オランダ農業はなぜ強い?生産性を上げる最新技術と経営戦略の特徴
オランダは小国でありながら、国連の統計(2019年)によれば、農業大国であるアメリカに次ぐ世界第2位の農産物・食品の輸出大国です。農地面積も農業の担い手も少ない中で収益を上げるための最先端技術やマーケティングのコツについて、日本でも応用できるポイントを探ります。
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目次
オランダは花きや野菜、酪農製品を主とした農産物の輸出が盛んです。立地や経済的条件は日本と異なり、一概に比較はできないものの、狭い農地での効率的な営農や経営戦略には日本が学ぶべき点もあるでしょう。そのような視点から、オランダ農業のノウハウを解説します。
農地面積は日本の約4割!オランダが世界有数の農産物輸出国になれた理由
kurkalukas / PIXTA(ピクスタ)
小国であるオランダは、フランスやドイツのような恵まれた農地を持たないのに、なぜほかの農業大国を上回る量の農産物を輸出できるのでしょうか。
農産物・食料品の輸出額は世界第2位
出典:国連の統計データ(UNSD)よりminorasu編集部作成
オランダはヨーロッパの中央に位置し、ライン川河口部のロッテルダム港などの海運を有するという地理的条件や、人口が少なく国内市場が小さい一方、陸続きでEUという巨大市場に関税がかからずに販売できるという経済的条件が大きく関わっています。
また、注意すべき点は、オランダの農産物輸出額には国内で生産された農産物の輸出額以外に、他国から輸入した農産物を加工し、その加工品を輸出する「加工貿易」や、農業の盛んな南欧から農産物を輸入し北欧に輸出する「中継貿易」の輸出額が含まれることです。
それらを除いた農産物の純輸出額は,輸出額全体の約 35%といわれています。しかしそうした状況を差し引いてもなお、オランダ農業の生産性の高さを疑う余地はありません。まずは、このような日本との環境や条件の違いを理解したうえで、オランダ農業の特徴をみてみましょう。
出典:農林水産省 平成 24 年度海外農業情報調査分析事業(欧州)報告書 「オランダ農業が有する競争力とその背景」
主要作物や農業生産額は?オランダ農業の特徴と基礎知識
農地面積
オランダの国土面積は415万haで、約422haの九州と同程度であることが知られています。農地面積は182万haと、日本の農地面積の4割程度ですが、国土面積に占める割合は44%にも達します。対して、日本の農地面積は444万haありますが、国土面積のわずか約12%にすぎません。
出典:国連食糧農業機関の統計(FAOSTAT、2020年9月更新データ)よりminorasu編集部作成
主な農産物
主要な農産物は花き類(チューリップ球根など)、てん菜、ジャガイモ(馬鈴薯)、玉ねぎ、トマト、キュウリ、パプリカ、生乳、豚肉などで、施設園芸と酪農・畜産が盛んです。また、酪農・畜産のための採草・牧草地も農用地の多くを占めています。
農業生産額
オランダの2019年の名目GDP 9,071億USドルのうち、農林水産業の名目GDPは1.65%にあたる149億USドルで、日本の1.17%より高く、農林水産業の産業としての地位が高いことがわかります。
出典:国連の統計データ(UNSD)よりminorasu編集部作成
農産物の流通
また、変わった点として、オランダでは花や野菜の価格はすべてオークションで決められ、価格決定の透明性を保っています。価格決定や流通を専門の組織が行っているため、農家は農業生産のみに注力できるという特徴があります。
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「農業先進国」オランダでは、限られた農地面積でも収量を増やす工夫がされている
農業先進国とも呼ばれるオランダでは、限られた農地面積でも収量を向上させるため、農場施設の大規模化、集約化など、さまざまな工夫を重ねてきました。
ICTやIT、ロボティクス技術を活用したオランダの精密農業は世界的にも高度な水準で、日本の「スマート農業」の参考にもなっています。狭い農地という共通した環境を持つオランダ農業での具体的な工夫や技術に、日本の農業にも応用できる点があるかもしれません。
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※お役立ち情報:以下は日本のスマート農業の活用事例です。ご興味のある方はぜひご覧ください。
農事組合法人せせらぎ 金子様
新潟県 平成19年設立
構成員数:10名
水稲64ha / 大豆3.5ha /蔬菜0.2ha
▷効果的な土づくりによる収量の増加
▷夏から収穫期における田んぼの見回りの効率化
▷管理面積が広くなることによって、管理工数が増大している。
▷夏から収穫期にかけての田んぼの見回りは今まで7-8人で全面積を見ていたが、人の目とザルビオを併用することで広い圃場の管理をより効率的に行えるようになった。
▷可変施肥マップを活用した可変施肥を行うことで、生育ムラが少なくなった
▷今まで「点」で見ていた圃場をザルビオの地力マップや生育マップを活用し「面」としても見ることで、地力ごとの追肥判断や最適なタイミングでの追肥が可能になった
オランダ農業が「高い生産性と競争力」を実現している3つのポイント
限られた農地で高い生産力を誇るオランダ農業の生産・流通における戦略ポイントについて解説します。
1. 機械化・自動化による生産性の最大化
オランダでは早くから施設園芸の機械化・自動化を進めてきました。その技術を活かし、生産性を最大まで高めるシステムがすでに稼働しています。
例えば、最新のシステムを導入しているトマト栽培施設では、温度・湿度・光量・二酸化炭素量などを検知するさまざまなセンサーを設置し、すべての数値を個別に管理するのではなく統合的に制御します。土ではなく玄武岩を繊維状にしたロックウールに苗を植え付け、水や養分、光合成のための光量も、すべてコンピュータが管理して適切に調整されるのです。
また、システムによって蓄積されたデータは種苗メーカーに送られ、それをもとに病害発生のアラートや技術的アドバイスを行うサービスもあります。
