ホップ農家は儲かる? 多収を実現する栽培方法と、日本における現状の課題
クラフトビールの人気に伴い、国産ホップが見直されています。生産量が少なく、地域も限られているため、その栽培方法はあまり知られていませんが、アメリカやドイツの先進的な技術や機械を導入することで、大きく生産量を伸ばす可能性を秘めています。
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目次
国産ホップの生産量は、ビール製造大手メーカーの後ろ盾がありながらも、輸入ホップに押されて伸び悩み、衰退する一方でした。
しかし、全国的なクラフトビールの人気を受けてホップ栽培への注目が集まっており、新規参入者も増え、大きな変革のチャンスを迎えています。
クラフトビール人気の裏で、注目を集める「国産ホップ」
gr_K / PIXTA(ピクスタ)
日本でのホップ栽培というと、あまり例を聞かないと感じる方が多いかもしれません。しかし、日本でのホップ栽培の歴史は意外にも古く、ビールが日本に伝わった明治初期に、北海道で栽培に取り組んだのが始まりといわれます。現在でも富良野などでホップの栽培が続けられています。
昭和初期になると、ホップ栽培の中心は東北地方に移りました。戦後にかけて東北地方だけでなく長野や山梨、新潟などに産地を広げながら、1960年代に生産拡大のピークを迎えます。
その後は安価な外国産ホップの輸入が次第に増え、国産ホップの生産量は減少します。長野や新潟など、多くの県で栽培が終了しました。
現在、国内のホップ生産量は少なく、実態はなかなか把握できませんが、東北農政局が作成した資料を見ると、1980年代まで全国に約1,000ha以上あったホップの作付面積は、2019年には10分の1以下の99haにまで減っています。
出典:東北農政局「東北食料・農業・農村を巡る情勢等」よりminorasu編集部作成
出典:東北農政局「東北食料・農業・農村を巡る情勢等」のページ所収
「平成30年度 東北食料・農業・農村を巡る情勢」内「第1部 特集 III 東北におけるホップ生産(事例)」
「令和元年度 東北食料・農業・農村を巡る情勢」内「参考2 東北農業の概要」
一方で、近年話題となっているクラフトビール人気の高まりを受け、ホップを国内で生産しようとする動きが活発になっています。全国各地で個性的なクラフトビールを生産するビール醸造所(ブルワリー)ができ、原料となるホップも地元で調達するケースがよく見られます。
かつてはホップ栽培に向かないとされていた島根や九州など北緯35度以南の温暖な地域でも、ホップ栽培に挑戦し、徐々に成果を上げつつある生産農家が存在します。
クラフトビールだけでなく、キリンビール株式会社の「一番搾り とれたてホップ生ビール」やサッポロビール株式会社の「サッポロ SORACHI1984」など、大手メーカーからも国産ホップを使用した商品が販売され、国産ホップの増産を後押ししています。
「サッポロ SORACHI1984」
出典:株式会社 PRTIMES(サッポロホールディングス株式会社 ニュースリリース 2021年5月20日)
「一番搾り とれたてホップ生ビール」
出典:株式会社 PRTIMES(キリンホールディングス株式会社 ニュースリリース 2020年8月26日)
質の高い国産ホップを使うことがビールの付加価値となり、意欲的な就農者が新たにホップ栽培に参入したり、ブルワー(ビール醸造者)と協力して地域の活性化に取り組んだりと、ホップ栽培には熱い期待が集まっているのです。
これからホップ栽培を始めるには? 多収をめざす栽培のポイント
lalala / PIXTA(ピクスタ)
北海道の富良野周辺や東北など、古くからの産地ではビール醸造の大手企業が栽培にも関わっています。生産したホップの全量買い取りや品種改良など積極的な支援があり、先輩農家も多いため、ホップ栽培に新規参入しやすいといえます。
それ以外の地域でも、ここ数年のクラフトビールの需要拡大に伴って新規にホップ栽培に取り組む農家が増えています。その場合は新たな土地での栽培となり、それぞれ自分たちで得た知識をもとに、手探りで試行錯誤を重ねています。
ホップは定植してから安定した収穫が得られるまでに3年ほどかかることもあり、こうした新たな取り組みが軌道に乗り、栽培方法が確立されるにはもう少し時間が必要でしょう。
ここでは、従来のホップ栽培で主流とされてきた、冷涼な土地における基本的な方法に沿って、栽培のポイントを紹介します。
日本で栽培される主なホップ品種と栽培暦
岩手県遠野産ホップ「IBUKI(いぶき)」
出典:株式会社 PRTIMES(キリンホールディングス株式会社 ニュースリリース 2017年10月12日)
日本で栽培されているホップの主な品種には、耐病性が適度にあり堅調な生育が期待できる「ゼウス」や、アメリカンホップを代表する優良品種である「センテニアル」、サッポロビールが育種した「信州早生」、キリンビールが提供する「IBUKI」や「MURAKAMI SEVEN」などがあります。
