アメリカの農産物はなぜ安い? アメリカ農業の特徴・現状と今後の展望
「世界の食料庫」と呼ばれるアメリカは、2019年時点で食料輸出量の総額が世界1位、複数の農産物や畜産物の生産量も世界1位の実績を誇ります。アメリカの強みである均質の農作物を低コストで大量に生産できるしくみとはどのようなものなのか、詳しく解説します。
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アメリカは小麦やトウモロコシなどの穀物や畜産物の生産量が非常に多く、安価で世界中に輸出しています。農業人口が減り続ける中、なぜコストを抑えて大量に農作物を生産・輸出できるのかを探り、アメリカの大規模・効率化農業から日本が学ぶべきポイントを解説します。
農作物・食料品輸出額は世界一! 農業生産額でも常に上位のアメリカ合衆国
Gorlovkv/ PIXTA(ピクスタ)
アメリカ合衆国は「世界の食料庫」とも呼ばれる世界有数の農業大国です。特にトウモロコシ、大豆、小麦などの穀物や豆類を多く生産し、ほかには牛乳や牛肉、鶏肉、豚肉などの畜産物の生産も盛んです。
その中でもトウモロコシと大豆の生産量は作物別でも世界第1位を誇り、トウモロコシは世界全体の生産量の3割弱を占めています。牛肉、鶏肉も、それぞれ世界第1位の生産量です。
日本とは国土面積も人口も違うので単純な比較はできませんが、食料自給率が低くほとんどの食べ物を輸入に頼っている日本と、国民の消費量よりも多くの農産物を生み輸出も盛んなアメリカとの違いを知ることはできます。
参考までに2019年の日本とアメリカそれぞれにおける主要農産物の生産量を見てみましょう。小麦は日本の104万tに対しアメリカ5,226万t、トウモロコシは日本が約100tでアメリカ3億4,705万t、大豆は日本の22万トンに対しアメリカ9,679万tと、まさに桁違いの結果です。
いかにアメリカの生産量が抜きん出ているかがわかるでしょう。
出典:農林水産省「海外農業情報」所収の「米国の農林水産業概況」
次に、輸出額について見てみると、農産物・食料品輸出額の2019年の国別ランキングでは、農業大国と呼ばれるドイツ(798億74,00万USドル)、オランダ(1,064億6,700百万USドル)を抑えて1,359億5,000万USドルと、アメリカが堂々の世界第1位です。
出典:グローバルノート株式会社「 世界の農産物・食料品 輸出額 国別ランキング・推移」(UNTDの統計による)
アメリカ農業の特徴から読み解く、多くの農産物を安い価格で輸出できる理由
Gorlovkv/ PIXTA(ピクスタ)
アメリカも国土が広いとはいえ、日本と同じように農業の担い手不足や高齢化に直面しています。しかし、国内の消費量を遥かに超える農産物を生産し、安価で大量に輸出しています。
なぜそのようなことが可能なのでしょうか。アメリカの農業の特徴から読み解いてみましょう。
アメリカ農業は今「少数の農家による大規模化」が進んでいる
近年、アメリカ農業では農地の大規模化が進んでいます。
5年に1度実施されるアメリカ農業センサスの最新版(2019年発表)によれば、アメリカの総農地面積は2007年時点で約9億2100万エーカー(1エーカー=約0.4ha)で、2016年には約9億1100万エーカーと、9年間で1,000万エーカー(約400万ha)、割合でいえば1.6%減少しています。
一方、1農業経営体当たりの平均農地面積は同じ期間で418エーカーから442エーカーと、24エーカー(約9.6ha)、割合でいえば5.4%増加しています。
また、農場の数自体は減少を続けていますが、規模別にみると減っているのは10エーカーから2,000エーカー未満の中規模な農場だけです。2,000エーカー以上の大規模農場数と10エーカー未満の小規模農場はそれぞれ増加しています。
これらの数値から、アメリカの農業は「少数の農家による大規模化」が着実に進んでいることがわかります。アメリカ国内では、特に中北部および西部で大規模化が進んでいる傾向にあります。
なお、大規模化によって農業従事者の数も減少を続け、農業従事者は、近年では全人口のおよそ1%となっています。1農場当たりの農家の数はわずか1.5人です。少ない人手で高い生産性を実現しているため、人件費の大幅カットが可能なのです。
出典:
U.S. DEPARTMENT OF AGRICULTURE「2017 Census」 Volume 1, Chapter 1所収「Historical Highlights: 2017 and Earlier Census Years」
農林水産省「主要国の農業情報調査分析報告書(平成29年度)」
「第1部 現行CAP(2014~2020年)の実施状況と課題 10:米国」
「第2部 次期CAP(2021 年~)の検討状況」
徹底的な機械化による作業効率の向上が、農作物の生産量と価格の差につながる
農業従事者が少ない中、高い生産性を可能にしているのは、規模を活かした機械化・効率化です。広大な国土に多様な気候を持つアメリカは、気候の特徴に適した農産物を集中的に生産することで、大幅に効率を上げています。
