不耕起栽培の方法 メリット・デメリットと適した作物
燃料の高騰が続く中、燃料費の節約は大規模経営農家にとって喫緊の課題となっています。その方法の1つとして注目されるのが、耕起の労力とコストを削減できる「不耕起栽培」です。欧米ではすでに普及している農法であり、日本でも徐々に広まりつつあります。
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近年、日本の環境に適した不耕起栽培の方法が各地域で確立し、適用できる農機も多く開発されたことから、不耕起栽培に取り組みやすくなっています。本記事では、特に大規模栽培に適した不耕起栽培のやり法や、メリット・デメリットについて解説します。
不耕起栽培とは? 具体的なやり方を解説
田舎の写真屋/PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培は、耕うんや整地の行程を省略し、作物残さを田畑の表面に残した状態で次の作物を栽培する技術です。中耕も含めて栽培中は一切耕起をしないのが基本で、畝を作らず平面で栽培します。
なお、本記事で扱う不耕起栽培は大規模栽培向けの省力化を目的としたものであり、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)として注目されている不耕起自然栽培とは異なります。
日本での不耕起栽培の現状
不耕起栽培は、もともと北南米の乾燥地帯で、耕起によって土壌の養水分が流亡し砂漠化することを防ぐために開発された技術です。
一方、日本では導入当初、降雨が多く多湿な日本の気候や土壌、狭小なほ場に適さず成果が上がらないこともあって、普及がなかなか進みませんでした。2005年時点では、最も普及が進んでいた麦類においても全国で約3,000haと、1%程度に留まっていました。
出典:農林水産省「農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方(1)(44ページ)」(今後の環境保全型農業に関する検討会)
しかし、デメリットや課題を解消するための研究や試行錯誤を重ねた結果、各地で独自の不耕起栽培の方法が確立されました。日本では主に水稲、小麦、大豆、とうもろこしなどで普及が徐々に進んでいます。
不耕起栽培の具体的な方法
ふうび / PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培の基本的な方法や栽培のポイントは以下の通りです。
<播種前の準備>
●単作よりも水稲、麦、大豆などの輪作体系の中で行うことで、互いの有機物を利用でき、効果が高まる
●単作の場合、冬期にクローバーやヘアリーベッチなどの被覆作物と共存させる「リビングマルチ栽培」と組み合わせると、より高い効果が得られる
●前作が水稲や小麦の場合は、収穫時にワラを細かく裁断し、ほ場全体に撒いておくことで播種までの雑草の繁茂を抑制したり、種の覆土の代わりにしたりできる
●前作残さはロールベーラなどによりほ場外に搬出し、堆肥にしてもよい
●播種前の除草対策として、あらかじめ非選択性除草剤を散布しておく
●畝を作らず平らなほ場で栽培することになるため、降雨時に速やかに排水できるよう、明渠(めいきょ)・暗渠(あんきょ)を設置するなど事前の排水対策を徹底する
<栽培のポイント>
●播種は、不耕起播種に対応した播種機を用いて施肥と同時に行う
●播種作業が降雨によって左右されないため、適期に播種を行う
●間引きした作物や除草した雑草なども、そのまま土の上に置く
●播種後の栽培手順は慣行栽培に準じるが、中耕を行わないため播種後の土壌処理剤、出芽後の茎葉処理剤を基本として除草剤散布をこまめに行う
川村恵司 / PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培に適した作物
不耕起栽培は根菜類には向きませんが、それ以外のほとんどの作物に適用が可能といわれます。とはいえ、現在日本で普及が広がっているのは、水稲、大豆、麦類、とうもろこしなどの大規模栽培が普及している作物が中心です。
いずれも基本的な栽培方法は、それぞれの慣行栽培と前述の不耕起栽培の具体的な方法に基づいて行われます。以下では上記4品目について、不耕起栽培で特に注意が必要なポイントを解説します。
水稲
田舎の写真屋/PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培に向く具体的な品種のデータはありませんが、茨城県や埼玉県で採用されている「水稲・小麦・大豆の不耕起播種栽培マニュアル」によれば、地域適応性品種で耐倒伏性の高い品種が適しているとのことです。
水稲での不耕起栽培では、「乾田直播栽培」や代掻きをしない「冬期湛水・不耕起移植栽培」などの手法が開発されています。
乾田直播栽培では、専用の不耕起播種機を使用して播種を行います。直播によって代掻きだけでなく育苗や移植作業も省略でき、同時に施肥を行える農機を利用すれば、さらに省力化が可能です。
