冬期湛水とは?「冬水田んぼ」の効果とやり方、メリット・デメリットを解説

「冬期湛水」とは、稲刈り後の冬も水を張る農法のことです。営農上の利点のほか、環境保全や生物多様性維持の観点から、その有用性が見直されています。本記事では、冬期湛水のメリット・デメリットのほか、具体的な実施方法や支援制度について解説します。
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冬期湛水(冬水田んぼ)とは?

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冬期湛水とは、冬場も水田に水を貯めておく農法のことで、「冬水田んぼ」ともいわれます。古くは江戸時代から行われていた記録がある、伝統的な技術です。
明治時代以降は、冬場は水田の水を抜くことが主流となってきました。水を抜く理由は、以下の通りです。
- 土を乾かして土壌中の窒素を増加させる「乾土効果」を発揮させるため
- 肥料を均一に混ぜ込む・有機物をすき込むため
- 土を細かく砕くため
- 雑草の種子を深く埋めるため
近年では、冬期湛水は環境保全型農業の手法の1つとしても見直されています。マガンやハクチョウなどの水鳥のねぐら・エサ場となる自然湿地の代替として、冬期湛水の水田が利用されているのです。
冬期湛水のメリット
環境保全以外にも、冬期湛水には農業経営上のメリットがあることが知られています。以下の通り、主なメリットを3つ解説します。
- 地力の高い土作りができる
- 雑草や害虫の発生を抑制する
- 工夫次第で高い利益を上げられる
地力の高い土作りができる

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冬期湛水では、稲刈りが終わり稲わらが散らばっているほ場に、米ぬかなど微生物の餌になるものを撒いた状態で水を張ることにより、土ごと発酵が起こります。
その結果、微生物やイトミミズが増え、やわらかい「トロトロ層」と呼ばれる泥の層が形成されます。冬期湛水田では窒素無機化量が増加するため、地力が高まります。
また、微生物やイトミミズは、それを餌とする水生昆虫やドジョウなども増加させ、冬の間、鳥類にとって貴重な餌の供給源となり、周囲の生態系を保全します。水田に訪れる鳥類のフンにも、窒素やリン酸などの肥料分が含まれています。
アメリカ・カルファルニア州では、無施肥条件下で稲わらの施用と冬期湛水を継続した水田では、3年目以降に水稲の窒素吸収量が増加したという研究結果があり、適切な冬期湛水は水稲栽培に有益であることが明らかになっています。
出典:「農業および園芸」91巻1号(2016年)所収「有機栽培水田で冬期湛水は土壌養分とメタン放出にどんな影響を与えるか?」
雑草や害虫の発生を抑制する

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冬期湛水の水田では、雑草の種子がやわらかいトロトロ層の下に沈むため、発芽が抑制されます。雑草の種類によるものの、一定の雑草防除効果があることもわかっています。また、鳥類が雑草を直接食べる事例も報告されています。
また、多様な生物が水田に生息するようになるため、害虫の天敵も増え、害虫の発生を抑制する効果も期待できます。
生態系が健全に保たれることで、雑草や害虫の発生が抑制され、除草や害虫防除対策にかかる時間やコストが大幅に軽減できる点は、冬期湛水のメリットです。
工夫次第で高い利益を上げられる

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冬期湛水では、地力を高め、雑草や害虫の発生をある程度抑制する効果があることから、その特性を活かして、農薬や化学肥料を減らす環境保全型稲作に取り組む地域もあります。
農研機構の2010年の試験研究では、冬期湛水での環境保全型稲作の平均収量は慣行稲作を下回るものの、販売価格が高いため、純収益は環境保全型稲作が慣行稲作を大きく上回ったと報告されています。
また、除草が必要な時期に必要な量だけ実施している農家ほど安定した収量が得られている、ということも示されています。環境保全型稲作経営を持続させるには、適切に除草コストを投入することが重要です。
出典:農研機構|農村工学研究所 2010年の成果情報「水田冬期湛水の環境保全コストと持続性」
冬期湛水のデメリット

