0.5haの小規模ほ場、しかも、100km離れた山間部で水稲栽培。ほ場の【見える化】で黒字化に成功⁉
小規模のほ場で採算を取るのは難しいといわれる水稲栽培。秋田県で営農する長谷川麻理子さんは、わずか約0.5ha、しかも、自宅から約100km離れた父親のほ場を引き継いで3年目には黒字化に成功しました。データによる“見える化”で農作業をとことん効率化した長谷川さん。女性農業家の未来についても伺いました。
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目次
萬吉菜園(まんきちさいえん)長谷川 麻理子(はせがわ まりこ)さんプロフィール
スマホを手に元気よく話す長谷川さん
撮影:minorasu編集部
秋田県秋田市在住。介護福祉士として順当にキャリアを積んでいた30代、病に倒れたことをきっかけに退職。その後、現在のビジネスパートナーであり、よき理解者でもある女性農業経営者“わかちゃん”のアドバイスで就農を決意する。
2017年頃から秋田市で「秋田美人ねぎ」を栽培。そしてひょんなことから2020年、自宅から約100km離れた由利本荘市の実家の稲作を引き継ぐ。
病気で仕事を失う中、「農家の子だっぺ。農家をできるべ」と、先輩の声が後押しに
30代で就農の道へ進んだ長谷川さん。自宅近くで秋田美人ねぎを栽培しながら、約100km離れたほ場で水稲を栽培することになった事情を伺いました。
長谷川さん:新規就農者向けの研修を受けながら「何を栽培しよう」と考えたときに、まっすぐの畝と、まっすぐに育つネギの姿が、私の性格にぴったりと感じたんです。
すてきな笑顔でハイハキと話す長谷川麻理子さん。話していると元気をもらえるほど、とてもバイタリティにあふれていています。15年前に病に倒れて、一時は車いす生活になった姿など想像もできません。
長谷川さん:介護福祉士として一番充実していた30代での発病でした。日常生活に支障のない程度に回復したけれど、特定疾患なので通院など時間的な制約があり、会社員として仕事を続けることは難しくなり退職しました。
けれども「ジッとしているのは私の性分じゃない。働きたい!」と、ウズウズしているときに声をかけてくれたのが、女性農業経営者で現在のビジネスパートナー“わかちゃん”でした。
「麻理子は農家の子だっぺ。農家できるべ」と。
由利本荘市にある実家は、戦前から代々農業を営んでいます。農家は米を作り、牛を飼い、炭を焼き、味噌も作る、とたくさんの仕事=100もの仕事ができることから“百姓”ともいいますが、祖父がまさに“百姓の鏡”のような人でした。
自営なら時間的な融通も利くし、「生まれ育ったあのときのように土でも見る生活でもするか」って思い立ち、秋田県の新規就農者を育成するプロジェクトに2年間参加しました。
その後、大好きな祖父の萬吉じっちゃんの名前を屋号にして、自宅のある秋田市で秋田美人ねぎの栽培を始めました。
わかちゃんは10歳年上のご近所さんです。若い頃は都会で会社員として働いていましたが、父親が倒れたことをきっかけに代々のほ場を受け継いだそう。女性農業経営者として先駆的な存在です。
そんなわかちゃんの支援とアドバイスを受けながら、繁忙期は互いに協力し助け合いながら、ネギ栽培を順調に続けていた3年目、実家の父から連絡が入ります。
長谷川さん:父が体調不良を理由に「水稲をやめてそば栽培に転向する」と、いい出しました。由利本荘市の実家は山間部にあり、きれいな空気と湧水に恵まれて、毎年1等米を獲得するほど優良なほ場です。
「なら私が水稲をやる」と言ったら、「お前には無理」みたいなひと悶着をへて、とりあえず0.4haだけ借りて水稲を栽培することになりました。
採算が合わないといわれる小規模農地で、しかも約100km離れたほ場で水稲栽培を開始
由利本荘市にある長谷川さんのご実家のほ場。町から離れた山間部になり、山から湧き出る清らかな水が田を潤す
画像提供:萬吉菜園 長谷川麻理子さん
秋田市の自宅から由利本荘市のほ場までは約100km、高速を使っても往復3時間以上です。しかも長谷川さんは水稲栽培の知識も経験もありません。周囲からしたら「なんで?」とも思える状況です。案の定、1年目は大赤字となりました。
