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地域の農業を未来に繋いでいく。株式会社田切農産の取り組み

地域の農業を未来に繋いでいく。株式会社田切農産の取り組み

中央アルプスと南アルプスに囲まれた穏やかな田舎町で、地域の農業を絶やさないために活動している株式会社田切農産。その工夫と取り組みについてお話を伺いました。

株式会社田切農産 代表取締役 紫芝 勉(ししば つとむ)さんプロフィール

株式会社田切農産 代表取締役 紫芝 勉さん

株式会社田切農産 代表取締役 紫芝 勉さん

八ヶ岳中央農業実践大学校を卒業後、農業実習のためアメリカへ留学する。帰国後は父親とともに畜産経営を始める。株式会社田切農産設立に当たり、代表に抜擢。集落営農の持続のためにさまざまな活動に取り組む。

助け合いの気風と営農組合が地域農業を支えてきた飯島町

中央アルプスと南アルプスの雄大な山々に囲まれた長野県飯島町。総人口1万人にも満たない穏やかなこの町で、株式会社田切農産は地域の農業を存続させるための取り組みに励んでいます。

株式会社田切農産 代表取締役 紫芝 勉さん(以下役職・敬称略) 今から30年以上前、若者が都市部へ流出し、将来の担い手不足を危惧して組織されたのが飯島町営農センターです。

営農センターが飯島町内の農業振興に向けた現状分析や企画立案を行い、飯島町内にある4つの地区の営農組合によって農地の管理やマネジメント、農作業や加工作業の受託などに取り組んでいました。

当時はまだまだ体力のある若い農家も多く、農作業の受託や農地・農機具の貸し借りなど、地域の農業で何か困ったことがあれば地域の中で力を合わせて解決しようという気風が強くありました。

担い手不足の深刻化で顕著になった地域農業の危機

日本が抱える問題である「少子高齢化」と「農業の担い手不足」は深刻です。飯島町も例外ではありません。

飯島町で進む農業の担い手不足

令和2年に飯島町がまとめたデータによると平成31年には町内の人口構成のうち20代の人口が最も少なくなっています。

その反面、65歳以上の老年人口は増加しており、平成2年には18.4%だった老年人口の割合は、令和元年には36.7%にまで達しています。

出典:長野県飯島町「飯島町勢要覧令和2年度版【資料編】」

また、基幹的農業従事者数(販売農家)の年齢構成比を見てみると77%もの割合を65歳以上が占めていることがわかります。

しかし、2015年と2020年を比べると、65歳以上が528人から404人大きく減少しているのに対し、49歳以下は42人から45人に増えています。

2015年の地区営農組合の法人化以降、地区営農組合と田切農産など農業法人が連携して、農地と農作業を引き受け、地域農業を支える仕組みが機能しはじめているといえるでしょう。(詳細後述)

飯島町の基幹的農業従事者数(販売農家)の推移

出典:長野県 企画振興部 総合政策課 統計室「統計ステーションながの(長野県の統計情報)」よりminorasu編集部作成

助け合いの気風だけでは農地の維持さえ難しい

そうした中でも、高齢によって農地管理や農作業が困難になってしまった農家を手助けするため、営農センターが立てた農業振興計画のもと、比較的若い農家や兼業農家に助けを仰いで農業経営を継続できるように地域で努力していました。

紫芝 営農センターでは10年に1度、農家の状況を把握するために組合員を対象としたアンケート調査を行っています。調査の結果、組合員の6割が「営農組合が法人化したら農地を預けたい」と考えていることがわかりました。

農家同士で助け合って地域の農業を守るために力を合わせるどころか、それぞれ自分の農地を守ることで精一杯。または、それすらも困難な状況になっていたのです。

「持続可能な地域農業」を実現するために。「二階建て」の法人化

「担い手法人」として住民の声から生まれた田切農産

農業の担い手不足が深刻化するなか、高齢化した農家や後継者がいない農家の農地管理や農作業を支援する「担い手法人」として生まれたのが田切農産です。

2005年に飯島町田切地区の250人以上の住民を株主にして設立され、2010年に株式会社化しました。

地区営農組合の法人化で地域農業を支えていく決断

助け合いの気風とこれまでの営農組合の機能だけでは、この危機を乗り越えられない。そこで生まれたのが「地域農業を支えるための法人化」です。

紫芝 もう地域の中だけでの助け合いでは、地域の農業の課題を解決できなくなっている。そう判断し、地区営農組合の法人化に踏み切りました。

2015年に飯島町内の4つの地区ごとに一般社団法人としての営農組合を設立したのです。

地区営農組合が農地を調整し、田切農産が営農を支援する

特徴的なのは、地区営農組合と田切農産を中心とした農業法人が、分業して地域農業を支えている点です。

紫芝 農地の利用調整などマネジメント的な領域と、農作業・加工作業受託や農機具管理、作物の販売などの実務的な領域を切り離し、分業化していきました。マネジメント的な領域を営農組合が、実務的な領域を田切農産が担っています。