例えば、亜寒帯の気候を持つ北東部では酪農、「コーンベルト」と呼ばれる五大湖南の地域ではトウモロコシ、「コットンベルト」と呼ばれる北緯37度以南では綿花というように、適材適所で効率的に生産しています。
機械化についても、常に最新のテクノロジーを活かし、進化を続けています。日本におけるスマート農業のように、アメリカではAg Tech(アグテック:農業テクノロジー)と呼ばれる先端技術を活かした農業への投資も盛んで、急速な進化を続けています。
中でも、精密農業といわれる、精密なGPS情報を活用した大型農機やドローンの自動操縦などの技術の発展は目覚ましく、GPSの農業への活用は、少ない人員で大規模な生産を実現するために欠かせないものとなっています。
それに加えて、成分の安定した化成肥料や農薬を広範囲に一斉散布できるようになったため、大幅な労力や作業時間のカットにつながっています。散布は、乗用の重機で行うこともありますが、リモコンの飛行機やヘリを操作して散布する方法もあります。
大型農機やドローンを駆使し、広大な農地に一律に肥料や農薬を散布することで、均一な品質の大量生産が可能となります。
こうした徹底的な機械化・効率化によって大量生産やコスト削減を実現することで、世界中に向けた安価な食料の輸出を支えています。
※お役立ち情報:以下は日本のスマート農業の活用事例です。ご興味のある方はぜひご覧ください。
眞木様
佐賀県 営農組合所属
米・麦・大豆4ha
▷営農組合で管理している農地全体の農作業の効率化を実現したい
▷適切な作業計画を策定・実行することで作物の品質の平準化+収量アップを図りたい
▷所属している営農組合が高齢化により、オペレーターが不足していた
▷営農組合で管理している農地の他にも、自身の農地の管理やさまざまな役職を兼務していて多用のため、業務効率化が必要
▷ザルビオの各種マップを作業員と共有することで、作業計画が立てやすくなった
▷生育ステージ予測を活用し、最適なタイミングで除草剤の散布や堆肥の施肥ができるようになった
▷ザルビオの作業記録を出力することで、農協提出用のGAPの書類作成時間が90%削減できた
▷地力の弱い場所に肥料を撒けるようになったため、収量が増加した
「アメリカ式農業」を日本で取り入れるには、農地の集積・集約化が肝
日本でも、農林水産省などが主導して、全国的に農地の集積・集約化による農業の大規模化が進みつつあります。
ただ、日本の農業は中山間地の傾斜地や狭小地にも農地が多く、気候も多様性に富んでいます。そのような環境下で、地域ごとに豊かな品種の作物を生産してきました。大規模な平地が確保できるアメリカと同等には効率化が進められません。
また、日本の食文化は多様性が特徴であり、小規模経営農家の重要性は今後も変わらないでしょう。こうした点は、日本の農業の大規模化が進まない理由の1つと考えられます。
その中で、アメリカ農業に学ぶ点があるとすれば、多くの農地を平野部に集約し、米や小麦、大豆、施設栽培トマトなど、需要の高い作物を大規模化・効率化により生産しながら、一方で、従来の小規模な農業で多様な食文化を支えるという二極化をめざすことではないでしょうか。
農家を守る政策が充実! 「農業大国」アメリカの今後
shimanto/ PIXTA(ピクスタ)
アメリカの2012年以降の農家所得推移を見ると、ピークは2013年の1,237億ドルでした。その頃には及ばないものの、ここ10年で最も下落した2016年の623億ドル以降は年々増加し続けています。安定的に所得が上がり続けることで、農業者の生活も守られます。
出典:農林水産省「主要国の農業情報調査分析報告書(平成31年度)」所収「1.米州地域:北米の農業政策・制度の動向分析報告書」
アメリカでは所得が安定的に増加している点以外にも、農業者の所得を守るしくみが多くあります。
例えば、2014年に成立した「農業法」では、市場価格が実効参照価格を下回った場合にその差額の一部を補てんする「価格損失補償」や、ある年の収入が定められた保証収入を下回った場合に、その差額の一部を補てんする「農業リスク補償」のしくみが制定されました。
アメリカの農業法は5年に1度改定されます。2014年の次の最新の改定である2018年農業法においても、これらの所得の保証に関する制度は継続されています。
このように、国が農業の大規模化・効率化を推進する一方で、政策として農家の経営リスクをできる限り減らしています。こうした政策により、アメリカは今後も世界第1位の食料輸出国として、農作物の生産量を保っていくことが予想されます。
アメリカは広大な土地の利を活かし、土地にふさわしい作物に特化して農地の大規模化や少ない人手で生産量を上げる効率化を推進してきました。同時に、アグテックなどの最新技術を農業に活用し、世界一といわれる農産物の生産・輸出量を実現しています。
土地の条件も気候も食文化も、アメリカと異なる日本の農業ですが、アメリカ農業の大規模化や効率化などから応用できることを探りつつ、日本の農業に沿う形で取り入れていきましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。