秋田市の自宅①から由利本荘市のほ場③までの地図。下道では2時間以上かかるため、経費はかかっても高速を使い通う
画像提供:萬吉菜園 長谷川麻理子さん
長谷川さん:反対した父は助けてくれません。わかちゃんが水稲と大豆を栽培していて、「由利本荘市のほ場は、季節が秋田市の2週間遅れだから、わたしのやった作業を2週間後にすればいい」とアドバイスをくれたので、言われた通りにしました。
移植、施肥、防除、すべて言われた通りにやった1年目はビギナーズラックで10俵収穫できました。
しかし、喜んだのもつかの間、よくよく計算したら大赤字でした。
積載車をレンタルして、田植機を秋田市から由利本荘市へ運びましたが、レンタル料が6時間で3万4,000円です。さらに週1回ほ場に通っていたのでガソリン代や高速代がかかり、農家の常識から考えて0.4haにかける経費ではありませんでした。でも、素人なのでわからなかった。
2年目、ほ場へ通う回数を減らしました。育苗は軽トラ1回で運べる分のみにして、疎植で1本ずつ植え付けながら苗に「お前らがんばれよ」と言い聞かせ、2〜3往復するのはあきらめました。
正直、1年目の収量に安心して「なんとかなるだろう」という、気の緩みもありました。出穂期を見逃したり、雑草がすごいことになっていたり、収穫は8~9俵まで落ちましたが、経費を抑えたので収益はトントン。
さて、3年目。どうしたら黒字にできるかなって悩んでいたときに出会ったのが栽培管理システム「ザルビオ」だったんです。
「今日はほ場へ行かなくていい」という安心感をザルビオが与えてくれる
長谷川さん:ほ場が見えないことはやはり大きな不安です。「ちょっと見回ってくるか」という距離でもないのに心配で、用もないのにほ場へ車を走らせることもありました。
そんなとき、4Hクラブ(農業青年クラブ)の全国大会でザルビオを知りました。
それまで、ほ場の一部の状況がわかるものはありましたが、ザルビオは生育マップ、生育ステージ予測、病害防除アラートなどの機能があり、遠くにいても詳細な状況がわかります。衛星画像データを使うので信憑性も高いのです。
由利本荘市のほ場を【見える化】ができると、即、とびつきました。収量をあげたいのはもちろんですが、「安心を買える!」という思いのほうが強かったです。
生育マップや防除アラートのおかげで、約100km離れたほ場へ通う頻度が1/4に
昨年はスマホアプリでザルビオを使っていたが、今年はタスク入力を考えてパソコンにも導入
画像提供:萬吉菜園 長谷川麻理子さん
長谷川さん:ザルビオを導入してから、ほ場へ通うのは平均で月1回になりました。1年目は毎週、2年目でも2週間に1回は通っていたので、見回り頻度は1/2〜1/4まで減っています。しかも、心配でヤキモキすることもなくなったので、気持ち的には1/5です。
スマホに、「今は成熟期なのでこんな作業をしてくださいね」とタスクの通知(私はお手紙と呼んでいます)が届くたびに、「そっかー、あと少しだなー。もうちょっとしたら行くからねー」と思いながら、安心できました。
また、計画的な作業にも役立っています。以前はほ場に到着したら想定外の状況で、30分かけて山を下って資材を買いに走ることもありました。
しかし昨年は、防除アラートや生育マップを見て、防除したついでに草刈りしたり、追肥をしたり。事前に秋田市の自宅で資材を準備できるので、作業スケジュールを効率的に組めるようになりました。
それまで由利本荘市の作業は基本日帰りでしたが、ときには泊りで作業をすることで2往復を1往復に減らすことができるようになり、経費の節減はもちろんですが、体力的にも時間的にも余裕が生まれました。
適期防除やピンポイント施肥で農薬・肥料コストを削減
長谷川さん:防除は時期を間違えると効果が落ちますが、ザルビオは防除適期を教えてくれるので助かります。特に減農薬を意識したわけではありませんが、ほ場面積が増えているのに農薬コストは変わっていません。
地力マップも多いに役立っています。ほ場は山間部なので地力に偏りがあります。私は基肥一発肥料を撒いているのですが、1~2年目は、場所によって稲の成長がまばらでした。
