新規会員登録
BASF We create chemistry

「GABA高蓄積トマト」とは? ゲノム編集による品種改良の現状と最新動向

「GABA高蓄積トマト」とは? ゲノム編集による品種改良の現状と最新動向
出典 : taa / PIXTA(ピクスタ)

昨今、作物の品種を改良する新たな方法として「ゲノム編集」が注目されており、その技術で生まれた「GABA高蓄積トマト」も商用化の動きを加速させています。そこで今回はゲノム編集の基本的な知識や安全性、「GABA高蓄積トマト」の最新動向を紹介します。

  • 公開日:

記事をお気に入り登録する

そもそもゲノム編集とは? 最新技術による育種の現状

ゲノム編集と聞くと、よくわからない特殊な技術を用いて品種を作る(育種)方法というイメージを持つ方もいるのではないでしょうか。

まずは「ゲノム編集」とはどういった技術なのか、現在の育種技術の状況などもふまえながら解説します。

従来の育種技術とゲノム編集の違い

自然に起きた突然変異を利用して開発されたイチゴ品種「淡雪」

Taisuke / PIXTA(ピクスタ)

育種とは、なんらかの方法によってDNA配列を変化させ、より価値の高い品種を作り出すことです。現在の育種技術として、ゲノム編集を含む、次の4種類が挙げられます。

交配育種:異なる系統の品種をかけ合わせて、ゲノムが混じりあうことによって、さまざまな形質を得る
突然変異育種:自然に起きた突然変異や、放射線などで人工的に誘導した突然変異によって、DNA配列を変化させ、さまざまな形質を得る
ゲノム編集による育種:人工酵素によって、DNA配列の特定の場所を切断して突然変異を誘導し、狙った形質を得る
遺伝子組み換えによる育種:ほかの生物の遺伝子をゲノムに組み込んで、狙った形質を得る

2番目の突然変異育種では、放射線などによって突然変異を誘導しますが、突然変異は狙った場所以外でもランダムに起きてしまいます。

そのため、まず突然変異体を大量に作成して、その中から狙った変異が起きた変異体を選抜します。そのあと、戻し交配を繰り返し行って、長い時間をかけて、意図しなかった変異を取り除いていきます。

突然変異育種には、多くの時間と労力がかかるのです。商用化までの期間は、一般に、数年から数十年程度といわれています。

3番目のゲノム編集による育種は、突然変異から有益な形質を選ぶという点で、従来行われてきた突然変異育種と変りません。

しかし、ゲノム編集では、DNA配列の狙った場所を切ることで突然変異を誘導できるため、変異体の選抜や戻し交配にかかる労力や時間を大幅に削減することができます。商用化までの期間は、一般に、1年から4年程度といわれています。

安全性は? ゲノム編集と遺伝子組み換えとの違い

育種の方法には、遺伝子組み換えもあり、これもゲノム編集とは大きな違いがあります。

ゲノム編集

ゲノム編集技術の1つであるCRISPR-Cas9

ゲノム編集技術の1つであるCRISPR-Cas9
Dmitry Kovalchuk / PIXTA(ピクスタ)

ゲノム編集は、生物が遺伝子を修復しようとする性質を利用しています。

通常、DNA配列が切断されると修復が行われますが、稀に修復ミスが起こり、本来現れるはずの形質が出なくなるなどの変化が生じます。一般的にこの現象が突然変異と呼ばれています。

昔から、生物自らも、DNA配列を切ったりつなぎなおしたりして、生き延びるための形質を獲得してきました。人為的に突然変異を起こす育種も従来から行われてきました。

ゲノム編集は、DNA配列の狙った場所を切断する技術であり、切断後に起きる現象自体は自然界の突然変異と変りません。また、その生物がもともと持っていない遺伝子を残すこともありません。

そのため、安全性は、従来の育種でできた品種と同程度であると考えられています。

遺伝子組み換え

ゲノム編集が、対象となる生物がもともと持っているDNA配列の特定部分を切断して、突然変異を誘発する技術であるのに対し、遺伝子組み換えは、ほかの生物の遺伝子をゲノムに組み込む技術です。

そのため、これまでの育種技術では付与できなかった形質をその生物に与えることができます。

しかし、もともと生物が持っていない遺伝子が残るため、予期せぬさまざまなリスクがあると考えられ、各国とも安全性の審査・生物多様性への影響などについて審査が行われています。(詳細後述)

現在、日本国内では遺伝子組み換えによる育種は行われていませんが、海外で開発された、除草剤に強かったり害虫に強かったりする作物(大豆・とうもろこし・なたね・綿など)が輸入されています。

これらの遺伝子組み換え作物は、主に飼料やサラダオイルに加工され、厚生労働省・食品安全委員会による審査を経て流通しています。

遺伝子組み換えの模式図

遺伝子組み換えの模式図
uday - stock.adobe.com

普通に栽培・販売できるの? ゲノム編集技術を利用した食品の取り扱いルール

農家として気になるのは、実際にゲノム編集された作物を栽培・販売できるか、ということです。ゲノム編集作物・食品については、以下に説明するルールが2019年10月から運用されています。

ゲノム編集作物・食品は「遺伝子組み換え生物等」に当たるのか?

