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高度IT化で施設園芸の強みを最大化|販路を拡大し収益アップを実現した井出トマト農園

高度IT化で施設園芸の強みを最大化|販路を拡大し収益アップを実現した井出トマト農園
出典 : 写真提供:井出トマト農園

井出トマト農園は、施設園芸作物の代表ともいえるトマトにターゲットを絞り、水耕栽培と高度な複合環境制御装置を導入し、生産面でもマーケティング面でも経営的に成功しています。代表取締役の井出寿利さんに、高度なIT化を実現するまでの道程を伺いました。

株式会社井出トマト農園 代表取締役 井出寿利(いで ひさとし)さんプロフィール

14歳で父親に同行して施設園芸農業の先進国・オランダを視察。大学卒業後、企業に勤務した時期を経て、2006年から本格的に実家のトマト農園に就農。父親から経営交代後、農作業のIT化を進めると同時に事業を順次拡大し、農園直売、ネット販売、BtoBと販路も広げています。

父親から経営を引き継いだ後、農協共販のみから契約販売の販路を拡大

日本の1経営体当たりの経営耕地面積は、北海道を除く都府県平均が約2.2ha(全国平均は約3.1ha)。その中でも神奈川県は約0.9haと小規模農家が多い地域で、施設園芸などによる農地の高度利用が行政によって進められています。

出典:農林水産省「2020年農林業センサス」

このような環境にあって、1930年に創業した井出トマト農園(神奈川県藤沢市)は1980年代に入って徐々にハウス面積を増やし、2003年には1haを突破しました。

2014年に農業生産法人として株式会社化し、現在は農場面積5.4ha、ハウス面積1.4haの規模となっています(静岡県富士宮市にある富士高原農場も含む)。

富士高原農場と藤沢農場

収穫時期が8月〜翌年4月の富士高原農場と11月〜翌年7月の藤沢農場
写真提供:井出トマト農園

代表取締役の井出寿利さんは、実家である同農園に2006年に就農すると、父親から経営を引き継ぎながら、閉鎖型苗生産設備の導入(2008年)をはじめとした生産設備の充実を図りつつ、販路の拡大にも努めてきました。

1981年から2006年まで、同農園の販路は農協共販でしたが、2007年からJA直売所で販売を始めたことをきっかけに、農協共販を徐々に縮小。

現在では農園直売所や自社オンラインショップでの販売、スーパーなどとのBtoB取引、青果店への卸などが主な販路となっています。

期間限定品や詰め合わせセットも人気の井出トマト農園オンラインショップ

期間限定品や詰め合わせセットも人気の井出トマト農園オンラインショップ
出典:井出トマト農園オンラインショップ

井出トマト農園 代表取締役 井出寿利(いで ひさとし)さん(以下役職・敬称略) 幸運だったのはJA直売所での順調な売り上げの伸びに加え、2011年にテレビで当農園が取材され、自社オンラインショップをはじめとした直販の売上げ・利益が急増したことです。これにより次を見据えた設備投資に回す資金ができました。

2007年から2010年までは5,500万円から6,000万円ほどだった同農園の年間売上が、2011年には9,800万円と約4,000万円増加しました。

このとき井出さんは個人事業主としての農園経営でしたが、さほど設備投資をせずに売上げが拡大して利益が一気に増え、事業所得が前年の10倍ほどになったそうです。

井出トマト農園グループの販路別売上高

出典:井出トマト農園提供の資料からminorasu編集部作成

2007年から2015年まで同農園の施設面積の増減はなく、後述するIT化を中心とした生産性向上とブランディング、PRが販路拡大に結びつき、結果として売上高の大幅アップを実現できました。

経験と勘に頼っていたハウスの環境制御を、”見える化”

2011年から井出さんが設備投資を行い、栽培管理と生産管理のITによる見える化(可視化)を急いだのは、それまでの経験と勘による栽培管理に限界を感じていたからだといいます。

井出 当農園は早くから水耕ロックウール栽培を採用しています。病害は比較的防ぎやすい環境でしたが、どうしても灰色かび病などが発生し、安定した収量を得るためには、原因を突き止め、環境制御の精緻化が必須と考えていました。

