F1種とは? 固定種との違いやメリット・デメリット、危険という誤解
現在の農業では、安定した品質を期待できるF1種の種苗が主流となっています。しかし、中にはF1種のデメリットを心配する情報もあり、不安な方もいるのではないでしょうか。そこで、今回はF1種のメリット、デメリットや固定種との違いについて、正しい情報を紹介します。
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農業の世界では優れた品種を開発するために日夜研究が進んでいます。その成果としてF1種が誕生し、ごく一般的に使われています。
しかし、近年には、在来種のよさを見直す動きも出てきていて、今一度F1種についての理解を深めたいという方もいます。。この記事では、F1種のしくみや固定種との違いなどについて解説します。
F1種とは? 固定種との違い
yasu / PIXTA(ピクスタ)
「F1種」の前に、相対する「固定種」について説明します。
固定種は、固定化した形質が親から子に、代々引き継がれる品種です。自然淘汰や、優良な母本(採種用の株)の選抜を繰り返す人為的な淘汰によって、一定の形質が保たれています。
一方、F1種は英語の「Filial 1 hybrid」のことであり、日本語では「雑種第一代」「一代雑種」と呼ばれています。販売されている種子のパッケージには「〇〇交配」と表示されていることが多いです。
簡単にいうと、F1種とは、遺伝的に異なる形質の固定種を父親と母親に持つ子世代のことです。
F1種は、形質の異なる系統を交配すると「顕性の形質だけが子世代に発現する」という現象と「雑種強勢」という現象を活かしています。
そのため、形質が大変よく揃い、生育が旺盛になります。形質には、形や食味だけでなく、収量や病害への耐性も含まれ、両親のよいところを併せ持たせることができるため、育種に幅広く活用されています。ただし、孫の代以降の形質は一定にはなりません。(詳細後述)
F1種の親系統は、固定種の育種と同様に、ある特性をもつ系統を選びだし、母本選抜を繰り返して作られています。
F1種の仕組み
F1種の形質がよく揃う理由
F1種の形質がよく揃うのは、メンデルの法則のうち「顕性の法則」(優性の法則)と「分離の法則」が関係しています。
顕性の法則とは、対立する形質を持つ父親と母親を交配すると、子にはどちらか一方の形質だけが現れることを指します。この子世代に現れる形質を「顕性の形質」(優性)といい、隠れてしまう形質を「潜性の形質」(劣性)といいます。
分離の法則は、対立する形質を支配する遺伝子(対立遺伝子)は、子のそれぞれに排他的に分配されるというものです。
LuckySoul - stock.adobe.com
よく使われる例はメンデルが実際に実験に用いたエンドウで、種子の形と表面の特性を支配する遺伝子についてです。
一方の親が「種子が丸くて表面が滑らか」という形質でその遺伝子をP、もう一方の親は「種子が角張ってシワが寄っている」という形質でその遺伝子をpとします。さらに、遺伝子型はいずれもホモ接合でそれぞれPP、ppで、大文字のPの形質を顕性(優性)とします。
この親を掛け合わせると、分離の法則によって子世代の遺伝子型は全てヘテロ接合のPpとなり、顕性の法則によって、顕性であるPの形質が発現します。つまり、子世代は全て「種子が丸くて表面が滑らか」なエンドウになります。
F1種同士を掛けわせると形質がばらけてしまう理由
前述した通り、F1種同士を掛け合わせた孫世代の形質はばらけてしまいます。
先ほどの例でいうと、F1種の遺伝子型は全てヘテロ接合のPpです。このF1種同士を掛け合わせてできる孫世代の遺伝子型は、PP、Pp、pP、ppになります。そのため、「種子が丸くて表面が滑らか」なものが3、「種子が角張ってシワが寄っている」が1の割合で現れます。
LuckySoul - stock.adobe.com
F1種が生育旺盛になる理由
メンデルの法則では、F1種の形質は親に依るものです。しかし、実際には親より優れた形質を示すことがあります。この現象を「雑種強勢」(ヘテロシス)といい、そのアルゴリズムはいまだ明確にされていません。
よく知られているのはとうもろこしの例で、20世紀初頭に、近親交配の度合いが低いほど生育が旺盛で収量が高まることが明らかにされています。
その後、雄性不稔を利用したF1種の作成手法が開発されたこともあり(後述)、雑種強勢を利用した育種がひろまりました。
F1種はなぜ「危険」と言われるのか? 誤解される理由
F1種は長年にわたって農業の現場で使用されてきましたが、近年では人体や環境に悪影響を及ぼすのではないかと懸念する声もあります。
また、一部では自社の収益のためにあえてF1種ばかりを取り扱う種苗会社が多いのではないかと考える人もいるようです。
人体や環境に悪影響を及ぼす?