3年目、地力マップを見て、ほ場の水口側の地力が低くて反対側は高いことがわかったので、地力の低い方だけにピンポイントで施肥しました。
長谷川さんのほ場の地力マップ。水の流れにそって肥料も流れ出て、地力にムラがあることがわかる
画像提供:萬吉菜園 長谷川麻理子さん
肥料は規定量を入れようとするのですが、結局余りが出て、肥料コストも削減できています。
また、それまでは稲の高さが波打っていたのですが、地力を踏まえて施肥したことで生育が揃い、稲の高さが均一になりました。
金色の稲穂がまっすぐ真っ平に広がる光景は、本当に気持ちよかったです。月1回の“手をかけない農作業”で、このレベルは優秀だと思います。
金色に、均一に生育した2023年のほ場の様子
画像提供:萬吉菜園 長谷川麻理子さん
酷暑で高温障害が心配な中、適期に収穫して1等米を獲得
2023年は記録的な酷暑でした。多くの米どころが高温障害により、胴割れ、白未熟粒などの被害に遭いました。由利本荘市も地形的にとても暑い町です。長谷川さんの実家とほ場は標高が高く、いまだにエアコン不要で過ごせる地域ですが、それでも酷暑の影響を受けているそうです。
長谷川さん:私のほ場より少し標高が低いエリアは、高温障害で1等米をとれなかったそうです。
隣のほ場は高温障害を恐れて、未成熟の青米があるのに例年より早めに収穫を始めました。私も、ベテランの水稲農家から「早く刈ったほうがいい」とアドバイスされましたが、ザルビオの生育ステージは「まだ早い」と言います。
半信半疑になりながら周りから刈り遅れること3週間、「収穫せよ」というお手紙(タスク通知)が届きました。そして、お手紙を信じた結果、1等米を獲得することができました。
“手をかけない農作業”ながら、見事に3年目で黒字化に成功
長谷川さん:収量は増えたといえば増えたんですが、実は2023年は今までの0.4haに加えて、元そば畑0.1haを追加して、ほ場が0.5haになりました。0.1haのそば畑は5年周期で田んぼに戻す計画で、試験的に除草なしで水稲を栽培したら、雑草がすごいことになり5俵しか収穫できませんでした。
それでも、もともと水稲を栽培していたほ場では十分な収量を確保できたのと、1等米だったので、元そば畑の5俵を含めても黒字化に成功しました。
前述したように、農薬と肥料のコストを削減できたことも大きかったですね。2023年はほ場が0.1haも増えたのに、農薬と肥料代は2022年とほぼ同じ数字でした。
大切なのは省力化。小規模なほ場でも、遠距離でも、効率化すれば採算は取れる
水稲は「小規模のほ場では採算が合わない」というのは本当でしょうか。
農林水産省が公表している「令和2年度 営農類型別経営統計」から、個人経営の水田作農家の営農類型別の経営収支を見ると、「稲作1位 単一経営」(稲作1位経営の中で、稲作の販売収入が農産物販売収入の80%以上)の農業所得が最も低く、わずか1万3,000円です。
出典:農林水産省「農業経営統計調査 令和2年営農類型別経営統計 調査の概要」よりminorasu編集部作成
稲作1位では、複合経営であっても、平均の農業所得は大豆作や麦類作より低いことがわかります。
また、水田作全体で規模の区分を細かくすると、規模が小さいほど農業所得は下がり、3ha未満では赤字となっています。
出典:農林水産省「農業経営統計調査 |令和2年営農類型別経営統計」(水田作経営・個人経営体)よりminorasu編集部作成
米農家が黒字化して収益を上げるためには、ある程度の規模が必要になると考えられます。
▼「米農家の収入例と“稼げる農家”になる方法」は以下の記事をご覧ください
これが「水稲は小規模のほ場では採算が合わない」と言われる理由ですが、長谷川さんは黒字化に成功します。
※本記事では主に水稲を取り上げていますが、実際には、長谷川さんはネギをメインで栽培しています
長谷川さん:小規模なほ場でも無駄な経費を抑えて収支コントロールができれば、黒字にできるんです。
水稲栽培3年目の私が、しかも約100kmの離れたほ場で、2023年のような想定外の気候変動の影響を受けてもなお、早々に黒字化できたのは、まぎれもなくザルビオのおかげです。