そこで、2011年にハウス内環境(温度、湿度、CO2、日射量)をセンサーで測定する設備と、それをグラフ化して管理するソフトウェアを導入しました。

ハウス内のハチが受粉を手伝い、播種から100日前後で収穫

ハウス内のハチが受粉を手伝い、播種から100日前後で収穫
出典:井出トマト農園ホームページ

当初、測定データは各ハウスに設置したパソコンや管理棟から遠隔で確認し、調整は手動で行っていました。さらに、2015年からは測定データをもとに自動で環境制御を行う統合型制御装置を導入して正確かつタイムリーに管理できるようになりました。

ハウスの環境を制御する統合型制御装置を導入

ハウスの環境を制御する統合型制御装置を導入
写真提供:井出トマト農園

事業規模の拡大でExcelでの生産管理は限界に

環境制御のほかにも、自社オンラインショップや農園直売所での売り上げの急増などで、トマトの栽培履歴、収穫・実績管理が個人の力では難しくなっていた状況への対応も急務だったそうです。

井出 また、従業員も50人近くになると、それぞれの作業量を把握・フィードバックするしくみも必要でした。

当時はトマトを10品種前後栽培し、ハウスも8棟ほどあり、品種やハウスごとの作業履歴や出荷時期をExcelと紙で管理していました。(フェーズ1)

ただ、データをまとめるフォーマットを統一しておらず、Excelには私以外は何をどう入力すればいいかわからない状況でした。

このためデータベースソフトのMicrosoft Accessの利用を前提に外注し、従業員も分担して作業内容や出荷状況などを入力・確認ができるシステムを2013年に導入しました。(フェーズ2)

施設園芸農家が使いやすく、ワンストップで管理できるシステムを自社開発

継続開発していないシステムは使いにくなっていく

事業拡大に伴い急いで導入した生産管理システムでしたが、継続開発運用費を投資していなかったため、コンピュータのOSのバージョンアップへの対応ができず、数年後に利用を中止しました。そして、データは残念ながらすべて廃棄することになりました。

こうした経験の中で、農作業の履歴や出荷、販売を管理する、いわば同農園の基幹システムを安く中途半端に運用することはリスクが高いと考え、2015年頃から再設計し、開発プロジェクトを進めました。(フェーズ3)

参考になった施設園芸の先進国オランダのシステム

井出 参考になったのは、施設園芸の先進国であるオランダで使われているシステムでした。私は14歳のとき、父のオランダ視察に同行して現地を訪れ、大規模な施設園芸の設備に興味を持ちました。

その後、2013年と2015年に自ら視察に行き、このときは人を管理するシステムに重点を置いて視察しました。オランダは1農園で小さくても2ha、大きいところは20haくらいの規模があり、従業員が100人、200人いるところも珍しくありません。

そこでどのように従業員の作業実績や農作物の状態を管理しているかを知り、当農園に必要なシステムを検討していきました。独自開発しようとした理由は、オランダ製のシステムが言語がオランダ語のため、また導入に1,000万円程度の費用が掛かるためでした。

農家が使いやすく、ワンストップで管理できる「AGRIOS」

前回のシステムに物足りなさを感じていた井出さんは、オランダの例も参考に、農家目線で必要な項目を選択し、従業員の作業の数値化からトマトの栽培管理までまとめて管理できるシステムの開発を目指しました。

自社内でテスト運用を続け、本格的に導入したのは2018年10月。同システムを「AGRIOS(アグリオーエス)」と名づけ、現在は販売やサポートを行う新たな部署を設置して、外販にも力を入れています。

独自開発システムリリースで目に見えて上がった効率

2018年にリリースした「AGRIOS」は、多様な機能を持っています。
(1)従業員の作業実績の管理とフィードバック
(2)栽培の計画・実績の管理
(3)収穫の記録、グラフ化、集計機能
(4)農薬等の履歴管理
(5)管理者用ダッシュボード など

作業量の見える化が作業チームの生産性を上げる

井出 AGRIOSの導入で従業員の1日の作業量が3ヵ月後には平均50%アップしました。これは各自の作業量を数値化したことで、作業チームごとの採算性向上に取り組みやすくなった点が大きかったと思います。

また、作業後すぐに自分が収穫した作物の種類・量を入力することで、管理側は収穫量をタイムリーに把握できます。これで1~2週間後などの出荷量の見込みの予想が正確になり、BtoBの営業提案・栽培改善・労務管理にも利用できるようになりました。