田切農産ではそれぞれの農家の抱える課題解決に向けて、実務的な領域の担い手となることで地域農業を守るための支援を行っています。

二階建て方式の法人化 概念図

二階建て方式の法人化 概念図
出典:株式会社田切農産ホームページ

田切地区の集落営農システム

田切地区の集落営農システム
出典:株式会社田切農産ホームページ

高齢農家が安心してUターンを待てるように農地を守る

営農継続が困難な高齢農家が引退できるように農作業を引き受ける

地域の農業を守るための大きな課題の一つが、農家の高齢化です。先ほど飯島町の農業・林業における60歳以上の割合を述べましたが、70歳以上に絞り込んでいくと、その割合は実に44.6%を占めることがわかっています。

年を重ねて行くにつれて、それまでできていた農作業も日に日にできなくなってしまう。しかし、代々受け継いできた農地を簡単に手放したくないという思いから、体に鞭打って農作業を続ける高齢農家が多くいるのです。

紫芝 農業の跡を継いでくれる後継者がいなかったり、農地運営を担ってくれる存在がいないから農業を辞めることができないという高齢農家が安心して引退するには、農地の管理や農作業を引き受けてくれる誰かに農地を預けるほかありません。

田切農産ではこういった高齢農家から農地を預かり、ほ場の耕起から収穫まで、栽培におけるすべての作業を一手に引き受けます。

栽培された蕎麦の製粉

栽培された蕎麦の製粉などといった加工作業も請け負っている

農地を預かり管理することでUターンの新規就農者にも対応できる

後継者がいないという悩みを抱える農家の中には、実は都市部で暮らす家族がいるという方も多くいます。後継となりうる人がすぐに農地を引き継ぐことはなくとも、数年後にUターンで就農する可能性は残っているのです。

しかし、いくら将来的に農家の跡を継ぐ可能性があったとしても、それがいつになるかわからない以上、ほ場を長期間放置することはできません。

都市部に暮らす将来の後継ぎが就農するときまで、田切農産で農地を預かり、農作業や農地管理を行うことで、Uターンで新規就農するハードルを下げることができます。

また、田切農産ではUターンで新規就農することになった方向けの作物栽培や農場経営に関する指導も行っています。

田切農産の管理するほ場の一部

田切農産の管理するほ場の一部

農地を守り、管理することで、過疎地域に雇用を生み出す

地域の農家に業務委託

田切農産で農地を引き受けるとはいっても、組織のマンパワーにも限界があります。田切農産の人員で対応できない場合は、営農組合員の中から作業を請け負ってもらえる農家や地権者、その家族で準組合員として営農組合に加入した方に仕事を発注します。

紫芝 同じ地域の農家といえども、請け負うことができる仕事のキャパシティはそれぞれ違います。どういった作業であれば引き受けることができるのか、どれだけの時間作業ができるのかなどをヒアリングし、仕事を発注しています。

高齢化・過疎化が進む中で、地域の雇用は減少傾向にありますが、働かなければ生活するだけのお金を稼ぐこともできません。

景観管理のための草刈りなどを業務委託やアルバイト、パートなどという形で仕事を地域の方にお願いすることで、農家間の助け合いの架け橋になるだけでなく、雇用創生にも繋げることができるのです。

地域の障害者支援施設との連携

外部に作業を委託する際には、地域の就業継続支援事務所に発注することもあります。例えば、田切農産で管理・販売している農業生産物の中に、「桜」があります。さくら餅には桜葉の塩漬けが使われますし、懐石料理のあしらいとして桜の花が使われることもあります。

桜葉の国内シェアの多くは静岡県松崎町が占めていますが、近年、後継者不足などの問題で生産農家数は減少しており、一方で海外産の桜葉の流通量は増加しています。国産の桜葉を栽培する産地形成のため、とある食品メーカーから田切農園へ打診があったそうです。

紫芝 栽培環境という面では特に問題はありませんでしたが、収穫から発送までの手間が課題となりました。

桜葉の塩漬けを作る際、収穫した桜葉を同じ大きさのものごとに仕分けてから塩漬けの加工を施します。地道でとても手間がかかりますが、その分多くの利益が得られる作業というわけではありません。こういった仕事を、地元の就業継続支援事務所に在籍する障害者の方に発注しています。