ろじ / PIXTA(ピクスタ)
F1種の採種では、自家受粉による偶発的な受粉を避ける必要があります。そのため、母親系統の雄しべを取り除く「除雄」という方法や、アブラナ科の場合は自分の花粉を受粉しない性質(自家不和合性)を利用した方法が用いられてきました。
除雄や自家不和合性の検定は手作業で行われることが多く、採種コストを押し上げる一因となっていました。
そこで開発された手法が、花粉を作らない変異株を母親系統として用いることです。花粉を作らない遺伝的な性質を「雄性不稔」といいます。
▼雄性不稔の仕組みについては、京都産業大学の総合生命科学部 生命資源環境学科 山岸博 教授が、わかりやすく解説しておられるので、興味のある方は是非ご覧ください。
京都産業大学「花粉を作らない雄性不稔のメカニズム—核とミトコンドリアの不思議な共生—」(サイエンス&テクノロジー VOL.17)
この雄性不稔という言葉から、健康や環境に害があるのではないかと懸念する人もいるようです。しかし、雄性不稔自体が自然界に起きている変異の1つであり、これらの懸念については言い過ぎ、あるいは根拠がないというのが一般的な評価のようです。
但し、遺伝子組み換えを利用した雄性不稔については議論が分かれるところではあります。
実際に、雄性不稔遺伝子や稔性回復遺伝子を組み込む技術を活用したF1種の育種技術が開発され、とうもろこしやセイヨウナタネで実用化されています。
日本では厳格な審査のうえで一部の品種の使用が承認されており、安全性は担保されているといえるのではないでしょうか。
また、野菜類の種子については、遺伝子組み替え技術を利用して育種されたものは流通していません。
▼承認状況の詳細は、農林水産省「カルタヘナ法に基づく生物多様性の保全に向けた取組」のページ 所収の「カルタヘナ法に基づき第一種使用規程を承認した遺伝子組換え農作物一覧(作物別、承認順)」をご確認ください。
種苗会社による搾取が起こっている?
誠文堂新光社は、種苗会社各社の登録品種がわかる「蔬菜の新品種」をおよそ3年ごとに発行してきた
株式会社PR TIMES(株式会社誠文堂新光社 プレスリリース 2019年11月26日)
F1種は自家採取できず、毎回種苗会社から種子を購入しなければなりません。先述した通り、孫世代以降になると形質が不揃いになるからです。
しかし、登録品種でなければF1種であっても自家採取が禁止されているわけではありません。
F1種はもともと「農家や消費者にとってメリットがあるから生まれたもの」です。F1種が身近になったことで農家は安定した品質の作物を効率的に出荷でき、消費者も見た目や味に優れた作物を、いつスーパーに行っても購入できるようになっています。
F1種の育種では、まず、特定の遺伝子を持った両親を探索して選び出し、選抜を繰り返して形質を固定化して親系統を作ります。
そして、この親系統を様々な組み合わせで交配し、栽培試験や採種試験を繰り返したうえで、製品化されていきます。販売する種子を生産する過程では、交雑が起きにくい採種ほ場を確保し、開花期を合わせるなどのきめ細かな管理が必要になります。
F1種の研究開発には手間とコストがかかるのです。
自家採取ができないながらメリットの多いF1種を、相応の対価を支払って購入しているのといえるでしょう。
もちろん、農家にはF1種を使わずに固定種や在来種を使う選択肢もあります。
▼自家採種についてはこちらの記事もご覧ください。
F1種と固定種どちらを選択すべきか
ここまで紹介してきたように、F1種にはさまざまなメリットがあります。しかし、デメリットがないわけではありません。以下で、F1種と固定種それぞれのメリット・デメリットをまとめてみました。
F1種のメリット・デメリット
kurimama / PIXTA(ピクスタ)
F1種のメリットは、農家にとって栽培しやすい品種を選択でき、安定した品質と収量を確保できることです。
具体的には、形や食味、早晩性や耐寒性・耐暑性、多収性、病害への耐性などの特性持たせた品種がさまざまあるので、作型や実需先のニーズ、自園の病害発生の状況などにあわせて選択することができます。
F1種のメリットは、農家にとって栽培しやすい品種を選択でき、安定した品質と収量を確保できることです。
具体的には、形や食味、早晩性や耐寒性・耐暑性、多収性、病害への耐性などの特性持たせた品種がさまざまあるので、作型や実需先のニーズ、自園の病害発生の状況などにあわせて選択することができます。
長期的な栽培計画を立てやすくなり、農業経営の安定にも貢献するでしょう。