ザルビオは、基肥のポイントや防除の適期などの「やるべきこと」を教えてくれるだけでなく、「やらなくていい」ことも教えてくれました。
余計な作業が減ったので遠距離のほ場へ通う回数は減り、作業効率が上がり、時間にゆとりが生まれ、気持ちのゆとりも生まれました。自由な時間が生まれることは、自分を潤すことでもあると思っています。
小規模ほ場がどんどん増えて、ゆくゆくは農業の担い手不足の解消につながると信じたい
農林水産省の資料によると水稲の作付農家は減少を続けており、2000年に約174万戸あった農家数が2020年には約70万戸と半減しています。
出典:農林水産省「農林業センサス」各回の「農林業経営体調査報告書-総括編-|総農家数」「農林業経営体調査報告書-農業経営部門別編-|農業経営体(個人経営体)|販売目的で作付けた水稲作付面積規模別統計」よりminorasu編集部作成
一方、作付面積の減少は緩やかな数字にとどまっています。これは担い手のいない水田を、意欲のある若手農家が引き取り、一戸あたりの作付面積を拡充させているためです。
大規模化・複合化が進めば収益が上がる可能性はありますが、長期的な経営プランも必要です。新規就農者には敷居が高いとも言えます。
長谷川さん:私のように小規模のほ場の水稲でも採算が取れるとわかれば、新規就農者だけでなく、会社員や女性が「農業をやってみようかな」という気持ちになると思います。
これまで、農業は広い土地が望ましく、そのためには体力も必要と思われ、女性農業者はハウス栽培や花卉の栽培に流れていました。
けれども今は水稲栽培の技術は成熟し、農作業は機械化・合理化されて、「女性には無理」という力仕事は減ってきています。実際、私はビジネスパートナーのわかちゃんと出荷調整担当のわかちゃんのお母さんの女性3人で営農しています。
基幹的農業従事者の数は年々減少しており、女性の割合も減少しています。
出典:農林水産省「農林業センサス累年統計-農業編-(明治37年~令和2年)|年齢別基幹的農業従事者数」よりminorasu編集部作成
しかし、女性が経営に関与すると経常利益の増加率が上がっており、売上規模が大きい経営体ほど、女性が経営に関与する傾向があるといわれています。
出典:日本政策金融公庫「2016年|ニュースリリース」所収「農業経営における女性の存在感強まる 収益増にも寄与(2016年09月15日)」
長谷川さん:兼業農家や女性農業者による小規模のほ場がどんどん増えていけば、結果的には農家数や作付面積減少の歯止めに貢献することになると思います。
ザルビオのような栽培管理システムは、収量や品質向上を目的に大規模なほ場で活用するイメージが強いのですが、私は小規模ほ場での作業効率改善や収支コントロールにも大いに役立つと実感しています。
時間に余裕ができれば、新しい農業の知識を得るための学びの時間に有効利用できます。
実は、ネギのほ場では1年2作でブロッコリーも栽培しています。春にブロッコリーを植えたなら、後作にネギを定植して冬ネギにします。また、夏ネギを収穫した後は、後作に秋収穫のブロッコリーを植えます。
雪国の秋田県は1作が主流ですが、ブロッコリーは90日で収穫できるので、ネギと2作が可能なんじゃないかと考えて取り組みました。ネギは連鎖障害がないといわれていますが、やはり収量が落ちるのでその対策にもなると考えています。
時間に余裕ができれば、こうした取り組みをもっと進められるのではないかと思います。
ザルビオについて語る長谷川さん
撮影:minorasu編集部
将来は狩猟の資格も取り、ゆくゆくは自給自足にチャレンジしてみたい、と、どこまでもバイタリティあふれる長谷川さん。今後もザルビオを活用して、小規模ほ場での可能性を広げてくれそうです。
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川口美彩子
紙媒体の頃から観光情報誌の取材・執筆・編集を長く経験し、現在はwebライターとして、働く母 の視点をいかして子育てを中心に毎月10本以上を執筆する。農業関連のほかにも、受験、金融、腕時計など のグッズ関連、ペット関連まで、執筆分野は多岐にわたる。