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窒素固定細菌とは? 「空気を肥料に」を実現する、農業技術の最新情報

窒素固定細菌とは? 「空気を肥料に」を実現する、農業技術の最新情報
出典 : kelly marken / PIXTA(ピクスタ)

近年、環境負荷の少ないサステナブル(持続可能)な農業の実現が、世界的な課題とされています。その課題解決の救世主として注目されているのが、「窒素固定細菌」です。窒素固定細菌の活用で、化学肥料の過剰施用を抑えながら、高い地力を維持する効果が期待されています。

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「窒素固定細菌」は、植物が窒素を吸収するために重要な役割を担う微生物です。その特性を知って正しく農業に取り入れることで、地力向上や施肥量の適正化、環境負荷軽減などの効果が期待できます。本記事では、窒素固定細菌の特徴や研究動向を解説します。

窒素固定細菌(窒素固定菌)とは?

土壌 肥沃 発芽

kav777/ PIXTA(ピクスタ)

「窒素固定細菌」は、持続可能な農業を実現する手段の1つとして注目を浴びており、日本はもとより世界各国のさまざまな機関で研究が進められています。

ここでは、窒素固定細菌について、生態や農業との関わりに触れながら解説します。

アゾトバクターなど、“大気中の窒素を窒素化合物にできる”微生物

窒素固定細菌とは、空気中の「窒素」を利用して有機窒素化合物である「アンモニア」を合成できる微生物の総称です。空気中の窒素からアンモニアなどの窒素化合物を合成することを「窒素固定」といいます。

窒素固定細菌は、植物との関係性によって大きく2種類に分けられます※。

1つは、大豆などのマメ科植物やヤマノイモ科植物を宿主として共生し根粒を作る「根粒菌(リゾビウム)」や葉粒菌などで、「共生窒素固定菌」といいます。

共生窒素固定菌は、単独では空気中の窒素固定をしません。宿主植物と共生することで初めて窒素固定が行われます。

もう1つは「単生窒素固定菌」といい、アゾトバクターやクロストリジウム、光合成細菌、シアノバクテリア(らん藻)などが含まれます。これらは土壌や水などの中に広く生息し、単独で窒素固定を行います。

ただし、単生窒素固定菌の中でもいくつかの種類は、植物の根圏の土壌や根の表面に集まって生息し、ゆるい共生関係を持ちます。

また、1980年代後半以降になって、根粒は作らないものの植物体内に生息して共生関係を持つ、窒素固定細菌についての研究も進められました。これらは「植物体内窒素固定細菌(エンドファイトの一種)」と呼ばれています。

いずれの細菌も、土壌中や水中、植物体内などで生息しながら、空気中の窒素ガスを生物が代謝できる「アンモニア態窒素」に還元します。つまり、窒素固定細菌は「空気を肥料にできる」存在であり、窒素循環の役割も担っています。 

※実際には、植物との関係性による分類のほかに、酵素の要求性による分類や栄養要求性による分類など、さまざまな性質による分類があります。

持続可能な農業の実現に向け、いま期待がかかる存在

窒素は、リン酸・カリウムとともに肥料の3要素とされ、植物が生育するために不可欠な養分の1つです。

しかし、化学肥料の原料であるアンモニアは、作成時に高温・高圧力が必要なため、大量の化石エネルギーを消費します。

また、化学肥料を過剰に施用した場合、土壌に残った窒素が温暖化の要因となったり、河川や湖沼に流れた窒素が富栄養化現象を引き起こしたりする可能性があります。

そこで、これらの問題が深刻化するのを避けるために期待されているのが、窒素固定細菌の活用です。

窒素固定細菌が豊富に存在する土壌では、作物が窒素固定細菌を通して窒素を摂取できるので、その分、化学肥料の使用量を削減できます。

加えて、土壌中の窒素をアンモニア態窒素にするため、温室効果ガスの排出を軽減できる可能性もあります。

窒素固定細菌が作物に与える影響

枝豆 生育 良好

ビーンツリーjr/ PIXTA(ピクスタ)

今、多くの分野で窒素固定細菌の研究が進められ、農業利用についてもわかってきたことがあります。そこで、農業分野における窒素固定細菌の役割や活用方法について、最新の研究成果に基づいて解説します。

窒素化合物の供給のほか、作物の生長を促す性質も

先述した通り、窒素固定細菌は作物が吸収しやすいアンモニア態窒素を供給できるため、その分の施肥量を抑えられます。

また、窒素固定細菌は、窒素の供給以外にも、作物の生育にさまざまなメリットをもたらすことが明らかになってきました。

例えば、インドのシェレカシミール農業科学技術大学は、「アゾトバクター」という単生窒素固定菌に関する論文を発表しています。

アゾトバクターにより、トマトやきゅうりでは発芽と苗の成長が増長し、玉ねぎでは根の長さや草丈、球根の大きさや重量、根の定着率などが大幅に向上する、という内容がまとめられています。

具体的な成果として、アゾトバクターによって作物の収量増加が見込める範囲は、野菜で2~45%、サトウキビで9~24%、トウモロコシ、ソルガムなどで0~31%と報告されています。

出典:Sartaj A. Wani*, Subhash Chand, Tahir Ali(2013)「Potential Use of Azotobacter Chroococcum in Crop Production: An Overview」『Current Agriculture Research Journal』