正確な出荷量把握が、BtoB営業での柔軟な提案につながる

この中でも(1)従業員の作業実績の管理とフィードバック(3)収穫の目標・実績の管理にスポットを当てると、「AGRIOS」によって管理の精度が上がったことで、以前より計画的な作業や効果的な営業が可能になっています。

例えば同農園の直売所の年間売上は約3,000万円で、そのほとんどは「井出トマト農園なら間違いない」という安心感・信頼感から購入しているファン顧客です。

こうした期待に、井出さんは「トマトを販売日の前日か当日に袋詰めして売る」という鮮度の面からも応えたいといいます。

井出 その点、「AGRIOS」では過去複数年の収穫量が集計できるので、そこから月ごと、週ごとの袋詰めに要する作業時間を割り出し、作業に見合った人員や袋などが事前に手配できます。

また、収穫量と出荷量も任意のスパンでタイムリーに予測できるため、特定品種の在庫が今後増えそうなときは、スーパーなどの取引先に「○日からこの品種をセールの目玉にしませんか」と提案するなど、営業ツールとしても活用しています。

こうしたタイムリーな収穫量や出荷量の把握は、(1)の「従業員の作業実績の管理とフィードバック」の機能により、従業員が自分の収穫や出荷などの作業量をスマートフォンで即時入力することで可能になります。

「AGRIOS」はクラウドベースのサービスのため、インターネットにつながったスマートフォン、タブレット、パソコンなど各種のデバイスから入力・閲覧でき、目標に対する達成率が表示されることで、本人や作業チームの評価基準として評価されることでモチベーション向上にも役立っているといいます。

各種デバイスに対応したAGRIOS画面

パソコン、タブレット、スマートフォンなど各種デバイスに対応したAGRIOS
写真提供:井出トマト農園

ITは、課題解決を助けるツール。大切なことは自分で考える

井出 IT化だからといって、何でも機械に任せればいいという訳ではありません。農作業ではうまくいった事例を効率的に安定して再現することが重要で、それには失敗した原因を究明し、解決を図るには、自分で考えて試行錯誤することが大切です。

IoTを使った環境モニタリングは、そのヒントを与えてくれる重要なツールと捉えています。2010年以前はハウス内が結露している理由を探るために、夜中の2時からハウスに入って定期的に室温を測るなど、データを取るために苦労していました。

また、データをもとに「なぜそうなるか」を考え、その理由を従業員と共有していくことは、評価基準にも組み込まれているため、従業員のスキルアップさえ、自動化できると井出さんはいいます。

自社WEBサイトで加工品販売にも注力

また、同農園のIT化は、夏は35℃超の気温でトマト栽培には不向きとなる湘南地域以外に農場を持つ計画も後押ししました。それが2018年に整備された、富士山の麓にある富士高原農場です(静岡県富士宮市)。

「AGRIOS」によって藤沢市の農園と同様に収穫量がタイムリーに把握でき、ハウス内の環境測定も可能。現地の従業員とはチャットツールによるコミュニケーションなどで情報交換を行っています。

このほか、各農場では加工品の製造販売も行っています。同農園で育てている13種類のトマトのうち、9種類を品種別にジュースなどの加工品、パスタソースやレトルトカレーなどトマトを美味しく加工する取り組みも進めています。

井出 トマト農園の直売所やオンラインショップ、トマト狩り、スーパー、青果店など、さまざまな場面で当農園のトマトとトマト展開商品を知っていただけたらと思っています。オンラインショップの発送にはサンクスカードを同梱しトマトへの想いを伝えています。

何かのきっかけで、当農園のファンになっていただくことができれば、それからはどの販売チャネルからでも「井出トマト農園のものを」と指名買いしてくれるでしょう。当農園は高品質な農作物によって、お客様とそうした関係をつくることをめざしています。

山辺孝能

山辺孝能

熊本県立濟々黌高等学校、西南学院大学文学部卒業。企業で教育機関の学生募集広報などに携わった後、1995年からライターとして活動。プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとなる。現在の主な業務は教育、金融、医療、IT、農業などの分野での広報・コミュニケーションツールの企画・制作。

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