基本的にどの品種も高温多湿が苦手ですが、「ゼウス」は島根での栽培の成功例があり、温暖な地でも比較的よく生育するようです。
ホップの栽培歴としては、2月に施肥し、初年は3~4月に苗を植えつけます。ホップは永年性のため、植えつけは初年だけで、翌年からは3~4月に根を切って「株ごしらえ」をします。地域によっては、植えつけや株ごしらえを秋に行うところもあるようです。
5~6月に追肥を行い、7~9月にかけて開花を迎えるので、毬花が開ききる前のまだ青く未熟な状態で収穫します。収穫後はすぐに乾燥させます。最近は乾燥しないで生のまま「ウェットホップ」として利用することも増えてきました。
ホップは冬になると地上部分がすべて枯れますが、春になると根を伸ばし、たくさんの芽を出します。ほかの果樹栽培と同様、土壌の硬化や養分の偏りに注意し、こまめに土壌管理をしましょう。
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ホップ栽培に適した気候・土壌条件
ホップは暑さには弱いですが耐寒性に優れており、雨の少ない冷涼な気候でよく育ちます。発芽に好適な温度は17~22℃です。日当たりがあり排水性のよい場所が適地で、pH6~7の土壌を好むとされています。
植えつけ方法と栽植密度
植えつけ前に有機肥料や苦土石灰を投入し、微酸性からアルカリ性に土壌を整えます。栄養欠乏が起きないよう、土壌診断したうえで必要な化成肥料を施肥します。
ホップは深根性なので、70~80cmの溝を掘って植えつけます。排水性が悪い場合は畝を作るなどして、水はけをよくします。
Y字型の蔓上げ方式の場合、栽植距離は4.0m~1.6mで10a当たり160株、または、3.6m×1.5mで10a当たり185株を目安に株間を取るとよいでしょう。
伸長量を確保する施肥設計の目安
基肥には、窒素、リン酸、カリウムのほかにカルシウムが必要です。ホップはこれら4つの養分を多く吸収するため、十分に含むように施用します。
施肥量は、前年のホップの吸収量や利用率から、適量を割り出しましょう。参考までに、2002年頃の岩手県北ホップ農協の施肥基準では、窒素(N):18%・リン酸(P):15%・カリウム(K):14%、有機物5%以上、pHは6.0~6.5の微酸性が好ましいとされています。
出典:農林水産省「都道府県施肥基準等」ページ内「青森県 畑作物等生産指導要領」所収「栽培の要点(葉たばこ・ポップ・なたね・小豆・ハトムギ・ひえ・あわ・ごま・アマランサス・エゴマ・ヤーコン)」
収量に直結する「栽培管理」
星崎貞 / PIXTA(ピクスタ)
ホップの萌芽期以降の栽培管理は、以下の手順で行います。
糸下げ
萌芽期の4月上旬、ホップの蔓をからませるために、棚の最上部の針金に糸を結んで地上まで下ろし固定する作業です。一定間隔で糸をしっかりと結びつけます。このとき、外周は防風帯を作るため、間隔を狭くします。
選芽
ホップは一株から40本前後もの芽を出します。5月上旬頃から、5~8本を残してほかの芽を株の基部から抜き取ります。
蔓上げ
蔓が30~50cmに伸びたら、1本ずつ糸に巻き付けます。
土寄せ
選芽と蔓上げが終わったら土寄せをします。根の発達を促し、干害・湿害や風から蔓を守るなど重要な役割があります。蔓下げをしたあとも、もう一度土寄せをしましょう。
蔓下げ
6月に入り、蔓が伸びて棚や支柱の頂点に達する前に、下から蔓をそっと引いて、蔓の先端位置を下げます。下げる幅は、開花の際、棚の頂点に達するよう成長の早さを見ながら調整します。
こうすることで、棚の上部で蔓が混みあって日当たりが悪くなったり、棚の上まで伸びた蔓が折れたりするのを防止し、収量を増加させます。
引っ張って緩んだ蔓は、株元から1.5mくらいまでは花が付かないので、そこで輪にしてまとめます。まとめた蔓は、地面に触れると猛暑日に葉焼けすることがあるので注意しましょう。
側枝(子づる)摘心
ホップの花芽は第2側枝に多く着くので、側枝の伸長を促すため、側枝が伸びるにしたがって下から順次、第1節を残して摘心します。手が届かない高所は、側枝剪定機を使います。これをすることで、花を多く着けるほか、葉が茂って日当たりが悪くなるのを防ぎます。
naonao / PIXTA(ピクスタ)
ホップべと病など、病害虫の適切な防除も不可欠
ホップ栽培で注意すべき病害虫は、春先のアブラムシ類、ハダニ、フキノメイガなどの害虫のほか、最も代表的な病気であるホップべと病、毬花だけに発生する灰色かび病、品質低下や減収を引き起こすホップ矮化病などの病気があります。
べと病には銅水和剤の「ドイツボルドーA」、ホセチル水和剤の「アリエッティ水和剤」など、灰色かび病にはバチルス ズブチリス水和剤の「セレナーデ水和剤」などが有効です。