日本には、通称「カルタヘナ法」(注)と呼ばれる遺伝子組み換え生物などの使用規制を定めた法律があります。

(注)カルタヘナ法:「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」

この法律の対象となるのは「遺伝子組み換え生物等」であり、ゲノム編集作物・食品がこれに当たるかについては、厚生労働省の審議会(注)で慎重に審議されました。消費者団体や農業関連団体の意見も聞いたうえで、2019年3月に最終的な報告書がまとめられました。

(注)厚生労働省の薬事・食品衛生審議会に設置されている遺伝子組換え食品等調査会及び新開発食品調査部会

薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会、新開発食品調査部会 報告書「ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて」

この報告書では、ゲノム編集技術応用食品が「遺伝子組み換え生物等」に当たるかについて、次のような基本区分を定めています。

組み換えDNA技術に該当する
「ゲノム編集技術応用食品の中で、外来遺伝子及びその一部が除去されていないものは、組換えDNA技術に該当し、規格基準に基づく安全性審査の手続を経る必要がある」

組み換えDNA技術に該当しない
「ゲノム編集技術応用食品の中で、外来遺伝子及びその一部が残存しないことに加えて、人工制限酵素の切断箇所の修復に伴い塩基の欠失、置換、自然界で起こり得るような遺伝子の欠失、さらに結果として1~数塩基の変異が挿入される結果となるものは、食品衛生法上の組換えDNA技術に該当せず」
(「ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて」より引用)

この審議と並行して、環境省が生物多様性の観点での方向性を決定、農林水産省が手続きの詳細を決め、消費者庁が食品表示のあり方について方針をまとめました。運用は、2019年10月から始まっています。

取扱いはゲノム編集技術の種類によって異なる

実際の取扱いに当たっては、ゲノム編集技術をタイプ1・タイプ2・タイプ3の3種類に分けています。

・タイプ1:標的DNAを切断し、自然修復の過程で生じた変異を得る
・タイプ2:標的DNAを切断し、併せて導入したDNAを鋳型として修復させ、変異を得る
・タイプ3:標的DNAを切断し、併せて導入した遺伝子を組み込むことで変異を得る


このうち、「タイプ1」と「タイプ2」の一部については、自然界や従来の育種でも起こりうる変異ととらえることができるため、遺伝子組み換え食品としての安全性審査は必要なく、開発事業者が届け出る制度になりました。

ただし、届出に当たっては、「遺伝子組み換えに当たらないか」の「事前相談」をすることになっています。

ゲノム編集により生まれた「GABA高蓄積トマト」とは? その概要と最新の動向

ゲノム編集の有名な成功例である「GABA高蓄積トマト」は、2020年12月に国への届出と情報提供を終え、商用化に向けた動きが加速しています。この項では「GABA高蓄積トマト」の概要や最新の動向について詳しく紹介します。

GABA(ギャバ)とは?

GABA(gamma-aminobutyric-acid)はアミノ酸の一種

chrupka/ Shutterstock.com

GABAは、アミノ酸の一種(gamma-aminobutyric-acid)で「ギャバ」と呼ばれています。GABAには、脳の興奮を鎮めて緊張やストレスなどをやわらげる働きがあるといわれています。また、GABAには、睡眠の質を高めたり、高めの血圧を下げることが報告されています。

「GABA高蓄積トマト」開発の背景

トマトは国内外を問わず生産や消費量が多い野菜であり、GABAの含有量もほかの食品に比べて2~50倍の量を誇ります。

しかし、この量でも健康機能に対する効果を得るのは難しく、さらに栽培環境によってはGABA量が安定しないことが報告されたこともあり、GABAを安定的に高蓄積化させることが求められていました。

一般的な品種よりもGABA含有量が多くなった「GABA高蓄積トマト」

ゲノム編集によるトマトの育種

Ivan Karpov/ Shutterstock.com

そこで、筑波大学が研究を行った結果、GABAを分解する酵素を抑制するよりも、GABAを作りだす酵素を活性化させるほうが安定的な蓄積に効果があることを発見したのです。

ゲノム編集技術によって酵素遺伝子に変異を導入することで、酵素活性の向上に成功しました。ゲノム編集によって生み出された「GABA高蓄積トマト」は、元品種の4~5倍のGABA含量を誇ります。