メーカーとのやり取りは田切農産で行い、収穫から加工、発送までを就業継続支援事務所の方にお願いしています。この仕事の売り上げから田切農産が手数料などのマージンをいただくことはなく、全額を就業継続支援事務所にお渡ししています。

田切農産では、このように農福連携による雇用創生にも積極的に取り組んでいます。

手厚いサポートで新規就農者を受入れて地域農業の担い手を育てる

研修制度の参加者

研修制度に参加している方たち
出典:株式会社田切農産ホームページ

「地域の助け合いだけではどうにもならない」。それを解決するために法人化して課題解決に取り組んできた田切農産ですが、農地を預けたいと考える農家は近年ますます増えているといいます。このままでは農地を引き受ける側の負担がどんどん大きくなるばかりです。

そこで、田切農産が現在取り組んでいるのが新規就農者へのサポートです。新規就農を考えている方を「正社員」「パート」「研修生」のいずれかとして受け入れ、栽培や農場経営を学べる研修制度によって、農家としての独立を目指す方へのサポートを行っています。

紫芝 栽培や農場経営のノウハウを学ぶ研修プログラムの実践はもちろん、この地域で農業を学ぶための拠点となる住居提供、紹介も行っています。田舎暮らしを少しでも快適にできるよう、地域での生活サポートも行っています。

また、雇用契約を結んでいるので、研修生といえども月給が発生します。生活資金だけではなく、将来の独立資金に活用してもらえるようになっているのです。

研修終了後も農地や農機具を比較的安価に貸与できるようにしたり、作物栽培を委託することで、できるだけ少ない支出で農業収入を得られるようにサポートしています。

新規就農のうち、およそ35%が農地確保や資金確保などの困難さから離農していたというデータもありますが、新規就農者をサポートする体制を整えることで新規就農者の離農を防ぐことができます。

出典:総務省行政評価局「農業労働力の確保に関する行政評価・監視-新規就農の促進対策を中心として-<結果に基づく勧告>【概要】平成31年3月」

筆者が取材に伺った日にも、新規就農を志して田切地区にやってきた方がおられました。田切農産には新規就農相談のほかにも、地域への移住相談にくる方もいるそうです。

新規就農者の独立サポート

新規就農者の独立に向けてさまざまな面でサポートを行っている
出典元:株式会社田切農産ホームページ

顧客のニーズに応える「出口戦略」で農家の収入を増やす

どれだけ栽培の体制を整えても、売り先がなければ農業収入を得ることはできません。田切農産では、地域の特色を生かして販売ルートを確立してきました。

柑橘系以外であればなんでも栽培可能な環境を生かす

田切地区では、年較差・日較差が大きいことに加え、中山間地帯の農地の高い保水力などの環境的条件により米や野菜類など、さまざまな作物を栽培することができます。

紫芝 田切農産の取引先の半数以上は食品メーカーです。世の中に流通しているさまざまな食料品の原材料となる作物を卸しています。

排水性の高い土壌を好む柑橘類などを除けば、米や野菜、果樹などさまざまな種類の作物を栽培することができます。そのため、さまざまなバリエーションの作物を定量的に仕入れたい食品メーカーのニーズに応えることができるのです。

また、メーカーから依頼があれば、それまでに栽培していなかった作物でも栽培することも可能です。もちろん、栽培経験のない作物を栽培するのは簡単なことではありませんが、可能な限りニーズに応えていくことによって、新たな取引の可能性も生まれます。

栽培されたさまざまな作物の販売

直売所「キッチンガーデンたぎり」には地域で栽培されたさまざまな作物が販売されている
出典:株式会社田切農産FaceBook

地域で取り組んでいた環境に優しい農業が企業に高評価

生息環境の保護のためにコマツナギの植栽

ミヤマシジミの生息環境の保護のためにコマツナギの植栽を行っている
出典:田切農産ホームページ

田切地区では、この地域に生息する絶滅危惧種に指定された「ミヤマシジミ」という蝶を保護するため、田切農産の設立前から環境に配慮した農業に尽力してきました。この活動が、作物の販売にも影響しているといいます。

ミヤマシジミはコマツナギという植物の蜜を吸う蝶です。かつては東京など広い地域で生息が確認されていたようですが、都市開発などの影響でコマツナギが減少したことから生息地が限られるようになり、現在は愛知県以西では確認されていません。