なお、ここで挙げた農薬は、2021年10月現在、ホップへの適用が登録されているものです。使用に当たっては、ラベルをよく読んで必ず用法を守ってください。
収益化は可能? 国産ホップ栽培の現場が抱える2つの大きな課題
naonao / PIXTA(ピクスタ)
まだまだ生産量は少ないものの、新規参入が増えつつあるホップ栽培は、ブルワリーとの連携もあって順調に増産するように思われます。
しかし、一方で伝統的なホップ産地では深刻な課題に直面していることもあり、ホップ栽培の持続を不安視する声もあります。
小規模かつ分断された耕作地により「新規参入が難しい」現状
ホップ栽培には、特別な棚や、5mという高所で作業するための農機などが必要で、大きな初期投資がかかります。それに加え、新規にホップ栽培を始める場合、苗の定植から十分な収量を確保できるまでに3年はかかります。
つまり、当初の3年は、ほとんど収入を見込めません。新規参入農家にとって現実的なのは、既に整備されている廃作予定の園地を引き継ぐことです。
しかし、古くからあるホップ園地は小規模に分断され点在していることが多く、農機が入らないことも少なくありません。これが作業効率を悪くし、運よく廃作予定の園地を引き継いだとしても十分な収益を上げられない要因になっています。
一方、ホップの栽培が盛んなドイツやアメリカで用いられている最新の栽培方法や農機を取り入れた場合は、かなりの省力化が期待できます。実際に、まったく新規に農地を確保してホップの栽培を始めた農家が、最新技術を取り入れた結果、経営を軌道に乗せたケースもあります。
しかし、古くからある産地ほど、既に入り組んでしまっている農地の集約・大規模化が難しく、なかなか新しい技術の導入が進まないという深刻な状況にあります。
ホップの機械収穫(アメリカ)
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機械・施設の老朽化による負担増や、繁忙期の労働力不足
ホップ栽培は、戦後に生産のピークを迎えてから半世紀近くの間、衰退の一途をたどってきました。その間、ピーク時に導入した施設や農機類は老朽化し、栽培方法も当時のまま、ほとんど変わっていません。そのため、作業効率が低下し、農機を修繕するための費用負担も増加しています。
農機を更新するとしても多額の費用がかかりますが、活用できる補助制度などもなく、資金繰りが難しい状況です。ホップの乾燥機など、地域で共有している農機が壊れたら、地域全体でホップの生産が不可能になってしまう可能性もあるのです。
また、特に収穫時期には大きな負担がかかりますが、農家の減少による労働力不足により、一人当たりの作業量が多くなっています。昔のように農作業のために親戚が集まることも減り、地域全体で労働力が不十分であることも課題の1つといえます。
ホップ栽培面積日本一! 岩手県遠野市の取り組みから見る国産ホップ栽培の今後
2016年「ビールの里プロジェクト」の発足
出典:株式会社 PRTIMES(株式会社 Next Commons ニュースリリース 2016年10月11日)
伝統的なホップの産地である岩手県遠野市では、キリンビールが収穫したホップを全量買い取ってくれることや、ビールのパッケージに「岩手県遠野産ホップ使用」と明記されていることから知名度もあり、ホップ栽培農家としてはかなり恵まれている状況です。そのため、毎年のように若い新規就農者が集まっています。
しかし、担い手の問題が解決したとしても、生産体制や設備が整っていなければ、持続的なホップの生産体制が確立できません。
そこで、遠野市では、2016年に持続可能なホップ栽培をめざす「ビールの里プロジェクト」を立ち上げました。遠野市と先進的なホップ農家、キリンビールやブルワリー関係者などが連携し、行政と民間の垣根を超えて議論を重ねてきました。
現在は、老朽化した機械設備の刷新や園地集約の実現に向け、ふるさと納税を活用した資金調達に取り組んでいます。国産ホップの復興に向けて、大きな一歩を踏み出したといえるのではないでしょうか。
参考サイト:
遠野市「ビールの里づくり協議会(TKプロジェクト)」
遠野市「ビールの里プロジェクト 公式サイト」
ふるさとチョイス「遠野市は『ホップの里』から『ビールの里』へ」
遠野ホップ収穫祭
出典:株式会社 PRTIMES(株式会社 Next Commons ニュースリリース 2016年10月11日)
近年、国産ホップの需要が高まっており、長い間衰退の一途をたどってきたホップ栽培の状況を改善するチャンスが訪れています。
国産ホップにはビール以外の活用方法も次々に見いだされており、今後一層の需要増が見込まれます。持続的に生産量を上げ、「儲かる作物」になるよう、地域を挙げた取り組みが期待されています。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。