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一方、冬期湛水には次のようなデメリットもあるので、注意が必要です。
- 労働負担が増える恐れがある
- 地域の環境やほ場条件によっては実施が難しい
以下、それぞれのデメリットについて解説します。
労働負担が増える恐れがある
冬期湛水にあわせて減農薬の環境保全型稲作を行った場合、除草剤や殺虫剤の費用がかからない一方で、こまめな除草作業が必要になります。
ほかにも、冬期湛水をするために、簡易水路の設置や撤去、冬場の湛水管理、ポンプの組み上げや清掃などの作業が発生します。
前出の農研機構の環境保全型稲作と慣行栽培のコストを比較した試験研究では、機械や資材などの「物財コスト」では環境保全型稲作のほうが少なく済むものの、作業にかかる「労働コスト」が大幅に増え、全体で10a当たり約5,500円コストが上がると試算されています。
出典:農研機構農研機構|農村工学研究所 2010年の成果情報「水田冬期湛水の環境保全コストと持続性」
労働コストの中で最も大きいのが除草コストであり、除草をいかに効率的に行い、コストを下げるかが、環境保全型稲作経営を持続させるポイントといえます。
地域の環境やほ場条件によっては実施が難しい
地域の環境やほ場条件によって、冬期湛水に向かないケースもあります。例えば、冬場に乾燥する太平洋側の地域では、河川の水量が最も少なくなる冬場に水を確保できるかどうかが大きな課題です。
また、水田の規模が大きくなると、エンジンや動力ポンプを利用した取水が増加するため、コスト増加につながります。
そのほか、冬場に漏水して近隣農家に迷惑をかけたり、野鳥による食害・鳴き声にに対する苦情を受けて思うように取り組めないこともあります。事前に地域内で話し合って合意を得ることが必要です。
環境保全型農業でありながら、長期間湛水することで温室効果ガスであるメタンの発生が増える、という点も問題視されています。ただ、不耕起栽培と組み合わせることで、メタンの放出量を増加させない有効な方法であるとの指摘もあります。
実施方法は? 冬期湛水の手順とコツ

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稲刈り後、まずは漏水防止のために畦塗りを実施し、そのあと入水します。漏水が心配な場合は、畦波板や畦畔被膜シートなどを利用するのもよいでしょう。
取水には、水利権のある農業用水から取水したり、排水路から汲み上げたり、地下水を汲み上げたりする方法があります。
地域にもよりますが、12月頃から3〜6月頃まで、常時湛水するのが基本的な方法です。湛水前に稲わらに加えて米ぬかなどの有機物を撒くと、トロトロ層の形成が促されます。
不耕起の水田に低温で育苗した苗を移植して、減農薬・有機肥料で栽培する「不耕起栽培」と、冬期湛水を連携させた農法も注目されています。
冬期湛水に使える補助金とその活用例
冬期湛水は、2024年度まで農林水産省の「環境保全型農業直接支払交付金」の支援対象取り組みでしたが、2025年度からは「多面的機能支払交付金」の支援対象取り組みに移管しました。
具体的には、「多面的機能支払交付金」のうちの「資源向上支払(共同)」の環境負荷低減(通称 = みどり加算)の対象となっています 。
交付単価は、化学肥料・農薬を都道府県慣行レベルから原則5割以上低減する取組と併せて実施する場合、10a当たり4,000円です。
支援対象要件は以下の通りです。
- 対象取組実施ほ場における主要作物について、化学肥料・化学合成農薬を都道府県の慣行レベルから原則5割以上低減する取組と合わせて行うこと
- 活動期間中に取組面積を拡大する目標を設定し、達成すること
- 活動組織が実施する場合、農地維持支払、資源向上支払(共同)を実施していること
出典:
農林水産省「農村振興局」所収「多面的機能支払交付金 令和7年度改正のポイント」
農林水産省「多面的機能支払交付金第三者委員会」所収「(3)次期対策の内容及び評価について ア 令和7年度予算概算決定の内容について」

「ふゆみずたんぼ米ササニシキ」を100%使用した「一ノ蔵特別純米生酒ふゆみずたんぼ」
出典:株式会社 PR TIMES(株式会社一ノ蔵 プレスリリース 2021年4月12日)
この制度を活用した事例の1つとして、宮城県の栗原市・登米市・大崎市などでは、2020年度時点で383haの水田にて冬期湛水栽培を実施しています。2017年に実施区で生物多様性を調査した結果、対照区よりも生物多様性が高いという評価を受けました。
大崎市では、冬期湛水管理で栽培された米を「ふゆみずたんぼ米」として販売したり、学校給食に使用したり、市内の酒造メーカーで「ふゆみずたんぼ米」を使った酒を製造・販売したりして、販路を広げています。
出典:農林水産省「環境保全型農業直接支払交付金」所収「環境保全型農業直接支払交付金の取組事例」
▼環境保全型直接支払交付金については下記記事も参照してください。
冬期湛水は、古くから日本で行われてきた栽培技術でありながら、環境保全型農業の手法の1つとして注目され、取り組みが推進されています。
生物多様性の維持や環境保全を大きな目的としているものの、冬期湛水の導入による水稲農家にとってのメリットも多く、国や都道府県からの支援も受けられます。
自身の水田の条件や周囲の環境を考慮し、地域の人の理解や協力を得ながら水稲に付加価値を付ける方法の1つとして、冬期湛水のを検討する際の参考にしてください。
【水稲農家が読むべき記事】
・「田んぼの年間作業」を効率化して低コスト・省力化を実現
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。