種

noripi / PIXTA(ピクスタ)

まず、前提として理解しておきたいのは、「自家増殖(自家採種を含む)が制限されるのは登録品種だけ」という点です。つまり、地域で伝統的に生産されてきた「在来種」や、一度も品種登録されたことのない「一般品種」については、これまで通り制限の対象になっていません。

そのため、在来種や一般品種を栽培してきた方であれば、今後も同じように自家増殖(自家採種を含む)が可能であるということです。自身が栽培している品種が登録品種に該当するかわからない場合は、農林水産省のWebサイト「農林水産省品種登録ホームページ」で確認できます。

各都道府県で栽培されている主な作物について主な一般品種と登録品種を整理している資料もありますので参考にしてください。
農林水産省「各都道府県において主に栽培されている品種」

また、育種(品種開発)目的であるならば、登録品種も含めて制限なく自家増殖(自家採種を含む)することが認められています。

許諾を取れば登録品種でも自家増殖(自家採種を含む)は可能

サツマイモ(甘藷)の採苗

ナミ / PIXTA(ピクスタ)

誤解されることが少なくないですが、改正種苗法では自家増殖(自家採種を含む)の全てが禁止されているわけではありません。登録品種であっても、育成者権者から許諾を得ることで自家増殖(自家採種を含む)することは可能です。なお、登録品種における自家増殖(自家採種を含む)の許諾制度は2022年4月からスタートする予定です。

そもそも登録品種の多くはブランドの価値を守るため「自家増殖(自家採種を含む)しないように」と求められているケースが少なくありません。

例えばイチゴやサツマイモ(甘藷)においては、現行でも苗をつくるための増殖について許諾制になっている品種が多くあります。そのため、種苗法改正後も農家の負担は大きくならないとされています。

親苗からランナーをとって苗とするイチゴ、種芋から採苗して苗とするサツマイモ(甘藷)については、種苗法の改正前後の違いを説明する資料が農林水産省のホームページにありますのでご覧ください。


農林水産省ホームページ「種苗法の改正について」
「いちごの苗を自らで増殖することができなくなるのですか。」の項所収「いちごの増殖と⾃家増殖」
「知り合いの農業者が増殖したさつまいもの苗を譲ってもらうことはできなくなるのですか。」の項所収「さつまいもの増殖と⾃家増殖」

大企業などが勝手に品種登録して利益を独占することはできない

種苗法の改正に対する反対意見の中には、「農業の根本である種苗を大企業が押さえてしまい利益を独占するための改正ではないか」と懸念する声もあるようです。

しかし、種苗法では万一在来種などの既存品種が品種登録されても、速やかに「登録の取消」が行われます。また、悪質な場合には刑事罰(個人:3年以下の懲役又は3百万円以下の罰金、法人:1億円以下の罰金)が科されるなど、悪用を防ぐ対策がしっかり取られています。

また、種苗法改正によって特定品種の利用を強制されることもありません。今回の改正種苗法のポイントは、あくまでも「登録品種」の自家増殖(自家採種を含む)を制限することで育成者権者や国内農業の利益を守ることだからです。

在来種や一般品種であれば農家の任意で品種を選択し、自家増殖(自家採種を含む)できる点は理解しておきましょう。

許諾料や事務手続きによって想定される農家の負担は限定的

許諾料による金銭的負担や、許諾手続きにかかる農家の事務負担は限定的であると考えられます。

現在でも登録品種を購入する際には開発料や権利料など、いわゆるロイヤリティを支払ったり、許諾の手続きを経ているケースが多いでしょう。

種苗法改正後に設定される許諾料も、これを大きく上回るような金額になることはあまり考えられません。市場価格を逸脱した金額に設定することで当該品種を栽培する農家が減ってしまっては、結果として育成者権者のメリットにならないからです。

また、登録品種の自家増殖(自家採種を含む)をするうえで必要となる許諾手続きも、契約書のひな形を用意する、特定の団体が仲介することでまとめて申請できるようにする、といった体制を整備することで農家の負担が増えないように配慮される予定です。

定額料金を支払うことで、複数の種苗の利用や自家増殖(自家採種を含む)が一定期間可能になるサブスクリプション方式も検討されています。

それでも種苗法改正に反対の声が上がるのはなぜ?

ニンジンの花

jujin / PIXTA(ピクスタ)

農林水産省としては、今回の種苗法改正は「あくまでも日本の農業を守るためであり、農家に対する負担増大は限定的」だと考え、ホームページなどでも丁寧に広報しています。

それでも改正内容に懸念を示す声が上がるのはなぜなのでしょうか?

反対する人が危惧している主なポイントは3つあります。

1つ目は、「登録品種ゼロの品目まで自家増殖(自家採種を含む)禁止の対象になっている」ことです。実際、ニンジンやほうれん草、モロヘイヤなど、法改正の審議時点では登録品種が1つもない品目も自家採取の制限対象に加えられています。

2つ目は、「農家の権利が侵害される恐れがある」とするものです。海外では「農家の昔からの権利」として自家増殖(自家採種を含む)を認める考えが普及している例もあり、自家増殖(自家採種を含む)の原則禁止の方針は国際標準から外れているのではないかという声があります。

3つ目は、「個人や中小企業が淘汰される可能性がある」ことです。品種開発には膨大な時間とコストがかかります。今回の種苗法改正によって、個人や中小企業が新品種開発に取り組むためのハードルが高くなることが懸念されています。

ほうれん草の種子

佐竹 美幸 / PIXTA(ピクスタ)

この記事では、2021年4月から施行される種苗法改正のポイントについて、特に注目度の高い自家増殖(自家採取を含む)の原則禁止にフォーカスして解説しました。

今回の改正には、「心配しなくてよい」とする意見と「懸念すべき点がある」とする意見の両方がありますが、まずは内容を正しく理解したうえで、自身が栽培している品種にどのような影響があるのか確認することが重要です。

登録品種の許諾料の設定や許諾手続きのフローなど、今後の動向についてもこまめに情報収集しながら施行までに必要な対応を検討しましょう。

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中原尚樹

中原尚樹

4年生大学を卒業後、農業関係の団体職員として11年勤務。主に施設栽培を担当し、果菜類や葉菜類、花き類など、農作物全般に携わった経験を持つ。2016年からは実家の不動産経営を引き継ぐ傍ら、webライターとして活動中。実務経験を活かして不動産に関する記事を中心に執筆。また、ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格も所持しており、税金やライフスタイルといったジャンルの記事も得意にしている。

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