なお、乾田直播栽培の場合、移植栽培に比べて肥効が劣るため、特に初年は施肥量を移植栽培の10~20%程度増やしましょう。
ほかにも、愛知県農業総合試験場が開発した「不耕起V溝直播栽培」と組み合わせて行うなど、地域独自の方法もあります。
水稲では代掻きをしないことによって団粒構造が破壊されず、透水性や地耐力が高く保たれる一方、もともと排水性の高いほ場では水持ちが悪くなります。そのため、畦畔を補修し漏水を防止する対策が必要です。
こうしたことから、水田における不耕起栽培には透水性の低いグライ土や黒ボクグライ土、黒泥土、泥炭土などが向いています。
出典:
埼玉県農業技術研究センター >「水田高度利用担当」のページ所収「水稲・小麦・大豆の不耕起播種栽培マニュアル」
茨城県「農業研究 | H21主要成果」所収「3月下旬播種「コシヒカリ」不耕起乾田直播栽培での適正な施肥・播種量」
愛知県農業総合試験場「 研究の成果(技術情報)」内「技術情報の一覧(作物)」の項 所収「不耕起V溝直播栽培の手引き」
農林水産省東海農政局「土地改良事業地区における営農支援の取組」所収「飼料用米多収品種を用いた不耕起V溝直播栽培による省力化・作業平準化の実現」
秋田県農業試験場「研究時報(1995年~2015年)」所収「水稲不耕起栽培のための圃場管理と好適土壌条件」(研究時報 第36号)
宮城県「普及に移す技術|課題一覧(稲作・水稲)平成元年~平成30年発行」所収「水稲の不耕起移植栽培法」
小麦
gorosuke/PIXTA(ピクスタ)
前出の埼玉県の「水稲・小麦・大豆の不耕起播種栽培マニュアル」では、不耕起栽培に適した小麦の品種には「農林61号」や「さとのそら」が挙げられています。小麦の場合、水稲や大豆との輪作・転作であることが多いと思われますが、前作によって注意点が異なります。
前作が大豆栽培の場合、土壌が柔らかく地力も高いため、播種量を慣行栽培に対して2割程度減量し、施肥量も控えめにするなどして過繁茂や倒伏に注意しましょう。
また、前作が水稲栽培後の場合は緻密土壌となり、覆土が不足したり、肥効が悪くなったりすることがあります。その場合は、播種機に除草用レーキを装着することで覆土を増やす、施肥量を多めにするなどの工夫が必要です。
大豆
田舎の写真屋/PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培に適した大豆品種としては、「タチナガハ」など機械化栽培適性に優れる品種が挙げられます。機械化栽培に適した品種の特性には、コンバインによる収穫がしやすいように耐倒伏性があり、最下着莢位置が高く、難裂莢性を持つといった点があります。
大豆は、地域によっては播種の時期が梅雨に当たり、遅延すると出芽や苗立ちが不安定になりやすいため、降雨に左右されずに播種できる不耕起栽培との相性はよいといえます。ただし、湿害に弱いので排水対策をしっかり行いましょう。
大豆栽培では、農研機構の中日本農業総合研究センターが開発した「不耕起狭畦栽培」という栽培方法が関東地方を中心に普及しています。
これは、通常の半分程度の狭い畦幅で大豆を栽培することで、出芽後、早い段階で畦間を大豆の茎葉で被覆し、大豆自体が遮光となって雑草を抑制する方法です。
この方法によって除草剤の使用を軽減できます。ただし、茎葉の繁茂により通気性が悪くなり、茎疫病が発生しやすい点や、畦間がわかりにくくなって防除の際など作業機に踏み潰されてしまう点に注意が必要です。
出典:農研機構 中日本農業研究センター「研究成果ダイジェスト|I 高生産性水田輪作システムの確立|1.関東東海地域:水田農業確立にむけた技術開発|水稲・ムギ・ダイズの2年3作水田輪作体型」所収「汎用型不耕起播種機による大豆不耕起狭畦栽培マニュアル」
▼不耕起狭畦密植栽培についてはこちらの記事をご覧ください。
とうもろこし
とうもろこしでは、主に大規模ほ場での飼料用とうもろこしが不耕起栽培に適しています。日本では東北地方や九州地方の大規模コントラクター(収穫や耕起など、農作業の一部を請け負う組織)で普及しています。
以前はとうもろこしの不耕起栽培に適した播種機がなく、発芽が不安定で深刻な発芽不良が多発する問題もあって、なかなか普及が進みませんでした。しかし現在では、農研機構が2013年に不耕起播種を効率的にできる新型播種機を開発し、普及を促進しています。
出典:農研機構 農業機械研究部門 プレスリリース「 不耕起対応トウモロコシ高速播種機の活用Q&Aを公開」所収「不耕起飼料生産技術研究会 編集・発行|不耕起対応トウモロコシ高速播種機の活用Q&A ~試験事例集 ~」
また、とうもろこしの不耕起栽培では、クローバーとのリビングマルチ栽培でかなり良好な収穫が得られるという研究結果もあり、今後一層の普及が期待されます。
出典:日本草地学会「日本草地学会誌 57巻3号 2011年10月」所収「とうもろこしの不耕起栽培 不耕起栽培の概略と東北地域への導入適性」(158ページ)
不耕起栽培のメリット
田舎の写真屋/PIXTA(ピクスタ)
ここでは、不耕起栽培で得られる主なメリットについて解説します。
労力・燃料を抑えることができる