一方、デメリットとしては、種苗会社から種子を毎回購入しなくてはならないことが挙げられます。固定種を自家採種する場合に比べて種子にかかるコストが高くなる場合があります。
但し、自家採種には相応の手間がかかります。種子を購入するコストと自家採種する手間のバランスはどうか?、固定種としての付加価値があるか?、といった要素を勘案して判断することになるでしょう
固定種のメリット・デメリット
kikisorasido / PIXTA(ピクスタ)
固定種のメリットは、自家採種が可能な点と、その地域で継承されてきた在来種の場合はブランド化が可能な点です。反面、F1種に比べると形質が揃いにくく、収量が少なくなることがデメリットといえるでしょう、
自家採種が可能な点はコスト上のメリットといえますが、自家採種には手間がかかることに留意してください。農家自身が自家採種するとなると、形質を維持するための母本選抜や交雑しにくい採種ほ場の確保など手間がかかります。そのため、固定種の種子も種苗会社などから購入するのが一般的です。
一方、近年では固定種のうち、その地域で長年受け継がれてきた在来種については、そのユニークさを活かし、ブランド化をめざす事例も増えてきました。例えば、京野菜として知られる、丸い形が特徴の加茂ナスや、根の先端が枝分かれするような形状の堀川ゴボウなどです。
これらの野菜はスーパーでよく見かける、細長いナスやまっすぐ伸びるゴボウとはまったく違う形をしています。しかし、それが「古くから受け継がれている地域独特の野菜である」という付加価値を生み出しています。
また、もともとその土地で栽培されていた在来種は地域の環境に合っており、栽培しやすいともいわれています。
Katsu / PIXTA(ピクスタ)
F1種は固定種に比べて品質が安定しやすいことから、多くの農家で栽培されています。中にはF1種の健康リスクについて懸念する声もありますが、言い過ぎ、あるいは、根拠がないというのが一般的な評価です。
また、F1種が「一代雑種」であることから、種苗会社による搾取があるという声がありますが、F1種の研究・開発には相当な時間とコストがかかっており、正当な対価だといえるでしょう、
一方、近年では固定種の評価を見直す風潮もあり、その独自性を活かしてブランディングを図る事例もあります。
それぞれのメリット・デメリットを確認したうえで、地域の特性や消費者のニーズに応じた選択が必要といえるでしょう。
▼本文中掲載以外の参考文献
国立遺伝学研究所 運営「遺伝学電子博物館」内「メンデルの法則」
神戸大学農学部「インターゲノミクス研究会」内「メンデル解題:遺伝学の扉を拓いた司祭の物語|第4章 遺伝法則の意義と発見の秘訣」(神戸大学 大学院農学研究科 生命機能科学専攻 神戸大学 大学院農学研究科 教授 中村千春著)
株式会社サカタのタネ「よくわかる種苗業|品種とは」
株式会社トーホク
「世界の作場から」
「話のタネ |F1品種って、どんな品種」
厚生労働省「遺伝子組換え食品Q&A|B-2 雄性不稔性(ゆうせいふねんせい)、稔性回復性(ねんせいかいふくせい)とはどのような性質ですか。」
農林水産省 農林水産技術会議「遺伝子組換え技術の情報サイト」所収「「遺伝子組換え農作物」について」
バイテク情報普及会「よくある質問 - 環境編|遺伝子組み換え作物の栽培では、農家は毎年種子を購入する必要があると聞きましたが本当ですか。」
バイテク情報普及会「メディアセミナー|ゲノム編集技術で品種改良された作物の表示について ~社会的検証はどこまで可能なのか~」 配布資料「種子会社は種をどのように品種改良・生産・販売しているのか(一般社団法人 日本種苗協会 専務理事 福田豊治)
株式会社誠文堂新光社 運営「農耕と園蓺Online|カルチベ」内「なるほど園芸用語|自家採種」
一般財団法人 杉山産業化学研究所「公開講演会・刊行物アーカイブ」所収「「京野菜とそれらの品種改良」 ~日本人の育種の知恵と先端植物バイオテクノロジー~」(第77回 公開講演会 演題)
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中原尚樹
4年生大学を卒業後、農業関係の団体職員として11年勤務。主に施設栽培を担当し、果菜類や葉菜類、花き類など、農作物全般に携わった経験を持つ。2016年からは実家の不動産経営を引き継ぐ傍ら、webライターとして活動中。実務経験を活かして不動産に関する記事を中心に執筆。また、ファイナンシャルプランナー(AFP)の資格も所持しており、税金やライフスタイルといったジャンルの記事も得意にしている。