遺伝子組み換え食品(GM作物)の栽培ルールと安全性
遺伝子組み換え食品(GM作物)は、除草剤や病害虫に強く、省力化と安定収量が見込める技術です。生産者にとって効率的ですが、安全性への懸念から消費者の不安も残ります。厳しい審査基準が設けられ、表示義務もあるため、取り扱いには慎重さが求められます。GM作物のメリット・デメリットをご紹介します。
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目次
遺伝子組み換え食品は危険性のある食品というイメージがありますが、農家にとっては作業効率を高めることののできる優れた技術であり、消費者にとってもメリットはあります。
しかし世間でのイメージの通り、安全性の確保については疑問の生じる部分もあるため、これらも含め今回は遺伝子組み換え食品やGM作物について詳しく解説します。
「遺伝子組み換え食品」とは?
metamorworks/ PIXTA(ピクスタ)
遺伝子組み換え食品とは、遺伝子組み換え作物(Genetically Modified Orgasnisms:以下、GM作物と表記)や、その作物からつくられた食品を指します。
GM作物とは、ある別の生物から有用な遺伝子を取り出し、その遺伝子を野菜や穀物などが本来持っている遺伝子に挿入する方法で開発された作物です。
特性のある遺伝子を挿入するため、その作物が本来持たない特徴を持つようになります。遺伝子組み換えで有名なのは、除草剤に対する耐性の獲得です。
作物の中に除草剤に強い遺伝子を組み込むことで、除草剤をかけられても枯れることなく、雑草だけを防除できるため作業性が各段にアップします。
そのほか、病害に強い遺伝子や作物の生長が早くなる遺伝子を組み込むなど、作物の栽培がしやすくなるように組み換えが行われています。これらの事例については後ほど詳しく紹介するのでぜひチェックしてください。
遺伝子組み換えと、品種改良・ゲノム編集の違い
遺伝子組み換え技術と似た技術に「品種改良」や「ゲノム編集」などがあります。これらの技術は混同されることも多いですが、それぞれに明確な違いがあります。そこで次に、遺伝子組み換えが品種改良やゲノム編集とどう違うのかを詳しく見ていきましょう。
品種改良との違いは「人工的に遺伝子を組み換えているかどうか」
F1品種の育種 模式図
VectorMine - stock.adobe.com
そもそも品種改良とは、さまざまな性質を持つ作物を作り出し、その中から目的に合ったものを選び出す方法をいいます。
複数の同じ作物の種を交配させ、その中から例えば病害に強い作物が誕生するまで交配を繰り返し、病害に強い個体ができた場合はその種子を選定して栽培するという手順です。
日本の水稲なども長い時間をかけて交配を繰り返したことで、現在のような栽培しやすくて美味しい水稲が栽培されるようになりました。
品種改良でも、突然変異と呼ばれる遺伝子の組み換えは自然に起きており、放射線などの利用によって意図的に突然変異を誘発しやすくすることもあります。
遺伝子組み換えとの大きな違いは、遺伝子に直接人の手を加えているかいないかです。
品種改良では、交配を繰り返す中で遺伝子の組み換えが自然に起こるのを待つか、環境をコントロールして遺伝子組み換えが起こりやすいように誘導します。
これに対して遺伝子組み換えは、直接遺伝子を書き換えていることがポイントです。何度も交配を繰り返す品種改良と比較して、求める特性を持った作物を人工的に短い期間で作り出すことができます。