紫芝 絶滅危惧種であるミヤマシジミ、そしてほかの動植物と共生していける環境を守るために、この地域では古くから環境保全活動に取り組んでいました。コマツナギの植栽やビオトープ作りはもちろん、農作業についても工夫しています。

可能な限り有機肥料を活用し、減農薬に努め、CO2排出削減に取り組んできました。SDGsへの関心が高まっている昨今、多くの企業でサステナビリティを意識した取り組みを行っていることもあり、この地域で行っている環境保全活動が評価され、取引につながっている側面もあります。

環境に配慮した栽培方法で作られた米などの作物は、その品質も高く評価されています。環境に優しく、おいしい作物が栽培できるという大きな強みが、顧客を惹きつけているのではないでしょうか。

農業体験×仕事×バケーション=「アグリワーケーション」で企業を呼ぶ

農作業のもつ「癒し」効果

草花などの自然と触れ合うことでストレスを軽減させる「園芸療法」の中でも、とりわけ土に触れて栽培にかかる作業=農作業を実践することでストレスを軽減させることを「アグリヒーリング」といいます。

2016年から順天堂大学では、農作業によるストレス軽減効果の実証実験を実施しています。

普段農業を行っていない人を対象として行われた調査では、短時間の農作業を行うことでストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの値が半減し、幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンの値が上昇したという結果が出ています。

また、この数値は農作業直後だけでなく帰宅前まで維持されることもわかっています。長期間滞在し農作業を行うことで睡眠サイクルもリセットされ、睡眠改善効果が出ることも判明しました。

この結果を受け、田切農産では農村で余暇を楽しんでもらえる施設の設立に動き出しています。

出典:農業協同組合新聞 2020年7月15日「体験型農園でストレス軽減 初の科学的実証-全中と順天堂大」

企業と提携しワーケーションの場を提供

近年話題になっている「ワーケーション」。ワークとバケーションを組み合わせた造語で、リモートワークによって観光地や休養地で働きながら休暇を楽しむ過ごし方のことを指します。

田切農産では、このワーケーションと農作業を組み合わせた「アグリワーケーション」という過ごし方を提案し、実現に向けて準備を進めています。

紫芝 中央アルプスと南アルプスに囲まれた雄大な自然の中でリラックスしながら仕事と休暇を楽しんでもらう。そして、滞在社員向けの講座として農作業を体験してもらうことで、農業を学びながら日々のストレスを解消していただく。

現在、そういったことができる宿泊施設の計画を、進めています。田切農産で管理している農地で農作業を体験し、田切農産の社員や地域の農家のコーチングのもと、農業体験や地域ボランティアに参加することができます。

栽培した作物の扱いは自由です。企業の社員食堂で使う食材としてもいいですし、町の直売所で販売してもいいでしょう。この施設での農業体験講座を通して、農業でお金を稼ぐということを体感していただきたいと考えています。

このようなアグリワーケーションが可能な宿泊施設を、企業の福利厚生として利用することができれば、社員に対してヘルスケアや多様な働き方の提案が可能になります。

農業体験のハウス

一般向けの農業体験や収穫体験も行っている
出典元:株式会社田切農産FaceBook

アグリワーケーションの実施で地域に雇用が生まれる

アグリワーケーション向け宿泊施設の設立によってメリットがあるのは、利用する企業だけではありません。

地域に新しい施設ができれば、そこで働く従業員を雇う必要があります。また農業体験でコーチングを依頼する場合には、地域の農家に業務委託として協力してもらうことで、田切地域にさらなる雇用を生み出すことができます。

紫芝 このような施設を作り、企業とwin-winの関係を築くことができれば、借り手の居ない農地を有効活用しながら地域の雇用を活性化させることができます。

そして、地域が賑わい、多くの人にこの地域や農業の魅力を知っていただくことで、新規就農者や移住者の獲得、未来の兼業農家の育成にもつながるのです。

宿泊用トレーラーハウス予定地からのアルプスの山々を眺め

宿泊用トレーラーハウスの設置が予定されている場所からは雄大なアルプスの山々を望むことができる

地域農業を守り育てる田切農産の取り組みの詳細は、ホームぺージやSNSでもご覧ください。

田切農産ホームぺージ
キッチンガーデンたぎりFacebook

田切農産の事業は、決して多くの利益を生み出すものではありません。しかし、地域と地域の農業を守るためにできることを実践していくことで、その地域のさらなる魅力を生み出し、10年、20年先の未来につなげていくことができるのではないでしょうか。

福馬ネキ

福馬ネキ

株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。

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