最適な環境に制御された施設内では、高品質のトマトが安定的に収穫できます。さらには長期多段栽培の栽培体系も整っており、作業効率が非常に高いことや技術の高い作業者が多いこともあって、ヨーロッパでも最高水準の単収を上げています。
2019年のオランダの露地・施設を含むトマトの単収は1ha当たり506tで、日本の単収の8倍ほどもあります。施設だけに限った単収でも、オランダは日本の3倍強という水準の高さです。
課題となるのが、高度な技術を持つ施設を作る初期投資と、自動システムの運用コストでしょう。オランダではどのようにして、コストを抑えながら生産性を上げているのでしょうか。
Daan Kloeg/Shutterstock
2. 大量生産が可能な高収益作物への特化
コストを抑えつつ完全制御システムの施設を実装する手段の1つが、農地の集約・大規模化です。
大規模化することで熱や二酸化炭素を無駄なく有効に活用できます。二酸化炭素をシェアするシステムが整備されているだけでなく、オランダでは北海油田で安価な天然ガスが採掘されるので、これを活用してコストを抑えられることが大きな利点です。
もう1つの手段が、栽培品目をできるだけ絞り、少ない品目に集中して大量生産を行うことです。
オランダでは、トマトやパプリカなど、施設による労働集約型の栽培が容易で、かつ高収量が可能な品種に限定・特化して生産しています。
品目を集約することで、栽培、集荷、流通、販売など一連の作業が効率化されコストを抑えられるほか、研究開発も対象品目に絞られるので、大幅な省力化が可能です。
Docian / PIXTA(ピクスタ)
3. 流通における立地の優位性
品目を集約した結果、生産する農作物の自給率は数百%にもなりますが、それ以外の農作物は輸入に頼ることになります。これは、ヨーロッパの国々と陸続きで、EUという大規模な市場で交易が簡単に行える環境だからこそできることです。
また、近隣にはフランスやドイツなど国民所得の高い国に恵まれているため、付加価値の高い果菜類でもよく売れるという点も優位といえるでしょう。この点は、輸出入が容易にできない日本では、同じように取り入れることは困難です。
栽培技術だけじゃない!オランダ農業の発展を支える「経営」と「労務管理」のしくみ
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高度な制御システムを持つ施設栽培が主流のオランダでは、一般的な農家の農業経営において人件費に並んでコストがかかるのが、設備投資やエネルギー費です。
先述のように、オランダでは天然ガスが採掘されるので、多くの農家がこれを仕入れて自家発電を行い、発生した熱と二酸化炭素を作物の栽培へ利用しながら、作った電気を販売しています。
あるオランダの農家では、市場で1本1ユーロ(約125円)で売れるナスを1つ栽培するのにかかる費用は約0.3ユーロ(約38円)で、その内訳は、人件費が約0.1ユーロ(約13円)、エネルギー費が約0.1ユーロ、残り0.1ユーロがその他の費用になるそうです。
出典:マイナビ農業 オランダ農業は日本と何が違うの? 〜経営編~
オランダでは、農家は日本のように政府による補助金がなく、自由競争に勝ち残らなければなりません。投資が必要な際には一般企業のように銀行から融資を受けます。
そのため、事業計画を作成したり、銀行が求める項目をクリアしたりしながら、必要な融資を自ら手に入れる必要があるのです。融資を受けたあとも、定期的に事業が計画通りに進んでいるかどうかの審査を受けます。
こうしたことから、オランダで農業を続けている農家は経営能力に優れ、生産性やコストに対する意識も常に高く持っています。また、オランダでは毎年何かに投資をすることで税金が安くなるため、多くの農家が設備投資をして、常に新しいチャレンジを続け事業を成長させているのです。
自然災害が多く、EUにあるオランダほど農産物の輸出入の自由度が高くない日本では、食料の安定供給のため農業が政策的に保護されてきました。しかし、それに甘えることなく経営能力を磨き、中長期的な事業計画を立て、戦略的な投資を試みるような積極性も、今後の日本農業には必要といえるでしょう。
「人材のシェアリング」による作業者の柔軟な配置が、高収量の実現に寄与
高度にシステム化された施設園芸で高収量作物を栽培するオランダ農業では、日々コンスタントに定量の作業を続ける必要があります。農業というよりも、工場に近いシステムであるといえるでしょう。そのため、作業者不足などにより栽培管理のタイミングや収穫日が1日でも遅れると、収量が大幅に減少してしまいます。
そのような状況を防ぐためのシステムが、人材のシェアリングです。集約化された大規模経営農家が多いオランダでは働く人員も多く必要であるため、依頼に応じてプロフェッショナルな人材を派遣するシェアリングが社会インフラとして整備されています。
農業で働く作業者の多くは、農作業専門の人材派遣会社などに所属し、必要に応じて派遣されています。そのため、収穫期などの急な人手不足にも即座に対応し、求められるスキルに見合った人材が速やかに配置され、安定した作業量を確保できます。
日本でも、集約化や大規模経営化をめざす動きがあります。特に大規模な完全制御型施設栽培に取り組む場合は、多くなる人員の管理について、いざというときに慌てないためにも早めに対策を打っておくことが必要です。
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日本の農業は、この先、人手不足のさらなる深刻化や国内市場の縮小に直面することが予想されます。農業経営も今まで通りの方法では対応できない可能性があります。
オランダと日本では農業を取り巻く地理的・経済的環境が大きく異なり、生産性の高いオランダの農業経営の手法をすべて同じように取り入れることはできません。
しかし、自ら事業計画を立案し自ら資金調達を行う経営姿勢や人材確保の考え方は、おおいに参考になるのではないのでしょうか。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。