日本における不耕起栽培の大きな目的の1つが、耕起にかかる労力と労働時間、コストの削減です。耕起作業そのものがなくなるので、その分の作業と燃料費がカットできます。
削減できる作業量やコストの割合は、作目や慣行栽培の方法によって異なり、一概にはいえません。
一例として、とうもろこしの栽培では、作業機種によって多少の増減こそあるものの、1ha以上のほ場での作業時間は慣行栽培の1/3程度という検証結果があります。
出典:日本草地学会「日本草地学会誌 57巻3号 2011年10月」所収「とうもろこしの不耕起栽培 不耕起栽培の概略と東北地域への導入適性」」
労力や労働時間の削減も非常に有用ですが、特に燃料費の高騰が続く昨今、燃料費がカットできる不耕起栽培は積極的に導入したい技術です。
地耐力が向上する
不耕起栽培では、掘り起こさないことで表土の地耐力が上がり、降雨の影響を受けにくくなるため、雨が降った直後でも播種が可能になります。そのため、計画に沿った播種作業を行えるうえ、経営規模の拡大も望めます。
また、地表が固いため乗用農機の操作がしやすくなり、防除・収穫時の作業効率向上も期待できます。
作目や栽培形態ごとのメリット
田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)
水稲における不耕起直播栽培では、直播することで耕起作業だけでなく「春作業」と呼ばれる育苗や移植作業も省略できます。
春作業を大幅に軽減できる不耕起直播栽培を一部に導入し、慣行栽培と組み合わせることで作業の時期を分散させ、水稲作の規模を拡大したり、ほかの作物を導入したりできるなど、経営の幅が広がります。
川村恵司 / PIXTA(ピクスタ)
大豆における不耕起栽培では、慣行栽培において欠かせなかった中耕・培土をしないことで、そのデメリットである収穫時の汚粒発生を防ぎます。さらに、高刈りの必要がほとんどなく、コンバインでの収穫時のロス発生を軽減します。
また、二毛作や輪作において前作の収穫と次作の播種時期が重複する場合では、耕起しないことで作業競合するリスクが減り、作業能率が上がります。その結果、規模拡大や新規作物の導入などにつながります。
不耕起栽培のデメリット
続いて、不耕起栽培で注意すべき主なデメリットについて解説します。
湿害が発生しやすい
畑作での不耕起栽培では、土壌水分の浸潤性や保水性に優れる一方で、湿害が発生しやすいというデメリットがあります。高畝にせず平らなほ場で栽培することも、排水しにくく湿害が起こりやすい要因です。
特に粘土質の土壌は通気性が悪いため、湿害のほか酸素不足にも陥りやすい点に注意が必要です。
除草労力やコストが増えることがある
川村恵司 / PIXTA(ピクスタ)
耕起には除草の効果があるため、不耕起栽培では別途除草対策を講じる必要があります。それゆえ、慣行栽培よりも除草作業の回数や除草剤の量が増え、土壌への負担も増大します。
▼「デジタルツールの活用で、適期防除と作業効率化に成功した大規模農家の事例」についてはこちらをご覧ください
慣行栽培よりも収量が減少する傾向がある
土壌表面を作物残さで覆うため地温が低下し、出芽が不安定になったり、病害虫が発生しやすくなったりします。その結果、収量が減少することがあり、気候条件や土壌の性質によっては不耕起栽培が適用できない場合があります。
また、追肥を土壌に混和できず地表に施用する都合、肥効を十分に発揮できない場合があり、そのことも収量の減少につながります。
特に粘土質の土壌では、播種時に土が固まって十分に覆土をできず、発芽が不安定になり欠株が出やすい点にも要注意です。
jyugem / PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培を成功させるには
不耕起栽培を成功させるには、不耕起栽培に適した土作りが重要です。地力が低いほ場には堆肥や緑肥作物をすき込み、地力を高めておくほか、播種前に十分な施肥をしておきましょう。
不耕起栽培のデメリットである湿害を防ぐためには、粘土質の土壌を避け、できるだけ排水性や通気性のよい火山灰土壌や砂質土壌を選ぶことや、排水対策を十分に行うことが重要です。
また、できるだけ除草作業を軽減するために、適時に適切な除草剤を使用することも意識しましょう。大豆での不耕起狭畦栽培や、被覆作物と共存させるリビングマルチ栽培などの手法を取り入れるのも効果的です。
排水対策としては、ほ場の滞水や土壌水分が高すぎる場合は、本暗きょや補助暗きょを施工するのが有効です。定期的に溝を掃除し、排水が詰まらないように気を付けましょう。
田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)
不耕起栽培は多くの作物に適用でき、特に大規模栽培の水稲、小麦、大豆、とうもろこしなどの栽培で効果を発揮します。土壌などの条件が合えば、まずはほ場の一部分から取り入れ、ほ場環境に適した栽培方法を試してみましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。