遺伝子組み換えの模式図
uday - stock.adobe.com
ゲノム編集との違いは「自然界では発生しない現象を起こせるかどうか」
ある生物が持っているすべての遺伝子情報を「ゲノム」といいます。ゲノムの解析が進み、生物それぞれのゲノムで重要な働きをする遺伝子なども特定されています。
ゲノム編集はこのデータをもとに、DNA配列の狙った場所の遺伝子を切断したり、つなぎ直したりし、突然変異を誘導する技術です。有益な変異体を選抜するという意味では、通常の育種と同じですが、DNA配列の特定の場所を狙えるため、選抜や戻し交配にかかる時間を大幅に減らせます。
では、遺伝子組み換えとの違いはどこでしょうか? 遺伝子を操作するという点では遺伝子組み換えと同じですが、ゲノム編集の方は自然界では発生しない現象を起こさないという点が大きく違います。
ゲノム編集では、品種改良で自然的に発生する突然変異を人工的に狙って起こしているため、その生物で起こりえる性質の変化しか起こせません。
一方の遺伝子組み換えは、別の生物から取り出した遺伝子をDNA配列に組み込む技術です。その生物がもともと持っていない遺伝子を組み込むことで、従来の育種や突然変異では得られない形質を与えることができます。つまり自然界では発生しない現象を起こしているといえます。
ゲノム編集技術の1つであるCRISPR-Cas9
Dmitry Kovalchuk / PIXTA(ピクスタ)
※ゲノム編集についてはこちらの記事もご覧ください。
省力化や多収が叶う?! 農家が遺伝子組み換え食品(GM作物)を使うメリット
ではGM作物の栽培は、農家にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。つづいて、はじめに少し紹介したGM作物による省力化や多収の事例について、3つに分けて詳しく紹介します。
病害虫による被害を軽減し、品質の高い作物を安定的に収穫できる
通常、作物を栽培する場合、害虫による被害で収量が減少しないように殺虫剤を散布しますが、防除しづらい害虫もいます。
例えばアメリカのとうもろこしほ場では、殺虫剤をまいても作物のおよそ75%が害虫による被害を受けています。
しかし、とうもろこしの遺伝子に細菌の一種が持つタンパク質遺伝子を挿入すると害虫を避ける特性が得られました。獲得した特性については、対象となる害虫以外に対する影響力も少なく、環境に残留しません。
農家は、安定的な収量が得られるようになり、農薬の費用や防除作業自体を減らせるため低コスト化・省力化にもつながります。低農薬で栽培できるので、安心・安全な作物としての付加価値も期待できます。
「除草剤耐性」により、農作業の省力化を実現
ほ場に生える雑草は、病害虫のすみかになりやすく、収穫物に混ざれば作物の品質低下にも繋がります。通常、ほ場の雑草を防除するには、作物の生長に影響しないよう、雑草ごとに効果の違う複数の除草剤を散布する必要があります。
しかし除草剤に強い遺伝子を作物に挿入すれば、GM作物以外の雑草をすべて枯らすことが可能です。また使用する除草剤の種類を減らしてより安価なものが使用できれば、その分のコストや労働力も減らせます。
さらに雑草の処理によってトラクターで耕起する回数を減らす減耕起や不耕起栽培なども行えるため、大幅な省力化もできるでしょう。減耕起や不耕起栽培を取り入れることで、生産サイクルの短縮化による裏作で収益率を向上させることも期待できます。
将来的には、農業に適さない土地で作物の栽培が可能になるかも?