収量の確保には、窒素固定を維持する土壌管理が重要

東京大学と新潟県農業総合研究所は、35年という長期にわたって、窒素を施肥した水田と施肥しない水田で水稲を栽培し、窒素固定が土壌特性に及ぼす影響について調査を続けていました。

その結果、窒素無施肥区でも、施肥区の約70%の収量が得られました。

実験の成果として、次のようなことが示されています。

  • 土壌中の窒素固定細菌が土壌の窒素肥沃度を保ち、それによって水稲の収量もある程度維持できる
  • 窒素固定細菌の群衆組成や窒素固定の活性は、施肥区・無施肥区とも同程度であり、施肥の有無による影響は見られない
  • 水稲の生育のための窒素養分は、窒素固定細菌による窒素肥沃度が担う部分が大きく、それに適度に化学肥料が加えられることで、さらなる増収が見込める

この成果より、持続的な水稲栽培には、最小の施肥で収量を確保できるような「窒素固定を維持する土壌管理」が重要だと考えられます。

出典:東京大学大学院農学生命科学研究科·農学部「「稲は地力でとる」を支える鉄還元菌窒素固定 ―窒素肥料長期施用/無施用水田における窒素固定微生物の解析―」

農業へ取り入れるには? 窒素固定細菌活用の現状

農業においては、遺伝子組み換えが盛んなアメリカで、遺伝子編集技術によって改良されたマメ科の根粒菌などが商品として実用化しています。

また、ナイジェリアやインドでは、すでに根粒菌が販売されています。しかし、主食作物には使えなかったり、科学的根拠が不明瞭なこともあり、普及には多くの課題があります。

日本でも、市販されているバイオ肥料はありますが、細菌の種類や特性が不明ということもあり広まっていません。もっとも、日本では従来、根粒菌による窒素固定の効果はよく知られており、根粒菌と共生するマメ科作物を土作りに活用する取り組みが行われています。

窒素固定細菌を化学肥料の代わりに散布できるようになれば、施肥体系が変わり、農家の負担と環境への負荷が大幅に軽減されることが期待できます。

実用化目前の新技術も! 「窒素固定細菌×農業」のこれから

化成肥料 窒素

エジ/ PIXTA(ピクスタ)

今後、窒素固定細菌を農業分野でより効果的に活用していくことをめざして研究されている技術情報を紹介します。

窒素固定細菌をパッケージにしたバイオ肥料の開発

東京農業大学は、ヤムイモから植物成長促進細菌と窒素固定細菌を分離させ増殖することに成功し、そこから作物の生育を助ける5種類の共生細菌と、それぞれの作用・特性を明らかにしました。

5種類の細菌がそれぞれ持つ作用には、窒素固定のほか、「インドール酢酸の生成」「リン酸カルシウム可溶化活性」「キレート鉄生成」があります。

発見された共生細菌それぞれの生育促進効果は、ヤムイモだけでなく稲(幼苗)でも確認できており、現在はパッケージ化した肥料としてのヤムイモや稲への効果検証を進めるとともに、実用化に向けて実験データを集めています。

出典:国立研究開発法人 科学技術振興機構「【オンライン開催】アグリビジネス 新技術説明会」所収「植物成長促進・窒素固定細菌で農業革新」

窒素固定能力を与えた「窒素固定作物」の作成

作物そのものに窒素固定の能力を与えようという研究が、名古屋大学で行われています。この窒素固定は、窒素固定細菌が持つ「ニトロゲナーゼ」という酵素を使います。

ニトロゲナーゼは嫌気性で、酸素に触れるとすぐに壊れてしまいます。そのため、光合成によって酸素を作る植物がニトロゲナーゼを作るのは難しいと考えられています。

そこで、名古屋大学では、植物と同様に光合成を行いつつ、窒素固定の能力を持つ種が存在する微生物「シアノバクテリア」に着目しました。

シアノバクテリアには、光合成を行いつつニトロゲナーゼで窒素固定ができる種とできない種があり、名古屋大学ではこの窒素固定ができない種に窒素固定の遺伝子を導入することで、ニトロゲナーゼを働かせて窒素固定の能力を付与する実験を行いました。

その結果、窒素固定をしないシアノバクテリアがニトロゲナーゼを作ることに成功しました。ただし、その活性は低く、自ら窒素固定は行えていません。今後も、今回の実験結果を基にさらなる実験を繰り返し、遺伝子レベルの研究が進められる予定です。

この実験は、窒素肥料や窒素固定細菌がいなくても、自ら「空気から窒素を作れる」作物の開発という目標への、大きな一歩となりました。

出典:名古屋大学「空気を肥料とする農業に向け大きく前進~光合成生物に窒素固定酵素を導入~」

窒素固定細菌は、空気の中にある窒素をアンモニア態窒素に還元し、植物に供給する細菌のことです。

この窒素固定細菌をより積極的に農業に活用することで、環境保護の観点から生産・使用の低減が望まれている化学肥料の施用を減らすことにつながります。

農家としては、根粒菌と共生する大豆などを積極的に取り入れるなど、土壌中の窒素固定細菌を意識した土作りをすることで、化学肥料の過剰施肥を避けることができるでしょう。

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大曾根三緒

大曾根三緒

ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。

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