「GABA高蓄積トマト」の流通は、同大発のベンチャー企業「サナテックシード株式会社」が担っており、厚生労働省への届出も同社がすませ、情報公開も既に行われています。

サナテックシード株式会社 ホームぺージ

厚生労働省「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧」
農林水産省「届出されたゲノム編集飼料及び飼料添加物一覧」

ただし、届出られた「GABA高蓄積トマト」が新品種として販売されるわけではありません。これを親系統として別系統のトマトと掛け合わせた「シシリアンルージュ ハイギャバ」という品種をベースに商用化する流れになっています。

当面は契約農家にのみ苗を提供。農業者向けの種子販売は見送りに

「GABA高蓄積トマト」の栽培や加工が今後一般の農家で行えるのかも気になるところですが、残念ながら、当面行われません。

当初は一般農家に向けて種苗を販売する予定でしたが、不測の交雑を防ぐため現在は方針を転換し、種苗の供給は契約農家に限っています。契約農家によって栽培された「シシリアンルージュハイギャバ」を原料とする加工食品を一般消費者向けにオンライン販売して行く予定で、既にトマトピューレが販売されています。

パイオニアエコサイエンス株式会社は、シシリアンルージュの商品化に取り組んでいる

パイオニアエコサイエンス株式会社は、シシリアンルージュの商品化に取り組んでいる
出典:ソーシャルワイヤー株式会社(学校法人明治大学 ニュースリリース 2015年7月29日)

トマトピューレの販売は「パイオニアエコサイエンス株式会社」が、マウロの地中海トマトのぺージ内 で行っています。

家庭菜園向けには、2021年春に栽培モニター募集の形で苗の無償配布をしており、この時は5,000人を超える申し込みがありました。

「GABA高蓄積トマト」をはじめ、ゲノム編集された食品の普及には社会受容の向上が必須

「GABA高蓄積トマト」の開発に当たった、筑波大学生命環境系教授でつくば機能植物イノベーション研究センター長の江面浩さんは、ゲノム編集作物の社会受容の向上に必要な要素を3点挙げています。

1. 消費者にゲノム編集の仕組みや安全性を理解をしてもらうこと
2. 消費者ニーズの高い作物から優先して上市すること
3. 消費者に丁寧な情報発信を続けること

特に3点目の「消費者への丁寧な情報発信」について「開発者が自ら消費者に語りかけ、熱意を伝えることが重要」とし、そのためには、時間が限られた開発者と消費者をつなぐコミュニケーターを置くなどの仕組み作りが必要だと述べています。

出典:独立行政法人農畜産業振興機構 野菜情報 2020年1月号「ゲノム編集食品の動向と高GABAトマトの開発・実用化について」

農家も、近い将来、ゲノム編集作物を栽培し販売する日がくるかもしれません。機能野菜など高付加価値作物の導入を考えている農家の方は、今から、ゲノム編集の仕組みやメリット、安全性について知見を高めておけば、大きな力になるのではないでしょうか。

今回は、ゲノム編集技術の詳しい仕組みやゲノム編集によって生み出された「GABA高蓄積トマト」について紹介しました。ゲノム編集は、高付加価値作物の開発技術として大きな期待が寄せられています。

現在、日本では「GABA高蓄積トマト」が商用化に向けて動いていますが、さまざまな高付加価値作物が登場し、農家が自ら栽培し販売する日が意外に早く訪れるかもしれません。

記事をお気に入り登録する

minorasuをご覧いただきありがとうございます。

簡単なアンケートにご協力ください。(全1問)

あなたの農業に対しての関わり方を教えてください。

※法人農家の従業員は専業/兼業農家の項目をお選びください。

ご回答ありがとうございました。

よろしければ追加のアンケートにもご協力ください。(全6問)

農地の所有地はどこですか?

栽培作物はどれに該当しますか? ※販売収入がもっとも多い作物を選択ください。

作付面積をお選びください。

今後、農業経営をどのようにしたいとお考えですか?

いま、課題と感じていることは何ですか?

日本農業の持続可能性についてどう思いますか?(環境への配慮、担い手不足、収益性など)

ご回答ありがとうございました。

お客様のご回答をminorasuのサービス向上のためにご利用させていただきます。

百田胡桃

百田胡桃

県立農業高校を卒業し、国立大学農学部で畜産系の学科に進学。研究していた内容は食品加工だが、在学中に農業全般に関する知識を学び、実際に作物を育て収穫した経験もある。その後食品系の会社に就職したが夫の転勤に伴いライターに転身。現在は農業に限らず、幅広いジャンルで執筆活動を行っている。

おすすめ