世界人口は年々増加しており、今後世界規模での食糧不足が起こると予想されています。日本のカロリーベースの食料自給率は40%を切っており、不足分を輸入に頼っているため無関係な話ではありません。
これまで人類は食料を増やすために耕地面積を拡大し、高収量の品種を栽培することで対応してきました。しかし既に耕作可能な土地はほとんど残されておらず、工業化の進む地域では農地の工業転用も起こっています。
遺伝子組み換えの農産物は、この食糧問題を解決する方法の1つとして期待が寄せられているのです。
例えば現在の研究がさらに進み、暑さや高濃度の塩分に耐性を持つ作物がつくり出せれば、これまで耕地に適していなかった土地での栽培が可能となるでしょう。
デメリットや安全性は? 遺伝子組み換え食品の、知っておきたい注意点
metamorworks/ PIXTA(ピクスタ)
さまざまな可能性を秘めた遺伝子組み換え技術ですが、活用する場合には十分な注意が必要です。
現在日本では、国民の安全性を確保できるよう、内閣府食品安全委員会が厳格な安全性の評価を実施した上でGM作物の承認を行っています。また、遺伝子組み換え食品に使用する場合も、表示基準を定めるなどして消費者に必要な情報が届くような配慮がされています。
しかし、一部の消費者団体などからは、アレルギー誘発の危険性などの指摘や、「自然界に存在しなかった新しい遺伝子という微量の異物を、長期にわたって摂取した場合の慢性や毒性の評価がない」といった批判が上がっています。
また自然に生息する在来植物の影響に関しては、「カルタヘナ法」にもとづいて安全性の審査が行われ、問題ないと判断された場合にのみ承認されています。
一方で、その実験方法に異議を唱える研究者もいることから、賛否のほどが分かれているのが現状です。
日本では現在の基準をクリアし、安全性の保証された遺伝子組み換え食品のみが流通していますが、その基準に対する消費者の不安はゼロではありません。
そのためGM作物を扱う農家は、「遺伝子組み換え食品であることを理由に消費者から選ばれない」リスクを見込んでおく必要があるでしょう。
日本における「遺伝子組み換え食品」の取り扱い
ナオ/ PIXTA(ピクスタ)
最後に、GM作物の栽培を検討する場合に必要となる、日本における「遺伝子組み換え食品」の取扱ルールについて詳しく解説します。
農家が守るべき、安全性審査のルールと表示義務について
食品としての安全性に関しては、「食品安全基本法」と「食品衛生法」をもとに化学的な評価が行われ、安全性が確認されたものだけが輸入、流通、生産できる体制となっています。
またGM作物とその加工食品は、食品衛生法とJAS法で定められている表示制度により、2001年4月から「遺伝子組み換え」などの表示が義務付けられています。
対象となるのは大豆、とうもろこし、ジャガイモ(馬鈴薯)、ナタネ、ワタ、アルファルファ、てんさいの7種類と、これを原材料とする加工食品の32食品群です。
ちなみに2010年からは、高オレイン酸含有大豆とこれを原材料とした加工食品についても表示が義務付けられているので注意しましょう。
栽培可能な品種はある? 日本で承認された遺伝子組み換え食品の例
日本では前述の安全性にかかる検査を通過し、栽培や加工などの一般的な使用が許可された品種として、害虫に抵抗性のあるジャガイモ(馬鈴薯)や除草剤に耐性のある大豆、とうもろこしが公表されています。これらの一覧は以下の厚生労働省Webサイトから確認できるので、気になる方はチェックしてください。
厚生労働省「遺伝子組換え食品の安全性に関する審査」のページ下部の「通知」の項に通知添付資料として公開されています。
参考:「組換えDNA技術により新たに獲得された形質が宿主の代謝系に影響を及ぼすものではないもの」に該当するとして安全性審査の手続を経た旨の公表がなされた品種一覧(平成26年6月27日現在)
ただし、今日までに日本で商業的に栽培されているGM作物はバラのみであり、食品になる作物の栽培に関しては、隔離されたほ場における栽培の実験以外ではまだ実績がありません。現在日本で流通している遺伝子組み換え食品は、すべて国外から輸入されたものとなっています。
遺伝子組み換え食品(GM作物)は今後も動向に注目
metamorworks/ PIXTA(ピクスタ)
今回は、遺伝子組み換え食品やGM作物について詳しく紹介しました。遺伝子組み換え技術はさまざまな可能性を秘めた新しい技術ではありますが、安全性に関してはいまだ不明な点も多く、扱いには十分注意が必要です。
しかし技術自体は画期的なものであり、安全性に関しては新しい研究結果が発表される可能性もあるため、今後も動向に注目していきましょう。
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百田胡桃
県立農業高校を卒業し、国立大学農学部で畜産系の学科に進学。研究していた内容は食品加工だが、在学中に農業全般に関する知識を学び、実際に作物を育て収穫した経験もある。その後食品系の会社に就職したが夫の転勤に伴いライターに転身。現在は農業に限らず、幅広いジャンルで執筆活動を行っている。